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第19話 兄のため

「それで、貴方はその言葉を信用して帰って来たのですか?」


「えっと……。はい、そうです」


 イザベラの鋭い視線がライルを刺す。ライルは思わず視線を落とした。

 そんな我が子の様子に、イザベラはため息を吐く。


「ライル。素直な性格は貴方の長所ではありますが、欠点でもあります。クロードが嘘を吐いているとは思わなかったのですか?」


「そんなっ! 兄様が僕に嘘だなんて!」


「口ではいくらでも言えます。今更になって王の椅子が欲しくなったとて、何も不思議ではありません。それに、貴方は勘違いをしています。王になるか否かを決めるのは本人ではない。周りの人間です。たとえ本当に本人に王になる気がなくとも、周りの人間が持ち上げ、アルベルトが決定を下せば、クロードが王になる。それは避けなければなりません」


「……」


 ライルは口を噤む。イザベラの言っていることはもっともだ。口では何とでも言える。


「ロレッタ。貴方はどう思いますか?」


「私は王の座を狙っているようにしか思えませんでしたわ。貴族令嬢ではなく、吹けば飛ぶような娘を手籠めにしているのがその証拠。ライル様にはすでに私という許嫁がいますから、クロード様は婚姻まで時間がかかりそうな貴族令嬢ではなく、すぐにでも子をなせる庶民の娘を相手に選んだのでしょう。先に孕ませ、子を成す。そうすればアルベルト様も納得しクロード様を王にと動かれるかもしれません」


「に、兄様はそんな人じゃ……!」


「ライル、貴方は黙っていなさい。優しさは美徳ですが、優しさだけでは仇になります」


「そんな……だって、だって兄様は……」


 塞ぎ込む前は、いつだって自分のことを気にかけてくれていた。昨日だって、暖かい手で頭を撫でてくれた。その兄様が、利己の為だけにそんなことをするはずがない。

 落ち込むクロードにロレッタが話しかける。

 

「ねぇライル。私も本当はクロード様を疑いたくないわ。でも、国のためには仕方がないことですわ。仮定の話よ。もしクロードが王になってしまったら、国が亡びの危機に瀕してしまうかもしれない。もちろん可能性は少ないわよ。けれど、ゼロじゃない。反対にライル、貴方が王になったらどう? 国が滅びに瀕することは絶対に無いわ。だって貴方は正しい選択ができる人だもの。ね? だから貴方が王になるのが一番いいの。それ以外の可能性は、排除しておいた方が絶対にいいわ」


 ロレッタはクロードの方に手を置いて、慈悲深い笑みで言う。


「もし、もしもクロード様が王になって、大きな戦争が起こってしまったら、クロード様はどうなるかしら? 婚約者ひとりを亡くしただけであれほどふさぎ込む優しいお兄様が、自分のせいで大勢が死んでしまったと知ったら? 優しいお兄様は耐えられるかしら。それは絶対に無理。自ら命を絶ってしまうとも限らないわ。そうなった時、ライルはどう思うの? 自分が王になっていればって、絶対に後悔するわ。だからね、これは優しいお兄様のためでもあるのよ?」


「兄様の為……」


 兄のためという言葉に、ライルの瞳が揺れた。


「大好きなお兄様を守るために、頑張れるわよね? だって、私の婚約者だもの」


 ロレッタがライルの頬に優しく唇を触れた。


「だから、その為にしなければならないことは、分かるわよね?」


 ロレッタが何を言っているのか、ライルはすぐに察した。兄が王になる道筋。その一歩目は、兄が懇意にしている調合師と恋仲になること。それを防がなければならない。


「でも、どうやって……」

 

 少しの間、考え込むようにうつむいた後、イザベラが口を開く。

 

「相手は貴族でもないただの小娘。消すこと事態は他愛ないこと。しかし、こちらが手を出したことが第一王子派閥にばれてしまえば、ライルが王になる線は消えてしまう。まずは対象に接触し、機会をうかがうことにしましょう。ライル。先ほど小娘は調香士だと言ってましたよね? 私が近づいても不思議ではないかしら?」


「はい。兄さんは男の僕が近づくことは少し嫌がっているようでしたが、母上が尋ねる分には問題ないと思います」


「そう。ロレッタ、明日は空いているかしら?」


「もちろんですわ、お義母様」


 イザベラとロレッタはお互いに顔を見合わせて、不敵に口角を上げた。

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