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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―49― 雑草とか土とか

「この辺りはハーブ。あと、バジルとローズマリー、タイムなんかを中心に育てている。それに、その奥にはキャベツやサヤエンドウも植えてあって、もしかしたら収穫できるかもな」


 庭の一角の畑にはいろんな野菜を植えてある。どれも小まめに手入れが必要な品種だ。

 例えば、キャベツは、まだ巻きが甘い外葉が幾重にも重なっていて、そろそろ虫がつきやすい時期でもあるため注意が必要だ。外葉の先端を見ると、ごく小さな穴がいくつかあって、そこを覗くと虫が潜んでいたりする。見落として放置すれば、あっという間に内側の葉に入り込んでしまう。

 サヤエンドウは、淡い緑の若い鞘がぴょこんと顔を出し始めた段階で摘んでやると、シャキッとした食感を最大限楽しめる。

 バジルなんかは香りが強いし、虫がよくつくから取り除いてやらないとな。今も隅っこに黄色く変色した葉っぱがいくつかあるのを見つけては、手袋をはめてちぎる。


「なるほど。ああ、ほら、ここにも虫がついてる葉っぱあるみたいだよ」


 フィネアがマスクをつけたまま、ちょんちょんと指差す。見ればバジルの裏に数匹の小さな羽虫がたかっていた。


「おお、サンキュ。……ってか、そのマスクの視界悪くないのか?」


「悪いよ。でも仕方ないじゃない。……あっ、ひょいっ」


 フィネアは器用に小枝を動かし、虫を払い落としている。視界が悪い割に、意外と手先は器用らしい。


「これはヨモギだな……植えたつもりないからどこからかやってきたんだろうな。雑草扱いしてもいいが、まあ食べてもいいしな……」


 オレがヨモギを引っこ抜きつつ、ふと思い出す。最近リリアと山菜料理を楽しんだりしてたっけ……。

 フィネアはフィネアで、土に埋まりかけた小石を見つけては「これ、根っこに絡まらない?」なんて訊いてくるし、マスクのくちばし部分が枝にひっかかって小さく悲鳴を上げている姿は、どこか滑稽だ。

 キャベツの外葉を軽くめくって虫食いを探すときにも、フィネアがつっかえながら「これ、外葉をもう少し剥いじゃって大丈夫なの?」と尋ねてくるので、「ああ、枯れかけの葉っぱならむしろ取ったほうがいい」と答える。

 そんな何気ない会話を交わしながら進める作業は、黙々とやるのとはまた違った趣がある。


「うわぁ……雑草とか土とか、慣れないと結構大変なんだね……。セツくんなら、魔術を使えばもっと効率的にできちゃいそうだけど、やらないの?」


「せっかくの楽しい作業を自分から奪うやつがいるか」


 そう言うと、フィネアは「ふーん、なるほどねー」と頷く。

 依頼をうけてやっているどぶさらいとは違うんだよ。こういうのは、趣味でやるからいいんだよな。もし、仕事として農業に携わっていたら、魔術を使っていたかもしれない。


「フィネア、前はこんなの興味なかったろ。楽しいのか?」


「うーん……実は結構楽しいかも。最近、頭を酷使しすぎて疲れてたから、こういう単純作業は頭をリフレッシュできる感じがして悪くないかも」


 フィネアは息を吐きつつ、ハーブの鉢をクルッと回して日の当たり具合を調整している。意外と真面目にやってくれるもんだ。姿は完全に怪しいペスト医者だけど。


「まぁ、こんな地味な作業でもストレス発散になるならいいんじゃないか?」


「うん……。セツくんは、やっぱりこういう暮らしが好きなんだね」


 なんとなく、マスク越しにこっちを見上げられている気がする。どんな表情なのかはわからないが、彼女の声はどこか温かかった。


「お前にとっては退屈かもしれないけどな。オレはこれで満足だ。畑いじりして、のんびりして……そんな生活が一番だ」


 フィネアはそれ以上言及せず、小さく笑った気がした。マスクを着けたままだから表情は読み取りにくいけど、なんとなく楽しそうだ。


「なんだか土の匂いって悪くないんだね。あたしもたまにはこうやって地に足をつける必要があるのかも……?」


 そう言うと、彼女は小さく背伸びをして、溢れる風を胸いっぱいに吸い込む。


「じゃ、バジルもう少し摘んでおくかな。今日の昼飯にでも使うか。それと、キャベツやサヤエンドウも、外葉や若い鞘なら摘んでおいても良さそうだな。フィネア、ここはオレがやるから、そっちに生えてる雑草を処理してくれると助かる」


「りょーかい!」


 こうしてオレとフィネアは並んで庭仕事を続ける。なんとも奇妙な光景かもしれないけど、朝日の差し込む庭はゆったりとしていて、周囲は風に揺れるハーブの香りが心地いい。

 これが賢者フィネアだと知れたら、瞬く間にギャラリーが殺到するだろうな……と思いつつ、オレは淡々と土をいじる。


 そのうち、朝露が乾いて、陽射しがじわじわと強くなってきた。

 オレはシャツの袖をまくりながら、ペストマスク姿のフィネアに一言かける。


「……そろそろ部屋に戻るか? コーヒーもあるし、バジルやキャベツなんかを使って軽く料理でもしようか」


「うん、そうだね。手も服も泥だらけだし。洗わせてもらったら、ピザとか食べたいかも……!」


 フィネアは楽しそうに手を振って、引き上げる支度を始めた。注文までするなんて、少し遠慮しろよと思わんでもないが。

 まぁいいけど。ピザ嫌いじゃないしな。

 フィネアのマスク姿さえ耐えられれば、今日のオレの平和な休日は、まさに理想の生活だ。

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