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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―27― 難易度SS級緊急クエスト

 夜明け前。ラグバルトの町からずっと離れた、端の端に位置する農地。

 そこは見渡す限り畑が広がり、手入れの行き届いた作物が風に揺れていた。だが、その静寂を突き破るかのように、農家の男の悲鳴が木霊する。


「た、たすけてくれェッ! なんだ、あれは……!?」


 遠くの地平線。その先、そびえ立つ影はまるで山のように巨大だった。けれど山なんかじゃない。確実に動いてこちらに迫ってくる。腹の底に響くような重低音が、空気をビリビリと震わせた。

 農家の男は恐怖に顔をひきつらせながら、叫ぶ。


「お、お願いだ……誰か、助けてくれーっ!」



 朝。いつものように目覚めたオレは――いきなり憂鬱になっていた。

 理由は簡単。部屋中から香ばしい焦げくさいにおいが漂っているからだ。しかも視界をぐるりと見回したところで、その原因がすぐに判明する。


「……おい、またかよ」


 俺は思わずため息をついた。

 部屋の天井には、魔術トラップで逆さ吊りになったシーナが、ぐるぐる巻きのロープに縛られて宙を漂っている。

 しかも今度は火炎系のトラップにも引っかかったらしく、真下からメラメラと炎が噴き上がっていた。

 まるで豚の丸焼きだ。

 普通の人間なら、叫んで逃げ出しだしたくなるほどの熱さのはずだ。だが、当のシーナは――


「……えへへ……ダーリン……今日は随分と刺激的……」


 熟睡中である。

 よだれを垂らし、怪しげな寝言まで漏らしている。この状況でもうっすら笑顔を浮かべている様子は、さすがに俺も引かざるを得ない。


「……こんな火あぶりトラップにかかってるのに、よく眠れるよな……」


 オレはぼやきながらトラップを解除する。炎が消え、次いで縄がするすると下へ降りて、シーナは俺のベッドの上にドサッと転がった。

 まったくもう……なんで毎朝こんなことをやらなきゃならないんだか。

 とりあえず火あぶりを解いたシーナは、あいかわらずピクリとも動かない。縄をほどいてやっていると、今度は嬉しそうに抱きついてきそうな勢いで手足を絡ませてきて――


「うわっ、やめろ!」


 びっくりしながら押しのける。シーナは未だにすやすや熟睡したままだ。


「……まったく、仕事に行く気、失せるな」


 そうは言いつつも、今日ばかりはしぶしぶ家を出ることにした。最近サボり気味だったドブさらいの依頼を、そろそろ片付けないとお金が減っていく一方だ。

 加えて健康管理のためにも、適度に体を動かさなきゃいけないからな。シーナが起きるとまた面倒そうなので、寝ている間に出ていかないと。



 冒険者ギルドは、いつもと明らかに空気が違った。


「え……どうなってんだ?」


 入り口を抜けると同時に、喧騒がオレを包み込む。

 普段はこの時間帯、冒険者たちはすでに依頼を受理し終えてギルドは人がそんなにいないのに、今日はごった返している。

 受付嬢たちは慌ただしく書類を持ち歩き、通信器を握りしめたまま会話をしている。


「緊急連絡! 出動できる冒険者を至急片っ端から集めて!」


「補給物資の確認を急いでください!」


「治癒師はすべて待機態勢に!」


 ちらほらと聞こえてくる言葉が、どれも危機的な響きを帯びている。ギルドの奥では、何人もの冒険者たちが必死に打ち合わせをしている姿もあった。


「どぶさらいどころじゃなさそうだな」


 オレは受付カウンターに向かおうとするが、あまりの混雑ぶりに足を止めてしまう。こんな状況で普段通りの依頼なんかしている余裕はなさそうだ。


「おい、そこにいると邪魔だ! どけよ!」


 後ろから突然、肩を強く押される。振り返ると、鎧をびっしりと着込んだ屈強な冒険者が、苛立たしげな表情でオレを睨みつけていた。


「す、すいません」


 よけようとした瞬間、さらに数人の冒険者たちがオレの横を駆け抜けていく。


「なんか大変なことになってるみたいだな……」


 オレはいったん壁際に身を寄せ、ため息をついた。今日は家に帰ってしまってもいいかもな。


「セツさん、こんなところにいたのですね!」


 背後から声がかかる。振り返ると、受付嬢のセレナさんが息を切らしながら、オレのほうへ小走りに近づいてきた。 

 セレナさんはいつもの笑顔ではなく、明らかに緊張した表情を浮かべている。なんだか嫌な予感しかしない。


「あの、シーナさんの所在、ご存知ないですか?」


「シーナ?」


 まさか、オレまで協力させようなんてことないよな……と一瞬警戒したけど、どうやらオレ自身の助けを求めているわけではないらしい。


「あぁ、なるほど……」


 セレナさんの意図を察して、オレは納得した。なるほど、シーナを探しているわけね。


「実は農地のほうに巨大なモンスターが現れたのです! そのモンスターはラグバルトの町のほうへとやってきている模様で……すごく危険な状況なんです」


 セレナさんは言いながら、手に持った報告書を少し震える手でめくる。


「そのためにも、強い冒険者の方の協力が必須なんです。支部長が『もしかしたら、セツさんならシーナさんの居場所を知っているんじゃないか』って……」


 そういえば、講習会のときに支部長にシーナに一緒にいたところを見られていたな。


「わかりました。シーナの居場所なら知っていますよ」


 なにしろオレの家は今、シーナに占拠されているからな。


「本当ですか! じゃあ、すぐに呼んできてくれませんか!」


 そういうことなら、とオレは承諾する。

 どうせ家に帰れば、シーナはまだいるだろう。



 家に到着すると、予想通りシーナはのんびりソファでくつろいでいた。どうやら先ほどの熟睡モードは抜けて、すっかり元気になったようだ。なんでこんな勝手にくつろいでいるんだよ、と思わないこともないが、今回ばかりは居てくれてありがたい。


「ダーリーン! 戻ってきたのねえ!」


 ダーリン、と口にしたシーナはオレに向かって嬉しそうに抱きつこうとしてくる。だが、それはいつものこと。オレはいつも通り華麗に横ステップで避けた。


「ふふっ、そういうつれないとこも好きよ、ダーリン♪」


 避けられたことをまったく意に介さないシーナに、オレは呆れながら状況を説明し始める。


「いいから話を聞けよ。いまラグバルトが大変なことになってるらしい。農地のほうに巨大なモンスターが現れて、どうやら町に向かって進行中らしい」


「へぇ……ふーん」


 オレの言葉に、シーナはソファに腰を下ろしたまま退屈そうに返す。


「それで、さっきセレナさんって受付嬢にオレからシーナに協力するよう頼んでほしいって言われたんだよ」


「確かに、わたしのような魔女の協力があれば、そんなモンスターごとき簡単にぶちのめることができるよね」


 シーナはそう答え、しかし、まったく動く気配がない。むしろイマイチ乗り気ではなさそうな表情で、オレのほうを見上げてきた。


「なら、向かってくれないか?」


 オレが促すと、シーナは意外な反応を示した。


「でも、わたしよりあなたのほうが適任じゃない? あなたが本気を出せば、その程度のモンスター簡単に倒せるでしょ」


「……なにを言ってるんだ? オレはどぶさらいしかしない。底辺冒険者だぞ」


「それ、本気で信じてるわけ?」


 シーナの皮肉に、オレは無言で返す。


「なんて冗談よ」


 オレの険しい表情を見て、シーナはクスッと笑い出した。


「わたしがダーリンの嫌がることするわけないでしょ」


「……じゃあ、行ってくれるのか?」


 ほっとしかけた瞬間、今度はシーナが首を横に振った。


「行かないわよ。知らなかった? わたし、性格わるいのよ」


「十分知っている……」


 こいつが無条件で人のために動くやつじゃないことぐらい痛いぐらい知っていた。

 さて、どうやってこいつを動かそうかな。もしかすると、これはけっこうな難題かもしれない。


「でも、ダーリンがどうしてもというなら、行ってあげてもいいけどね……」


 シーナは両手の人差し指をくっつけながらもじもじとしていた。

 ……あ、思ったよりもちょろいぞ、こいつ。


「シーナ、もし倒してきてくれたら褒めてやるよ」


「あら、ダーリン流石にわたしを舐め過ぎじゃない? その程度でわたしが動くと思うわけ」


「なでなでもしてやる」


「あんなやつ今すぐ倒してくるわ!」


 そう言って、シーナは全速力で部屋を出ていった。

 あ、やっぱりちょろいな。



 馬車の中で、わたし――リリア=ヴェルトは膝を抱え、ため息をしていた。まさかギルドへ向かったら、緊急クエストに向かうことになるなんて。

 状況はシンプルだ。未知のモンスターが農地に現れ、町へ向かっている。大勢の冒険者の協力が必要、と。


「うう……大丈夫かな……」


 不安げに呟くと、周囲の冒険者が振り返る。

 そこには見覚えのある顔ぶれがいた。あの時――絶界の魔女シーナの講習会で一緒だった冒険者たち。

 大剣を背負ったガルドに魔銃を持ったユージン、優しそうなフローラ、それに自信家のレオン。

 偶然、同じ馬車に乗り合わせることになった。

 どうやら彼らも今回の危機に対して緊急召集されたようだ。


「大丈夫ですよ、リリアさん」


 フローラが優しく声をかけてくれる。


「前回の講習会の時みたいな目に遭わないよう、今度はしっかり連携したいですよね」


 と、心配そうに言うのに対し、レオンが鼻息を荒くして口を挟んだ。


「ふん、俺様に任せておけってんだ。どんなモンスターだろうと簡単に打ちのめしてやるさ!」


 そんな大口を叩いたのも、つかの間。

 馬車がぐらりと揺れる。外からは、けたたましい悲鳴や叫び声がしはじめた。


「お、おい! あれは……!」


 ガルドが窓の外を指差す。「まさか、あれが……」と声に緊張が走る。

 わたしも慌てて身を乗り出す。そこには――


「な、なんて……でかいの……!」


 馬車から降りた瞬間、目の前に広がる光景に全身の毛が逆立った。

 巨大な――本当に巨大な影が、地平線に覆いかぶさるように立ち上がっている。「山が動いている」とはまさにこのことだ。

 灰色がかった皮膚は岩のように硬そうで、しかも粘液のような液体を常に分泌している。

 頭部は球体のようにぼこぼこと膨れ上がり、その表面には無数の目が埋め込まれていた。目と言っても普通の生物のそれとは違い、暗い空洞のように光を吸い込んでいる。

 四本の太い足で地面を揺るがせながら歩み寄り、その度に大地が揺れる。長い尾は引きずるように後ろに伸び、空気をビュンビュンと切り裂く音をたてていた。

 なにより異様なのは、その体躯だ。片足だけでも家一軒ほどの大きさがある。


「な、なんだアレは……」


 誰かが震え声でつぶやく。

「知らない、見たことない……」と震えるフローラに、先導の冒険者が「危険だ! 迎撃準備を!」と叫ぶ。


 少し前方で身を小刻みに震わせていたギルドの職員らしき男が、唇をわななかせながら声を張り上げた。


「怪食竜グランドイーター、難易度SS級の緊急クエストを発令します! ラグバルト全冒険者で挑んでください!」

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