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009 エクスカリバーvsエクスカリバー

 



「大変だぁーっ!」


 例のごとく、ギルドに号外を握りしめた男が飛び込んでくる。

 これで三度目なのでサーヤももう驚かないが、どうやら彼はいつもこんな調子らしい。


「今日はどうしたんですかー?」


 ミルクをすすりながらサーヤが尋ねると、男は青ざめた顔で号外を広げた。


「勇者が……凱旋するらしいぞ!」


「えぇっ、あの勇者さまがですか!?」


「ふふふ。サーヤちゃんの目、キラキラしてるわ」


「だってだって、ついに見られるんですよ!? 本物のエクスカリバーが!」




 ◇◇◇




 世界を救った勇者が帝都に凱旋すると言うのだ。

 当然のように彼らが通るであろう大通りはたくさんの人でごった返し、自然とパレードのような様相を呈していた。

 そんな中、ついに帝都南門に、馬車に乗ったフレイグが姿を現す。


『うおぉおおおおおおっ!』


『きゃあぁぁああああっ!』


 野太い声と、黄色い声――二種類の歓声が入り混じり、帝都を震わせた。


「す、すごい盛り上がりですーっ!」


「サーヤちゃん、わたしから離れちゃダメよ? しっかりと手を握っておくこと」


「わかってます! でもこれじゃあ、ぜんぜん見えませんね……」


「そうねぇ……」


「カリバーの兄貴、オレが肩車してやろうか?」


「いいんです――」


「あぁっ、てめえずりぃぞ! 後頭部でエクスカリバーを確かめようとしてやがるな!」


「ばっかお前、変態じゃねえんだからんなことしねえよ!」


「サーヤちゃん、やめときなさい」


「……よくわかんないですけど、セレナの言うとおりにしますです」


「ほらお前よー! 変なこと言うから兄貴に引かれちまったじゃねえかよぉー!」


 冒険者たちも交えて騒ぐサーヤたち。

 彼女たちの前には、壁のように人混みが立ちはだかり、比較的体格の大きな冒険者でさえも、勇者の姿を見れないような状況であった。




 ◇◇◇




「きゃあぁっ、フレイグさまぁーっ!」


「ありがとうフレイグーっ! と愉快な仲間たちーっ!」


「俺は信じてたぞ! お前たちが必ず世界を救ってくれるってー!」


「フレイグさまぁーっ! 抱いてぇっーっ! いいえこの際もうマギカ様でもいいわーっ! 抱いてー!」


 色とりどりの歓声を受け、フレイグは胸を張って彼らに手を振る。


「ふははははははっ! 苦しゅうない、苦しゅうないぞ! この勇者の体から溢れ出す光の波動による祝福で、人々よもっと笑顔になるがいい! ははははははっ!」


 シンプルにちやほやされるのが嬉しいらしく、かなり調子に乗っていた。


「なにが苦しゅうない、よ! あんたなにもやってないじゃないぃ……!」


 一方で、マギカは表に顔を出さず、荷車の中で頭を抱えていた。

 すっかり世界を救った英雄扱いされてしまっているが、実際のところ、星域術式(プラネタリアスペル)を解除したのは別の誰かだ。

 もしも勇者を貶めるために、盛り上がっているこのタイミングでその本人が出てきたら――


「私たち、一巻の終わりじゃないのよぉおおおおおっ!」


「まあまあ、落ち着こうよマギカちゃん」


「そうですよぉ、落ち着いてぇ、気楽に考えましょうよぉ」


 ファーニュはマギカの頭を抱き寄せ、その大きな胸に沈ませた。

 そして慰めるように背中をさする。


「ファーニュ……でも、皇帝陛下にどう説明するのよぉ! 私たち、本当になにもしてないのよ!?」


「いいんです。なにも考えなくて。きっとどうにかなりますから……ね?」


「ね? って言いながら尻を撫でるな! 摘むな! ん、叩くなぁっ!」


「あら、叩かれるのがお好き……」


「好きじゃなーいっ!」


 ガバッと沼から脱出するマギカ。

 そんな二人のやり取りを、シーファは苦笑いしながら眺めていた。


「シーファ、あんたもあんたよ! フレイグの幼馴染ならあのお調子者をなんとかしなさいよ!」


「そうは言っても、フレイグって昔からあんな調子だから。ボクがなにを言っても変わらないよ」


「そんなんだからいつまでも振り向いてもらえないんじゃない!」


「へ? な、なにを言ってるのかなマギカちゃん。ボクはただの幼馴染であって、フレイグとはそんな……」


「表情から非常に濃いラヴの波動を感じます……」


「感じるわねぇ……」


「ち、違うからっ! 本当に違うからぁーっ!」


「なんだお前たち。顔も見せずになにやら面白い話題で盛り上がってるみたいじゃないか」


「フ、フフ、フレイグぅっ!?」


 顔を真っ赤にして動転するシーファ。

 もはや隠しようもなく、その表情はどこからどう見ても恋する乙女であった。


「恋バナというやつか。ふっ、勇者にはヒロインが付き物。俺もそういう話題に興味がないわけではない。しかし――」


「ふえっ!?」


 フレイグはシーファに近づくと、顔を寄せ、白い歯を見せてニカッと笑った。

 そして彼女の背中をバンッと叩く。


「こんなナヨッとした男にちゃんと彼女ができるのか、そっちのほうが心配でならないな! ふはははははっ!」


 フレイグはそう言って、再び前方から顔を出し、群衆に手を振る。


「は……はは……あはは……そうだよね……フレイグだもんね……」


 一方でシーファは、遠い目をして虚しく笑っていた。


「あいつ……まだシーファのこと、男だと思ってんの……?」


「この前、私たちと一緒に女物の服を選んで、彼の前で着てみるって言っていませんでしたか?」


「着たんだよ。着たんだ。そしたら……『すごく似合ってる。いい女装だ』って褒められたよ……」


「うわぁ……」


「筋金入りの阿呆ですね」


 最大の原因はフレイグの鈍さにあることは間違いない。

 だが、シーファにも原因はあるのだ。


 フレイグとシーファは幼馴染である。

 小さい頃から故郷の村で、二人兄弟(・・)のように育ってきた。

 それぐらいの年齢だと相手の性別など気にせずに遊べてしまうので、シーファもフレイグが自分を男扱いしてくることを、なんとも思っていなかった。

 大人になれば、嫌でもわかるはずなのだから。


 しかし――二つほど、誤算が発生した。


 一つ目は、フレイグが成長のリソースを身体能力だけに注いでしまったこと。

 二つ目は、シーファの体に驚くほど女性らしい凹凸が発生しなかったこと。

 しかも髪は短く、一人称は“ボク”。

 普段からズボンルックを好む、短剣使いの前衛――初対面の相手には男だと勘違いされることは少なくない。


 そんな不幸が重なって、結局、今日の今日までフレイグはシーファを女だと気づかないまま来てしまった。

 もっとも、シーファ自身『今の親友のままでも幸せかも』と思ってしまっている節もあるのだが。


「魔王との戦いもこんな調子だし、前途多難ね……」


「はい、うまくいっているのは私とマギカさんの関係ぐらいです」


「……」


 無言でファーニュを見つめるマギカ。

 ファーニュは「うふっ」と笑うとぽっと頬を赤らめた。


「……確かに、前途多難だね」


 シーファがしみじみと呟いた。




 ◇◇◇




 結局、サーヤはその日、フレイグと会うことはできなかった。

 しょんぼりして宿に戻った彼女だったが、その日はレトリーの漫画談義や、セレナのキレ芸でなんとか復活した。


 その翌日――ギルドでモンスター討伐の依頼を受けたサーヤは、準備のために帝都の商店を訪れていた。

 そこで、尋常ではない人だかりを発見する。


「もしかすると、勇者さんがいるのかもしれません!」


 サーヤは小さな体を活用し、人々の間を縫うように進んでいく。

 そして一番前までやってくると、ついに――


「ほわあぁ、あれが勇者フレイグさん……!」


 勇者本人と遭遇した。

 フレイグの放つ圧倒的なオーラ、そして有名人らしい立ち居振る舞い、さらには腰に下げられた聖剣エクスカリバーを前に、サーヤはワクワクを抑えきれない。

 両手をぎゅっと握り、目をキラキラと輝かせながら、即席サイン会兼握手会を開く勇者に釘付けになるサーヤ。

 しかしあまりの人の多さに、再び後ろに引き戻されていく。


「あ、あぁっ、わたしもサインがほしいです! サインがぁ~っ!」


 その気になれば人々を押しのけてその場に残ることもできただろう。

 だが、サーヤはそこまで悪い子にはなれなかった。

 最終的に人だかりからはじき出され、がっくりと肩を落とすサーヤ。


「……買い物、するしかありませんね」


 彼女は力のない足取りで、本来の目的を果たすために、店を回る。

 そのまま会計を終えて外に出て、帝都の南門に向かう――そのときだった。


「ふはははははははぁっ!」


 屋根の上から、無駄に声量の大きな笑いが聞こえてくる。


「闇あるところに光あり。俺の体内に張り巡らされた勇者の力――心の闇センサーは、いかなる小さな闇をも見逃さない! そう! たとえ俺のサイン会に参加できず、肩を落として歩く子供の闇であっても! とうっ!」


 そして彼は、屋根の上から飛び降りて、ゴキッ! とサーヤの前に着地した。


「ぐ……ぬ……」


「あーもー、だから言わんこっちゃない。危ないって言ったからね、ボクは」


 遅れて、シーファが華麗に飛び降りてくる。

 彼女は、歯を食いしばり、プルプルと震えるフレイグに寄り添い、「大丈夫かい?」と心配そうに声をかけた。

 しかしそんな二人のやり取りなど、サーヤの目には入っていなかった。

 もはや、『勇者が目の前にいる!』という事実で頭がいっぱいになっていたのである。


「ほわっ、ほわあぁぁぁああ……! 勇者ですっ、本物の勇者さんが目の前にいますっ! すごいですー! もう絶対に会えないと思ってたんですっ!」


「そ、そうだ……俺は、勇者だ……!」


「ほらフレイグ、無茶しちゃだめだって!」


「止めてくれるなシーファぁっ! 俺は勇者だ。目の前にファンがいたのなら、勇者として、その声援に答える義務がある……!」


「フレイグ……勇者をアイドルかなにかだと勘違いしてない?」


「勇者とアイドルは紙一重ェッ!」


「違うよ!?」


「人々の笑顔を糧に立ち上がる! そういう意味では同じなんだよシーファ! だからッ! だから俺はッ! この子にサインをしなければならない!」


「なにかよくわかりませんがかっこいいです……! サイン、お願いしますっ! あと握手も!」


 サーヤがどこからともなく取り出した色紙に、フレイグはどこからともなく取り出したペンでサインをする。

 そして震える手を、二人はしっかりと握りあった。


「あ……あの、あと……こんなことを言うのは差し出がましいかもしれませんが……」


「どうした、なんでも言ってみろ。俺はできるだけファンの声に応えたい」


「じゃあ……エクスカリバーを触らせてもらえないでしょうかっ!」


「ああ、もちろんいいぞ!」


 すぐさまエクスカリバーを鞘から抜き、かっこよく構えてみせるフレイグ。

 サーヤは「おぉー、かっこいいです!」と大絶賛だが、剣を握る手はまだプルプルと震えていた。


「魔王を倒すための秘密兵器をそんな簡単に触らせていいのかなぁ……」


「この剣には、人々の応援で強くなる力が込められている」


「そんな秘められた能力があったの?」


「勇者の剣だからな、当然だろう!」


「その根拠のない自信は一体どこから……」


「そういうわけだから、遠慮なく触ってみてくれ」


「見事な刀身です……一片な濁りもないうつくしい白銀色……まるで美術館にかざってありそうなきれいさですね!」


「わかるか、この美しさが! そう、美しさと性能を兼ね備えた完璧さこそ、エクスカリバーが聖剣と呼ばれる所以なのだ!」


「性能もかねそなえて……並の鍛冶師では絶対につくれない代物ですね」


「なんだったら、そちらも確かめてみるか?」


「えっ?」


「そうだな……この剣を、思い切り殴ってみるといい。蹴ってもいいぞ。どれだけ傷つけようとしても、傷ひとつ入らないだろうからな」


「そんなことまでしていいんですか?」


「ああ、むしろやってくれ! 美しさだけでなく、この剣がどれだけ強いかを実感してほしいんだ!」


「ねえフレイグ、大丈夫? その子の手のほうが危ないんじゃない?」


「そこは平気です。これでもきたえてますからっ! それじゃあ、行きますね!」


「ふはははっ、やるなら全力でやるんだぞ?」


「はいっ!」


 言われるがまま、サーヤは構えを取り、拳に気を込める。


(あの構え……それにこの空気。あの子、ただ者じゃない……?)


 一瞬でそれに気づくシーファだが、フレイグはサーヤを見てもなにも感じないようだ。


(全力で――相手はエクスカリバーなんですから、わたしがエクスカリバーを放っても、壊れたりはしないはず。わくわくします。かの伝説の聖剣の力を、この身でかんじられるのですから!)


 わくわくが、さらにサーヤの気を高めていく。

 そして彼女は――「ハァッ!」と一気に息を吐き出し、溜めに溜めたエネルギーを、一点に向かって一瞬で放射した。


「一点突破! 正拳エクスカリバアァァァァァッ!」


 バリィインッ――


「あっ」


 フレイグが声をあげる。


「ああぁああっ!」


 シーファが叫ぶ。


「……あれっ?」


 そしてサーヤは首をかしげる。

 三人の視線の先には、粉々に砕け散った聖剣エクスカリバーの姿があった。






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