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第11話 肉

「馬鹿ですか、貴方は。もっと聡明な方だと思っておりましたが。シルヴィア様を失ってから、元気だけでなくて知能まで無くしましたか。絶望しました」


「まぁそう言うなリッツ」


 クロードは全く歯に布を着せずに辛辣な言葉を吐くリッツに苦笑した。友好国であるローデリアからその腕を買われてヴェランクール王国に招かれたリッツは、あまり上下関係を気にしない。自由に研究をさせてくれる現国王には最大の敬意を払っているが、その息子であるクロードには王族だからと言ってへりくだることはしない。シルヴィアが死んでからは、むしろ出来の悪い兄のように見られている節がある。


「もともとは私が見つけて半ば無理やり連れて来た調合士だ。作成したポーションが使い物にならないからと追い返すのは少々自分勝手すぎるだろう」


「王族や貴族というものは往々に身勝手なものです。誰も気にしません。追い返すのがまずいのなら、私の研究対象にしてもらっても良いですよ。強い魔香に、鋭い嗅覚。おもしろい人材です」


「お前が人に興味を持つのは珍しいな。ともかく、彼女は私の専属にしてくれ」


「これでもし貴方の身に何かあれば、私が疑われることになるのですが……」


「すまないが、王子命令だと思ってやってくれ」

 

「チッ……これだから王族は」


 リッツは小さく舌打ちしてため息を吐いた。


「では、明日からリーリエさんは貴方専属の調合士とします。ただし、ポーションを作成する際は、私か他の王族専属調合士と複数人で行うことにします。貴方が口にするものを作るのに、彼女一人だけで作業するなんて許されることではありませんから」

 

「助かる」


「ただし。私と、リーリエさん以外の専属調合士の給金を1.5倍にしてください。交渉は認めません」


「あぁ、来月分から調整する」


「今月分からです」

 

「……対応しよう」

 

 こうしてリーリエは正式に、クロードの専属調合士となることが決定した。


 ◇


 クロードのもとに届けられたポーション。それを見てクロードは胸を躍らせた。今日届いたものから、リーリエが調合したものなのだ。

 数か月前にオスヴァルトから半ば奪うようにして飲んだスタミナポーションの味を、クロードはまだ覚えていた。

 胸が熱くなる様な、それでいて懐かしいような味。疲れがスゥと引いていき、それでいて高揚する感覚。あれをもう一度口にしたいと常々思っていたのだ。

 もしかしたら、このポーションがあれなのかもしれない。

 期待を胸に、スタミナポーションを一気に煽る。

 

「……普通だ」


 リーリエの言っていた通り、リーリエの魔香はあるが、意識しなければわからないほどに薄い。


「あの一本が特別だったのか、違うポーションが紛れ込んだのか、それともただの気のせいだったのか」


 少し気落ちしながらクロードは考える。とりあえずやれることからやってみるしかない。


「たしかリーリエは瀉血して魔力の香りを抑えていると言っていた。では反対に血を増やしたら、どうなる?」


 そうすれば魔力は強くなるはずだ。ポーションにも変化があるかもしれない。であれば、やることは明確だ。クロードは病的にまで細く白いリーリエの姿を思いうかべる。

 まずは肉を喰わせることから始めよう。


 ◇


「リーリエ様。こちらをお召し上がりください」

 

「あの、これは?」


 リーリエが調合班の建物に備え付けられた食堂でモシャモシャとサラダを頬張っていると、突然目の前にステーキを置かれた。頼んだ覚えはない。

 視線を上げるとコックの姿が。調合班で給仕している人ではない。調合班の食堂で働いているのは恰幅の良いおばさんだ。

 

「フィレ肉のステーキでございます。脂ののったフィレ肉をひと月以上熟成させた一品です」

 

「……それって腐ってないですか?」


「腐るだなんてとんでもない。低温でしっかりと寝かせることで、肉は熟成しうまみを増すのです」

 

「そ、そうですか。けれど、私がこのステーキを食べなければならない理由がわからないのですが」


 リーリエとて肉が嫌いなわけではない。魔香を抑えるために野菜中心の食生活をしているだけだ。

 食べろと言われれば食べないこともないが、突然のこと過ぎて訳が分からない。


「クロード様よりご依頼があったのです。調合士のリーリエ様に精のつくものを食べさせるようにと」


 第一王子め、余計なことをしやがって。と、リーリエは内心で悪態をつく。

 

「ステーキがお好みでなければ、他の物を用意いたしますが、いかがなさいますか?」

 

「……」


 リーリエは目の前のステーキを見る。ジュウジュウと音を立てて、肉汁をこれでもかと滴らせているステーキを。悪いのは急にこんなことをしてくる王子であって、決してステーキには罪はない。


「頂きます」


 リーリエはステーキの誘惑にあらがえず、数年ぶりの肉を口に運んだ。

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