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第21話 スズラン

「リーリエさん、クロード様に納品するポーションについて相談が……リーリエさん、大丈夫ですか?」


 ポーションの調合中にリッツがリーリエのもとを訪ねるも、リーリエはどこか上の空の様子だった。


「あ、え? す、すみません! リッツさん、何かありましたか?」


「クロード様のポーションについて相談があったのですが……。最近急にきれいになったかと思えば、また急にやつれてきていませんか? ひどいクマです」

 

 リッツがリーリエの顔を覗き込む。急に肌に張りと艶がでたかと思えば、今度はまた顔にクマが出来ている。


「ちょっとイザベラ様からの依頼で立て込んでいまして、あまり睡眠時間が取れず……」


「香水作りの件ですか?」


「はい。どうやら気に入っていただけたようで……百本、今週中に作成しろと……」


「百ですか!? それはまた……」


 リッツは驚き、その後思案顔になる。


「リーリエさん。私は現王に雇われた立場なのであまりこういうことを言うのは良くないのですが、忠告しておきます。イザベラ様には気を付けてください」


「気を付ける、ですか?」


「えぇ。イザベラ様は実の子、ライル様を王にする野望があると噂で聞いたことがあります。また、巷の噂ですが、ライル様を王にするために、シルヴィア様の暗殺を謀ったとか……」


「シルヴィア様……亡くなられた、クロード様の婚約者だった方ですよね?」


「そうです。あくまで噂ですけれど。ただ、もしクロード様と仲が良い貴女のことをイザベラ様が良く思っていないのなら……何かされるかも知れません」


「そんな……」


 リーリエは部屋を訪ねて来たときのイザベラの様子を思い出す。緊張であまり覚えてはいないが、確かに友好的な態度ではなかったように思う。


「で、ですが、私の作成した香水を気に入っていただけたのなら、それはとても喜ばしいことですから!」


「ともかく、私の忠告は頭の片隅にでよいので覚えておいてください」


「分かりました。それで、本題は何でしょうか?」


「っと、そうでした。クロード様のポーションですが、以前から依存傾向が見られます。なので、少し成分を調整しまして……」

 

 ポーション作成の話に移り、リーリエの頭からリッツの忠告はすぐに消え去った。



「お義母様。リーリエから香水が納品されましたわ」


「本当に百本作ったのですね。それで品質はどうですか?」


「残念ながら……ゴホン。素晴らしいことに、どれも問題ないかと思われますわ」


「そうですか」


 ロレッタからの報告に、リディアは眉根を動かしもせずに答える。


「ならば、何かしら捏造するしかないでしょう。確かリーリエはクロードの専属調合士でしたよね?」


「はい、その通りでございますわ」


「……毒を、盛りましょう」


 イザベラの発言に今まで黙っていたライルが驚愕の声を上げる。


「毒!? お母様、いったい何をお考えですか!?」


「落ち着きなさいライル。別に誰かを殺そうというわけでは無いですから。リーリエがクロードに納品しているポーションに、毒を忍ばせるのです。そして同じものを、私の香水にも。そうすればリーリエが王族殺しを行うための暗殺者だという結論になるでしょう」


「そんな、そんなこと……」


 うろたえるライル。そんなライルとは反対に、ロレッタは落ち着いた表情で考え込む。


「お義母様に献上されている香水に毒を混ぜることは容易ですが、クロード様のポーションに毒を忍ばせるのは困難ですわ。確か、リッツが最後まで厳重に目を光らせているはず。彼の目をごまかすのは相当に難易度が高いと思われますわ」


「それは納品される前までは、の話です。納品して彼の部屋に置いてあるポーションをすり替えるのであれば、難しくはないでしょう。親しい仲のもの、それも気を許している弟であればなおさらです」


「僕に、兄さんに毒を飲ませろというのですか!?」


「落ち着きなさいと言っているのです。何度も言いますが、殺すつもりはありません。当然解毒薬も準備しておきます。リーリエが毒を盛った。貴方は解毒薬を飲ませて兄を助けた。結果としてはリーリエが追放されるだけでことは収まります。誰も死にはしません。まぁ、庶民が一人斬首刑となるかもしれませんが、国家と比べれば些事でしょう」


「しかしお義母様。ポーションには微かにですが、確実に調合士の魔香が残りますわ。ポーションをすり替えるのであれば、クロード様が気が付かなかったとしても、瓶に付着したポーションを調べられればすぐにリーリエが調合したものではないとばれてしまうのではないのでしょうか」


「すり替えるポーションにリーリエの血液を数滴たらしておけば、魔香などでバレることはないでしょう。問題はどうやって血液を手に入れるかですが……」


 少しの間、イザベラとロレッタが沈黙して考える。先に口を開いたのはロレッタだった。


「お義母様。私に良い考えがありますわ」


「言ってみなさい」


「リーリエはお義母様の香水を作るときに、お母様の香りを確かめるために過剰に接近してましたわ。ならば、私が香水つくりをお願いすれば、同じことをするでしょう。その時に私が動揺して、リーリエの手をはたいてしまったら? 私が豪奢で鋭いアクセサリーを手に付けていたら? おそらくリーリエは怪我をして血を流しますわ。その血を使うなどいかがでしょう」


 ロレッタの提案を聞いて、イザベラは頷いた。


「とても自然な事故です。ロレッタ。貴方は大公という大貴族の娘。急に接近されて驚いてしまうのも頷けます。えぇ、それはとても自然な事故ですね。使用する毒はどうしましょうか」


「それなら、以前……いえ。リーリエが調香士なので、スズランの毒を使うと良いと思いますわ。スズランの甘い香りで惑わせて、スズランの毒で殺す。調香士が好みそうな方法ですわ」


「素晴らしい。毒についてはロレッタに一任します。ライル、貴方は夜にクロードと過ごせるように予定を立てなさい。日付が決まったなのら、その日に計画を決行します」


「……」


 沈痛な面持ちでうつむくライル。イザベラはそんなライルにうんざりしたような表情でため息を吐き、すぐに笑みを張り付ける。


「ライル。何も問題はありません。貴方のおかげで、この国は救われるのです。むしろ誇りなさい。胸を張りなさい」


「そうですわライル。私の愛しい旦那様。貴方が苦痛に思うのであれば、その苦痛を半分私に分けてくださいまし。ともに歩みましょう」


 ロレッタがその胸にライルの頭を優しく抱いた。しばらく鼻をすするような音がした後に、ライルが顔を上げる。


「ありがとうロレッタ。お義母様、ロレッタ。国のために、がんばりましょう」


 その瞳には強い決意の色が灯る。

 

「えぇ、ヴェランクール王国のために」


「ヴェランクール王国のために、ですわ」


 二人の野望が、動き出す。

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