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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―46― じゃあ、遠慮しないからね

「じゃあ、早速、実践形式で模擬戦をしてみようか」と切り出したら、カイルって子がむちゃくちゃ強気に言い放ってきた。


「早くしろよ。あんたがどんなもんか確かめてやる」


 うわぁ……恥ずかしげもなく挑発してくるんだけど。

 もっとも、こういう子には、下手に加減すると「俺をバカにしてるのか」と怒りそうだし……。やるからには、あえて本気でいってあげたほうがいいかもしれない。

「モンスター」を倒したことがあるって言っていたし、それなりには戦えるはずだ。


「こっちはいつでもいいぜ」とカイルは胸を張って言う。

 わたしは落ち着いて深呼吸し、少しだけ身体をほぐした。


「わかった。じゃあ、遠慮しないからね」


 そう言いつつ、わたしは〈魔導刻印〉を発動する。

 魔導刻印は魔道具だけでなく、体内にも直接刻むことができる。

身体強化系インハンサー〉のしかも、わたしのようなスピード型なら必ずある刻印を刻んでいる。それが――


「――疾風(ブースト)


 小さく呟いた瞬間、身体の奥で魔力が巡りはじめるのを感じる。脚力はもちろん、腕の筋力や動体視力など、全身の身体能力が総合的に引き上げられていく。

 スピード型はこのブースト状態を常に維持し続けることがなによりも大事で、相手の攻撃を常に回避しながらカウンターで叩きこむ……というのが基本のパターン。

 武器は基本的に持たない。剣なんか持つとその重量分、スピードが落ちるからだ。それより、拳を強化したほうがずっと効率がいい。まあ、ナイフくらいなら隠し持つことはあるけど。


「へへっ、俺も同じやつが使えるぜ。疾風(ブースト)!」


 カイルも同じ呪文を口にして、体全体からほんのり光を放ち始める。

 こうしてみると、確かにコイツも身体強化はキチンと修得しているみたい。新人と侮らないほうがいいかもしれない。


 ふむ……だったら、やっぱり本気を出さないとね。

 地面をぎゅっと踏み込み、かかとを浮かせる。わたしの脚はすでに走り出す準備を完了していた。

 スピード型同士の対決は、どちらが早く動けるかだけじゃない。大事なのは動きのバリエーションだ。相手を翻弄し、フェイントをいくつも重ねて、自分の攻撃を当てるか、あるいは相手の攻撃を確実に見切るか。


 普通の冒険者はモンスター相手に戦うことが多いから、対人戦闘の動きは割と大雑把。だけどわたしは、騎襲闘技チバルレイドで人を相手に磨かれた技術を持っている。対人こそがわたしの本領だ


「――いくよっ!」


 わたしは一瞬にして踏み込み、カイルとの距離を詰める。

 ひとまず様子見のつもりで、右拳を軽く突き出した。

 これ自体はあえて見て避けろと言わんばかりの直線パンチで、当たるとは思っていない。実際の本命は、そのあと視界の外から入れる蹴りだ。パンチを避けた瞬間の死角に、低い回し蹴りを叩き込む――わたしの中では、そのイメージがすでに完璧に描かれている。


 まずパンチはスカる……その瞬間、蹴りに――。

 あれ?

 わたしの放った拳は、予想外にもカイルの顔面にクリーンヒットしてしまった。


 ガッ……! という鈍い音。カイルの表情が「あっ」という間もなく崩れ、慌てて蹴りのモーションを止めようとしたけど、加速の勢いで全身にブーストがかかっているわたしの脚は止まらない。


 追撃となる回し蹴りが彼の身体を横からさらに捉え、ゴンッ! という衝撃とともにカイルは後方へ吹っ飛んでいった。


「ほ、ほげぇええっ……!?」


 少年の悲鳴とともに、わたしは硬直した。

 やばっ、完全にやりすぎた……。手加減するべきだったのに……!


「ご、ごめん! 大丈夫……っ!?」


 急いでカイルの元へ駆け寄る。

 仰向けに倒れた彼は口と鼻から血を垂らしている。ほとんど気絶しかけてるっぽい。

 その場に立ちすくむわたしのもとへ、隣で見学していたアメリアが駆け寄ってきて、「カイル、大丈夫!? カイル!」と叫んでいるのが、余計に胸を痛ませた。


「リリアちゃん、どうしたの?」


 と、そのとき聞こえてきたのはフローラさんの声。すぐ近くで別の子たちを指導していたのに、こちらの異変に気づき駆け寄ってきたのだ。

 フローラさんは倒れているカイルと、オロオロするわたしを交互に見て、すぐに事情を察したらしい。


「……ちょっと、やりすぎちゃいました。ごめんなさい……」


 わたしは罰が悪そうに視線を下に落とす。フローラさんは呆れた様子でため息をつき、でもすぐに優しく微笑んだ。


「リリアちゃん、彼らはまだなんにも知らない子供なんだよ。だというのに、全力でやっちゃダメよ」


「う……そうですよね……」


 わたしは反省しきりだ。まさか、こんなにも簡単に打ちのめせちゃうなんて。

 カイルが実はそんなに強くない可能性まで考えていれば、初手からあんなにスピードを上げる必要はなかったのに……。


「リ、リリアさんは悪くないです!」


 意外にも、口を挟んできたのはアメリアだった。


「カイルが、大口叩いていたせいです! 『俺は自分の力でモンスターを倒した』とか、偉そうに……。だからリリアさんも本気でやらなきゃまずい相手なのかもって思っちゃったんですよね? そのせいで……こんなふうに……」


 アメリアが呆れた様子でカイルを振り返る。確かに、カイルが強気すぎたというのはあるけど……。

 すると、彼は地面で泣きながら「ううぅ……」とむせび、震える声を上げた。


「う、嘘じゃないもん! 俺は本当にモンスターを倒したんだ……兄貴と一緒にだけど……」


 ……一人じゃなかったんだ。

 内心で納得しつつ、わたしは申し訳なさそうにカイルの背中をさすろうとした。


「え? お兄さんが倒したのに、あんなに偉そうにしていたの? うわっ、ださっ」


 アメリアが心底バカにすると、カイルは傷ついたように顔を真っ赤にし、「う、うるせぇ!」と怒鳴った。


「そ、そんなの同じだろ! いいか、兄貴はなAランクで、このラグバルトで一番強い冒険者なんだぞ! お前なんかより、ずっと強いんだからな……! その兄貴が、俺のことを強いって言っていたから、俺は強いんだ!」


 カイルは痛みに耐えながらも強情にそう言い張る。

 なんだか、どこかで聞いたような台詞だなぁと思わず苦笑いしそうになる。

 わたしも昔は似たようなことを自慢気に言っていたっけ……「わたしは騎襲闘技MVPだから、誰にも負けない」なんて。いま思えば赤面ものだ。


「でも……まさか『ラグバルトで一番強い』ってAランクの冒険者か……。誰のことなんだろう……?」


 そうわたしが考えた矢先だった。

 ――ドオォン、と遠くから炸裂音のような大きな衝撃が聞こえたのだ。続いて、空気を切り裂く何かがものすごい勢いでこちらへ飛んでくる。


「えっ……!?」


 とっさに視線をそちらに向けた瞬間、地面へドスン! と勢いよく突き刺さるように落ちてきたのは――レオンさんだ。

 確かに、彼はAランクだ。全身が泥だらけ、目はカッと見開かれ、肩で大きく息をしている。


「だ、誰か……助けてくれぇぇぇ……」


 レオンさんは恐怖に顔を引きつらせ、弱々しく地面を這いながらこちらへ手を伸ばしてくる。どうやら相当ヤバい状況らしい。


「い、いったいどうしたんですか……!?」


 わたしは思わず駆け寄りたくなったが、その直後、わたしの背後でカイルが何かを叫んだ。


「あ……兄貴……? どうして……!?」


 え? お兄さんって、レオンさんのことだったんだ。


「あれー? この町で一番強いって言い張っていたよねー、そのわりに弱くない?」


 そんな言葉と共に、細い少女のシルエットが現れる。

 ――絶界の魔女、シーナ。

 わたしはその姿を見た瞬間、ぞくり、と背中に嫌な寒気が走る。以前の講習会で散々ボコボコにされ、いまだにあの恐怖が染みついているのだ。

 シーナはゆっくりとあたりを見回し、楽しげに口元を歪めていた。すぐそばには誰か……倒れ伏す姿も見える。もしかして、他の冒険者たちもまた痛めつけたのかもしれない。

 シーナがこちらを向いて、にたりと微笑んだ気がする。

 うわぁ……絶対に嫌な予感しかしないんだけど。

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