安らぎの時間
ダドリウスが王城入りしてから、二週間程が経っていた。
あと半月後にはリディスが即位してから丁度、一年が経つらしく即位を記念して、国中の貴族と他国の要人を招いた祝宴の式典と夜会が開かれるらしい。
式典では城下町を見渡せる露台に立って国王自らが国民に向けて挨拶をするとのことだ。王城内ではその準備に追われる者達が慌ただしく過ごしていた。
何でもリディスが即位してから、夜会や宴といったものはほとんど開かれていなかったらしく、貴族達はそれぞれの屋敷で社交を交えた夜会を開いて過ごしていたらしい。
夜会を開かなかった理由としては、国庫からの支出を抑えるためというのが表向きの理由だが、リディスがあまり人込みは好きではないことが一番の理由だとジークによって聞かされている。
それでも即位して一年経つため、それを祝う式事は必要不可欠であるので仕方なくその準備を進めているらしい。
そして、この式典と夜会にはエルシュも王妃として参加することになっている。
王城で働いている者達には顔を覚えられているが、貴族と顔を合わせるような機会は今まで無かったため、今回の式典と夜会では王妃としてのお披露目も兼ねているのだろうと察せられた。
……私もしっかりと勤めを果たさなければ。
式典と夜会の日が近づくにつれて、エルシュがやるべきことは自然と増えていた。
夜会での立ち振る舞い方や、飲食の仕方、ダンス、その他の行儀作法を指導役の者から毎日、みっちりと教わっては体力が削られていく日々を送っていたのである。
そのため、夜になる頃には体力が尽きてしまい、リディスよりも先に寝てしまうことがままあった。
リディスも夜遅くまで準備を進めているらしく、彼が眠る時間はあるのかと思える程に、寝起きする時間が重ならなくなっていたが、それでも同じ寝室で眠ることは変えずにいた。
しかし、式典と夜会への準備がある程度、落ち着いてきたのか、やっとゆっくりした時間が取れたらしく、薔薇に囲まれた小さな庭でお茶をしようと誘われたのである。
久しぶりとも言えるリディスと二人だけのお茶会に心を躍らせつつ、エルシュは少し早足で待ち合わせの場所へと向かっていた。
庭先にはすでにフィオンが来ており、お茶に必要な道具やお菓子が盛りつけられた皿を円形の机の上に並べてくれていた。
「フィオン、準備をしてくれてありがとう」
エルシュがお茶の準備をしていたフィオンに声をかけると彼女は驚いたのか、肩を小さく震わせてから振り返った。
「あ……。い、いえ。……あの、ここに呼び鈴を置いておきますので、何かあればいつものようにお呼び下さい」
「ええ、分かったわ。……あら?」
そこでエルシュはフィオンを呼び止める。
「フィオン、どうしたの?」
「え?」
「いつもより、顔色が優れないようだけれど……」
エルシュの言葉に、フィオンは慌てたように頭を下げる。
「っ……。も、申し訳ありません。……顔に出さないようにしていたのですが、ここ最近は忙しいこともあり、どうやら疲れが顔に出てしまったようで……」
「あら、そうだったの……。確かにいつもフィオンにはお世話になりっぱなしだったもの。疲れが出ても仕方が無いわ」
「そんなことは……」
滅相もないと言わんばかりにフィオンは頭を下げたままである。そこまで謙虚にならなくてもいいのに、彼女は申し訳なさそうに縮こまっている。
「しばらく、ゆっくりと休憩を取って来るといいわ」
「ですが……」
「いいのよ。気にしないで、休んできて」
エルシュが穏やかな声色でそう告げると、フィオンはやっと顔を上げてから、安堵の表情を浮かべた。
「すみません、エルシュ様に気遣って頂くなんて……」
「あなたは十分過ぎる程に働き者だもの。私のお世話をする時もそんなに気を張らなくていいのよ? どうか気にしないで休んでくるといいわ」
「……ありがとうございます、エルシュ様」
フィオンは深々と頭を下げて、その場から下がっていく。
自分以上にフィオンはよく動き、働いているため、小さな身体に負担がかかっているのだろう。
一人前の侍女として優秀だが、それでも自分にとっては気心が知れた少し年下の女の子だ。どうか仕事のし過ぎで無理をして、身体を壊さないで欲しいと思う。
……陛下もきっとお疲れでしょうね。
王城に勤めている者達の中には働き過ぎて倒れて、医務室に運ばれる者もいたと聞いている。
リディスは体力がありそうだが、彼は真面目な性格をしているので無理をしてしまわないか心配でもあった。
そんなことを思っているうちに足音が聞こえて来たため、エルシュはすぐに後ろを振り返った。
太陽の下で顔を見るのは久しぶりだった。こちらへとやって来るリディスがふっと笑みを見せたため、エルシュは頭を軽く下げる。
「ようこそ、お出で下さいました」
「そなたとお茶を飲むのは本当に久しぶりだな」
そう言いながら、リディスはエルシュの真向かいの席へと座る。
「そうですね。最近はお菓子を作る暇もなかったので……」
以前は二人でお茶をする際にはエルシュが紅茶に合うお菓子を作って、持参していたのだがここ最近は忙しくて厨房から足が遠のいていた。
「文官達が言っていたぞ。そなたが作った氷菓子が食べたいと」
「あら……。それでは今度の式典と夜会の日を無事に乗り越えることが出来たら、また作りましょうかね」
「その時は私の分もあるんだろうな?」
「ええ、もちろんです」
冗談を言い合うような調子で応えると、リディスから低い笑い声が漏れ出た。その間にもエルシュは二人分のカップに鮮やかな色をした紅茶をゆっくりと注いでいく。
紅茶を注ぎ終わったカップをリディスの前へと出してから、エルシュは椅子へと座った。




