第23話 露骨なサービス回
「はぁ……はぁ……疲れましたぁ」
朝のランニングを終えたリーリエがぺたりと中庭にしりもちをついた。少しだけ冷たい初秋の空気がリーリエの頬を吹き抜ける。グレーのはポニーテールに結い上げられておりその白く汗ばんだうなじを惜しげもなく晒す。リーリエの香りを纏った風がアリスの鼻孔をくすぐった。アリスが少し頬を染める。
「……リーリエ様。本当にきれいになりましたね。色気が、凄いです」
「えぇっ!? や、やめてくださいよアリスさん。私なんかがそんな……」
健康的になり、さらに汗ばんでいるリーリエの香りはすごかった。同性であるアリスでさえも惑わすほどに。
「……基本的に侍女というものは、恋愛することが難しいのです。常に主人の傍に仕えていますので、城の外に出ることもままならない。また、変な方とお付き合いをしようものなら、主人の評判まで落としかねない。結果として同じく城に仕えている者同士で恋仲になることが多いのですが、当然ライバルは多く、下手をしたら妬みの対象となってしまうのです」
「は、はぁ。えっと、大変ですね?」
突然のアリスの愚痴に、頭に疑問符を浮かべながら適当な相槌を打つリーリエ。運動後の為か、しっとりと汗ばみ肩で荒い息をするリーリエを、アリスは無表情に、しかし潤んだ瞳で見つめる。
「……」
「あ、あの。アリスさん?」
「私、思うんです。同性だったら、ノーカウントでいいんじゃないかって」
「な、何がですか?」
「……キス、とか」
「……」
アリスが一歩リーリエに近づいた。
アリスは思う。
リーリエは私が育てた。このむやみやたらに無自覚に色気をばらまき、惜しげもなくその肌をさらすこの美少女は私が育てたのだと。
ならば最初に収穫するのは、育ての親である自分でいいはずだ。熟れたばかりの果実を最初に口にするのは、いつだって農家じゃないか。
さらにもう一歩。
二人の距離はすぐになくなった。
「あ、ああああ、あの! アリスさん! なんというか、こういうのはイケないことなんじゃ……!?」
「何がですか?」
「だ、だからその、キスとかは……」
「ですから先ほど言いました。同性であればノーカウントで良いと」
アリスがゆっくりとリーリエに覆いかぶさる。近づけば近づくほど、甘く濃くなるその香り。アリスはもう辛抱たまらんかった。
「リディア様、クロード様、申し訳ありません。最初はこのアリスが、味見させていただきます」
「ちょ、アリスさ……ひあああぁぁぁぁっ!」
アリスの小さな舌が、リーリエの鎖骨を這う。初秋の高く澄んだ空、透き通った少し冷たい空気に似合わない、百合の花園。
「あ、アリスさ……やめっ!」
「リーリエ様がいけないのです。毎朝毎朝そのような恰好で私を誘っておいて。これは不可抗力、不可抗力なのです」
「わ、私は誘ってなんか……っ!」
「……何をしている」
ピタリとアリスの動きが止まった。
「クロード様、おはようございます。朝から鍛錬ですか? 精が出ますね」
声でクロードだと分かったのだろう。リーリエはアリスの上に覆い被さった格好のまま言う。
「挨拶は良い。何をしているのかと聞いているんだ」
「朝の運動後のストレッチです」
「ストレッチは普通、運動の前じゃないのか?」
「運動の後にストレッチを行うことで、運動で使った筋肉がゆっくりと伸ばされ、筋肉の緊張を和らげ、血行を促進し、疲労物質の排出を助けます。また、筋肉痛の予防や、関節の可動域を広げる効果も期待できます。ご存じありませんでしたか?」
「随分と饒舌だな。まぁいい、くれぐれも変なことはするなよ?」
クロードはあきらめたようなため息を吐いた。これが男であれば腕の一本くらい切り落としていたかもしれないが、アリスはまごうことなき少女だ。しかも母であるリディアの従者である。注意するくらいにとどめておくことにした。
「ではリーリエ様。邪魔が入りましたので、続きはまた明日」
「しませんよ!?」
「させないからな!?」
リーリエとクロードの突っ込みが重なった。




