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収束

 

 祝宴の夜会で起きた騒動は次の日にはすでに国全体に広がるものとなっていた。だが、それでも大きな混乱が見られなかったのは、世間から見て納得のいく結末だったからかもしれない。


 エルシュが気を失った後のことをリディスによって聞かされたが、同じ話が世間では伝わっているらしい。


 それは現国王の従兄弟であるダドリウス・ファヴニルと彼を国王に持ち上げようとしている一派による画策で、夜会は大混乱になったというものだった。


 玉座を目論むダドリウスがリディスとジークを拘束し、貴族達に自分の方に付くようにと魔獣を使って脅したことも広まっており、そしてそれを退治したのは──何故か、エルシュということになっていたのである。


 確かに自分はダドリウスと対峙したが、魔獣を倒すことが出来たのはフィオンの力があってこそで、自分一人の力ではない。

 それに自分はリディスのために盾となっていただけである。


 それだけではなく、ダドリウスによって謁見の間に閉じ込められた者達をエルシュが美しい氷の槍で壁に穴を開けて、外に逃げるようにと導いてくれたという話も広まっているらしい。


 エルシュがダドリウスに立ち向かう姿は恐れを知らぬ清廉な氷雪の女神のようだった、といった少し脚色が加えられたような話が交わされているらしく、エルシュは気恥ずかしさのあまり途中から耳を塞いでしまいたかった。


 エルシュのことをまるで物語の英雄のように持ち上げてくる貴族もいるらしく、しばらくはエルシュへの面会希望者が絶えないだろうとリディスが少し不満げに呟いていた。




 結局、ダドリウスは捕らえられ、魔法が使えないように魔封じの魔法をジークによってかけられてから、今は王城の地下の牢屋に入れられているらしい。

 そこでは宰相のジークとリディス自ら詰問したとのことだ。


 彼が何故、禁術とされる魔法を扱えたかというと、留学先のカルタシア王国の王城の図書館には禁書とされている本があり、その本を管理している司書に大金を渡して買収し、読むことに成功したらしい。


 禁書とされている本には今回、ダドリウスが使っていた暗黒魔法や魔獣を従属させる魔法に関することが記載されており、彼はこれらの魔法を用いて貴族達を脅し、玉座に座ることを計画したのだという。


 元々、魔法を扱うことに関して素質があったダドリウスは、本を一度読んだだけで内容を全て覚えてしまう程に才能に恵まれており、それが昨夜の件を起こしたことに繋がったのだ。




 そして、国王であるリディスを目の前にして裏切った貴族達に関しては反逆罪として処理され、彼らが治めていた領地は没収された上に爵位を返上させられることとなっていた。


 一時の気の迷いが大きな波紋を呼ぶとは思っていなかったらしく、ダドリウスを持ち上げた貴族達はリディスの前に跪いて、泣いて詫びを入れていたらしいが、今後も軽々と裏切られては堪ったものではないからと、彼らの訴えは却下されたらしい。



 また、当初では大広間で祝宴の夜会が行われるはずだったが、何故謁見の間に変更されたのか、その理由も判明した。


 ダドリウスは誰もいない時間を狙って、謁見の間の玉座の周辺に魔法陣を仕込ませておいたらしい。

 自身の魔力を込めた石を砕き、粉にしてから、それを聖水に溶いたものを使って、玉座の下に身封じの魔法陣を描いていたのである。


 だが、大広間で祝宴の夜会が行われることを知った彼は配下の者に命じて、大広間の窓ガラスを数枚割らせてから、謁見の間で夜会が開かれるようにと策を巡らせていたのだ。

 それにより、ダドリウスの願いが叶うように夜会は謁見の間で行われ、昨夜の騒動となったのであった。




 その一方で、ダドリウスの下で動いていたフィオンは正直に全てを打ち明けてくれた。

 

 彼女は数年前に魔獣に襲われたことで親を亡くしており、小さな弟を養うために薬草を育てる農園で働いていたところを、ダドリウス一派の貴族によって拾われたらしい。


 フィオンは両親から薬と毒に関することを叩き込まれており、その優秀さを知っている上で、知識と技術を悪用するためにフィオンとその弟は囲われたのだ。


 命じられたのは毒の精製で、最初はそんな恐ろしいものを作りたくはないと訴えれば、目の前で小さな弟が暴行されてしまう姿を見せつけられ、フィオンは泣きながら毒を精製した。

 それからは人を殺すことを専門としている人間に、まるで暗殺者のような技術を身体に叩き込まれたらしい。


 物覚えがいいフィオンは嫌だと思っていても、教わったことをすぐに身に着けてしまい、その有能さが更にダドリウスによって利用される原因となってしまっていた。


 そして、物覚えの良さを買われたフィオンは表向きには王城で働く侍女として、裏ではリディスの命を狙う暗殺者として送り込まれたのである。


 ある日、現国王リディスへと隣国から姫君が嫁いでくる情報を手に入れたダドリウスとその一派は、フィオンを専属の侍女としてその姫君のもとへと送ることを思いつく。


 隙がある際にリディスを殺せ、もしくは姫君を人質に取れ、という命令にフィオンは仕方なくも従うしかなかった。

 しかし、侍女としてエルシュに仕え始めてから彼女の心は大きく揺さぶられることとなる。


 親を失ってから、誰かに優しくされたことが無かったフィオンはエルシュの優しさに触れて、自分は大きな間違いをしているのではとそこで自覚したらしい。


 そんな中、リディスに毒を盛るようにとダドリウスに強要され、彼女は震えながらも毒を飲み物に入れてしまったのだという。

 けれども、それは致死性のある毒ではなかった。


 ダドリウスからは何故、リディスを殺していないのかと叱責されたが、フィオンの心はすでにエルシュの方へと傾いており、自分の主だと思っているエルシュを悲しませたくはなかったとは言えずにいた。


 また、エルシュが図書館でダドリウスと鉢合わせした際、彼に密告していたのはフィオンだった。

 ダドリウス側の間者にエルシュの情報を報告したが、彼女はすぐにリディスにもエルシュが図書館へ向かったことを報告していたのである。


 ダドリウスはエルシュと親密になり、不貞の事実を作ろうとしていたが、フィオンはそれに賛成することは出来ず、彼女の意思で彼を裏切っていたのだ。


 何度もエルシュを危険にさらしたことをフィオンは悔いており、命を以て償おうとしていたが、そんなことをすればエルシュが悲しむとリディスが諭したことで、彼女は泣きながら平伏し、ずっと謝っていたらしい。


 フィオンの処罰についてはダドリウス一派の件が片付いてから、しっかりと取り決められるようだ。


 だが、エルシュとしてはフィオンには幼い弟もいる上に、彼女が犯した罪は無理矢理に命令されていたものなので、どうか恩情を与えて欲しいとリディスに願うしかなかった。


 贔屓していると言われても構わない。

 自分は、彼女を守ると決めた以上、その約束を叶えたかった。

  

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