穏やかさを願う
その日、寝室のベッドの上で、エルシュはさっそくダドリウスに会ったことをリディスに伝えることにした。
リディスはエルシュの話を聞いて、これでもかと思える程に目を見開いて驚いていた。
「……まさか、これほど早く接触を試みていたとは……。確かに図書館への行き来は制限していないから、行くなと言う方が無理な話か」
「陛下?」
「いや、こちらの話だ」
リディスはすぐに何でもないと首を横に振ってから答える。
「エルシュ、これからは姿を見かけても、ダドリウスには近づかないようにしてくれないか」
「えっ……」
「頼む」
「……」
懇願するリディスはエルシュに向けて頭を下げて来る。余程、ダドリウスと顔を合わせて欲しくはないらしい。
「……分かりました。これから王城内を歩く際には気を付けたいと思います」
「そうしてくれ。……せっかく、ここでの生活に慣れて来たというのに、迷惑をかけるようですまない」
迷惑なんてかけられている覚えはないが、リディスの表情は何かを深く悩んでいるように見えたため、エルシュはベッドの上へと放り出されている手に自分のものをそっと添えた。
「陛下。私は何も気にしておりませんし、これから先、自ら進んでダドリウス殿下と接することはないと思われます。なので、どうかそれほど気負わないで下さいませ」
「エルシュ……」
「それに私、いざとなれば雪華の力を使って、ダドリウス殿下を氷漬けにも出来ますから」
「いや、それはさすがに止めておいてくれ」
エルシュが言った冗談を聞いて、リディスの表情はやっと和らいだものへと変わっていく。
やはり、リディスは顰めている顔よりも、笑顔の方が似合っているとエルシュは心の中で何度も頷いていた。
「……そなたがいるなら、頑張れそうだ」
「え、陛下……?」
しかし突然、視界がぐらりと動き、エルシュの身体はベッドの上へと横たえられてしまう。
気付けば自分を包み込むようにリディスが抱きしめてきており、そのまま押し倒すような体勢で横になったらしい。
リディスの両腕は自分を包み込んだまま離すことはないため、この状態からは逃げられないようだ。
「陛下……」
咎めるように名前を呼んでも、リディスからは小さく笑ったような雰囲気が返って来るだけである。
抱きしめられたまま眠られると、こちらとしては大変、寝づらいのだがリディスは手を離そうとはしない。
やがて、安らかな寝息が聞こえてきたことから、エルシュは諦め混じりの溜息を吐き、そして空いている右手でリディスの髪をそっと触れた。
「……おやすみなさいませ」
最近は起床時や就寝時、そして食事をする際にしか顔を合わせなくなってしまっている。
せめて、夢の中では穏やかに過ごせるようにと願いを込めながら、エルシュは小さく呟いた。




