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第18話 兄弟

「兄様」


「やぁライル。久しぶりだな」


 ライルは数か月ぶりに腹違いの兄、クロードのもとを訪ねていた。ずっと塞ぎ込み続け、やつれ果てていた兄の顔が、随分と生き生きとしている。ライルはそんな兄の姿に安堵を抱きながらも、母に言われた言葉を思い出し気持ちを引き締める。今日は兄が元気になったことを喜びに来たわけではない。


「最近兄さんは目をかけている調合士の少女がいると聞きました。どういう風の吹き回しですか?」


 ライルの問いに、クロードが困った様な表情で頭を掻いた。どうやら噂は結構なところまで広がっているらしい。

 なんと言おうか迷った後に、ライルの顔を見てからクロードはすぐに察した。


「そうだな。確かに最近気に入っている子はいるよ。だけど安心してほしい。俺は王になる気はないから」


「なっ! 僕はそんなこと一言も言ってないです!」


「ライルの表情を見れば分かるさ。第一王妃殿下に様子を見てくるように頼まれたんだろう?」


「ぐっ……」


 図星。ライルは言葉に詰まり、悔し気な表情でクロードを睨んだ。そんな彼の様子にクロードは悲し気な顔になる。


「ライル。母は違えど、僕らは兄弟だ。そんなに警戒しないでくれ。もっとも、素直に俺を慕ってくれていたお前を先に裏切ったのは、俺の方だけどな。本当にすまなかった。俺を慕ってくれていたお前の期待を裏切ってしまって」


「兄様……」


 ライルは腹違いの兄、クロードのことをとても慕っていた。頭が良く、剣の腕も立ち、性格も柔らかくて、時に厳しく指導してくれる兄のことを。先に生まれた兄が王になることに何の不満も抱いていなかったし、そんな兄が王になった際には一番近くで彼を支えようとさえ思っていた。

 しかし、兄は変わってしまった。婚約者という大切なパートナーを失うという事故はあったが、それでもライルは兄に立ち直り、王になってほしかった。なのに、兄はその道を捨てた。


「俺はもう大切なものを増やしたくない。抱え込みたくないんだ。そんな男に国なんて大きなものを守れるわけがない。ライル。王にはお前がなれ。俺はささやかにお前を支えるよ」


「……」


 ライルは嬉しいような、さみしいような複雑な心境だった。正直、あの完璧な兄のようになれる気はしない。しかし、その兄が自分を王の器と認めてくれることがうれしかったし、支えると言ってくれたことがうれしかった。


「ここ数年でめっきりと剣の腕も落ちてしまった。なぁライル。久しぶりに剣の稽古をしよう。もうとっくにお前に抜かれてしまったかもしれないが、まだ教えられることもあるだろう。ついでに運動不足の俺の運動相手になってくれ」


「……はい! 兄様! 僕、木剣を取ってきます!」


 少し変わってしまったが、それでも昔のような仲の良い兄弟に戻ることは出来そうだ。ライルはそれがうれしくて、走って木剣を取りにいった。


 ◇


「ふぅ。今日はここまでにしよう。流石に体がなまっているな」


「はぁ……はぁ……」


 西に日が落ちるころ、クロードとライルの稽古は終わった。額に浮いた汗をぬぐうクロードと、大の字になって地面に横になるライル。まだまだ剣の腕前はクロードの方が上らしい。


「ぜぇ……はぁ……兄様、さすがです……」


 息も絶え絶えにライルが言う。結局一本も取らせてもらえなかった。


「ライルも大分上達しているな。身体も大きく、力も強くなっている。ずっと努力を続けているんだろ? 一本取られるのも時間の問題だろうな」


 クロードはしゃがみこんで、倒れているライルの頭を雑に撫でた。ライルがくすぐったく笑う。


「……ところで兄さん。香水を付けていますか?」


「分かるか? 実はさっき話に出た調合士に作ってもらったんだ。本人曰く調香士らしい。その人それぞれに合った香水を作ることが出来るんだそうだ」


「とても兄さんに似合っています。依頼をすれば僕の香水も作ってくれるでしょうか?」


「そうだな、作ってくれるとは思うが……」


「ダメでしょうか?」


 さみしそうな顔で見上げてくるライルの頭を再び撫でて、クロードが言う。


「ま、いいだろう。今度かけあってみるさ。だが、あの娘は先に俺が唾をつけているんだ。惚れるなよ?」


「ありえません」


 茶化すように言うクロードだが、ライルは強く返事をする。


「僕はロレッタ一筋です。たとえ王になっても、彼女だけを愛します」


「そうか。それはまあ、男としてはいいことなのかもしれないが。王としてはあまり良くないな。もしロレッタとの間に子が出来なかったらどうする?」


「それは……」


「それに、子が産まれたとしても、俺みたいな腑抜けかもしれないしな。俺とお前は血がつながっているんだから、ありえなくはないぞ?」


 再度茶化したクロードに、ライルは今度こそ笑顔になった。


「兄様のような子が生まれたら、すぐに王位を譲りますよ」


「おっと、国家転覆の危機だなこれは」


 冗談を言い笑い合う彼らに、壁はなかった。

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