―45― 恥ずかしい……
「――えっと、ここでいいのかな?」
朝もまだ早い時間、わたしは街の中心にある広場へ足を運んでいた。
座学ではなく実践形式で教えるということだったので、ちょっとした広場に指定されていた。
しかも、さっきフローラさんと軽く打ち合わせをしたところ「じゃ、リリアちゃんはあっち! 新人の子が待ってるから! わたしは別の子たちを見るから、また後でね~」とだけ言われ、はい解散~……なんて感じだったから、すでに不安でいっぱいだ。
うぅ……本当にわたしがここで先生なんて務まるのかな……。
もじもじと気後れしながら歩いていると、広場の真ん中辺りに二人の男女が立っている。
……あれ? てっきり幼い子供が待ってるのかと思いきや、背丈はわたしとあまり変わらないし、見た目もそう年下ってわけじゃなさそうだ。
「えっと……リリア先生、ですよね? わたし、アメリアっていいます。今日教えてもらうことになって……どうぞ、よろしくお願いします!」
アメリア、と名乗ったその子は、柔らかい口調でぺこりと頭を下げる。素直そうでかわいい。
一方、少年のほうは少し目をそらしながら、あご先を上げてそっけなく言った。
「……俺はカイル。冒険者志望だ」
うわぁ……こっちはちょっととっつきにくそうなタイプだ。ますますちゃんと指導できるのか不安になってきた。
「よ、よろしく……わたしはリリア=ヴェルト。そんなに偉いわけじゃないから、先生って呼ばなくていいけど……えっと、リリアで平気だからね」
名前を伝えると、アメリアは「わ、わかりました」と戸惑いつつ返事をし、カイルはそっぽを向きながら頷く。なんだか対照的な反応だな……。
ともあれ、わたしが担当するのはこの二人。ここで逃げても仕方ないので、覚悟を決めないと。
「あ、あの……リリアさん。ひとつ、お聞きしてもいいですか?」
そう言って手を挙げたのは、アメリアという名の女の子のほうだ。茶色い髪をふわりと揺らしながら、声にはやや緊張が混じっている。
「もちろん。遠慮なく聞いてくれていいよ」
わたしは笑顔をつくって答える。人に物を教えるのは正直慣れていないけれど、先生らしくがんばって答えなきゃ。
「はい。わたし、先日『あなたは身体強化系に向いている』って言われたんです。それってどうしてなんでしょう……? 身体強化系と外部出力系って、どうやって決まるんですか?」
「なるほど、その質問ね」
これは、魔術師にとっては基礎中の基礎なんだけど、最初に習うときはみんな混乱する部分だ。
「うーん、簡単に言うと、自分の魔力がどれくらいの範囲で最も安定して作用するかで決まるんだ。──あ、そうそう、二人とも、最初に適正範囲テストを受けたよね?」
「はい、受けました。三角っぽい水晶みたいなのに手をかざすっていう……あれですよね?」
アメリアがこくこく頷く。横にいるカイルも「……そういえばやったな」と、そっぽを向いたまま返事だけする。
「そう、それ。正式には魔力のスペクタクルテストって呼ぶんだけど、あの三角錐の水晶の中に虹色の光が満ちてるでしょう? それに手のひらをかざして魔力を送ると、スーッとその光が揺らいで、その人の適正範囲によって色が変化するの」
わたし自身、最初にそれを見たときは思わず息を呑んでしまった。
水晶を透過した虹色の光がふわりと立ち上がり、まるで夜空にかざしたプリズムのように、踊るようなスペクタクルを映し出すのだ。それは単なる適正範囲テストというにはあまりにも幻想的で、見るだけで心が弾んだっけ。
「色の出かたによって、魔力がどれくらいの範囲で最も安定して作用するかが一目でわかるのよ。たとえば大きく外側まで光が伸びたうえで、青色から水色っぽく変化すれば射程が広い……つまり、外部出力系向き。逆に水晶の中心近くで色が凝縮して、赤やオレンジによどむように輝く場合は近距離特化だから身体強化系が向いてる。そんなふうに、色合いで判定するわけ」
「へぇえ、すごい……」
アメリアが目を輝かせる。カイルは興味ない風を装っているかもしれないが、チラリとこっちの話に耳を傾けているのがわかる。
「それで、アメリアちゃんもカイルくんも、テストでは赤色に光が反応していたんだよね。だから、身体強化系っぽいってわけ。遠くへ魔力をぶっ放すより、手足に直接パワーを宿すほうが得意なタイプ」
「へぇ、本当にあの光がわたしを決めるものなんだー……」
アメリアが感慨深そうにつぶやく。
あのとき見た虹色の光と、今の自分の体の奥に潜む魔力がどこかでつながっている。そんなイメージが湧いてくるだけで、ちょっとワクワクする。
「そうそう。それこそが、賢者エベラスが打ち立てた『汎用魔術理論』のすごいところ。魔力は曖昧な才能じゃなくて、ちゃんと測れる理論なのよ。……ま、すごく大雑把に言ってるだけだけどね」
わたしは苦笑いしながら付け加える。
本当はもっと複雑な計算式があったり、魔力の流れをより詳細に計測することができたり……深く学ぶなら山ほどある。でも今はまず、楽しむ程度でいいかな。
ちなみに少し脱線するけど、この適正範囲テストの距離がもっとも長ければ、狙撃銃を用いた狙撃タイプ。
中距離なら魔力矢タイプ。さらにもう少し狭いなら、結界タイプ。範囲がごくわずかと狭いなら、治癒師や鍛冶師が向いているってことになる。
適性範囲を知ることで、自分がなにが得意なのか簡単に把握することができるてっわけ。
「それと、もうひとつ大事なのが『瞬発力』と『持続力』」
わたしは再びアメリアとカイルの顔を順番に見る。カイルは微妙にイラついた表情だが、まだわずかに耳は傾けている……はず。
「瞬発魔力が高い人は、一瞬にパワーを集中して叩き込む『バースト型』が得意。逆に持続力が高ければ、速度を長時間維持しやすい。わたしの場合はスピード特化だから速さを維持するって持続力が高いタイプね。それで一気に距離を詰めたり、回避に使ったりするの」
「へぇ……リリアさんはスピード型なんですね」
「うん、そう。で、フローラさんから事前に聞いたんだけど、アメリアちゃんもカイルくんも魔力を使って速度を出しやすいって傾向があるらしいの。だから、ふたりともスピード型身体強化系じゃないかな、ってわたしは思うんだ」
「そ、そうなんですか……ちょっと嬉しいです!」
アメリアは顔を輝かせて両手を握りしめる。その横で、カイルがふっと鼻を鳴らした。
「ふん……さっきからくだらねーな。さっきから基礎中の基礎ばっかじゃねぇか。そんなことより、早く実践をやろうぜ。あんたと戦いたくて、さっきからウズウズしてるんだよ」
カイルは口調こそ抑えているものの、言葉の節々から苛立ちがにじむ。わたしは思わず言葉に詰まった。
「え、えっと……実践も大事だけど、理論を知らないと――」
そう言うと、カイルは呆れた口調でため息をついてきた。
「オレはもうじゅうぶん隠れて実践積んでんだよ。こないだも俺の力で熊っぽいモンスターを倒したぐらいだし。はっきり言って、その辺りの冒険者よりもオレは強いって確信しているね」
さらりと言うその口ぶりには、自信を通り越して確信めいた傲慢さすら滲んでいる。アメリアが「え、すごい……! 本当なの?」と驚くのも無理はないだろう。まさか、冒険者じゃないのに、一人でモンスターを倒してしまうなんて、確かにすごいのかもしれない。
「つまり、オレが本格的に冒険者になれば、A級なんてすぐなんだよ。あんたはまだC級のようだが。……はっきりいってC級くらいじゃ、いまのオレからしたら物足りねぇな。でも、肩慣らしにはちょうどいいかもな」
隣ではアメリアちゃんが「ちょっと失礼だよ……」と小声で注意している。
傲慢だと捉えられてもおかしくないカイルの態度を見て、わたし――リリアは思った。
――少し前のわたしみたいだ……!
わたしも他の冒険者たちを見下して、やれMVPだとか学院首席だとかあちこちで言っていたな……。
「わ、わかった。じゃあ、わたしと一対一で実践形式で軽く戦ってみようか」
「あぁ、いいぜ。怪我しないように気をつけろよ。俺、けっこう強いから」
そう言って、カイルはドヤ顔する。
モンスターを一体倒した程度でどうしてここまで強気になれるんだろう。どうせ、この後、わたしに現実をわからされるのに……。
その様を想像すると、わたしの表情は一気に火照ったように熱くなってしまった。
は、恥ずかしい……。
あぁぁあああっ、少し前の自分を見ているみたいで恥ずかしい……っ。




