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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―36― 仕事終わりのビールって最高だよな

「はい、完了です。こいつが原因のスライムですね」


 俺はそのまま瓶を掲げてみせた。中には、さっきまで溝をつまらせていた原因だったスライムがもぞもぞ動いている。


「え……もう? だって、まだ一分も経ってないわよ?」


 そう言って、依頼人が目を丸くしていた。


「まぁ、慣れてるだけですよ。ずっとこの仕事ばっかりやってますから」


「そ、そうなの……随分と手際がいいのね」


 感嘆の息をもらす彼女に、俺は軽く肩をすくめる。

 いつも言うことだけれど、スライム退治なんて弱い魔物だからこそ、パッと済むのがありがたい。危険な敵を倒すより、よっぽど楽で当たり前だ。


「これで多分、溝はしっかり流れるようになるはずです」


「わかったわ。こんなに早く終わるなんて、本当にありがとう。助かったわぁ……」


 彼女は深々と頭を下げてくれた。多少なりとも「ありがとう」と言われると、それなりに嬉しい。さて、お礼も聞いたし――


「では、ギルドに依頼完了の報告だけお願いします。手間を取らせちゃいますが、依頼人が報告してくれないと報酬が出ないんですよ」


「もちろん! すぐ連絡しとくわ!」


 そう言って家の奥へ戻るターニャさんを見送り、俺は家の裏手から街道へと抜け出す。束の依頼書をめくりながら、まだまだ次が待っている。あと四十九軒……長い道のりだが、これも慣れだ。サクサクこなせばすぐ終わる。



 ……そんな調子で次々と作業を進め、昼を回る頃にはすでに三十軒を片付けていた。一軒あたり一分、二分そこらで済むから、楽なもんだ。

 そして夕方までには、めでたく全五十件の作業を完遂。最後の依頼先の扉を閉めたあと、オレは大きく伸びをした。


「よーし、全部おわったー……!」


 依頼書の山もこれですっきりだ。魔術をうまく利用してタイムアタック気分を楽しむのも、毎度のことながら少しだけ達成感を覚える。仕事を好きなわけじゃないけれど、こうして終わった瞬間は「やり切った」と思えるもんだ。


「さて……今日はなかなかのタイムだったんじゃないか?」


 そう呟いて懐から小さめの懐中時計を取り出す。針の動きを見ると、思ったより数分ほど早く片付いたみたいだ。


「これは最速かもな……」


 仕事が好きってわけじゃないけど、こうして少しでも効率が上がると、ほんの小さな幸せを感じる。少なくとも、まったく仕事をしないで引きこもるよりは、社会との繋がりを実感できるし。

 そんなことを自分で納得しつつ、懐中時計を仕舞いこむ。さて、このままギルドへ報告に行く前に……。


「ん、そうだ。通信機を使って依頼完了を連絡しとくか」


 ギルドでは、原則として「仕事を完了したら、報告をする」という流れが必要だ。ただ、わざわざギルドまで足を運ぶのも手だけど、今は街のあちこちに公衆の通信機が設置されている。これがなかなか便利だ。

 通信機――厳密には「魔導音声送受器」と呼ばれる代物。

 見た目は縦長の木製ボックスに、コード付きの受話器がついている感じで、ガラス製の小さな魔力ランプが内蔵されているのが特徴だ。この魔力ランプがうまく音声を拾い、繋がった相手の装置に伝えてくれるというわけだ。


 ……とは言え、故障が多いのと魔力回路が常時安定しないから、街中にあっても使えないことも多い。今日はちゃんと使えることを祈るばかりだ。


「ふむ……まぁ、これは大丈夫そうかな。比較的新しそうだし」


 オレがそのボックスの中に入ると、アンモニアくさいというか変なにおいがして、「掃除もう少しちゃんとやれよ……」と心の中で愚痴りつつ受話器を取る。コードの先に据えられたダイヤル状の魔石を回し、ギルドの回線番号を入力していく。


 カチッ、カチッ――ダイヤルを回すたびに、魔力ランプがチカチカ点滅を繰り返す。すると、しばらくしてガリガリと雑音混じりの音が聞こえ、やがて――


『はい、こちらラグバルト支部冒険者ギルドです。どなたでしょうか?』


 受話器の奥から受付嬢らしき女性の声がした。会話することの多いセレナさんやミレイさんの声ではなく、この声は別の職員のようだ。


「あ、セツです。さっき受けたどぶさらいの依頼、全部片付きましたんで報告を。ええ、五十件のやつです」


『早いですね……わかりました! 依頼主さんたちにもこちらから完了確認しますね。ありがとうございます!』


「はい、よろしく。じゃあ、また」


 通話を終了し、ガチャリと受話器を戻す。これで「依頼を受けた仕事を完了した」という事実はギルドの記録にも残るはずだ。後日、ちゃんとまとめて報酬が振り込まれるだろう。

 さっさとギルドまで行っても良かったんだけど、今日はもうヘロヘロ。五十件を最速で終わらせた疲れがドッと出てきた。

 ……となると、晩飯は料理する気力もないよな。


「行きつけの酒場にでも直行しようか」



 町の裏路地を抜け、大通りに面した場所にある木造の酒場。

 依頼を終えたあと、オレは決まってこのお店に行く。この店はなにを頼んでもうまいからな。

 ギイ……と古びた扉を開けると、独特の潮の香りが混じった料理のにおいと、甘い麦芽の匂いが鼻をくすぐる。日が落ちて間もない時刻だというのに、既にカウンター席はそこそこ埋まっていた。


「あら、セツくん! 久しぶりじゃないの」


 カウンターの奥から、どっしりとした体格の女将さんが笑顔で手を振ってきた。歳は五十前後だろうか、ふっくらした頬がよく動く朗らかな人だ。


「最近仕事をサボってたんで、あんまり外に出てなかったんですよ。久々に仕事終わらせて疲れたんで、来ちゃいました」


「そうかそうか。来てくれて嬉しいよ。うちでゆっくりしてきな」


 言われるがまま、カウンターの角の方へ腰を下ろす。背中を預けるように凭れて深呼吸。ああ、今日一日の疲れが一気にほぐれる感じがする。


「じゃあビールを一杯お願いします。あと……今夜のおススメ料理、なんかありますか?」


「あるわよ~。ちょうどいいカレイが入ったのよ。ムニエルにして、ハーブバターを乗せるのがおすすめ。あとは帆立貝のクリーム煮もあるし、野菜は高原で採れたてのキャベツを添えるわ。どう?」


「最高。じゃあカレイのムニエルと帆立貝のクリーム煮、両方お願いします」


「豪勢ね~。あたしも張り切って作るわ。待っててね」


 女将さんがそう言って調理場へ消えると、俺は勢いよくビールを流し込む。シュワッと喉を潤す苦みとコクが体に染みわたって、「くぅ……」と声がこぼれた。


「やっぱり、仕事終わりのビールって最高だよな……」


 ごくり。もう一口。ぷはぁ……。疲れた体にしみるしみる。毎日がサボりでもいいと思いつつ、こういう一杯が一番おいしく感じられるのは、やっぱり「仕事後」の特権なんだよな。

 ビールをちびちび飲みながら、店のざわめきを耳に傾ける。ダーツに興じる若い冒険者たち、今日の討伐成果を自慢しあう客、静かに酒を味わう中年男性――みんなそれぞれのペースで楽しんでる。こういう雑多な空気、俺は嫌いじゃない。


「お待たせ~、カレイのムニエルと帆立貝のクリーム煮だよ」


 程なくして女将さんがやってきて、皿をカウンターに置いてくれる。香ばしく焼かれたカレイの皮がパリッと音を立て、白身はふんわりとしていて、上に乗せられたハーブバターがとろりと溶け、いい香り。帆立貝のクリーム煮も、濃厚なソースが帆立の旨味を引き立てていて、何とも贅沢だ。


「いただきまーす」


 フォークを差し込んで口に運ぶと、しっとりとした白身の甘味と、ほんのりハーブの風味が混ざり合う。最高じゃないか。さらにビールをぐいっと流し込めば、疲れなんて一瞬で吹き飛ぶ気分になる。


「んー、うまい……」


 思わず低く唸ると、女将さんがご機嫌そうに笑って、「いっぱい食べていきな」と肩を叩いてくれた。こんな風に温かな空間で、美味いご飯を食べて、ビールを飲む――これこそが至福のひととき。


「さて、また明日からはのんびりできそうだな……」


 くたくただけど、終わってみればやっぱり達成感がある。日々の生活が成り立って、こうして旨い料理とビールを楽しめるのだから、どぶさらいだろうがなんだろうが、まあ悪くない。

 そんなことを噛みしめながら、俺はビールをさらに一口、味わうように飲み干す。明日こそはゆっくり寝て、昼までのんびり――そこからまたコーヒーでも淹れて……なんて考えると、思わず頬がゆるむ。


「いやぁ、やっぱり平和が一番だよなぁ」


「ダーリン! こんなところにいたのね!」


 扉が乱暴に開く音が聞こえた。居酒屋にいた連中がいっせいにそっちを見る。

 あぁ、オレの平和な日常は終わりを告げたようだ。



 ふと気づけば、オレはカウンターの端でぼんやりしていた。

 酔いが回っているらしく、視界の隅が少し揺れている。ビールジョッキを軽く揺らしている、謎の掛け声が聞こえた。


「「ナッツ・ビリー・トントン!!」」


 見ると、シーナと酒場にいたおっさんたちがテーブルを囲んで奇妙なゲームに興じていた。

 小さな木片や鉄片のようなものを並べて、叩いたり積み上げたりしているようだけど、酔いも相まってルールがさっぱり分からない。


「ははは! ぴったり二十! あたしの勝ちよ!」


「う、うそだろ……ああ、オレの数値は二十一でバースト……! がはぁ……」


 シーナが嬉しそうに声を張り上げるに対して、対面にいたおっさんたちは雄叫びを上げていた。

 さらにシーナが「じゃあ罰ゲームね!」と言いながら思い切り顔面をグーパンしてしまう。おっさんは「ぶぼあ!」というわけの分からない声を上げ、そのまま床へダウンした。


「おいおい、しっかりしろよ……」


 他の仲間が慌てておっさんを起こすが、当のおっさんは口から泡を吹き、あっさり床で夢の国行きらしい。まさに酔いどれゲームの惨劇といったところか。


 このままここにいたら、巻き込まれそうだな……。そんな予感がして、思わず席を立つ。頭もだいぶぼうっとしているし、酔っぱらって眠い。さっさと帰って横になりたい。

 静かに財布を取り出して会計を済ませて店を出る。ドアの外は夜の冷たい空気が広がっていて、酔った頭にはちょうどいい涼しさだ。少し前に霧雨が降ったのか、石畳がうっすら濡れている。


「ダーリン、待ちなさいよ」


 振り返ると、案の定シーナが追いかけてきた。頬がほんのり赤く染まり、やたら上機嫌でにじり寄ってくる。本当懲りないやつだ。


「頭ガンガンする……」


「んー、こんなに飲んだの久々よねー。あたしもふらふらしちゃう……うぷ」


 絡みつくシーナをよろけそうになりつつ支え、どうにか歩きだす。

 街頭が連なる夜の大通りを、ふらつく足取りで進み、路地をいくつか曲がって……ようやく自宅の扉が見えてきた。


「っと……鍵鍵……。ああ……シーナ、くっつくなってば……」


 腰につかまってくるシーナを軽く振りほどいて、鍵穴に鍵を差し込んだ……が、ガチャリと扉を開けて、廊下を進むといつものトラップがあっけなく作動する。


「ふぇ?」


 シーナが叫んだと同時に、床から天井へシュッとロープが伸び、見事に彼女の足首へ巻きついて一気に引っぱりあげた。


「明日解放すればいいか……」


 そんな呟きを最後に、俺の意識はすうっと闇へ沈む。天井に逆さまにされているシーナのうめき声が遠く聞こえた気もするが、すぐに聞こえなくなって、俺は深い眠りの世界へ落ちていった。

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