第17話 第一王妃陣営
「ねぇリーリエ。最近クロードとはどう? 進展はあった?」
「リディア様、またそのお話ですか……」
時間が空いた時にたびたびリーリエの部屋に遊びに来るようになったリディアがワクワクと言った様子で尋ねる。ちなみにリーリエの部屋は以前の部屋よりも大きくなっている。リディアやソフィアが頻繁に遊びに来るようになったため、リッツが広い部屋に移動させたのだ。流石に王族を一調合士の狭い部屋に押し込めておくわけにはいかない。
「私はただの調合士です。クロード様とは何もないですよ」
「んもー、あの子ったら……。全然アプローチしてないじゃない。早くしないとどんどんライバルは増えていくのに」
クロードがリーリエに気がある前提で話をするリディア。そしてまるで自分に気がある異性がたくさんいるかのような言い方に、リーリエが苦笑いする。
「あの、リディア様。たかが庶民の私なんかが王宮の男性方に、ましてや王子であるクロード様に気に入られるなんてことありえません。最初は魔力の香りのことを気にしていましたが、別に皆さんお変わりないようですし」
「はぁ。リーリエもリーリエで大概鈍いわよね……」
どんどん女性としての魅力が増してくリーリエ。さらにその甘く誘惑するような魔香。実際にピノなんかは一撃でころりと落ちたようだが、何もアクションしないものだから、リーリエはそのことに全く気が付いていない。
「そういえば、アルベルト様とのご関係はいかがですか? 香水の効果が少しは出ていたのなら嬉しいのですが」
リーリエの問いにリディアは深い笑みを浮かべた。
「最高よ! あの香水を使いだしてから、アルベルトが私を見る目が変わったわ! まるで若いころに戻ったみたい! ふふ、もしかしたら第三王子か第三王女が産まれるかもしれないわね」
どうやらお盛んらしい。リーリエも笑みを返す。
「それは良かったです。要望があればいつでも新しい香りの香水を作成しますので、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「ふふふ、ありがとう。ねぇリーリエ、本当に貴女には感謝しているわ」
「えぇ、お役に立てているのであれば私も嬉しい限りです」
「そうじゃなくて。私たち家族に笑顔を取り戻してくれて、本当にありがとう」
リディアの感謝の言葉にリーリエが困惑する。
「えっと、私は何もしていませんが……」
「いいえ、全部リーリエのおかげよ。貴方が来てくれて、最初にソフィアに笑顔が戻ったわ。そして塞ぎ込んでいたクロードの心も開いてくれた。私だってそう。かわいい子供たちの元気がなくなって落ち込んでいたけれど、貴方のおかげで笑顔になれた。疎遠になっていたアルベルトとの関係修復までしてくれて。リーリエ、あなたは私たち家族の救世主なのよ」
「そんな大げさな……。私はただ、香水を作っていただけですから」
「それでも。ありがとう」
本当にうれしそうに笑うリディアの姿に、リーリエはくすぐったくなる。そしてそんなリーリエを見て、リディアはまた笑う。
「後はクロードの進展があれば完璧なのだけれど。あの木偶の坊は……いったい何をやっているのやら」
笑顔から一転、リディアが深いため息を吐いた。
◇
リーリエを中心に明るくなったクロード達であったが、それを良しとしない者もいた。それが第一王妃、イザベラとその周囲である。
クロードが婚約者を失い塞ぎ込むことで跡継ぎの目がなくなり、クロードへの王位継承は薄れた。何よりも本人が誰にも心を開かなくなったのだ。現王であるアルベルトもクロードのことはあきらめ気味であった。
そのため、次期王は第二王子であるライルの線が有力となっていた。しかしここにきてクロードに復帰の兆しが見えてしまった。
「もしクロードがその少女と懇意になろうものなら、クロードを王に押す輩が出てこないとも限らない。アルベルトも再びクロードを次の王にしようと動くかもしれない。それは絶対に阻止しなければ」
宵闇の空を切り取ったように美しく長い紺の髪がさらりと流れ、透き通るような白い肌は西日を反射した床の光を受けて輝く。その端正な顔立ちは、男であれば必ず目を奪われてしまうだろう。豪奢な椅子に腰を掛ける眉目秀麗な彼女の名はイザベラ・ヴェランクール。第一王妃である。
裾まで贅を尽くした紺のドレスは彼女の危険な美しさをより一層際立てる。ピタリと張り付くようなそれは、彼女の豊かな曲線を惜しげもなく晒しだしていた。
優し気に細められたその瞳は、しかし、己の息子を王座へと押し上げたいという野望が深く潜んでいる。
「次の王は絶対に我が子、ライルがふさわしい」
「その通りですわ、お義母様」
イザベラの言葉を聞いて深く頷くのは、ライルの許嫁であるロレッタ・ベルナドット。きっちりと巻き上げた深紅の髪にあしらわれた精巧な金の髪飾りの装飾が揺れた。身を包むエメラルドグリーンのドレスには黒と金の華美な装飾。
「婚約者をなくした程度で塞ぎ込むような心の弱い人間に、王は務められません。やはりライル様が王になるべきかと思いますわ」
ロレッタはその美しい顔に、貴族令嬢の鑑のような完璧な笑みを浮かべる。
大公の娘である彼女の夢は王妃になることであった。第一王子クロードと年齢も近く、貴族としての格も問題ない。いずれは彼と婚姻し、王妃になる未来を思い描いていた。
しかし、彼が相手に選んだのは他国、ローデリアの王女。ロレッタは歯噛みした。悔しくて幾晩も眠れぬ夜を過ごした。いっそのこと周辺国の王子に嫁ごうかとも思った。しかしどの国もヴェランクール王国と比べるとひとつもふたつも格が落ちる。ロレッタのプライドがそれを良しとするはずもなかった。
「このまま放置すると厄介なことになりかねない。ライル。貴方は一度クロードと接触して動向をうかがいなさい」
「……はい、母さん」
複雑な表情で頷く彼の名はライル・ヴェランクール。第二王子である。
母親譲りの端正な顔と紺色の髪。まだあどけなさの残る顔に、悩まし気な表情を浮かべている。歳はこの春で17になった。
ライルの顔を見たイザベラは優しい声で言う。
「ライル、辛いのは分かります。クロードのことを一番尊敬していたのは貴方ですものね。ですが、あの男は変わってしまった。王になることを捨て、殻に閉じこもってしまった。今更その殻から出てきたとて、信用なるものですか。国が有事の時に王が塞ぎ込むなんてことになってしまったら、この国は終わりです。だからライル、貴方が王になるのです。これは国のため、貴方の愛する家族のためなのです」
「国の、家族のため……」
イザベラの言葉に、今度は強い意志の光をたたえた瞳で、ライルは強く頷いた。
「はい、母さん。僕は、この国、家族を守りたい」
「素晴らしいわライル。その意気よ」
ライルは立ち上がる。この国を守るために。
優しくて、賢くて、誰にでも好かれていた以前の兄はもういないのだ。この国を守れるのは、僕しかいない。




