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第14話 リーリエ改造計画

「ん……朝か。昨日はいろいろあったな……」


 リディアが暴走した次の日の朝。リーリエはベッドから起き上がり伸びをする。今日から食事が管理されることになると思うと少々憂鬱である。大あくびをして着替えようとしたところで、扉がノックされた。


「リーリエ様。おはようございます。朝の運動の時間です」


「え?」


「失礼いたします」


「あの、ちょっと……」


 自分の答えも聞かずに部屋に入って来たアリスを目を丸くして見つめる。朝からいったい何の用だろうか。


「こちらにお着替えください」


 アリスの手には綺麗に折りたたまれた運動着が。これに着替えろと言うのだろう。


「あの、でも……」


「失礼いたします」


 アリスは有無を言わせぬ様子でリーリエの寝巻に手をかけた。


「……へ?」


 抵抗する間もなくスポンと服を脱がされるリーリエ。毎日リディアのドレスを着脱しているアリスにとって、リーリエの緩い寝巻など脱がせるのに一秒も必要ない。

 リーリエは呆然としている間に、運動着に着替えさせられていた。


「……へ?」


「まだ朝の水分を摂取しておりませんでしたね。こちらをどうぞ」


「あ、はい」


 口元に近づけられたコップの麦ストローに、無意識に口をつけて飲む。冷たい、けれど冷たすぎないレモン水が朝の乾いた身体を潤した。


「では参りましょう。まずは朝日を浴びて軽いストレッチから。余裕があればウォーキングを行いましょう。こちらへ」


 するりと手を取られ、腰に手を当てられる。そのまま訳の分からぬまま中庭に連れていかれ、ストレッチ。そしてほんの少しのウォーキング。

 十分ほど歩いたところで、アリスからストップがかかった。

 

「今日はこのくらいにして、朝食を摂りましょう」


「えっと、もう少しくらい歩けますが……」

 

「リーリエ様は身体が非常に弱っている状態です。最初から無理をしてはすぐにお身体を壊してしまいます。さぁ、こちらで汗を拭いてください」


 差し出された濡れタオルで顔や体を拭く。火照った身体に早朝の少し涼やかな風が通り抜けて言って気持ちが良い。


「運動後は一時間以内に栄養を摂取しなければなりません。さぁ、食堂へ向かいましょう」


 またも手を取られて歩くリーリエ。まるで介護である。

 食堂につくと、見たことのないシェフが朝食を持ってきた。


「リーリエ様。朝食をお持ちいたしました」


「美味しそう……」


 配膳されるのは白パンにハムエッグ、色とりどりの野菜と冷製ポタージュだ。クロードがシェフに銘じて配膳していたものとは異なり、食の細くなったリーリエでも食べやすく体にいいラインナップだ。

 リーリエはアリスにつきっきりで健康指導され、見る見るうちに健康で魅力的な女性へと進化を遂げていった。



「リーリエ、貴女本当に見違えたわね」


 今日もソフィアと共にリーリエの部屋に遊びに来ていたリディアが感心したように言う。以前のリーリエは鶏ガラの様な見てくれだったが、今ではしなやかな筋肉と適度な脂肪がついて、女性らしい曲線美が見られるようになった。油分不足でかさついた肌には潤いと張りが戻り、パサついた髪もアリスの尽力によりさらりと流れる乙女の髪になった。最も変わったのはその顔だ。前はクマがひどくアンデッドすら連想させる顔だったが、クマは消え頬はふっくらとし、美少女然としている。


「そうでしょうか?」


「リーリエさん、すごく、すごくきれいなりましたよ!」


 ソフィアもきらきらとした瞳で力強く肯定する。褒められなれていないリーリエはどう反応していいかわからず、張りと潤いの戻った頬を掻いた。


「それだけ綺麗になれば、男たちも放っておかないわね。気を付けるのよリーリエ。今まであなたに興味も持たなかった男たちが、掌を返したかのように近づいてくるから」


「いやいや、そんな訳……」


「本当よ。男なんて単純なんだから。あーあ、私ももっと綺麗になれたらいいのに……」


 リディアが己の頬に手を当ててはんなりと言う。その姿は非の付け所がないほどに美しい。


「リディア様はこれ以上ないほどにお美しいですよ」


「そうですよお母様! お母様はきれいです!」


 自分を持ち上げてくれるリーリエとソフィアに微笑みかけて、その後に嘆息する。

 

「ありがとう。でもね、最近アルベルトのお渡しがめっきりなくなってしまったの」


「アルベルト様は現王様のことですよね? お渡しって……、あ……」


 リーリエはリディアの言っていることの意味を理解した。


「行くのはいつもイザベラの方ばかり……私に魅力を感じなくなってしまったのかしら……」


 要するに夜伽相手に選ばれなくなってしまったということだろう。そして第一王妃のイザベラの方には頻繁にお渡ししているらしい。

 悲し気な表情のリディアを見て、リーリエは申し訳ない気持ちになった。


「申し訳ありません。それ、私のせいかもしれません」


「リーリエのせい? 一体どういうこと?」


 リーリエは香水をひとつ取り出して宙に振りかけた。柚子の爽やかな香りが部屋に広がる。


「私とリディア様が使っているこの香水、『柚香』ですが、香料は主に柚子、ローズマリー、白檀の精油をもとに調香しています。リラックス効果の高い香水に仕上がっているのですが、つまりそれは感情を落ち着ける香りということで……」


「つまり?」


「この香りを嗅いだ時に、性的興奮を覚えにくくなってしまうんです。特にベースノート……一番持続の長い香りは白檀で、これは禁欲香とも呼ばれるくらいで……」


 リーリエの言葉を聞いて、リディアはがっくりと項垂れた。まさかお渡りが多くなるかと思いつけていた香水が逆効果だとは思わなかった。


「申し訳ありません……」


「いえ、リーリエは悪くないわ。私が好んで使っていたのだし、好きな香りには違いないのだから……」


「お母様……」


 少しの間項垂れたリディアだったが、今度は勢いよく顔を上げた。その目は輝いている。


「ねぇリーリエ! 禁欲の香りが作れるということは、逆に媚薬のような効果を持つ香りも作れるということかしら!?」


「えっと、はい。可能だとは思います」


「作って!」


 転んでもただでは起きないらしい。

 自分のせいでリディアを悲しませてしまったため、今度はこの優しい王妃である彼女を喜ばせてあげようとリーリエは奮起する。


「かしこまりました。リディア様の魅力を最高に引き出す香りを作って見せます」


 調香士リーリエの本領発揮である。

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