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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―39― 山菜採り

 オレには「山菜採り」という趣味がある。

 前世でブラック企業に疲れ果てていたときも、自分のペースで自然と触れ合うような時間があれば、あんなに追い詰められずに済んだかもしれない……。

 そんな思いから始めたのがきっかけだ。


 舗装されている山道は冒険者が頻繁に見回りしているのでモンスターは滅多に出てこない。

 だから山道から外れないように気をつけながら、季節の野草や芽を探す。

 ひとつ摘むたびに、小さな達成感があるし、何よりのんびりできる。俺にとっては、日々の疲れを癒やしてくれる大事な時間だ。

 採った山菜をささっと調理して食べるのも、密かな楽しみのひとつだ。特にこの季節の山菜は苦味と香りはいいんだよな。


 とはいえ、まさかリリアと一緒に行くことになるとは思ってなかったが。まあ一人もいいが、たまには誰かと行くのも悪くないか。


 それに今日出会ったリリアは、なんだか空気が重いというか、表情がどこか暗かった。大げさな言い方かもしれないが、前世の自分が追い詰められていた頃の雰囲気に、似た部分がある気がした。

 もしかすると、この前シーナにボコボコにされたのがトラウマになっているのかもな……。

 そう思うと、流石に放っておけない。

 一緒に行きたいと言われたとき、迷いなく了承したのはそういうわけだ。

 山菜採りで少しでも彼女の心が晴れればいいんだが。


 そんなことを考えながら歩いていると、小高い山の入口に着いた。

 リリアはちらちら周囲を見回している。どうにも落ち着かないのか、それとも久々の自然に興奮しているのか。オレは、とりあえず彼女をこの辺で止める。


「ここら辺でいいかな。ほら、あれはフキノトウってやつだ」


 道端の小さな盛り上がりを指さすと、土の間から黄緑色のつぼみが覗いている。

 オレも最初は「こんな可愛い芽を食べるのか?」と驚いたことがある。リリアは膝をついて、興味津々にその芽をつまんでいる。


「へぇ……こんなに可愛い見た目なのに、食べられるんですか?」


「ああ、この時期の定番だな。苦味があるけど、揚げると旨いんだよ」


 そう答えると、リリアは「へえー……」と嬉しそうに返事をして、そっとフキノトウを摘み取っていた。

 俺自身もささっと周囲を見回し、食べ頃のやつを見つけては袋に放り込む。


「こっちのほうにはヨモギがあるな。あとは、ちょっと奥を見ろ。あれが『コゴミ』ってシダの仲間。あの巻いてる部分が若芽で、食べられるんだ」


「コ、コゴミ? シダを食べるんですか?」


「まあ、山菜だからな。シャキシャキしてて旨いぞ」


 リリアは「そんなものまで食べるんだ……」と驚きながらも楽しそうに袋に詰めている。身体を動かしているうちに、彼女の表情がだんだん柔らかくなっているのが、横目にも分かってちょっと嬉しい。


「わあ……気づけばこんなに摘んじゃった。山菜って結構あちこちにあるんですね」


「それだけあれば十分だ。じゃあそろそろ昼飯にするか。ちょうどいい場所を知ってるんだよ」


 オレはそう言って、山道から少し外れた小さな河原へ案内する。透き通った川がさらさら流れ、桜に似た薄桃色の花がチラチラ舞っている、ちょっとした穴場だ。

 この場所を初めて見つけたときは、「ここでのんびりしたら最高だろうな」と思ったもんだ。


「ほら、そこの石にでも腰かけろよ」


「はい……わぁ……すごく綺麗……」


 リリアは、川辺の石に腰かけながら、舞い散る花びらを嬉しそうに見上げている。

 さて、調理するにはコンロが必要だな。

 そう思いつつ、人差し指を円を描くように回す。すると、割れ目のようなものがでてきて、小さな携帯コンロが出てくる。


「わぁ! セツさんって収納魔術が使えるんですね」


 ふと、リリアが感嘆な声をあげる。


「あぁ、そうだが。収納魔術ってそんなに珍しい魔術なのか?」


「当たり前じゃないですか。収納魔術なんて、凄腕の魔術師じゃないと使えないですよ。わたし、アストル学術院の首席でしたが収納魔術なんて全く無理ですよ。収納魔術なんて賢者のようなすごい人じゃないと使えないんじゃないですかね。流石、セツさんだなぁ」


「……そうなのか」


 一度、排水溝から採ったスライムを大量に換金してもらおうと、商人の前で大量に収納魔術から取り出して驚かれたことがあるので、それ以来、人前では使わないようにしていた。

 けど、多少腕がある魔術師なら使える魔術だと思っていたが、実際のところはそうじゃないのかもな。


 まあ、収納魔術のことは一端置いといて、取り出したコンロを起動させる。魔導刻印を起動させれば簡単に火がつくタイプだから、わざわざ焚き火をしなくても済むのがありがたい。


「せっかくだし、採った山菜をちょっと調理してみようか。リリア、苦いのは平気か?」


 そう言いながらフライパンやら調味料やら、水筒を収納魔術から取り出す。こういうときのために、いろいろと収納魔術にいれてあるのだ。


「平気です! むしろ興味あります。外で料理するなんて初めてです!」


 リリアが目を輝かせて言うから、こっちも少しやる気を出してしまう。

 まずはフキノトウを軽く洗って泥を落とし、細かく刻んでバターでさっと炒める。

 香りづけに使うのは茶色いグレイヴィソース。これは肉を煮詰めたり野菜を炒めたりした出汁をベースに、少量の小麦粉や香辛料でとろみをつけたものだ。

 本当は味噌なんかがあれば最高なんだが、この辺りでは流通しておらず手に入らないので、このソースで代用だ。


 フライパンの上でじゅうじゅう音が立ち始め、バターの香ばしさにグレイヴィソースのコクが混ざる。フキノトウの苦味がそこに加わり、独特の香りが立ち上がってきた。

 一方、コゴミやヨモギは軽く茹でて下処理し、塩とオリーブオイルでサラダ風に仕上げる。最後に持参の干し野菜をコンソメで煮込んだシンプルなスープを作ったら、もう準備は万端だ。


「できたぞ。ほら、これリリアの分だ」


「ありがとうございます! わぁ、すごい……」


 石の上をちょっとしたテーブル代わりにして、フキノトウのグレイヴィ炒め、コゴミとヨモギのサラダ、コンソメスープを並べる。決して派手な献立じゃないが、山菜の香りと味を存分に楽しめる組み合わせだ。


 リリアは興奮した様子で、まずふきをぱくっと口に運ぶ。すぐに目を丸くして「……わ、わぁ……すごくおいしい」と声を上げた。ちょっと大げさだけど、それが嘘じゃないのは顔を見ればわかる。


「だろ? 最初は苦く感じるかもしれないけど、慣れるとクセになるよ。春の山菜は苦味がごちそうなんだ」


 俺もひとくち食べてみるが、やっぱり旨い。仕事でくたびれた身体にはちょうどいい刺激だ。

 さらにリリアはコゴミをサラダ仕立てでつまむ。シャキシャキした音が耳にも心地いい。


「えへへ……こういうの初めてだから、すごく感動しちゃいますね。ありがとうございます、セツさん」


 そう言われると、少し照れるな。視線をそらしてスープをすすりながら、言い訳がましく返す。


「別に、大したことしたつもりないけどな。山菜の場所さえ知っていれば、このぐらい誰でもできる」


「でも、……わたしひとりだったら何が山菜かわからなくて、毒草摘んでたかもですし」


 そんなふうに楽しそうに笑う彼女を見ていると、誰かに料理を振る舞うのも悪くないと思えてくる。

 ほろ苦い山菜の香りに、川のせせらぎと花びらが彩りを添え、ささやかだけど豊かな時間が流れている感じだ。


「はぁ……たまにはこういうのも悪くないな」


 そう言うと、隣ではリリアが「うん、ほんとに美味しいです」なんて言いながら顔をほころばせていた。


 見上げれば、花びらがひらひら流れて川面に落ち、そのまま流されていく。オレは思う——こんな日が、時々訪れるだけで幸せなんだよなあ、と。

 オレには贅沢なんて必要なくて、こうして山の幸をのんびり味わう程度がちょうどいい。シンプルだけど、心が満たされていく。

 声に出さないその思いを抱えながら、俺はふきの香りを楽しむ。美味い。世間でどんな騒動が起きていようが、今はこの小さな幸せが何よりのごちそうだった。

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