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007 正義の勇者フレイグ

 



「ただいま戻りましたーっ!」


 依頼の品を持ってサーヤがギルドに入ると、真っ先にセレナが「おかえりなさい」と笑顔で迎えた。


「おっ、初依頼は無事にこなせたみてえだな」


「やるじゃねえかカリバーちゃん、今日は祝い酒だ! 騒ぐぞー!」


「いつも飲んでるくせに。ったく……はい、確かに紫蜜茸は受け取ったわ。これが報酬よ」


 昨日の核の売却金額よりはかなり安いが、サーヤにとっては初めて依頼をこなして得た報酬だ。

 銀貨を袋に収めながら、嬉しそうにはにかむ。


「カリバーの兄貴、俺らがおごってやるからこっちにこいよ!」


「だからお酒は――」


「そう言われると思って、ミルクを用意しておいたぜ。もちろんノンアルコールだ!」


「うわあ、ミルク! サーヤ、ミルク大好きです!」


「これならいいだろ、セレナちゃん」


「……まあ、ミルクだけなら」


 正直言うと、下品な男どもにサーヤが感化されてほしくない――とも思ったりしていたのだが、彼らが彼女の初依頼完了を祝いたい気持ちも尊重したい。

 そこでセレナは、一つだけ条件をつけることにした。


「でも、私も一緒に参加させてもらいますからね!」


「おぉ、セレナちゃんも飲むのか! よっしゃ、ならとびきり上等な酒を――」


「私は飲みませんってば!」


 結局、セレナとサーヤは並んでミルクを啜り――なんだかんだで楽しく時間を過ごした。




 ◇◇◇




 宴会が始まってから一時間。

 冒険者たちの盛り上がりはピークに達し、食えや踊れやの騒ぎになっていた。

 サーヤは大勢に囲まれての宴に浮かれ、セレナは呆れた顔をしながらも楽しんでいる。


「大変だぁーっ!」


 そんな平和なギルドに、突然入ってきた男冒険者の大きな声がこだまする。

 彼は手に一枚の紙を握っていた。

 どうやら帝都で配られていた新聞の号外のようだ。


「四天王ティタニアの星域術式(プラネタリアスペル)が勇者により破壊され、人類滅亡は回避されたらしい!」


 男は心底嬉しそうな顔で、声を震わせながらそう言った。



 ◇◇◇




 夜も近づいていたので、セレナとサーヤはギルドを出る。

 冒険者たちは、滅亡が回避されたことで、さらに酒を追加して騒いでいたが――流石にミルクだけではついていけなくなったのだ。

 それに、いくら冒険者とはいえ、夜の帝都を女二人で歩くべきではない。


「それにしても急な話よね。人類の滅亡が発表されたのが今日の朝で、その日のうちに解決しちゃうんだから」


「勇者さんってすごいんですね!」


「うーん……そうねえ、そうなんでしょうけど……」


 大通りに差し掛かっても、神に祈る人々の姿はもう見えない。

 唯一、神の名を騙り金を集めていた詐欺師だけは残っていたが、どうやら正気に戻った人々に「金返せ」と詰め寄られているようだった。


「皇帝自ら滅亡を公表したってことは、たぶん『もう手遅れ』だと判断したからだと思うのよね。皇帝だって、勇者たちの動向は掴んでるはずだし」


「やっぱり勇者っていうぐらいですから、追い込まれてピンチになったことで、すごいパワーを発揮したんじゃないでしょうか!」


 サーヤとセレナは、無精髭を生やした男が、スーツを着た男性に話しかけられている真横を通り過ぎた。

 無精髭の男は、どうやら昼間に黒歴史小説を叫んでいた彼のようだ。

 スーツの男性は出版社の社員――どうやら例の小説を本にしてみないか、とスカウトされているようである。


「そんな都合のいいことがあるのかなぁ……」


「勇者というのは奇跡をおこすものです。きっと剣の腕も相当なものなんでしょうね」


「そう言えば、伝説の剣といわれるエクスカリバーの本物は、勇者が持ってるのよね」


「そうなんですか!? そちらもすばらしい剣に違いありません、一度でいいからみてみたいですっ」


「サーヤちゃんって剣を使ってるわけじゃなさそうだけど、そっちも好きなの?」


「もちろんです。剣はすべての女の子のあこがれですから!」


「へえー……女の子の、ねえ」


「……はっ! いえ、違います、男の子の間違いです! 女装です!」


「あははっ。まあ、剣への興味って意味ではそっちのが普通なんだけどね……ふふっ」


 なおも女装と言い張るサーヤに、軽く肩を震わせ笑うセレナ。

 そんな二人の横では、衆人の目も気にせずに、三人の少女が抱き合っていた。

 昼間に揉めていた姉妹とその友人のようだ。

 妹と友人――そんな二人の間で揺れ動く姉。

 彼女が出した結論は、『二人とも同じぐらい愛したらいいじゃない!』という開き直ったものであった。

 なんだかんだあって事態はそれで丸く収まったらしい。

 しかし、そこからほど近い建物の影で、妹の友人は親指を噛みながら、悔しげにその情景をにらみつけている。

 どうやら、少女たちのどろどろとした関係はまだまだこじれていきそうだ。


「勇者フレイグは、たまに帝都に帰ってくるわ。街に出たときはファンサービスも盛んだって言うし、頼んだらエクスカリバーを見せてもらえるかもよ?」


「ほんとうですかっ! それはたのしみです! 都会だと、有名な人に直接あうこともできるんですね。やっぱり田舎とは違います……」


「サーヤちゃんの故郷って、どんなところだったの?」


「山奥にある村なんですが、わたしはお師匠さまと二人で暮らしていました。家は合わせて五軒ぐらいしかなくて、村人も十人ぐらいでした」


「村っていうか集落ね……じゃあ、同世代の子供もいなかったじゃないの?」


「はい。みなさんわたしよりずーっと年上の方ばかりです」


「寂しいとか思わなかった?」


「それはありません。みなさんやさしくて、わたしのことを本当のこどものようにかわいがってくれましたから!」


「ふーん……そういや、最初にうちに来たときにぜんぜんお金を持ってなかったわよね。そんな山奥の田舎から、どうやって帝都まで来たの?」


「徒歩ですよ。五分ぐらいで着きました」


「えっ?」


 徒歩五分――それはギルドからセレナの実家でやる宿までの距離よりも近い。


「あっ、徒歩っていうのは正しくありませんね。走ってきました!」


「どっちにしても早すぎるわよ! 5分って、本当に5分? 私たちの世界で言うところの5分なの? 間違いなく300秒?」


「それ以外に5分なんてありませんよぉ」


「むしろそれ以外にあってほしかったわ! えぇ……じゃあサーヤちゃんの故郷ってすぐそこにあるってこと? だったら、わざわざうちの宿に泊まる必要もないんじゃ……」


「それが一度、帝都に来る前に道にまよいそうになって引き返したんですが……見つからなかったんです」


「村が?」


「いえ、山が」


「……山が」


「はい。村があるはずの山が、まるごと消えていました」


 思わず頭を抱えるセレナ。

 そんな彼女の横では、ほぼ全裸のジェットが衛兵によって連行されようとしていた。


「セレナ、サーヤ! ちょうどよかった、オレを助けてくれ! 脱いだのはちょっとした出来心だったんだ! 帝都に吹く風がオレに『脱げ』と囁いてきただけなんだ! なぁ!」


 見て見ぬふりをして通り過ぎていくセレナ。

 ただでさえ頭が痛いのに、あんなものの相手をしている余裕はない。


「よかったんですか?」


「いいのよ、私にジェットなんて名前の知り合いはいないわ。それで、山の話なんだけど……」


「わたしにもわからないんです。ですが、お師匠さまはわたしが帝都で修行を終えるまで戻ってくるな、とおっしゃってましたし……そういうことなのかもしれませんね!」


「どういうことぉ!?」


「あの村の人たちならみんな、山ぐらい平気で消せると思います。あ、一応わたしもできますよ!」


「わからない……わからないわ、私……」


 サーヤが嘘をついているように見えないのが、さらにセレナを混乱させていた。

 結局、彼女はそれ以上の追求を諦め、サーヤの正体については考えないようにすることにした。




 ◇◇◇




 一方その頃、帝都から離れたとある町にて――


『くっくっくっ……勇者よ、ひとまず今回は『よくやった』と褒めてやろう』


 宿に泊まっていた勇者フレイグとその仲間の前に、魔王が姿を現していた。

 もちろんこんな町に本人が来るはずもなく、ただスペルで姿を映し出しただけではあるが――


『どうやら我々は貴様らを甘く見ていたようだ。今回の星域術式(プラネタリアスペル)で全ての決着をつけるつもりだったが――ティタニアも驚いていたぞ』


 その威圧感に、三人の仲間たちは完全に気圧されていた。

 だがフレイグ本人だけはまったく動じることなく、対等な立場で魔王と対峙する。


「ふ、この程度の術式、俺の勇者パワーさえあれば消し飛ばすのは造作も無いことだ」


『くくく、勇者を名乗るほどなのだ、そうでなくてはな! だが次はこうはいかぬぞ。四天王が直に貴様らを葬り去ってくれよう!』


「どのような困難が迫ろうとも、俺たちが負けるはずはない。なぜなら、俺は勇者だからだ! 俺に宿った勇者パワーと、この聖剣エクスカリバーの光が、必ずや魔王と言う名の闇を払ってみせるだろう! 魔王城で首を洗って待っていろ!」


『くははははははっ! 言ってくれるな勇者フレイグ! 四天王を前にしても、その威勢が続くといいがなァ! ハハハハハハハッ!』


 高笑いを響かせて、消える魔王の幻影。

 勇者は「ふん」と鼻を鳴らした。


「四天王だかなんだか知らないが、俺は必ず勝つ! この体に流れる勇者の血に誓って!」


 彼が高らかに宣言するその背後で、仲間のうちの一人――魔術師マギカの顔は、どんどん青ざめていた。

 そして終いには耐えきれずに、部屋を飛び出していく。


「ふっ、マギカめ、魔王の闇に充てられたか。あいつはまだ、俺の領域に達するほどの“光”を胸に宿せていないようだな――」




 ◇◇◇




 そして宿の外に出たマギカは、薄い紫色の髪を振り乱しながら、天に向かって叫んだ。


「私たち、何もやってないじゃないのよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 少女のヤケクソ気味な声が、田舎の空に響き渡った。




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