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066 SoulCage - 私がそこにいる意味

 



 イグニートが沈黙し、帝都の時が停まる。

 秒針を動かしたのは、かろうじて生き残った冒険者のおっさんの言葉だった。


「勝った……のか?」


 湧き上がる勝利の実感。

 巨人がそこに存在しているせいで、“確信”を得るのに少々時間がかかってしまった。

 だが、炎は絶え、瞳の光も失われている。

 もう二度と、あの化け物が動き出すことは無いだろう。


「勝ったんだ……俺たち」


 近くにいた兵士が言った。

 続けて、他の者もその実感を噛みしめるように、「勝った」「勝てたんだ」と口にする。

 やがてその声は歓声へと変わり、『うおおぉぉおおおっ!』と戦いに参加したものたちは大騒ぎしながら、全身で喜びを表現した。

 銀狼の群れたちも『わふわふ』と飛び跳ねている。


「ふんっ! はっ! そぉりゃあっ!」


 一方でイフリートは、そんなイグニートの表面を何度も殴りつけていた。

 神壁アイギスが停止したと言っても、その体を形作るのは白金剛。

 そう簡単に砕けるものではない。


「イフリート、離れてて。まずウチの毒で柔らかくするから」


「かたじけない」


 ティタニアはサソリの尻尾を白金剛の表面に当てると、とびきり濃厚な毒を射出した。

 ジュウゥ――と焼けるような音と共に、イグニートの装甲が侵食されていく。


「あちしも手伝うぞー!」


「我の力も必要か?」


「お前たち……ガハハハハッ、仲間というのは素晴らしいものだな!」


「そんなくっさいセリフ聞きたくてやってるわけじゃないし。とっとと壊せっての」


「照れるでない、今回の戦いも友情パワーが勝利をもたらしたのだからな!」


「友情パワー……素晴らしいな!」


「シルフィードも感化されるなっつーの」


 リラックスした様子で言葉を交わしながら、四天王たちは協力してイグニートの装甲に穴をあける。

 するとそこから、這い出るようにノーヴァが現れた。


「ぷはァッ! ふぅー、さすがに熱かったナ!」


「お疲れ様だ、ノーヴァ」


「おうヨ、イフリート。どうだっタ、オレの活躍ハ」


「最高だ! それ以外の言葉が浮かんでこないほどにな まさにこの戦いの主役はノーヴァだった! お前はこの世界のベストオブコウモリだ!」


「ギャハハハハッ! そんなに褒められると照れるゼー」


 そう言いながら、イフリートの周りを嬉しそうに飛び回るノーヴァ。

 今回の勝利は、間違いなく彼の働きのおかげだった。

 それだけに――フェンリルは気になってしょうがない。


「イフリート、いつからあの作戦を考えていたのだ?」


「作戦と言うほどのことではない。以前に神鎧と交戦した時から、外部からの破壊が困難なことはわかっていたからな。ならば弱点は内部にあるのかもしれないと考えたまでのことだ」


「イフリートは知能派だからナ!」


「ウチらが知ってる作戦はイフリートの攻撃までだったから、あれでほぼ無傷だった時は完全に終わったと思ったし」


「とんでもない相手だったよね。あちしはもうへとへとだー」


 シルフィードはばたんと仰向けに倒れると、地面に大の字になって寝転がる。


「もうちょい慎みを持つべきだと思うケド」


 ティタニアは苦言を呈しながら、彼女の隣に腰掛けた。

 するとそこに、キャニスターとグランマーニュが近づいてくる。

 安全な場所で待機しているという話だったはずだが、二人はなぜかボロボロだった。


「四天王たちよ、よくやってくれたな」


「あれ、あんた何そのカッコ。建物が潰れて下敷きになりましたー、みたいな状態になってんじゃん」


「その通りだからな」


 キャニスターが答える。

 彼は脚を負傷しており、グランマーニュに肩を借りていた。


「あの時ばかりは完全に死んだと思ったぞ」


「キャニスターは俺をかばって、瓦礫の下敷きになったんだ」


「それで皇帝は無事だったのか。友情パワーというやつだな、ガハハハハ!」


「何が友情だ、暑苦しい……」


「そうは言うけど、よっぽど大事な友だちじゃないと、命を賭けて助けようとは思わないんじゃないか?」


 シルフィードの言葉に、キャニスターはふいっとそっぽを向いた。


「レトリーが喜びそうなやり取りだな」


「それいいね、フェンリル。あとで教えちゃう?」


『それはやめろっ!』


 キャニスターとグランマーニュは、声を揃えて叫んだ。

 よっぽど嫌らしい。




 ◇◇◇




 四天王たちが無事を喜ぶ中、勇者たちはファーニュによる治療を受けていた。

 もちろん、真っ先に処置されるのはマギカである。


「マギカさんは馬鹿ですぅ! 愚か者ですぅ! これで生きて帰ってくるつもりとか言われても説得力皆無ですうぅ!」


「はぁ……はぁ……ごめんってば……」


 四肢を犠牲にするなどという馬鹿げたことをやったせいで、身動きの取れないマギカは、ファーニュから数々の罵詈雑言をぶつけられることとなった。

 まあ、恋人が手足を失って、虚ろな瞳で血を流しているところを見せられたのだから、それぐらいは言いたくなるというものである。

 現在は止血が済み、四肢の再生を行っているところであった。


「全快したら……沢山、罰を受けてもらいますからねぇ……!」


「怖いんだけど……私、死ぬんじゃない?」


「死にません! 生きてる人間じゃないと味わえない罰を受けてもらいますぅ!」


「だからそれが怖いんだけど……」


 怖い怖いも好きのうち――というわけではなく、マギカは本気で恐れていた。

 ただでさえ普段のアレでもアレがアレでズキュウゥゥゥンなのに、ファーニュが“罰”と称すほどのアレを受けたらアレがどうなってドキュウゥゥンッ! してしまうのか。

 だがそれを恐れているのは、マギカだけではなかった。


「戻ったらまたあれが聞こえてくるのか……」


「人間ってあんなことできるんだね……」


「やめろシーファ、思い出すな!」


 フレイグとシーファにとって、あの日の出来事はすっかりトラウマである。

 ちなみに二人は応急処置を終え、ひとまず血は止まっている状態だ。

 もっとも、フレイグがかばったおかげでシーファにほとんど傷は無かったのだが。


「でも僕たちも、いずれああいうことやるんだもんね」


「……やるんだろうか」


「やるんじゃないかな、恋人なら」


「そうか……」


 話しながら、シーファはフレイグの胸に額をぴとりとくっつけた。

 フレイグは無言で彼女の頭を撫でる。


「勝てて、よかったね」


「ああ」


「怖かったね」


「ああ」


「もうあんな無理、したくないね」


「ああ、俺もまっぴらごめんだ。余生は田舎でのんびり暮らしたいと思っている」


「ふふふ、まだそんな歳じゃないのに」


 迫りくる死を感じたからこそ、そんな普通のやり取りが愛おしく感じる。

 誰だってそうだ。

 生き残った兵士たちも、冒険者たちも、今は無性に、ただの“当たり前”を欲していた。

 イグニートは滅び、日常は戻ってきたのだと――そんな逃避に、一時だけでも浸るために。




 ◇◇◇




 シルフィードは考える。


(まだ魔王様がいなくなったわけじゃないんだよね……)


 冷静なフェンリルは思う。


(我らは、戦いのうちの一つに勝利したに過ぎない)


 知能派であるイフリートは推察する。


(オレ様が魔王だったらどうするか……そんなものは決まっている)


 そしてティタニアは、想像したくないのに、思い浮かべてしまう。


(イグニートはイフリートのコピーだった。ウチは最初、『何でイフリートを選んだのか』とか考えたけど――たぶんこれって、別に選んだわけじゃないんだよネ)


 誰だって、たぶん、何となく(・・・・)は想像していた。

 だから空の様子が変わって、神鎧の姿が映し出された時――人々から漏れたのは驚嘆の声ではなく、“ため息”だった。

 ああ、やっぱりそうなるのか――と。


『よくイグニートを倒したね。でもあいつは四天王の中でも最弱。今度はとびっきり強いあちしたちが相手するよ!』


 帝都東の空が歪み、巨大な緑色の神鎧が落ちてくる。


『あちしの名前はウィンディ! 生きてる連中をぜーんぶ吹き飛ばしてあげる、きしししっ!』


 次は南の空から、青い神鎧が現れる。


『我の名はヘル! 無様にも生き残った者共の魂を凍らせ、砕くためにここに来た!』


 そして最後に、西に茶色の機体が仁王立ちする。


『ちーっす、ウチはタイタン! 可愛げの無い名前だケド、どーせ名前なんかに特に意味は無いから、とっととあんたらのこと殺しちゃいまーす』


 計三体――おそらくそれぞれが四天王に対応する人格を植え付けられているのだろう。

 そして全ての神鎧が、あのイグニートと同程度の力を保持しているに違いない。


「まだ出てくるのか!?」


「一体でもあれだけの犠牲を払ったというのに、同時に三体……!」


 戦慄するキャニスターとグランマーニュ。


「さて、どうしよっか」


 一方で四天王たちはあまり驚いていなかったが、別に対抗策があるというわけではない。

 驚く二人と同程度には絶望していた。


「そんなものは決まっている」


 魔力も使い果たし、体力も残っていない。

 それでもフェンリルは両足に力を込め、意思を示した。


「やって出来ないことはある」


「でモ、やらないと出来ないかドウカはわかんねーもんナ!」


 イフリートも左拳を握り、力を込める。

 だが右腕は動いていなかった。

 ビッグバンカタストロフィの代償として、その機能は喪失していたのである。

 右腕にスペルを仕込んだ時点で、最初からわかっていたことなので、彼が動揺している様子は無かったが。


「どんな相手が来ても、あちしらは全力で立ち向かう! 気合だあぁぁぁあああっ!」


 シルフィードが声をあげると、残る三人も戦意に満ちた笑みを浮かべた。




 ◇◇◇




「これでもない……こっちでもない……あー、変質してるなら今までのデータじゃダメじゃない! はっ――そうだ、サーヤが接触したならあの時のデータが……あった! あったわ! これであの子の概形を求めれば……!」


 サーヤは、マーリンの独り言を聞いて目を覚ました。


「よーしっ! いいわよぉ、いい感じよぉ! 間に合え、間に合え、間に合えっ!」


 むくりと上体を起こすと、周囲を見渡す。

 ここは師匠の部屋らしい。

 当のマーリンは、何やら机に向き合って興奮気味である。


「お師匠さまぁ……?」


 ぼんやりとした声でそう呼ぶと、マーリンはぴたりと動きを止め、振り向く。


「サーヤっ! 目を覚ましたの!?」


 彼女は椅子を倒しながら勢いよく立ち上がると、ベッドに駆け寄り、サーヤを強く抱きしめた。


「サーヤ……よかったわぁ。ごめんなさいね、ハルシオンがいたとき、何もできなくて……」


 涙混じりに語るマーリン。

 その言葉を聞いて、サーヤはほっとして、ふにゃりと笑った。


「いえ、やっぱりちゃんと理由があったんですね。心臓潰された気がしますけど、生きてますし。お師匠さまからその言葉が聞けただけで、わたしは一安心です」


「サーヤ……その、申し訳ないんだけど、理由があったわけじゃないのよ。単純に私は、あの時、何もできなかっただけで……」


「お師匠さま?」


 マーリンは悔しげに顔を歪めている。


「300年もかけて用意してきたって言うのに、情けない話よね。いざ本物のハルシオンを目の当たりにしたら、思ってたのと違って何もできないんだもの……」


「そんなっ! ハルシオンさんは助けられないんですか!?」


「本当はサーヤの力を解放して、あの時にハルシオンと“魔王”を引き剥がすつもりでいたわ。けれど思っていたより融合が進んでいて……」


「引き剥がす……融合……ねえお師匠さま、魔王って何なんですか? お師匠さまが前の魔王を倒したから、ハルシオンさんに魔王が取り憑いたんですよね。だとしたら、幽霊みたいなものなんですか?」


「いいえ、そういうもの(・・・・・・)よ」


「……へ?」


「魔王はね、そういうものとして生み出されて、そういうものとして動き続ける。いわばこの世界に存在するシステムのようなものね」


「何でそんなものがあるんですかっ」


「この世界を作ったやつがそういう風に作ったからよ」


「神様……ですか?」


「そうなるわね。一方で神は、そんな魔王に対抗するために、人間たちに、13個の神器と呼ばれる自分の力の断片を与えたわ」


「お師匠さまが全部回収したっていう……」


「ええ。そして今、全ての神器はあなたの中にあるわ、サーヤ」


「そうなんですか、わたしの中に……って、ええぇぇええっ!? わたしの中に、神器があるんですかっ!?」


 サーヤは自分の体をぺたぺたと触っている。

 マーリンはその様子を見て微笑んだ。


「ふふふ、触ったってわからないわよ」


「でも、でもでもっ、じゃあエクスカリバーとか、クラウソラスとか、ぜんぶわたしの中にあるんですかっ!?」


「もちろん」


「じゃあもしかして、わたしが使ってる聖拳術って……」


「その力の一部を解放してることになるわね。ああ、でも心配いらないわよ。あなたの身体能力は私が鍛えたおかげだから」


「なんだ、そうだった……って安心できませんよぉ! 聖剣までわたしの中にあるってことは、何だかわたし、まるで鞘みたいじゃないですか」


 サーヤの言葉を聞いて、マーリンはにっこりと笑った。


「あら、鋭いわね。その通りよ」


「その通りって……」


「神器の鞘だから、サーヤ。それがあなたの名前の由来だもの」


「そ……そうだったんですかあ!?」


 微妙にダジャレっぽいネーミングに、若干のショックを受けるサーヤ。


「かわいいからいいじゃない。名前の由来なんてそんなものよ。私なんて、両親が出会ったきっかけが、父が海で母を口説いたことだからって、海から取ってマーリンになったのよ」


「その話を聞くと何も言えませんね……」


「でしょう?」


「魔王がそういう存在だってことと、わたしの中に神器があるってことはわかりました。あともうひとつ、聞いてもいいですか?」


「私とサーヤの仲じゃない、何でも聞きなさい」


「ハルシオンさんを……どうするんですか?」


「助けるわよ、決まってるじゃない」


 マーリンはあっさりと宣言した。


「助けられないんじゃ……」


「私の考えていた方法ではね。でも今、あの子を助ける別の方法を試してる所だから。サーヤが戻って、神鎧を倒した頃には完成してるはずよ」


「神鎧……?」


「ああ、言ってなかったわね。今、帝都は神鎧に襲われてるわ。一体目はどうにか倒したみたいだけど、そのあと三体同時に襲いかかってきたみたい」


「そんな、大変ですっ! すぐに行かないと!」


 サーヤはベッドから下りて、扉に駆け寄ろうとした。

 しかしマーリンの手がそれを止める。


「確かに、そろそろサーヤが行かないと危ないわ。あの子もここで勝負を決めるつもりでしょうし、サーヤも全開で行きましょう」


「はい、気合で!」


「それだけじゃなくて、あなたの“鞘”としての機能を抑制するわ。神器の力をより強く開放できるようにね」


「もしかして……今までのも気合じゃなかったんですか?」


 涙目でマーリンに尋ねるサーヤ。

 マーリンは「うっ」とたじろぐと、必死で言い訳を考えた。


「い、いえ、気合もあるわ。そう、サーヤの気合がないとね、神器の力を操ることはできないのよ」


「そうだったんですか……! じゃあ、やっぱり気合は大切ですね!」


「ええ、気合と鞘の力を合わせていきましょう。というわけで――システム14(Over)、抑制……っと」


 サーヤの持つ“鞘”としての機能が停止され、神器の力が彼女の体に溢れ出す。

 ブオォォオンッ! という音とともに、金色のオーラがサーヤを包み込んで、髪も金色に変わり、さらに逆立った。


「これが、神器の力……すごいパワーです。まさにスーパーサーヤ人ってかんじですね!」


「……派手すぎない?」


 それはマーリンにとっても不測の事態であった。

 サーヤは喜んでいるが、今までフリフリのスカートを着せたりして女の子らしさを全開にしてきたのに、これでは完全に“かっこいい”路線ではないか。

 あと顔つきも、心なしか濃くなっているように見えた。


「それではお師匠さま、行ってきます!」


「サーヤ、待ちなさいっ! 調整するから!」


「調整?」


 マーリンは慌ててサーヤを止めると、彼女の肩に両手を当てて、目を閉じた。


「神器の力が外見に影響を与える必要は無いのよね……だったらここを変えて……パスを切断、こっちを繋いで……あぁ、干渉しちゃうのか。ならこっちを経由して……よし、これならっ」


 目には見えないし、サーヤも何も感じないが、その“調整”は確かに行われているようで。

 サーヤの髪は銀色に戻り、逆立つことも無くなった。

 もっとも、銀に輝くオーラはまだ纏ったままだが。


「よし、こんなもんでしょう」


「ありがとうございます。さっきのさっきのでかっこよかったと思うんですけど、レトリーさんの漫画に出てくる主人公みたいで!」


「っま、まあ、その辺に関してはあとで話し合いましょう」


「それとお師匠さま、わたしとても大事なことを聞き忘れていたんですが」


「なあに?」


「もしハルシオンさんと会ったら、わたしはどうしたらいいんですか?」


 サーヤの問いに、マーリンの表情から笑みがふっと消えた。

 急に真剣になる師匠を見て、サーヤも生唾をごくりと飲み込む。


「お師匠さま……?」


「繰り返すことになるけど、私はね、あの子を助けたいのよ。けれど魔王との融合が進んでいる以上、妥協も必要だわ。今のままで、何も失わずに終わらせることは、もはや不可能になってしまった。だったら、それ以外の方法を試すしかないわ。だから――」


 マーリンはサーヤの顔をまっすぐ見つめると、“前向き”な瞳で、言葉に力を込めて、これは決して『諦め』ではないと伝えるように――口を開いた。


「ハルシオンを殺してあげて。それが、あの子を救う唯一の方法なの」




 

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