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第20話 第一王妃の依頼

 ガチャリ。

 ノックも無しにリーリエの部屋の扉を開けたのは、豪奢なドレスに身を包んだ女性と、燃えるような赤い髪を結い上げた女性。どちらも傾国傾城の美女である。


 「えっ……と」


 本来であれば礼を失する行為ではあったが、その二人のあまりの美しさに、ろくに言葉も出せずに呆然と眺めていた。


「あら、イザベラにロレッタ。どうしてここへ?」


 硬直しているリーリエのかわりリディアが答えた。そのリディアの言葉には答えずに、イザベラとロレッタは不躾に部屋を見回す。


「一介の調合師の部屋にしては広いと思ったら、ここは何の部屋なのですか? 怪しい薬の研究をしていると思われても不思議ではありませんね」


「ふふ、とても人の住む場所には思えませんわ」


 中々に失礼な言い様だが、リーリエにはその嫌味を聴く余裕すらなかった。イザベラとロレッタ。名前なら聞いたことがある。第一王妃イザベラと、第二王子の婚約者であり大公令嬢のロレッタだ。

 二人は口元に微笑を貼り付けたままリーリエに視線を送る。


「貴女がリーリエ?」


 イザベラに見られ、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるリーリエ。


「……王族の問いに答えないのは不敬だと知らないのですか? それとも知っていてだんまりを決め込んでいるのでしょうか」


 イザベラの目がスウと細くなる。


「ヒッ……ぁ……」


「イザベラ。あなたのように美しい人が急に部屋に押しかけてきたら、誰だって呼吸が止まるわよ。ロレッタも一緒ならなおさら。彼女がリーリエで間違いないわ。リーリエ、貴女もいつまで固まっているの? 何か言いなさい」


 リディアに優しく微笑まれて、リーリエがようやく起動した。


「あ、は、はい! 私がリーリエです! 何か御用でしょうか!?」 

 

「貴女は香水作りが得意だと聞きました。それも、その人それぞれに合わせた香水を作れるとか。私に合う香水を作ることを許可します」


「え……っと」


 イザベラのよくわからない言い回しにリーリエが困惑の表情を浮かべる。そんなリーリエにすかさずリディアが耳打ちした。


「王族が使用するものを作れるのは光栄なことなのよ。ありがたき幸せと言えばいいわ」


「あ、ありがたきしあわせにございます!」


「では、楽しみにしています」


 それだけ言い踵を返そうとしたイザベラを慌ててリーリエが呼び止める。


「イザベラ様! お、お呼び止めしてしまい申し訳ありません!」


「……本当に不敬な人ですね。何でしょうか」


 声をかけられたことに若干のイラつきを表しながらイザベラが言う。


「あの、私は、その人が本来持つ香りと、香料を融合させて香水を作ります。た、大変失礼ですが、イザベラ様の香りを確認させていただいても良いでしょうか?」


 問われたイザベラは顔をさらに顰めた。


「香りを嗅ごうというのですか……。何と低俗な」


「いえ、しかし、そうしないと作成するのは難しくて……」


「……仕方がありません。今回だけは許可いたしましょう」


 イザベラが二の腕をリーリエの方に差し出す。リーリエがおそるおそるその腕に鼻を近づけた。


「木蓮の残り香と、これは……龍涎香? あの、失礼であれば申し訳ありません。イザベラ様は香水をお使いになられておりますか?」


「……えぇ。それがどうしたのですか?」


「いえ、香水を使われているのであれば、その香りを引いて、イザベラ様の本来の香りから、調香を行う必要があるので、確認させていただいたのです。えっと、木蓮……イランイランの残り方からして、香水を使用したのは三時間ほど前。トップはほぼ消えているけど、かすかに残るサフラン。ミドルに金木犀とイランイランと、チューベローズもか。ラストが龍涎香とシベット、バニラもだ。すごい、これでもかってくらい盛ってる。かなり高価だけど……もったいない使い方。イザベラ様本来の香りは刺激的、それでいて神秘的。これに合わせるなら……」


 リーリエはしばらくぶつぶつとつぶやき、調香机に座る。そして再び独り言を言いながら調香を始めた。もはや頭の中は香りのことで埋め尽くされているのだろう。


「……不気味な方ですね」


「面白い子よ」


 若干引き気味のイザベラの言葉に、リディアが笑いながら返した。

 

「リディア。最近貴女方があのリーリエという調合士と懇意にしていると耳にしました。どういうつもりですか?」


「どうもこうもないわ。ただ、リーリエのおかげで私達家族に笑顔が戻った。それだけよ」


 リディアの表情は朗らかで、そこに裏は感じられない。


「まぁ、良いでしょう。ロレッタ、行きますよ」


「はい、お義母様。ではリディア様、ごきげんよう」


 調香に夢中なるリーリエを一瞥し、イザベラとロレッタは帰っていった。リーリエは調香に夢中なのか、気が付く様子もない。


「全くこの子は……。面倒ごとにならないと良いのだけれど……」


 リディアはそんなリーリエを、呆れと心配の入り混じった表情で眺めていた。

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