―24― 新作ケーキ
ケーキの味を堪能していた時、店の奥からシルヴィさんが笑顔を浮かべてやってきた。彼女は普段から人当たりがよく、俺も気兼ねなく話ができる数少ない相手の一人だ。トレイに何やら覆いのかかったお皿を乗せているのが見える。
「セツくん、いつもありがとね。ところで、ちょっと相談があるんだけど……今、新作を試行錯誤していてね。よかったら、味見してもらえないかしら?」
「もちろん大歓迎です。むしろオレでよければいくらでも協力しますよ」
前世で忙殺されていた頃は、同僚や上司から「ついでにこれもやれ」「あれもやれ」と押しつけられていた記憶しかないけど、こういう美味しい依頼なら喜んで受ける。得しかないしな。
「よかった。実は他のお客さんに出すにはまだ早いかなって思う仕上がりで……誰かに率直な意見を聞いてみたかったの。ま、言ってみれば未完成品なんだけど、遠慮なく感想をちょうだい?」
「新作ケーキ!? あたしも食べるわ!」
シーナが目を輝かせて手を挙げる。
シルヴィさんがカウンターに置いたお皿から覆いを取ると、そこにはドーム状にコーティングされた小さなケーキが姿を現した。
艶やかなチョコレートグレーズが表面を覆い、てっぺんには大ぶりのベリーと金色の砂糖菓子が控えめに散らされている。土台の部分はスポンジなのかタルトなのか、パッと見ではよくわからないが……見た目は十分華やかだ。
「チョコだけど、軽い酸味を少し入れたムースと組み合わせてあるの。ベリー系を混ぜ込んだシロップも使っていて……甘さと酸味のバランスを狙っているんだけど、まずは食べてみてくれない?」
そう言いながらナイフで二切れにして、俺とシーナの前へそっと差し出してくれる。断面を見ると、内側の層はうっすら紫がかっていて、チョコの茶色とのコントラストが綺麗だ。
「じゃ、いただきます」
「あたしもいただきまーす!」
シーナと同時にフォークを入れる。しっとりとしたチョコムースをすくいあげ、ベリーの層も少し絡めて……口に運ぶ。すると、最初はチョコのまろやかな甘さがじんわり広がり、ほどなくしてベリーの酸味が追いかけてくる。
確かに美味しい。
が――。
「んー、とってもおいしいじゃない!」
シーナは満足そうに頬を緩めていた。
「うん……確かにすごくおいしいです」
オレもシーナの意見に同意だ。
「セツくん、その表情をみればお見通しよ。率直な意見を聞かせてちょうだい」
どうやらシルヴィさんにはすべてお見通しのようだ。叶わないな、と思いつつ、そういうことなら、遠慮なく言わせてもらう。
「なんというか、『ピン』とくる決め手が足りない感じがしますね」
そう言葉を選びながら言うオレに、シーナは首をかしげる。
「そう? これでも十分おいしいじゃない?」
「うん、おいしいけど……この店のほかのスイーツと比べると、何だろう? 最後に少し物足りなさが残る気もするな。なんていうのかな、もう一口! っていう衝動が少し弱いような」
オレが言葉を選びながら感想を告げると、シルヴィさんは苦笑いをした。
「やっぱりそうなのよね。わたしも作ってみて『おいしい』とは思うんだけど、どこかパンチに欠けるというか……それが悩みだったのよ」
チョコの濃厚さとベリーの酸味はマッチしているし、ビジュアル的にも可愛らしい。だけど、確かにどこかが惜しい気がする。
甘さに振り切るわけでもなく、酸味に寄せるわけでもなく、中庸の良さを目指した結果なのか、中途半端になってしまっているのかもしれない。
「もし……何かいいアイディアがあれば、意見を聞かせてくれると助かるわ。いろんなアクセントを試したんだけど、いまいちどれもピンとこなくて」
シルヴィさんがしょんぼりした顔をするものだから、オレは少しだけ考え込む。前世では特別パティシエの経験なんてなかったが、それでもこっちの世界の来てからはコーヒーや料理について試行錯誤してきた中ので、なにかアイデアが湧くかもしれない。
たとえば……濃厚なチョコに、ほんのりした苦味のキャラメルを加えるとか? いや、それだと既存のケーキと被るかも……。
何度か頭の中で組み合わせを巡らせてから、ふと閃いた。思いきって「とろける食感」と「シャリッとした食感」を合わせてみるのはどうだろう。ビスケット生地を砕いたクランブルを層に挟むような感じで、クリームとパリッの間にもうひとつ味の段階ができれば、違う印象になるかも。
「シルヴィさん、少しだけ変わった提案をしていいですか?」
「もちろん、聞かせて! 思いつく限り、何でも試してみるわ」
オレは簡単にイメージを伝えてみた。
チョコの柔らかなムースの合間に、細かく砕いたビスケットクランブルを挟み込み、そこへ薄く塩キャラメルの層をほんのわずかだけ入れてみる。ベリーシロップの酸味に甘じょっぱいキャラメルが絡むことで、最後にひとつまみ刺激が追加されるはずだ、と。
「なるほど……ビスケットのサクサク食感と、塩キャラメルのアクセントね! いいじゃない、今のムースだと柔らかい食感ばかりだから、そこにパリッとかザクッとした層が加わると楽しいかも。甘じょっぱさでキレを出すわけね!」
シルヴィさんは目を輝かせて、すぐメモ帳に走り書きする。シーナも「おもしろそう!」と興味津々な顔だ。
「ちょっと材料が余ってるはずだから……それに、塩キャラメルは使い残しのソースがあったわ。試しにすぐ作ってみるから、少しだけ待っててくれる?」
そう言うや否や、シルヴィさんは躊躇なく厨房の奥へ消えていった。お店も比較的空いている時間帯だから、実験を兼ねてすぐに取りかかれるのだろう。
「さすが、ダーリン。頭いいわね!」
「いや、思いつきを言ってるだけだよ。うまくいくかは試してみないとわからないし」
とはいえ、シルヴィさんの腕ならきっと良いものができる。なんとなく期待に胸を弾ませながら、俺とシーナは机越しに顔を見合わせた。
◆
それから十分もしないうちに、シルヴィさんが「まだ試作段階だけど」と言いながら戻ってきた。小皿にのったケーキは、先ほどのものとよく似ているけれど、断面には小さなクランブルの層がしっかり組み込まれているのが見える。
「形はちょっと雑だけど、味のイメージだけ確かめてみて。塩キャラメルは焦がしすぎないように注意したから、くどくないと思うけど……どうかしら」
俺とシーナは目を合わせ、さっそくフォークを手に取る。そっとケーキを切り分けて、口へ運んでみると……
「……えぇ!? ……全然違うんだけど!?」
「ほんとだな。さっきまでのムースの柔らかさはそのままなのに、途中でパリッとクランブルが混ざってきて、さらに塩キャラメルが甘酸っぱさを引き締める感じだ」
舌の上で、チョコムースの甘みとベリーの酸味がじんわり広がり、そこに塩キャラメルのほんの少しの苦味としょっぱさがアクセントになる。飽きる前にザクザクした食感が来るから、一口一口が新鮮だ。
「こりゃ美味い……うん、濃厚だけど後味に抜け感があるし、次も食べたいって思えるかも」
思わずオレが心からの称賛を述べると、シーナも負けじと大きく頷く。
「うんうん! さすが、ダーリンのアドバイスね!」
いや、オレなんかよりアドバイスを即実行して完成させるシルヴィさんのほうが何十倍もすごいだろ。
とはいえ、シルヴィさんは喜びを隠せずぱぁっと笑みをこぼした。
「そう言ってもらえると嬉しいわ。ほんの少し工夫するだけで、こんなに変わるんだものね……やっぱり試行錯誤って大事だわ。セツくん、ありがとう! あなたの意見でこんなもよくなるなんて! シーナちゃんも率直な感想をくれて助かったわ」
「いえ、たいしたアイディアじゃないですよ。お役に立ったなら何よりです」
「これでまた新しい看板メニューができそうね。名前はどうしようかしら……『塩キャラチョコ・クランブルベリーケーキ』とか長すぎるかしらね、ふふふ」
なんだかシルヴィさんがやたら楽しそうに笑っていて、オレもちょっと鼻がくすぐったい。こうやってささやかだけど、人の手助けになれるってのは悪い気がしないものだ。
こうして俺たちは、今日できたばかりの新作ケーキを囲みながら、ちょっとした至福を共有していた。前世ではこんな時間、想像すらできなかった。今はとにかく、そのありがたさを噛みしめるだけだ。
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