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第24話 血

「リーリエさん。お邪魔しますわ」


 リーリエが朝のランニングと朝食を終えて、今日は何の香水を作ろうかと悩んでいると、無遠慮に扉が開かれた。入って来たのは赤い髪を綺麗に結い上げた麗容な女性、ロレッタである。


「あ、ろ、ロレッタ様。ほ、本日はご機嫌麗しゅう……えと、その」


 タジタジで挨拶をするリーリエを見てロレッタは優しく微笑んだ。


「今はイザベラ様もおりませんし、そんなに緊張しなくてもよろしくてよ。頼みごとをしに来たのは私の方なのですから」


「あの、あ、ありがとうございます」


 初対面の時の冷たい様子とは違い、とても暖かな笑み。自分が勘違いしていただけで、とてもやさしい人なのかもしれないとリーリエはホッと息を吐いた。


「この前はイザベラ様に香水を作っていましたわよね? その人の香りに合わせて作る香水、とてもうらやましくて。ぜひわたくしにも作っていただけないかと思い頼みに来たのですわ」


「あ、なるほど。はい、喜んで作成させていただきます」


「まぁ、嬉しいわ! 実は、最近ライル様……あ、私の婚約者なのですけれど、ライル様があまり元気がないみたいで……。魅力的な香りで元気づけてあげたいのですわ」


 パァと花が咲くような笑みを浮かべて喜んだ後に、今度はシュンと落ち込むロレッタ。そんな彼女を見てリーリエは気合を入れる。


「分かりました! そうであれば、元気が出るような、明るい雰囲気の香りを調香いたします! それでは最初にロレッタ様の香りを……」


 リーリエは一歩ロレッタに近づこうとして、今朝のことを思いだいた。自らの香りを嗅いだアリスが、熱に浮かされたような表情で押し倒してきたことを。


「どうかされましたの?」


「いえ、ロレッタ様の香りを確認する必要があるのですが、近くに行ってもよろしいでしょうか?」


「もちろんですわ」


「では、失礼いたします」


 ロレッタに正面から近づくリーリエ。ロレッタのドレスの胸元、広く開いたそこに鼻を近づける。ロレッタの口角がにやりと上がった。


「きゃ、キャァッ!」


「いっ!」


 ロレッタが豪奢な装飾品を付けた手でリーリエの顔を強く払った。頬に走った鋭い痛みにリーリエが後ろに下がり、ベッドにしりもちをつく。


「……ろ、ロレッタ様?」


 一瞬何が起こったかわからずに、リーリエは頬から血を流しながら呆然とロレッタを眺めた。


「あ、ご、ご、ごめんなさい! こんなに近くに来るとは思わなかったもので! 私、あまり人に近づかれるのに慣れていなくて……っ!」


 ロレッタが慌てた様子でリーリエに駆け寄る。


「お、お顔に傷が! ど、どうしましょう、ハンカチ、あぁ、従者を連れてくるべきでしたわ……えっと、えっと……これで勘弁してくださいまし!」


 ロレッタは慌てた様子でドレスのフリルに手を伸ばし、ためらうことなくその装飾を引きちぎった。上質な絹であしらわれたそれをリーリエの頬に当てる。赤い血がぐんぐんと吸い込まれていく。


「ロレッタ様! せっかくのドレスが!」


 リーリエが慌てる。ロレッタの来ているドレスは


「ドレスなんてどうでもいいですわ! そんなことより、本当にごめんなさい。貴女のお顔に傷が……っ!」


 ふわりと香るリーリエの魔香に、ロレッタは頭がクラリとした。そんなロレッタの様子には気が付かずに、リーリエは畏怖のまなざしでロレッタを見つめた。


「ロレッタ様……すごくお優しい人なんですね……」


「い、いえ。私のせいで怪我をしてしまったのですから、当然のことですわ」


 ロレッタは頭を振ってリーリエの香りを振り払う。なるほど、この色香で第一王子を誘惑したのだろうと確信を持ちながら。


「でも、ロレッタ様の香りは分かりました。ロレッタ様の香りは上品でいて、それでいて情熱的。これに合わせれるにはネロリとナツメグ……シストゥスも映えそう。ロレッタ様。二週間ほどで香水は完成いたします。それまで少々お待ちください」


 切れた頬のことなど気にしていないのだろうか。そんなことよりも調香の方が大切だと言わんばかりにリーリエが言う。


「え、えぇ。とても楽しみにしてますわ」


 ロレッタにはリーリエのその姿が、少し不気味に見えて、そそくさと部屋から出ていく。

 何にせよ、目的のものは手に入った。あとはスズランの毒と一緒にポーションに混ぜて、クロードに飲ませればよい。

 自分のために作られる香水がどのような香りなのかは少しだけ気になったが、二週間後に取りに来ることはないだろう。

 リーリエはその時は、既に王宮からいなくなっているだろうから。

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