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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―42― 今度こそ確実に仕留められる

 わたしの名は黒鴉。

 いま、わたしは町の外れにある小さな工房に立っている。

 そこには頑固そうな顔立ちの鍛冶師がいた。腕利きだという噂を聞きつけて、先週こっそり足を運んだのだ。

 前回の鍛冶師はまったく信用できなかった。

 一度どころか二度も魔銃が暴発なんて話にならない。おかげで依頼主からの依頼も撤回され、わたしの暗殺者としての名誉まで地に落とされる始末。

 焦りに焦っていたわたしだったが、今はもう依頼がない。時間はある。そこで前回のように急ぎではなく、じっくりかけて、この男に狙撃銃を調整してもらっていた。


「──ほらよ。こんなところかねぇ」


 鍛冶師がわたしの前に差し出したのは、長い銃身を持つ魔銃。今までと同じモデル――イクリプス(Eclipse)だ。

 黒光りするパーツには丁寧な彫り込みが施され、装填口や撃鉄まわりも綺麗に仕上がっている。溝と継ぎ目の繋ぎが滑らかで、見るからに良品とわかる一品だ。


「確認させてもらう」


 わたしは念入りに銃身やスコープをチェックする。

 細かい金属部品の噛み合わせ、魔導刻印の焼き込み具合、そして引き金の抵抗。どれも申し分ない仕上がりだ。


「どうだい?」


「……及第点だ。十分だな」


 素っ気なく答えながらも、わたしは手応えを感じていた。

 問題は金額だが……こいつを買うために、わたしはほとんど貯金を叩いてしまった。狙撃銃を何度も買い替えたせいで、財布はすっからかんだ。今後、まとまった依頼が来ないと生活すらままならないだろう。

 鍛冶師に代金を支払い、一礼を交わして工房を出ると、わたしはすぐに森のほうへ向かった。やはり実地で撃ち慣らしをしないことには安心できない。



 木々の生い茂る森の中。切り株や低木が連なる奥まった場所で、わたしは手に入れたばかりの狙撃銃を構えていた。

 標的は木の幹に貼りつけた小さな目印。距離を測り、スコープ越しに狙う。引き金にかけた人差し指が心地よい抵抗を感じる。ゆっくりと魔力を込めていき――


「――射撃(ショット)


 トリガーを引く。

 弾道が空気を切り裂き、目印を正確に射抜いた。

 暴発などする気配もない。まるでわたしの意志に呼応するかのように、銃身が微振動を返す。その繊細な感触はたまらなく心地いい。

 ――何度か撃っては感覚を確かめ、トリガーの重さに馴染むよう繰り返す。

 一発、また一発。わずかな揺れすらコントロールできる自信が戻ってくる。

 森の中の風を読み、音に気を配り、銃口を安定させる。この作業こそ暗殺者の醍醐味だ。


「くくっ……いいぞ。これなら、今度こそ確実に仕留められる」


 反動さえ馴染んできた。魔導刻印も安定している。

 問題は、どぶさらいのF級冒険者セツを殺したところで、一銭にもならないことか。それでも、あの男を野放しにするのはどうにも気に食わない……。

 だが、優先すべきはわたしのこれからの収入だ。生きていくには金が必要。まず、暗殺者として仕事を請け負い報酬をもらわなければ。


「……まずは次の仕事を探さないとな」


 わたしは狙撃銃を担ぎ、森を出た。



 夜の街外れ。人気の少ない裏通りに設置された魔導通信機のボックスへ、そっと身を滑り込ませる。

 薄暗い室内で、わたしは繰り返しダイヤルを回す。いくつかの偽装番号を通す必要がある。闇の組織に繋ぐには、それくらい念入りな手順があるのだ。


「──もしもし? そこは雑貨店ラルト商会ですか? 先日注文したレバーがまだ届かないんですが……」


 合言葉を交えた無駄話をいくつか続けると、ようやく中央の魔導刻印が淡く光り始め、ざらついたノイズの奥から別の声が聞こえてきた。


『はいはい、お客様。お取り寄せ商品ですね? 少々お待ちください。今から仕入れ先に確認いたします』


 さらに約束されたキーワードを二往復する。実に面倒だが、これも闇の組織特有のやり方だ。

 そして数十秒後、ようやく『ボス』の声が受話器の向こうに現れた。


『――黒鴉。久しぶりね。どうしてまたわたしに連絡してきたのかしら?』


 聞こえてくるのは妙齢の女性の声。落ち着いていて、どこか冷たい響きを持っている。

 わたしは深呼吸をし、一応は丁寧に言葉を選んで話しかける。人に聞かれても誤解を与えないよう、遠回しな表現を使うのが常だ。


「新しい依頼品について相談したい。そろそろ別の配送先に荷物を運びたいんだが、担当してくれる業者を斡旋してもらえないか?」


『ふーん。要は新しい仕事が欲しいってことだね?』


「そうだ。今なら即日対応も可能だ。……どうだろう、なにかいい案件はないか?」


 一瞬の沈黙。電話越しでもわかる。ボスが険しい表情をしているのが手に取るようだ。


『もう必要ないわ。あんたはウチとは関係ない』


「……は?」


 思わず聞き返してしまった。必要ない? たかだか一度の失敗で、そこまで言われなければならないのか?


『わたしは寛大だからね、多少のかわいい失敗なら目を瞑ってあげることもある。けど、あんたの場合は話が違う』


 電話越しにボスの声がひりついた。


『底辺冒険者ひとりに何度も暴発ってどういうことだい? おまけに、あんたの失敗は裏社会にもう知れ渡ってる。仕事を失敗したって噂だけならまだしも、それが「銃が暴発して自滅」ときた。誰もそんな暗殺者に頼みたがるわけがないでしょう?』


 息が詰まる。わたしは焦りに焦って、言葉にならない声を発した。


「で、でも、確かに今回は想定外だったが……! 過去にわたしは何度も成功を――」


『もう終わりよ。あんたはこの業界で生きていけない。残念だけどね』


 ボスの口調には一片の情も感じられない。鉄のように冷たく、断固としている。


「そ、そんな……待ってくれ! わたしには、今の仕事が……暗殺者としてやっていくしか道がないんだ……!」


 すがりつくように懇願しても、ボスは鼻で笑う気配すらなかった。むしろ静かに怒りを滲ませ、言葉を続ける。


『なめるんじゃないわよ。こんな醜態を晒した時点で、あんたは切り捨てられて当然。言い訳を並べたって、もう遅い』


 ガチャリ。相手が通話を一方的に切る音が響いた。

 わたしは耳に受話器を当てたまま、呆然と固まる。どれだけダイヤルを回し直しても、もう雑音すら繋がらなかった。


「くっ……くそっ……!」


 通信機のボックスから出て、わたしは路地裏の暗闇に膝をつく。

 頭がぐらぐらする。闇の組織に見放された暗殺者など、どこへ行っても仕事はない。そんな噂が広がってしまえば、新たな依頼など舞い込むはずがない。

 せっかく新しい狙撃銃を手に入れても、これでは意味がない。金もない。守るべき信用も失った。


「……くそっ……」


 渇いた石畳に拳を叩きつける。声にならないうめきが喉を震わせるが、誰も振り返らない。深い夜の闇が、わたしを嘲笑うかのように静まり返っていた。



 ボス――そう呼ばれる女性は、小さな通信室で、ヘッドセット状の受話器を片耳にあてていた。

 やがて通話を切り、低く長いため息をつく。


「ふん……黒鴉め、往生際の悪い奴だ」


 部屋の奥の椅子に腰掛けながら、近くに立っていた少女のほうへ視線を投げる。

 少女は足を投げ出すように立っており、ボスの前だというのに、その軽そうな態度が際立っていた。服装はカジュアルで、長めの上着に何やら派手な飾りを付けている。


「今の会話、聞いていたか? 黒鴉はもう使えない」


「ええ。オネエチャンがあんなに必死になるなんて、ちょっと意外だったね~。にしても、ダサい失敗だよねぇ、暴発だなんてさ~」


 少女はくすくす笑いながら答える。ボスがそこに厳めしい視線を向けても、まったく意に介さない。


「笑いごとじゃない。今回の依頼の発注元は、そんじょそこらの商会なんかと比べ物にならないくらい巨大なんだ。このまま失敗が続けば、わたしたちの立場だって危うくなる」


「はいはい、そうだよねー。あたしもわかってるよ、お金の匂いがプンプンする大口だってこと」


 少女は軽い調子のまま、口の端を吊り上げる。


「だから、お前に任せる。黒鴉の尻拭いをしてもらう。標的は例のどぶさらい冒険者セツと――ついでに黒鴉も始末しときなさい。裏社会の笑いものを抱えてても、こっちには得がない」


「はーい、了解でーす」


 まるで近所にお使いへ行くような気軽さ。

 ボスはその無頓着な態度に内心舌打ちしつつ、それでも少女の腕を信頼していた。彼女もまた、黒鴉と同じくコードネームを持つ暗殺者。


「桃兎。……あんたの狡猾さと正確さなら、そう簡単に失敗はしないはずだけど……油断だけはするんじゃないよ」


「ふふっ、任せてよ。あたし、悪運だけはいいんだから」


 桃兎と呼ばれた少女は、どこまでもお気楽そうに笑う。

 まるで、この世界を一歩外から眺めてでもいるかのような、軽薄な瞳。

 しかしボスは知っている。彼女の軽さが持つ残酷さと容赦のなさを。だからこそ、今回の厄介な後始末を任せるに値するのだ。


 ──夜の闇が静かに深まっていく。

 黒鴉は孤独を噛みしめるようにうずくまり、桃兎は嘲笑うように殺しの舞台へ赴く準備を始めていた。

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