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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―53― 微妙な空気

 ピザは結局二枚焼くことになった。それほど、みんなが夢中になって食べてくれたってことだから作った甲斐があったというもんだ。

 なんだかんだ言いつつも、こうしてみんなで食事を囲む光景を見るのは悪い気分ではない。

 オレが作った料理をみんながおいしそうに食べる。騒がしいのは玉に瑕だが、こうしてもてなすは嫌いではない。


 気づけばテーブルは空っぽの皿だけになっていたので、食後のコーヒーをみんなに用意する。オレも湯気を立てるマグカップを両手で包み込みながら、一息ついた。

 今回淹れたコーヒーは、ほのかに酸味があってすっきりしている。先ほどのチーズたっぷりピザの後味がちょうどいい具合に切り替わる感じで、なかなかイケるな。


 さて、この微妙な空気どうしたもんか……。

 テーブルに座っているのはオレ、フィネア、リリア、そしてシーナ。

 リリアとシーナは面識があるとはいえ、まともに雑談できる関係じゃない。そもそもさっきまで追いかけ回してた張本人と被害者だし……一方のフィネアはオレ以外は初対面。

 そしてオレは、全員とそれなりに知り合い。

 こういう場では、普通ならオレが会話を回すべき……なんだろうけど、めんどうだな。ということで、コーヒーを飲んでただ黙っていることにした。


 おかげでさっきから妙な沈黙が、リビングを支配している。

 リリアはなにか言いたいことでもあるのか、わざとらしく喉を鳴らして口を開きかけるが、一度目は言葉にならなかったらしい。モゾモゾしている。

 シーナはそんな様子に興味なさげで、ふにゃっとした背のままオレのほうばかり見つめている。

 フィネアはフィネアで、時おり「あ、あれ? 今しゃべる流れかな……?」みたいな顔をするが、タイミングを掴めずに黙り込む。

 なんなんだ、この気まずい空気は。

 まあ原因はオレのせいなのか、とか思いつつ、残りわずかなコーヒーを飲み干す。

 そこへ、一番に声を上げたのはリリアだった。


「……あ、あのっ、失礼します! もしかして、そちらにいらっしゃるのって……刻環の賢者フィネア様、ですよね?」


 フィネアがびくん、と動きを止める。うつむき気味だった顔を上げ、困ったように「ええと……一応、はい。そ、そうです……」と、観念したような返事。

 リリアはまるでアイドルを前にしたファンみたいに勢いよく立ち上がった。椅子ががたん、と床を引っかく音を立てる。


「やっぱり! す、すごい……! 賢者フィネア様って言えば、最近どの雑誌を見ても特集が組まれてるくらい有名で、魔導具の新理論を打ち立てた偉人だって……」


 実は全部オレのおかげなんだけどな、とはもちろん口に出さない。フィネアは俺と目を合わせ、どこか申し訳なさそうに目をパチパチさせている。


「い、いや、その……大したことないですよ。ええと……」


 フィネアの声が小さくしぼんでいく。その肩を見れば、彼女がいつもの偉大なる賢者扱いに慣れていないのがわかる。


「ふーん、賢者? それって、つまり強いってこと?」


 急に口を挟んできたのはシーナだ。

 隣でコーヒーをちびちび飲んでいたはずが、すっとフィネアへ視線を向ける。飄々とした口調のわりに、真っ赤な瞳が怪しく光った。


「ねぇ、賢者なんて名乗るくらいだから、それなりに戦えるのよね? だったら今からわたしとやり合いなさいよ」


 殺気を伴った気軽な提案に、フィネアは思わず「ひいいっ!?」と声を裏返す。両手をぶんぶん振りながら、「む、無理無理無理です。わたしなんて、全然強くないですよ!」と、半泣き状態だ。

 リリアが慌ててテーブルを叩き、シーナをたしなめる。


「シーナさん! 魔女と賢者はそもそも性質が違うんですよ! 賢者っていうのは、魔術理論の研究や発明によって認定される称号で、戦闘能力を示す肩書きじゃありません! それに比べて魔女は、あ、あまり言い方よくないですけど……えっと……要注意人物扱いの――」


 くわっとシーナがリリアを睨み、リリアはあわてて目を伏せる。


「う、うう……そういう公式見解なんですよ。『魔女』は国家レベルを崩壊させるほど危険な存在とされているから……。『賢者』は学術的権威で、一番すごい人、みたいな……」


「ふーん、魔女は危険な存在ねぇ」


 シーナはニヤリと笑う。悪魔みたいな笑みといっていいくらいの表情だ。内心ビクビクしながら、リリアは「ひぃっ、ごめんなさいっ」と後ろにのけぞりながら謝っている。

 フィネアはというと「え? ま、魔女!?」とシーナを見て驚いている。賢者もそうだが、魔女なんてレアな存在が近くにいるなんて普通は思わないよな。


「それにしても、魔女と賢者が同時に一堂に会するなんてすごくないですか!」


 リリアはキラキラした瞳でフィネアとシーナを交互に見つめていた。確かに、彼女の言うとおりかもしれない。この光景を写真にでも収めたら、フィネアをよく記事にしている雑誌が買ってくれそうだよな。


「ねぇ、賢者ちゃん?」


 シーナが椅子にどっかり腰かけたまま、足を組んでフィネアをにらむ。


「さっきあんたは「全然強くない」とか言ってたけど、賢者ってことはその辺りの魔術師なんかよりずっと強いんでしょ。だったら、いっそ戦いで確かめるしかないと思うんだけど」


 この物騒な誘いに、フィネアは「ひゅいっ……!」と短い悲鳴をあげて、無意識にオレのほうへじりじり寄ってきた。あー、シーナの悪い癖がまた始まったな。すぐに誰かを「おもしろそう」だとか「暇つぶしにいい」なんて理由で挑発してはバトルへ持ち込もうとする。

 リリアも、あの暴力の記憶が蘇ったのか、「シーナさん! さすがに賢者様に向かって何を……」と慌て出す。


「だってぇ? 賢者だよ? 確かに、勉強とかのほうが得意なのかもしれないけど、魔術の本領は戦いにこそ発揮されるものでしょ。ほら、さっきリリアが言ってたでしょ? 賢者は『一番すごい人』。 だったら強くて当たり前よね?」


 シーナは楽しそうに笑いながら口元をゆがめる。逆さ吊りから解放されたばかりなのに、懲りずに好戦的だ。

 その発言に、リリアは言いよどむように、「ま、まあ……普通に人よりは強いとは思いますけど……」とかごにょごにょ口にする。


「ち、違いますよ!」


 フィネアが思わず立ち上がりかける。椅子がギィと軋むほど慌てている。


「賢者って言われてますけど、その、たまたま運が良くなれただけで、わたし自身はへっぽこなんです。だから、戦闘能力とかも全然ダメで、むしろ普通の人より弱いですよ……」


 その言葉に、リリアが首を横に振る。


「そんな謙遜なさらないでください! あれだけの革命的な理論を打ち立てたんですよね? そんなの……偉大な人に決まってます! 世間じゃ聖女の再来なんて噂まで……!」


 リリアの主張にフィネアは「やめてよもう……」という顔で盛大に頭を抱えた。たぶん、そう呼ばれているのは知ってるのだろうが、改めて第三者から言われると恥ずかしいんだろう。

 それを見たシーナは「へぇ、聖女ねぇ」と小馬鹿にしたように鼻で笑う。


「ふーん、あなた賢者やら聖女とか言われている割にさっきから随分と情けないわね。そんなんじゃ、賢者の名が廃れるんじゃない? なんだかがっかりね。賢者というから少しは期待したのに」


 これ以上煽るなよ、と内心ハラハラしてると、フィネアが珍しく目を潤ませながら声を上げた。


「だってぇ……わたしが賢者になれたのなんて、その……全部……セツくんのおかげ、なんですっ!」


 その場が一瞬、しんと静まった。リリアは「え?」と意味が飲み込めていない様子だし、シーナは「はぁ?」と低い声で返す。

 おおぉぉい、なに言ってんだ、こいつ!!

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