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排水溝につまったスライムを日々かたづけるだけの底辺職、なぜか実力者たちの熱い視線を集めてしまう  作者: 北川ニキタ


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―26― 次こそ

 倒れている――と気づくまでに、わたし――黒鴉はどれくらい意識を失っていたのだろうか。

 目を開けると、知らない天井が視界に入る。いや、知らない、というわけでもない。自分が借りたアパートの部屋だ。ただ、目の前に広がる風景がなぜかブレる。そして、べたついた不快な感覚。


「……これは、血?」


 自分の手が視界に入る。ぺたりと赤黒い液体がこびりついている。鼻先にも独特の生臭さが漂う。慌てて上体を起こそうとすると、全身が悲鳴をあげるように痛みが走った。


「ぐっ……な、なんだ……これは?」


 わたしは呻きながら、自分の胸元を見下ろす。服はズタズタで血に塗れている。どうやら暗く痛ましい出来事が繰り返されたらしい。またしても銃の暴発だ。

 思い返せば、あれはほんの数時間前。窓からセツが家から一人で出て行くところを目撃した。


「チャンスだ……」


 そう思った瞬間が、最後の記憶。アパートの窓辺で構えていた狙撃銃イクリプス(Eclipse)のトリガーに指をかけ、詠唱を始めたところまでは覚えている。魔力を込めて、あとはほんの一押し──そこから先が記憶にない。

 どうやら、新品のはずのイクリプス(Eclipse)もまた、わたしの手の中で暴発したらしい。

 いや、あり得ない。わたしは暗殺者として完璧な腕を持っている。魔力制御の失敗など、過去に一度もなかった。それがなぜ、この標的に限って二度も……。


「くそっ……!」


 下唇を強く噛みしめる。口の中に血の味が広がる。部屋は銃の破片と魔力の残滓で荒れ狂い、壁紙は焦げ、家具は倒れている。おそらく爆発の衝撃で吹き飛ばされたのだろう。自分の姿を想像すれば、無残でみじめな姿に違いない。

 そもそも、プロの暗殺者ならば一撃で仕留めるはずだった。それが二度も失敗。しかも自滅とは……。このままだと黒鴉の名に傷がつく。


「どぶさらいごときになんでこんな手こずらないといけないんだ……」


 奴にはなんら特別な能力もないどころか、F級冒険者という底辺のレッテルまであるといのに。

 壁に手をつきながら、よろよろと立ち上がる。傷ついた体が悲鳴を上げるが、それでも動かねばならない。このままでは、次の依頼人との接触もままならない。

 鏡を覗き込むと、半分焼けただれた顔と、血まみれの服。すさまじい有様だが、命に別条はなさそうだ。

 治癒師に頼んで適切な処置を施せば、明日には動けるようになる。だが、問題は精神的ダメージのほうだ。二度の失敗は、わたしの自信をズタズタにしていた。


「セツ……次こそ、必ず……」


 弱々しく震える手で、壊れたイクリプス(Eclipse)の破片を拾い上げ、くしゃりと拳を握りしめる。怒りと屈辱が胸の中で渦巻いている。


「次こそ、必ず殺してやる……どんな手を使ってでも」


 血まみれの唇から、誓いの言葉が零れ落ちた。

 わたしは壊れた窓ガラスから、夜の帳が下りた街を見つめる。どこかで今も、セツは何食わぬ顔で生きている。その姿を想像するだけで、胸が焼けるように熱くなった。



 ──朝。

 窓から差し込む光がやけにまぶしく感じられて、リリア=ヴェルトはむくりとベッドの上で身を起こした。

 ここは、ホテルの客室。高級なホテルなだけあって、ふわふわのシーツも枕も一流品で、まるで雲の上にでもいるかのような寝心地だった。


「……ふぁあ……」


 あくびと一緒に伸びをしたリリアは、改めて自分の体を見下ろす。先日、絶界の魔女シーナにボコボコにされて痛めつけられた身体は、昨日までとは打って変わり、一部包帯が巻かれた状態ではあるけど、生活に支障ない程度に回復していた。

 騎襲闘技チルドレイドで鍛え抜いた自己治癒力と、ギルドの治癒師たちの的確な治療のおかげだろう。


「はぁ……ほんと、治癒師ってすごいわね。あんなに痛かったのに……もう、ここまで動けるなんて」


 念のため腰や背中をひねってみるが、ほとんど痛みはない。骨のヒビすらすっかり治ってしまったようだ。

 だというのに、胸の奥はやけにざわざわして落ち着かない。この奇妙な浮つきを、どう処理したらいいのか分からなかった。


「セツさん……いや、セツ……」


 気づけば、昨晩ずっと頭の中を占領していた「とある人物」が浮かんでくる。

 昨日、シーナの暴力からリリアを救い出してくれた、あの地味な冒険者。

 普段はどぶさらいなんて仕事をしているくせに、実はとんでもない力を隠し持っている。……いや、力どころか、何もかもが規格外だ。


 強さだけじゃなくて、普段の飄々とした態度の裏にある大人びた雰囲気。あまつさえ、なぜだか危機的な状況でリリアを受け止めてくれた姿が、やけに王子さまのように見えてしまうのだ。


「……んもう、わたしったら何を考えてるのよ。今まで男にドキドキしたことなんてなかったのに……」


 こないだまでは「スピードが取り柄の私が、なんであの人に追いつけないのか?」と悔しさばかりだったはず。

 それなのに、助けられて以来、頭の中でセツが堂々と王子さまみたいに出てくる。その姿は白馬でも乗っていそうなイケメン風――いや、実際はあんな地味な服装のはずなんだけど。


「…………」


 リリアは両手で頬をぺちぺち叩く。軽い痛みを感じて正気を取り戻そうとする。ここで妄想に浸っていたら、自分が自分でなくなりそうだ。

 あの絶界の魔女シーナですら特別視するような存在を、個人的にどうこう思ったってしかたない。

 だから、恋だのなんだの余計な想像はやめるべき……。


「……そう、やめやめ!」


 頭を振って、心によぎるセツの姿を一旦追い払う。今はただ、「シーナと違って、助けてもらえたことに感謝しよう」くらいに止めておいたほうがいい。

 そう自分に言い聞かせた、そのとき。

 コンコン


「リリア様、失礼いたします。お部屋におりますでしょうか?」


 突然のノックに、わたしは飛び上がった。慌てて寝間着姿を確認し、「ちょ、ちょっと待ってください!」と返事を返す。急いで簡単な服に着替え、髪を整えてから扉を開ける。

 すると、ホテルの従業員がかしこまった様子で入ってきた。胸元にはホテルの徽章が光っている。


「リリア様、ご滞在中失礼いたします。リリア様宛てに、魔文が届いております」


 そう言って、長方形の硬い封筒を差し出してくる。魔文とは、魔導技術で遠方からでも一瞬で手紙を送るシステムのことだ。


「……魔文? 誰から?」


「送り主は……こちらに記載がありました。コーダ=コルツァーネ様、とお見受けしますが」


 コーダ=コルツァーネ。

 わたしはおもわず顔をしかめた。あの名前を聞くだけで嫌な予感が背筋を走る。


「……はあ。そう。ありがとう。確かに受け取ったわ」


 従業員を適当に下がらせて、リリアは部屋のドアを閉める。

 途端、封筒を持つ手が震える。ふうっと深呼吸してから、封をビリビリと破る。すると、中から一枚の紙がでてきた。

 リリアはその紙を手に取り、ざっと走り読みする。


『リリアへ

 やっほー、コーダだよ。

 騎襲闘技チルドレイドのプロリーグ、順調に勝ち星を積んでるわ。もう知ってると思うけど、あたしってばいま世界ランキングで三位なのよね。どう、すごい?

 それはさておき、最近あんたがラグバルトに滞在してるって噂を聞いたわ。あんた、一応は元・首席さんでしょう? こんな辺境で何してるのか興味津々。

 近々、あたしが直接見に行ってあげる。貴族としてゆっくり優雅にお迎えしてくれれば嬉しいわ。

 じゃあ、またねー!』


 ……みたいな文章が、上から下までやたらに自慢げな文体でびっしりと書き連ねてあった。おまけに文末には「コーダの華麗なる印章」がどーんと押してある。


「うげぇ……来たわね、最悪の女……」


 思わずリリアは紙を持つ手に力を込め、ビリッと破り捨てる。

 クシャクシャに丸めてゴミ箱に放り投げると、はぁ……と深い溜め息が出た。

 コーダ=コルツァーネ。

 リリアがかつて首席だった学術院で、常に二番手——いわゆる「次席」と呼ばれていた少女。

 だが、今やリリアよりも遥かに活躍しているプロの騎襲闘技チルドレイド選手だ。

 おまけに、コーダの家は商人の家系ながら巨大な商会を持っていて、貴族なんかよりずっと金回りがいい。


「……ほんっとうに嫌な女。昔から会うたびにわたしを見下してくるんだから……」


 思い返すだけで、イライラと胸の奥が焦げる。

 自分がMVPを取った当時こそ、コーダは「残念だったわね、わたしは次席で……」なんて言いつつもあからさまに悔しがっていた。だが、プロリーグに入った今はどうだ? リリアよりずっと上に行き活躍している。

 あれ以来、顔を合わせるたびに「やっぱりわたしのほうが才能あるのかしら?」「首席さん、今は何をしてるの?」と、マウントを取ってくる。


「……ほんと、最悪。何が見に行ってあげるよ……誰も呼んでないっての」


 苛立ちをぶつけるようにゴミ箱を軽く蹴っ飛ばし、破り捨てた電報の切れ端に目をやる。


「ラグバルトの街にわたしがいることを、どうやって嗅ぎつけたんだか……。あの商会の情報網は恐ろしいとは聞いてたけど……」


 しかし、考えるだけ無駄だ。向こうが本気で探ればすぐ突き止められるし、来るなといってもこっちのことなんて無視してくるんだろう。


「けど……もしコーダと再会したら、また余計な口出しをされるに決まってるわ。できれば避けたいなあ……」


 リリアはケガの痛みは消えたはずなのに、頭が痛くなるような気分を味わった。

 ちょうど、セツのことを思い浮かべてほんの少しだけドキドキしていた自分がバカらしくなるぐらい、コーダとの再会は憂鬱だ。


「まあ……まだ先の話かもしれないし、気にしても仕方ないか。……セツさんに会いに行ったほうが、よっぽど有益よね」


 そうつぶやいてから、慌てて首を横に振る。いけないいけない、またあの人のこと考えてる……。


「……とりあえず、面倒ごとが増える前に、回復した身体を取り戻した証拠に……なにか稼がなくちゃ」


 リリアはチェストから冒険者用の装備を取り出す。このラグバルトでも、生活費は馬鹿にならない。

 コーダのことはとりあえず忘れて、今日もちゃんと依頼をこなしにギルドへ行こう。

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