―40― 今までずっと勘違いしてました……
山菜をたっぷり採ったあと、リリアと二人でふもとの街へ戻ってきた。腹ごしらえもしたし、いい具合に日が落ち始めている。適度に体を動かしたおかげで、なんだか気分もすっきりした気がする。
「さて、今日はずいぶん収穫できたな。ヨモギとかコゴミは、まだ残ってるし……フキノトウもあるし……」
肩にかけた袋を指先で揺らしながら、ぼんやり考える。
どうやって食べようか。このまま明日以降に回してもいいが、折角の採れたてだし、やっぱり今夜中に片付けたいような……。
「……やはりここは王道の天ぷらにしようかな。コゴミやフキノトウなんかは揚げると苦味と香りが立ってうまいんだよ」
「わぁ……おいしそうですね!」
リリアが目を輝かせる。そうだ、どうせなら彼女にも振る舞ってみるか。彼女のおかげで大量に山菜が採れたし、せっかくなら夕飯もごちそうしてやりたい。
「なあ、もしよかったら、今日の晩メシに山菜の天ぷらでも食べていくか?」
「え……わ、わたしもいいんですか?」
一瞬、リリアが驚いたような顔をする。だけどすぐに、彼女は口元を綻ばせた。
「行きます行きます! 嬉しい……! ありがとうございます、セツさん!」
なんだかリリアの頬がほんのり赤くなっている気がする。慌てて腕を振って「ありがとう」を連呼する姿が、微笑ましい。こっちとしては「大したことじゃないぞ」と照れくさくなってしまう。
ところが、突然リリアの笑顔が微妙に硬くなった。何かに気づいたらしい。
「……あの、セツさん。その……奥さんは大丈夫なんですか? 突然わたしが来たら怒るんじゃ……」
「は……?」
思わずまぬけな声が出る。
奥さん? 誰の? オレにそんな存在がいるわけがない。リリアは急に何を言いだすんだ。
「い、いや、オレは独り身だぞ。奥さんなんていないが……?」
「えっ、でも、この前『ダーリン』って呼んでいるあの方……絶界の魔女シーナさんって、てっきりセツさんの奥様なんじゃ……」
その発言にオレは一瞬固まってしまった。脳みそがガタガタいっている気分だ。シーナが……オレの嫁……? いやいや、絶対にあり得ない。前世でサービス残業押し付けられるよりあり得ない話だ。
「ええっ!? いやいやいや、あいつはただのストーカーだぞ?」
「す、ストーカー……?」
リリアが素っ頓狂な声をあげて目をパチクリさせる。
ま、無理もないのか……? 第三者から見れば、シーナは「奥さん」呼ばわりされてもしょうがないほどベッタリだし、勝手に家へ侵入もしてくるし、本人はダーリン呼びだし……。そりゃ勘違いされるよな。
「確かにあいつは何かと『ダーリン』って呼んでくるけど、オレはそういう関係じゃないって何度も言ってる。あいつが一方的に呼んでるだけだ。迷惑以外のなにものでもない」
「そ……そう、だったんですね……。はぁ、てっきりご夫婦かと……! 今までずっと勘違いしてました……」
リリアは気恥ずかしそうに顔を赤らめ、頭を下げた。
「いや、勘違いするのも仕方ないな。あいつのああいう調子、オレは慣れてもうなにも思わなくなってしまったが、端から見ればどういうことだ? ってなって当たり前だよな」
すると、リリアは少し間を置いて、神妙な顔つきになる。そして言葉を探すように口を開いた。
「……その、もし迷惑ならやめるよう注意したほうがいいと思いますけど?」
「うーん……まあ、とめたいのはやまやまだが、今まで経験上、なにをしても無理な気がする」
頭を掻きながら苦笑いしていると、リリアがスッと背筋を伸ばした。さっきまで遠慮がちだったくせに、なんだか目に決意が宿っているような。
「なら、わたしもお手伝いします! シーナさんの勘違いを解いて、ちゃんとセツさんの迷惑を減らせるように! ……だって、セツさんにはお世話になってるし、それに……シーナさんのやってること、どうみてもおかしいじゃないですか!」
「お、おう……。そうか、まあ手伝ってくれるぶんには心強いが」
なぜそこまで張り切るのか正直わからないが、彼女が本気でそう思ってくれるならオレとしては助かる。あの絶界の魔女をどう制御するか、正直頭を抱えてたところだし。
「ありがとう、リリア。まあ、何かいい策があったら教えてくれ」
「はい!」
◆
そうして夕方になりかけの頃、オレたちは街外れにあるオレの家へ戻ってきた。細い路地を抜け、古い木造の外観が視界に入ると、なんとなくホッとする。
ところが——。
「……セツさん、あの、窓から人の姿が見えるんですが……」
リリアが小声で囁くまでもなく、わかってしまった。案の定、ソファの上で足を組んでいるシーナの姿が、窓越しに丸見えだ。何を当たり前に寛いでいるんだよ、あいつは……。
「……ほんと、勝手に家に入るなって何度言えばわかるんだか」
玄関の扉を開けると、すでに居座っていたシーナが振り返ってにやりと笑う。
「ダーリン、お帰りなさーい。今日はどこへ行っていたの? せっかくなら、わたしも連れて行ってくれたらよかったのに」
テーブルの上には勝手に淹れたらしい紅茶のカップが転がり、適当につまんだクッキーの皿も見える。
マイペースすぎる。部屋主のオレよりくつろいでいるってどういうことだよ……。
「いや、勝手に入るなよ。鍵をかけてたはずだが?」
「ふふん、そんな鍵、あたしには通用しないわよ。ダーリンはやっぱり警戒心が足りないんじゃないの?」
シーナはスキンシップでも求めるかのように、こっちへツカツカ寄ってくる。すぐさま抱きつかれる前にヒョイと横へかわした。
「相変わらず避けるのが上手ねぇ。そんなつれないダーリンも好きよ」
「はいはい、どうも。そう言われても、オレは全然うれしくないが」
チョップを軽く落とすと、シーナは「きゃんっ」と不満げに声をあげるが、まったく懲りない様子だ。毎度これだよ、ほんと……。
すると、オレの後ろにいたリリアが前にでてきては拳を握りしめながら声をあげた。
「し、シーナさん……! その、セツさんは、とっても迷惑しているんです! だから、勝手な行動は控えたほうがいいと思います!」
勇気を振り絞ったリリアに対して、シーナは初めて存在に気づいたかのように彼女の顔を見て、細い目をすっと細める。
「誰だっけ、あなた……?」
「ひっ……!」
それだけで、リリアは顔面蒼白。
恐怖のフラッシュバックに襲われたようで、即座にオレの背中に回って隠れる。ここからでも身体が小刻みに震えているのがわかる。
「もう忘れたのかよ。以前、シーナの講習会の相手をした子だよ。あのとき、お前が――」
オレが最後まで言葉を継ぐ前に、シーナは無邪気な笑みを浮かべた。
「ああ、思い出した。あのときわたしが講習会でめちゃくちゃにした子ね。またわたしにボコられに来たの? いいわよ、そういう歯向かってくれる子、わたし大好き!」
「こ、こわい……っ」
リリアは悲鳴をあげて、より一層オレの背中に縮こまる。その上、しがみつくようにオレの背中の服を掴んではブルブルと震えていた。
「おい、シーナ。そんな物騒なこと言うな。かわいそうだろ?」
「むぅ、なんでダーリンはその子ばっかりかばうの? わたしという妻がいるのに」
「いったいいつお前が妻になったんだよ」
シーナの嫉妬丸出しの目つきに、こっちがうんざりしそうになるが、これだけ怖がっているリリアを守らないわけにもいかない。
まさか講習会でのトラウマがここまで深刻だとは思わなかったが。
「……まあいいわ、わたしは嫉妬するような器量の狭い女じゃないから。それで、その子はなにしにきたの?」
「さっきまで一緒に山菜採りしていたからさ、山菜を使ったてんぷらでもごちしてやろうかと思ったんだよ」
「いいわね、天ぷら! わたしも食べる!」
少しは遠慮しろよ、と思うがいつものことなのでツッコむ気すら起きない。
とりあえず「今夜のごはんは山菜の天ぷら」という目的ができたわけだし、さっさと始めてしまうか。




