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鉄氷の護り

 

「大人しいお姫様かと思っていたが、随分と図太い神経をお持ちのようだ。……だが、気が強い女性は好きだよ」


「そうですか。私は身勝手で誰かの命を軽く見ているような輩は嫌いです」


 はっきりと言い切ってから、エルシュは右手を左から右へと流すように一閃を薙いだ。


 エルシュが想像したのはリディスを守るための盾だ。だが、ただの盾では意味がない。

 ダドリウスがあの魔獣を使って、攻撃を仕掛けてくるつもりなのは予想出来ていたので、魔獣を捕らえておくための檻が必要だと判断した。


 ……どこまでも伸びて、一切通すことがないように強固な檻を。


 呪文は自分には必要ない。どのようなものを作ればいいのか、想像するだけでいいのだ。


 エルシュの想像に応えるように、ダドリウス達との境目となる辺りの床から、突如として人の腕ほどの幅がある棒状のものが、木が生えて来るように出現する。

 それは謁見の間の壁の端から端までを連なるように何十本も伸びていきながら、両者を隔てる氷の鉄格子となった。


 エルシュは更に両腕を構えてから、持ち上げるように上へと振った。

 その瞬間、ダドリウスが召喚した魔獣の足元からは氷が形成されていき、魔獣の身体を覆うように少しずつ音を立てながら、包み込んで行く。


 ……多数相手はあまりにも分が悪すぎる。せめて、動けないようにだけでもしておかなければ。


 雪華の力で大きいものを形成するだけでもかなりの集中力が必要だというのに、連続して使ってしまえば、身体に負担がかかることは分かっていた。

 それでもエルシュは魔獣の足元を強固に固めるべく、足枷(あしかせ)のように氷を纏わせていく。


 そして、魔獣の身体が動けなくなったことを確認してから、やっと呼吸をした。背中には汗が浮かんでおり、気合を入れていなければ倒れてしまいそうだ。


 だが、自分が倒れてしまえばリディスの命が危うくなることだけは確かだ。エルシュは自身を心の中で叱責しながら息を深く吐いて、体勢を整え直した。


「はっ……。近衛騎士達が来るまで持久戦でもするつもりかい? あいにく、謁見の間にいない城の人間には薬で眠ってもらっているよ」


 だが、ダドリウスは余裕の笑みを浮かべたまま、氷漬けにされている魔獣の足元を見て、鼻で笑っていた。


「何ですって……」


「薬や毒に詳しい奴がいてね。そいつに眠り薬を作ってもらったのさ。だから、この場所には誰も助けに来ないよ。残念だったねぇ?」


「……」


 恐らく先日、リディスが飲んでしまった毒もその者によって作られたのだろう。だが、エルシュは戸惑いを見せる素振りもないまま、ダドリウスと対峙した。


「なぁ、エルシュ姫。こちらにおいでよ。そんな男の傍に居ても楽しくとも何ともないよ。僕と一緒にこの国を治めよう」


「……私は楽しいか、楽しくないかだけでリディス陛下のお傍にいるわけではありません」


 はっと息を飲む音が背後から聞こえた気がしたが、エルシュは振り返ることなくダドリウスに向けて言葉を返す。


「リディス・ドラグールという方だからこそ、お傍にいるのです。たとえ、この先、陛下が王位を退く時が来ても、私はずっと付いていきます」


 はっきりと言い放った言葉に様々な想いを込めたがリディスには伝わるだろうか。


 自分はどんなリディスでも好きだ。

 彼が人間であろうと、いつか竜になってしまおうとも、どちらにしても変わりはないと思っている。


 自分が彼に願うのはただ一つ。

 生きることを諦めないで欲しいということだけだ。


「……物好きなお姫様だね。せっかく、リディスを始末した後には君を僕の妻にしてあげようと思っていたのに」


「お断りいたします。あなたと一緒になるくらいなら、自分で作った氷に貫かれて死ぬ方がましだわ」


「ははっ……。まぁ、僕としては、拒絶される方が燃えるんだよねぇ。……君は後でたっぷり可愛がってあげるよ、エルシュ姫。……さて、それじゃあ最後の仕上げでもさせてもらおうかな」


 エルシュがダドリウスの言葉を無視すると彼は喉を低く鳴らしながら、笑い声を上げる。そして、今まで見た中で一番愉快げな表情を浮かべたのだ。


「僕達だけがここに居ると思った?」


「え?」


「──おい! 出て来い!」


 ダドリウスは一体、どこに向かって叫んでいるのだろうか。


 だが、ふわりと柔らかい風が真後ろから吹き抜けていった気がして、エルシュは身体の向きを変えた。

 そして、視線の先に立っている人物を見て、思わず目を見開く。


 玉座がある壇上の脇からすっと影が出て来る。天井から垂れ下がっている赤い垂れ幕の向こう側から姿を見せたのは、エルシュの侍女であるフィオンだった。


「フィオン……」


 エルシュが驚きを含めた声色で名前を呼ぶと、フィオンはくしゃりと表情を崩した。そこには後悔と自責のようなものが含まれており、エルシュはそれ以上、彼女を責める言葉を紡ぎはしなかった。


「そこにいるフィオンは薬師の娘でね。あらゆる薬と毒に精通しているんだ。先日、リディスが飲んだ紅茶に毒を入れたのは彼女だよ」


 ダドリウスはまるで謎解きの正解を公表するように楽しげに言葉を続ける。


「そして、王城の者達を眠らせているのも彼女だ。フィオンはとても使いやすい子だったよ。相手の懐に入るのが上手いし、どんな仕事も完璧にやり遂げる。そして何より、怪しまれにくい侍女という立場を得ている。これ程までに使いやすい駒は他にはないくらいさ」


「……」


 ダドリウスに指摘されたことが事実らしく、フィオンはエルシュから顔を背けた。それは己を恥じている姿のように見えていた。


「さぁ、フィオン! 今が好機だ。お前の手でリディスを殺せ! そこの愚鈍な宰相も一緒に!」


 ダドリウスの声が謁見の間全体に歪んだように響いていく。


「その魔法陣は魔力がない者が踏んでも効果はない。安心して、その手で殺すといい」


 フィオンは何かを渋っているのか、顔を顰めたまま動くことが出来ずにいるようだ。よく見れば、彼女の小さな身体は小刻みに震えていた。

 

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