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自嘲する身

 

「──落ち着きたまえ」


 喧騒の中、響いたのは国王であるリディスの声ではなくダドリウスの声だった。まるで彼こそがその場を取り仕切る王のような佇まいで、次なる言葉を紡いでいく。


「この僕はそこにいる魔獣を使役する主人でもある。それ故に僕の号令がなければ動かない人形そのものだ」


 その言葉に安堵したのか、貴族達の中からは命が助かったと言わんばかりの表情を浮かべる者もいた。


「なっ……。魔獣を飼うなんて、違法だぞ!」


 背後からジークの声が響いて来るが、ダドリウスは特に気に留めることなく言葉を続ける。


「僕にはこの魔獣を使役する力がある。他にも扱える魔法はそこにいる愚鈍な宰相よりも多種多様だ。もっとたくさんの魔獣を服従することだって出来る。それを聞いた上で、貴殿達に問いたい」


 ダドリウスが纏う空気が一瞬、変わった気がした。


 嫌な予感がしたのだ。

 彼が魔法陣を使って、魔獣を召喚したことよりも恐ろしい何かが放たれる気がして、エルシュの首筋には冷や汗が流れる。


「まず、諸外国から訪れている外交官や要人の方々には安全を保障する。ただし、自国に帰る際にはこのダドリウスが国王の座に就いたことをあなた方の王へと報告願いたい」


 一体、ダドリウスは何を言っているのだろうか。自分がドラグニオン王国の王だと確定しているように、彼はそう告げている。


「そして、このダドリウス・ファヴニルを王位に推す者には命の保障と更なる繁栄を与えると約束しよう。その上で判断して欲しい」


 ダドリウスは玉座の傍で動くことが出来ないでいるリディスへと指をさす。


「竜の力を持っていると言われているだけのリディス・ドラグールを国王にするか、それとも強い魔力を持ち、あらゆる魔法を操ることが出来るダドリウス・ファヴニルに付くか。──さぁ、それぞれの頭で正しい答えを探してくれ」


 ダドリウスの言葉に、謁見の間にはどよめきが広がっていく。


「もちろん、僕に付くと判断してくれた者にはすぐさま、この茶番から帰してあげよう。その場合はそちらの扉を開けてあげるよ。今は僕の魔法で閉じられているからね。でも、外で待機している僕の部下がいるから、ちゃんとこの僕に付いたことを証明するために署名をしてもらうよ」


 それはつまり、国王であるリディスを目の前にして忠誠を裏切り、ダドリウスに付けと公言しているようなものだ。


 誰しもが驚き、目を逸らし、そして苦い表情をしている。

 今、自分の国の王が魔法によって動けなくなっている状況下でダドリウスに付くことを宣言する、という行動を取ってしまえば、明らかな反逆罪だろう。


 だが、次の国王がダドリウスになるというならば話は別だ。前国王は退位したことになるため、国王に対する反逆罪は通用しないものとなる。


 誰しもが躊躇い、お互いを探るように目配せする中、中年くらいの貴族の男性が魔獣を恐れつつも、腰を低くしながらダドリウスの前へと出た。


「ダドリウス殿下! いえ、ダドリウス陛下! 我がクルドルト家はあなた様に忠誠を誓います」


「へぇ? その忠誠心は本物かな? 何か証明出来るものはあるかい?」


「もちろんでございます! このブロスト・クルドルトがあなた様の後見の一人になりたいと思います」


 ブロスト・クルドルトと名前を名乗った男性は(うやうや)しく、ダドリウスの目の前で跪いた。その言葉に周囲の者達は驚きと恐れが混じった表情を浮かべている。


「私も……! イウェルン家の当主、ホンガルド・イウェルンもダドリウス陛下の後見になりましょうぞ!」


「このディース・ミミリスもあなた様に忠誠を誓います!」


 次々とダドリウスの前で跪いては忠誠を誓う貴族達が現れ始め、その場に更なる混沌が生まれていく。


 困惑した顔を浮かべる者もいれば、自分もダドリウスの前へと飛び出してしまいたいと身体を揺らしている者、嫌悪するような表情で貴族達を見ている者──。


 彼らは全て、リディスの臣下である貴族達のはずだ。

 そんな彼らが目の前でダドリウスを次の国王陛下として仰ぎ、忠誠を誓う姿を見て、リディスはどのように思うのか。


 この光景はリディスに屈辱を与え、辱め、そして(おおやけ)とも言える場を以て、王位から引きずり降ろすための茶番に違いない。


 ダドリウスは自分の前に跪く貴族達を見下ろし、そして喉を鳴らすように笑った。


「ありがとう。君達の忠誠、受け取らせて頂くよ。……さぁ、家へと帰るがいい。そして、リディス・ドラグール国王陛下は退位され、ダドリウス・ファヴニルが新しき王となったことを知らしめるんだ」


「はっ!」


「承知いたしました」


 貴族達の返事を聞いて、満足気な表情を浮かべたダドリウスは右手をすっと伸ばして、指を一度鳴らした。


 ぱちん、という軽やかな音と共に、それまで開けることが出来ずにいた謁見の間の大きな扉はまるで壁がなくなったように開いていく。


「開いた……! 開いたぞ……!」


「わ、わたくしもダドリウス国王陛下に忠誠を誓いますわ!」


「私は生涯仕えると誓います!」


 ダドリウスに向けて、貴族達は次々に意思表明をしていく。これこそがダドリウスが望んでいたものなのだろう。


 リディスを屈服させるために、貴族全てから国王にふさわしくはないという烙印を無理矢理に押させる状況を作り上げたのだ。

 

 揺るぎない王位に傷を入れるために周囲を味方で固めて、そして──リディスを蹴落とす算段なのだろう。



 エルシュはゆっくりと後ろを振り返る。玉座の傍で倒れているリディスが浮かべている表情は怒りではなかった。

 それは諦めと自嘲に近いもので、どこかこの状況を納得するようなものだったのだ。


「っ……」


 どうして、彼はそれほどまでに悲しい顔をしているのだろうか。ダドリウスが自分達を陥れたからか、それとも目の前で貴族達が裏切ったからか。


 いや、違う。彼はきっと自分自身を自嘲しているのだ。


 どうする事も出来ないと覚っているような表情は、初めてリディスと会った夜に彼の呪いについて話しをしてくれた際の顔と同じに見えた。

 

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