―69― 元侵略者
元侵略者のオレ様は、薄汚れた路地裏の壁に背を預け、冷たい雨に打たれていた。
なんで……なんでオレ様が、こんなみじめな目に遭わなくちゃならないんだ……。
思考は堂々巡り。答えなんて、どこにも見つからない。
オレ様の名はアルハルド。偉大なるキヴァ・シェアリスに属する、誇り高き調査員だ。
オレ様の使命は、未開の星に赴き、その星の生命エネルギー……魔力を効率よく収集し、母星に送ること。
この「ラグバルト」とかいう田舎町も、その対象の一つだった。
先遣隊として潜入し、調査を進め、最終的には巨大質量兵器破星彗核を叩き込んで、根こそぎ魔力をいただく計画だったんだ。
そう、計画は完璧だった……。
だが、その計画は、想像を絶する形で砕け散った。
破星彗核がラグバルトへ落下する、まさにその寸前。
突如として、彗核は空中で爆散し、美しい花火のように消滅したのだ。
何が起きたのか、全く理解できなかった。
ただ、そこには、キヴァ・シェアリスの技術の粋を結集した戦略兵器を、まるで虫ケラでも捻り潰すかのように容易く無力化した、計り知れない「何か」の存在があった。
姿も形もわからない。
しかし、その圧倒的な力の奔流だけは、肌で感じ取れた。
本能が叫んでいた……「逃げろ」と。この惑星には、理解を遥かに超えた、恐るべき存在がいるのだと……!
そして、その絶望的な状況で、さらに追い打ちをかけるように、あの忌まわしい絶界の魔女、シーナに捕まったのだ。
味わわされたのは、まさに「死より恐ろしいバツ」だった……。
まず、オレ様の自慢の硬い外殻は、まるで薄いガラス細工のように、彼女の拳一つで容赦なく叩き割られた。
バキッ! ゴシャッ! という鈍い音と共に、全身を激痛が襲う。
鎌のような鋭い手足は、力任せにあらぬ方向にへし折られ、関節が外れる音が生々しく響いた。鋭い爪は一本残らず引き剥がされ、体液が飛び散り、視界が赤く染まる。
「あら、意外と脆いのね?」なんて言いながら、魔女は楽しそうにオレ様の身体を破壊し続けた。その暴力はあまりにも一方的で、抵抗する術など微塵もなかった。
未知の「何か」への恐怖とは別に、この魔女そのものに対する純粋な暴力へのトラウマも、深く深く刻み込まれた。
意識を失いそうになるたびに、強烈な一撃で無理やり覚醒させられ、苦痛は延々と続いた。オレ様にとっての誇りも、精神も、そして身体も、その圧倒的な暴力によって、ズタズタに引き裂かれた……。
どれほどの時間が経過したのか……。
気がついた時、オレ様は満身創痍の状態で、牢屋の中にいた。
あの魔女にボコボコにされた後、どうやらそのまま人間たちに引き渡されたらしい。
最初のうちは、オレ様の奇妙な外見……昆虫と爬虫類を足して2で割ったような姿と、複数の複眼、そして見るも無残に破壊された身体のせいで、危険な魔物として扱われ、厳重に監禁されていた。
だが、あの魔女に徹底的に痛めつけられたせいで、すっかり牙を抜かれ、ただ壁際でうずくまっているだけだったのが幸いしたのか……。
もしくは、人間じゃない生き物を罰する法律がないという結論に至ったのか、いつの間にかオレ様は牢屋から出されていた。
まったく、この星の人間どもの危機管理能力はどうなっているんだか……。
ともかく、オレ様は自由の身にはなった。
よし、こうなったらすぐに故郷へ……! そう思ったのも束の間、致命的な事実に気づかされた。
帰るための乗り物を、あの魔女との戦闘……いや、一方的な蹂躙の際に、木っ端微塵に破壊されていたのだ。
詰んだ……。完全に詰んだ……。
それからは、生きるために仕方なく、日雇いの仕事を探してラグバルトの街を転々とした。
だが、何もかもうまくいかなかった。
まず、この見た目だ。
人間たちはオレ様を見るなり悲鳴を上げるか、遠巻きにしてヒソヒソと噂話をする。まともに雇ってくれるところなんて、ほとんどありゃしない。
それに加えて、この鎌のような手足だ。
オレ様たちキヴァ・シェアリスにとっては戦闘や狩猟に適した形状だが、人間社会で求められるような細かい作業……例えば、野菜の皮をむいたり、道具を修理したりするのは絶望的に不向きだった。
力仕事にしても、人間の使う道具は持ちにくく、すぐに壊してしまう。
その上、オレ様はふとした物音にあの魔女の暴力や、破星彗核を消し去った未知の恐怖を思い出してパニックになってしまうこともあった。
皿洗いをさせてもらえば、鎌のような手でうまく掴めず、割れる音でフラッシュバックを起こし、店中の皿を叩き割ってクビ。
夜警の仕事では、暗闇に怯え、風の音に怯え、自分の影にすら怯えて逃げ出し、当然クビ。
オレ様たちキヴァ・シェアリスは、効率をこそ至上とする種族だ。だが、今のオレ様に、効率よくこなせる仕事など何一つありはしなかった。
トラウマは深く、身体も心も、そしてこの不器用な手足も、もはやまともな生活を許してはくれなかったのだ……。
そして、今。
所持金も底をつき、数日間何も食べていない。
雨は容赦なく体温を奪い、意識が朦朧としてきた。
ああ……なんでオレ様が、こんな目に……。
もはや、オレ様はのたれ死に寸前の哀れな元侵略者だ。
遠い故郷の空を思い浮かべながら、オレ様はゆっくりと目を閉じた。
このまま、意識が消えてしまえば、少しは楽になれるだろうか……。そんな、弱々しい思考だけが、雨音に混じって消えていく。
「大丈夫?」
不意に、頭上から声が聞こえた。
霞む視界を無理やりこじ開けると、そこには傘が差し出されていた。
白い、フリルがたくさんついた豪奢なドレス……人間たちがロリータと呼ぶそれに身を包んだ少女が、こっちを見下ろしていた。




