第13話 余計なお世話
「……母上。こんなところで何をしているんですか?」
リーリエの部屋の扉を開けたクロードの目に飛び込んできたのは、線香を焚いてキャッキャと喜ぶ妹と母だった。妹がいることは予想できたが、まさか母がいるとは思わなかった。
「あらクロード、いらっしゃい。ねぇ知ってる? 東方の国ではこの細長い御香の煙を辿って、死者が会いに来てくれるっていう言い伝えがあるらしいの。だからお線香にはいろいろな種類の香りがあって、死者が生前に好きだった香りのものを焚くらしいわ。私が死んだときには、リーリエに柚子の香りのする御香を作ってもらうのよ?」
「母上。あまり縁起でもないことを言わないでください」
「そ、そうですよお母様! お母様が亡くなった時のことなんて、考えたくありません……」
「まぁ。私のかわいい娘、ソフィア。大丈夫よ、貴女が大きくなるまで私は絶対に死なないわ」
「私が大きくなってもです! ずっと生きていてください!」
「あらあら、可愛い娘からのお願いを効かないわけにはいかないわね。ねぇリーリエ。不老不死になれるポーションを作ってくれるかしら?」
「すみません。私の腕では当分作るのは難しいです」
楽しそうに笑うリディアを見てクロードが額に手を当てた。ため息をひとつ吐いて言う。
「母上。質問に答えてください。こんなところで……」
しかしクロードの言葉はリディアにかき消された。
「クロード。貴方に文句を言いに来たのよ。私のお気に入りの香水を作ってくれていた調香士を勝手に自分の専属調合士にするなんて! 私、しばらくの間落ち込んでいたのよ!」
「……香水を?」
「そうよ。毎月ヴァールデン商会を通して香水を一本買っていたのよ。それを作ってくれていたのが調香士のリーリエ。勝手なことをされては困るわ」
「しかし……」
「勝手なことをされては困るわ」
プンスコと怒るリディアに再度ため息を吐くクロード。母がこの怒り方をした時には意地でも譲らない。謝るしかないだろう。深く頭を下げる。
「申し訳ありません、母上。知らなかったこととはいえ、ご迷惑をおかけしました」
「分かればよろしいわ。クロード、罰としてこれからはちゃんと朝餉と夕餉は私たちと食べなさい。以前みたいに。これは命令よ?」
頭を上げたクロードの目に入ったのは、リディアの優しい笑みであった。自分のことを心配してくれていたのだろう。
「承知いたしました、母上」
「分かってくれればいいのよ」
リディアは満足げにうなずき、再び口を開く。
「ところで、クロードはリーリエのどこを気に入ったの? お母さんに聞かせなさい」
「彼女を気に入った? 私は彼女の作るポーションに興味があるだけです。他意はありません」
「またまたそんなことを言って。わざわざシェフに料理を作らせているのでしょう? 彼女専用の。そんなの好意があるからに決まっているじゃない」
「違います。私はリーリエがあまりに痩せていて血色が悪いので、倒れないようにと思い……」
そういいながらクロードはリーリエに顔を向け、言葉を止めた。瀉血をするなと命じてから数週間。ここ最近は精のつくものをシェフに作らせてもっていかせていた。それなのに、リーリエの顔色はあまり変わっていない。少しだけ血色がよくなったような気がするが、それだけだ。
自分の顔をいぶかし気に見てくるクロードの視線に耐えられず、リーリエはそっと目をそらした。あからさまである。
「リーリエ。瀉血はもうしていないだろうな。あれは命令だったはずだが」
「は、はい。瀉血はもうしていません」
「では、食事はちゃんと食べているか?」
「食べています……」
「質問を変えよう。食事は『全て』食べているか?」
「……」
気まずそうに口を閉ざしたリーリエを見てクロードは嘆息した。どうやら食べていないらしい。
「リーリエ。シェフが出したものはすべて食べろ。いいな?」
「しかし……」
「これは命令だと思え」
また命令か。王族というのは本当に……そう思ってため息を吐きそうになったとき、リディアが立ち上がり声を上げた。その声は厳しく顔は険しい。
「クロード。私は貴方をそんな男に育てた覚えはないわ。そこに座りなさい」
先ほどのまでの優し気な雰囲気は消えた。流石は王族、威圧感が砂嵐のように肌を刺した。リディアはビシリと床……ではなくリーリエのベッドを指さす。
「母上、何を……」
「座りなさいと言っているのが聞こえないのかしら?」
増していく威圧感。クロードは素直にベッドに腰掛けた。
「なんでしょうか?」
「散々塞ぎ込んで、散々ふてくされて、ようやく元気を取り戻したと思ったら、女性の扱い方すら忘れてしまったの? しかも食に関することに口出しするなんて。女性にとってそれは裸を見られて体形を指摘されていることと同じなのよ?」
「いえ、そういうつもりでは……」
「口答えをしない!」
反論しようとしたクロードにリディアがぴしゃりと言い放つ。
「確かにリーリエは痩せすぎているわ。それで女性としての魅力が薄れてしまっているのも分かる。だけどね、そんなに高圧的な態度で迫っても、心を開いてくれないわよ? 女性を自分好みに育てたいのならば、まずは褒めるところから始めなさい。そして優しく誘導していくのです。そうでなければ女性はどんどん貴方から離れていくわ」
「あの、母上、なんの話を……」
「正直、貴族でもない少女にアプローチしていると聞いた時は驚いたわ。だけど私は妃であるまえに貴方の母。貴方の恋は全力で応援しようと決めているの。でもね、庶民だからと言って雑なアプローチをすることは決して許さない。私も、ソフィアも、リーリエも、身分は違えどみな等しく女の子なのだから。ね? リーリエさん?」
変な方向に暴走しているリディアが優しくリーリエに微笑みかけた。
「え? あ、えっと?」
「リーリエさん。大丈夫。心配しなくても、絶対私が魅力的な女性にして見せる。クロードがあんな口をきけなくなるように」
そこまで言って、リディアは手を二度大きくたたいた。扉の外に待機していたリディアの侍女、アリスがすぐに部屋に入ってくる。
「リディア様、お呼びでしょうか」
「アリス、今後はリーリエに目をかけてあげなさい。適切な食事、適切な運動。女性らしく魅力的な髪と体つきになるように取り計らってあげなさい。素敵な洋服もあしらって、クロードをメロメロにする女性に仕立て上げなさい」
「承知いたしました」
承知しないで欲しい。リーリエは切実にそう思った。自分の口がはさめないところで、どんどん自分のことが決まっていく。
「あの、母上。私は本当に……」
「貴方は一度オズヴァルトに女性の扱いを学んできなさい。貴方よりよっぽど女性の扱いがうまいわ」
こうなったリディアはもう聞く耳を持たない。クロードはため息を吐いて天を仰いだ。




