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059 お祭り騒ぎは今だけだから

 



 串焼き60本は無理だったが、全員で20本ぐらいは食べた。

 焼きそばは10パック平らげたし、名物の満月まんじゅうは40個は軽い。

 特にファフニールとニーズヘッグは、フルーツジュースを水のように流し込みながら、肉の切り落としを売っている店から、焼いた肉の塊をまるごと購入して、幸せそうな顔でかぶりついたりもしていた。

 全身全霊で祭りを堪能する中、サーヤたちは前方がやけに騒がしいことに気づく。


「きゃあぁーっ!」


「かわいいぃーっ!」


「こっち向いてーっ!」


 特に女性がきゃーきゃー言っているようで、興味を持ったサーヤは背伸びをして覗き込もうとするも、まったく見えていない。

 見かねたティタニアが、微笑みながら彼女の腰を掴み、軽々と体を持ち上げた。


「ありがとうございますっ」


「どういたしまして。で、何が見えたワケ?」


「んーっと……あっ、銀狼さんたちがいるみたいです! フェンリルさんの姿も見えますね」


 サーヤの目に映ったのは、銀狼の群れとフェンリルが、ただ歩く(・・・・)だけの姿だった。

 それを見て、周囲の女性たちが歓声をあげているのだ。


「それで何であんな声があがるのかしら」


「わたしたちみたいに仮装してるみたいです」


「何の仮装なんだ?」


「猫ですね」


「猫……狼が猫の仮装……くふふっ」


 肩を震わせ笑うニーズヘッグ。

 聞いただけではいまいち想像できなかったシルフィードは、気になったので風のスペルで飛び上がり、さらに高い場所からその様子を見下ろした。


「にゃふっ、にゃふっ」


「フェンリル様、どうしたんですかにゃ? そんなに俯いて」


 犬耳の上から布を被せ、猫耳姿になったマーナがフェンリルに尋ねる。

 聞かれたフェンリルは、心底恥ずかしそうに顔を下に向けながら歩いていた。


「お、お前たちは恥ずかしくないのか……!」


「にゃふんっ、きゃーきゃー言われて悪くない気分ですにゃんっ」


「誇り高い銀狼が、にゃんにゃん言っている所を見られて恥ずかしくないのかっ!?」


「にゃふ、案外楽しいですにゃ」


「気分転換には悪くないにゃ!」


「ぐぬうぅ……マーナだけでなく、コルンやウプウアゥトまで楽しんでいるとは。これではまるで我の頭が固いかのようではないか! くそう、ここまで見越した上で我らに猫耳を渡したのか、キャニスターめぇ……!」


「ガハ……ニャハハハハハハッ! そう落ち込むものでもなかろう、フェンリルよ!」


 祭り会場に、野太い声が響き渡る。

 フェンリルたちだけでなく、周辺の観衆も一斉に屋根の上に立つ“彼”の方を見ると、ほぼ全員が顔をひきつらせた。


「とうっ!」


 猫耳を装備したイフリートは、そこから飛び降り、フェンリルの真横に着地する。


「どうだ、オレ様の方がお前よりよっぽど恥ずかしいだろう?」


「よく自信満々にそんなセリフを言えるなイフリート……」


「ギャハハハハッ! イフリートはいつだって冷静だからナ!」


「半裸に猫耳が冷静な男のする恰好か!?」


「にゃふん、イフリート様、よくお似合いですにゃっ!」


「ああ、さすがフェンリル様と同じ四天王なだけはあるにゃ」


「にゃふにゃふ、さすがにフェンリル様には劣りますが、筋肉と猫耳のミスマッチさ加減がさらに独特の味を引き出しておりますにゃ……」


「ニャハハハッ! そうだろう、そうだろう! オレ様はかっこよさだけでなく、かわいさも兼ね備えたまさにパーフェクトガイ! つまりこれは、猫耳を付けているのではない。猫耳が付けられているのだ! こいつはオレ様の世界観に取り込まれ、今やオレ様を引き立てるための一種のチャームポイントと化している! にゃ!」


 猫の鳴き声を上げながら、ダブルバイセップスのポーズを取るイフリート。


「観客から軽く悲鳴があがっているぞ!?」


「それだけオレ様の勇姿が、記憶として強く脳に刻まれたということだろうにゃ」


「記憶ではなく傷跡の間違いではないのか……?」


「ニャハハハハハッ! 細かいことは気にするんじゃない!」


「ギャハハハハッ! 楽しんだもん勝ちだゼ!」


「本当にそれでいいのか……? というか楽しいのかこれは……!?」


 フェンリルはさらに混乱している。

 一連の会話を聞いたシルフィードは、地面に降りた。


「悲鳴まであがってたし……」


「わたしの所からは途中で見えなくなってしまいました」


「シルフィードちゃん、何が起きてたの?」


「猫の仮装をしたイフリートが現れて、フェンリルたちと話してたよ」


「猫の恰好をしたイフリートさん……?」


「地獄絵図だなそりゃ……」


「悲鳴があがるのは当然」


 その姿を想像したのか、実際にイフリートを見た人々のように、頬を引きつらせるセレナ、ファフニール、ニーズヘッグの3人。


「わたしはちょっと見てみたい気がします!」


「やめときな。サーヤにはまだ刺激が強すぎるから」


 怖いもの知らずのサーヤを、すぐさま止めるティタニア。

 しかしキスだの何だのしている彼女が言ってもいささか説得力が無い。


「あちしが見た限りじゃ、通りの向こうも人で埋め尽くされてたな。こっちに進むのは大変だと思う」


「でもレトリーのサイン会とやらはあっちであってるわけっしょ?」


「そうなのよねぇ。一回ぐらいは様子を見に行きたいと思ってたんだけど、この調子じゃ無理かもしれないわね」


「そういや、さっきあちしが見た時、イフリートは手に本を持ってたな」


「真っ先に宿を出ていきましたからね。きっと早いうちにサインをもらったんだと思います」


「いつもレトリーは宿にいるんだから、そこでサインを貰えばいいのにな」


「イベントには参加したい、ファン心理」


「そんなもんか?」


「そんなもの」


 首をかしげるファフニール。

 流行に疎いファフニールには、ニーズヘッグの言うファンの心がわからないようだった。


「要するに、その猫の仮装とやらはレトリーがさせたんでしょうね。あの子、そういうのを『ギャップがいいんですよ!』とか言ってやらせたがりそうだもの」


「あははっ、お姉ちゃんのものまねそっくりですね」


「不本意ながら、付き合いが長引くうちに自然とね」


 基本的に全く役に立たない特技であった。

 それはともかく、人混みでほぼ道が塞がれた今の状態では、レトリーのサイン会の様子を見るのは無理そうである。

 強行突破という手段も考えられたが、人混みの間を抜けるうちに、うっかりティタニアの素肌と通行人の体が直接触れようものなら大事件だ。

 一行はひとまずサイン会を諦め、回れそうな出店から先に網羅することにした。


 さっきの串焼きだけでもセレナはお腹いっぱいだと言うのに、食いしん坊共は底なしの食欲で、次々と出店を制覇していく。

 揚げ物、スープ、肉、飲み物、甘味、肉、甘味、甘味、肉、練り物、まんじゅう、肉、肉、肉――バランスなど一切考えることなく、ただただ欲望の赴くままに貪り尽くすサーヤにファフニール、ニーズヘッグ、シルフィードの四人。

 特にサーヤとシルフィードは、あの小さな体のどこにそんな大量の食べ物が入るのか。

 様々な物理法則を無視しているとしか思えないような食いっぷりだった。


 もちろんセレナとティタニアだって祭りを楽しんでいる。

 アクセサリーを物色したり、お面をかぶってはしゃいだり、サーヤから『あーん』してもらったり――ティタニアの場合、“祭り”そのものを満喫しているというより、サーヤとじゃれあうことを楽しんでいる節があるが、何はともあれ彼女たちも退屈はしていなかった。


 そして時間は楽しいほどに瞬く間に過ぎてゆき――気づけば空は、すっかり暗くなっていた。

 もっとも、帝都中に設置されたランプのおかげで、通りが暗くなることはなかったが。

 夜になれば人は減るかと思いきや、この後に行われるメインイベント目当てに、ますます増えていく。

 そんな中でも、食欲に最も正直なファフニールは、匂いに引きつられてあっちこっちに動き回るものだから、すぐに見失いそうになってしまう。

 彼女を追いかけて、手をつなぎながら、半ば強引に人と人の間を抜けていくサーヤとセレナ。

 そうしているうちに、今度は二人が他の面々とはぐれてしまったらしく――


「みんないなくなっちゃいましたね」


「あっちからしてみたら、私たちの方がいなくなったんでしょうけど。しかし困ったわね、いくら肉と魚の仮装で目立つとはいえ、この人混みじゃ探すのも一苦労よ」


 二人はひとまず人混みを避けて、大通りから横に入った路地に移動した。

 一歩踏み込むだけで、そこはまるで別世界のように薄暗く、静かである。

 すぐそこには、人で溢れかえる大通りがあるというのに、その雑踏や喧騒がやけに遠く感じられた。


「他の人は大丈夫でしょうけど、ティタニアさんが心配ですね」


「そうね、人混みはあまり得意じゃなさそうだし、毒のこともあるもの」


「たぶん、わたしたちと同じように、人混みを避けた場所にいるんじゃないかと思うんですが」


「こっから私たちが動き回っても、見つかる保証は無いわね」


「あ、そうだっ。軽く空に向かってエクスカリバーを放てば、気づくかもしれません!」


「それ以前に軽く騒ぎになるからやめときなさい」


「そうでしょうか……」


「そうに決まってるじゃない。今やサーヤちゃんは、国を救った戦士として有名人になってるんだから」


「有名人……わたしが……実感、ありませんね」


「さっき歩いてる時だって、周囲の視線が釘付けだったわよ?」


「それはみなさんが美人だからです。あと、ファフニールとニーズヘッグがあまりに独特の世界観だったからでは……?」


「いや、それはそうかもしれないけど……」


 否定はできない。

 というか、奇異な目で見られていたのは間違いない。


「それに、わたしなんてまだまだ修行の途中ですし、お師匠さまから言わせると半人前でしょうから。有名人なんておこまが……おこがが……」


「おこがましい、ね」


「そうです、おこがましいですっ」


「これで自信が無い……ってわけじゃないのよねぇ。まだまだ強くなるつもりって言うんだから、末恐ろしいわ。サーヤちゃんはそこまで強くなって何がしたいの?」


「何が……? うーん、わたしは強くなりたいだけですからねぇ」


「目的があるわけじゃないんだ」


「はい。あ、でも、強くなると、たくさんの人を助けられますよね。それを目標にしてきたわけじゃないですけど、そうなれるとうれしいですっ」


「サーヤちゃんはホント、いい子よねえ」


 しみじみと言いながら、セレナはサーヤの頭を撫でる。

 サーヤは優しいその手の感触に、気持ちよさそうに目を細めた。


「サーヤちゃんがいなかったら、今頃帝都はどうなってたことやら」


「その時はその時で、どうにかなってたんじゃないですか?」


「無理よ、神鎧はおろか、四天王だって私たちよりずーっと強いんだから」


「そうですかねぇ。何だか、マギカさんとか頑張ったら行けそうな気がするんですが」


「あー……あの子はねぇ」


 仮にティタニアの星域術式(プラネタリアスペル)が発動して、人間が毒で死に絶えていたら――ひょっとすると、マギカはそれをコピーしてやり返していたかもしれない。

 そうでなくとも、マギカが死ぬことがあれば、間違いなくファーニュは四天王と敵対して――

 と、セレナはドロドロな展開になる予感しかしなかった。

 彼女がそんなことを考えていると、偶然にも大通りを勇者一行が通りすぎていく。


「あ、フレイグさんですね」


「黒いマント……吸血鬼の仮装かしら」


「シーファさんはゾンビみたいですよ」


「王道な仮装って感じよね。マギカさんとファーニュさんは……」


「おそろいみたいですね」


「おそろいっていうか、あれ……ファーニュさんの方は、仮装ですらないんじゃないの?」



 ファーニュはボンテージ風のエナメル質な服に、背中には羽を、お尻にはしっぽをつけた、いわゆる”サキュバス”の姿で練り歩いていた。

 いや、”つけた”というか、本物の羽としっぽそのものなのだが。


「相変わらず教育に悪い二人ねぇ」


「ファーニュさんはともかく、マギカさんのしっぽってどうやって付けてるんでしょう?」


「そ、そうね。どうやって付けてるのかしらねー?」


 露骨に言葉を濁すセレナ。

 大人なセレナは察しがついていたが、サーヤが知っていいことではない。

 もっと大きくなってから――いや、あるいは大きくなっても、知る必要のないことかもしれないが。


「知ってる人も通り過ぎていきますし、ここから観察しているのも意外と楽しいですね」


「まあねぇ、みんな愉快な恰好してるし。あ、あれってトムじゃない?」


「ほんとですね、何かの仮装を……してるんでしょうか」


「不審者の仮装よ」


「なるほど! さすが先輩冒険者、仮装のセンスも一味ちがいます!」


 あっさり納得するサーヤ。

 トムは二人に気づくことなく通り過ぎていったので、不審者の仮装という不名誉極まりない呼称は訂正されることはなかった。

 実際のところ、ただの普段着だったのだが。


「それにしても、誰も戻ってこないわねぇ」


「やっぱり空にエクスカリバーを……」


「やめなさい。ったく、あんな連中と付き合ってるから、サーヤちゃんも感化されてきたんじゃない?」


「でもみなさんいい人ばっかりですよ」


「それは私も知ってるわ。でも問題が多すぎるのよ。特にファフニールとニーズヘッグ」


「あの二人、お姉ちゃんになついてますよねっ」


「あれを懐いてるって言うの!?」


 事あるごとに唇を奪われ、ベッドに潜り込まれ、服を脱がされ――好意の存在を疑っているわけではないし、最近はすっかり慣れてきたのだが、だからこそ危機感が膨らむ。


「本気で貞操の危険が迫ってる気がするのよね……」


「てーそ?」


「サーヤちゃんも大事にするべきものよ」


「わたしも持ってるんですか……てーそ……ファフニールたちに聞いたらわかりますかね?」


「あいつらが教えるぐらいなら私が教えるからそれだけはやめて!」


 必死に止めるセレナ。

 あの二人に尋ねるのは、底なし沼に頭から飛び込むようなものである。


「ティタニアあたりは本気で狙ってるみたいだし、そのあたりの教育も私がした方がいいのかな……でも私がそこまで踏み込んでいいものか……」


 顎に手を当て、考え込むセレナ。

 サーヤはそんな彼女の顔を、じーっと見つめていた。

 そしてふいに肩をちょんちょん、とつつく。

 セレナは、


「ん、なあに?」


 と優しい声で言い、サーヤの方を振り向いた。

 その直後――サーヤは精一杯背伸びすると、自らの唇を、セレナの唇にちゅっと合わせる。


「……えっ?」


 呆気にとられるセレナ。

 一方でサーヤは、鼻のてっぺんをかきながら、「んへへ」と恥ずかしそうに笑った。


「えっ、ええっ、さ、ささっ、サーヤちゃんっ!?」


 ようやく起きた現実を脳で消化したセレナは、サーヤ以上に顔を真っ赤にして、のけぞるようにして驚く。

 キスをされたのだから、決して大げさではないリアクションである。


「何っ、何でっ!?」


「ずっと思ってたんです。他の人たちとはちゅーしてるのに、お姉ちゃんとはあんまりできてないなーって」


「そりゃそうでしょうっ! き、キスってのはね、そう簡単にするもんじゃないの! 本当に好きな人とするもんなのっ!」


「お姉ちゃんのこと好きですよ?」


「そういう好きじゃなくってね!?」


「ティタニアさんも、ライバルのセレナがキスしないのは不公平だしーって言ってましたし」


「あんにゃろぉーッ!」


 大体ティタニアが悪いのである。

 しかし一番バツが悪いのは、サーヤにキスをされても嫌などころか、ちょっと喜んでしまったセレナ自身であった。


「ま、まあ、自分に懐いた年下の女の子とキスするぐらいは……別に……おかしなことではないし……」


 自分に言い訳をするように独り言をはじめるセレナ。


「誰にも見られてないみたいだから、特に問題は――」


「くっくっくっくっ……」


「……こ、この笑い声は……まさかっ!?」


 セレナは青ざめた顔で、笑い声が聞こえてきた方を振り向いた。

 するとそこには、角から顔を半分だけ出して笑うレトリーの姿が。


「見ましたよぉ……私、お嬢がサーヤさんとキスしてる姿を、ばっちり記憶に焼き付けましたよぉ……? くっくっくっくっ……」


 いつになく邪悪な笑いを浮かべる、ベレー帽をかぶった漫画家スタイルなレトリー。

 それは、セレナにとって最悪の事態であった。

 間違いなく、一番見られてはならない相手である。


「あんた、どうしてここに……!? サイン会はどうしたのっ!?」


「とっくに終わってますよぉ。そして裏道を通って、用意しておいたコスプレ衣装に着替えるために宿に戻っているところだったわけです」


「そこで私たちと鉢合わせるなんて、こんな最悪の偶然があるなんて!」


 壁に拳を叩きつけるセレナ。

 勢いでやってしまったが、普通に痛かったので、すぐに後悔した。


「サーヤさん、こっちに」


 レトリーが手招きすると、サーヤはとことこと彼女に近づく。

 そしてレトリーが手のひらを出すと、


『いえーい!』 


 と声を揃え、ハイタッチした。


「まさか……あんたらグルだったの!?」


「いえ、グルと言いますか、お祭り中にお嬢にキスをするという話は前もって聞いていたので」


「どうやってするか、レトリーさんに作戦を考えてもらってたんです!」


「あの小悪魔ムーブはあんたの仕業かぁーっ!」


「年下っ娘からの不意打ち。どうです、よかったでしょう?」


「そんなもん……」


「嫌でしたか?」


「ぐぬぬ……!」


 サーヤに上目遣いで言われると、嫌とは口が裂けても言えない。

 何より、セレナは喜んでいたのだ。

 嘘はつけない。


「よかったわよぉ! はっきり言って、きゅんと来たわっ!」


 やけくそ気味にぶちまけるセレナ。

 レトリーは上機嫌にほくそ笑む。

 さらに、セレナの声に導かれるように、はぐれていたファフニール、ニーズヘッグ、シルフィードの三人が路地に現れる。

 両手いっぱいに食べ物を抱え、口が膨らむほど頬張った状態で。


「ふぁんふぁっふぇ!? ふぇふぇふぁ、ふひふぃふぃふひはほは!?」


「ふぉふふぁふ」


「ふぁひひふぉふぁひふぁいふぁっ!」


 誰にも解読できない謎言語でしゃべる三人。


「せめて飲み込んでからしゃべりなさい……」


 呆れたようにセレナは言った。

 するとその直後、彼女の石畳がガタガタと動き出した。

 そして下からボゴォッ! とサソリの腕としっぽを展開したティタニアが這い出てくる。


「ふっ、ウチが気を利かせた甲斐あって、無事にキスできたみたいでよかったし」


「あんたどこから出てきてんの!?」


「これでようやく、セレナとライバルとしてイーブンになれたってとこかな」


 体に付いた土を払いながら、満足げに微笑むティタニア。


「いや、だからライバルとかじゃないんだって……」



 セレナは肩をがっくりと落とした。

 するとさらに、頭上から聞いたことのある声が響き渡る。


「ニャハハハハハッ! 何やら面白そうなやり取りをしているではないか、女装っ娘とその仲間たち!」


「ギャハハハッ! せっかくのお祭りダ、オレたちも賑やかしにきたゼ!」


「来なくていいからっ!」


 セレナの悲痛な騒ぎも虚しく、猫耳イフリートは屋根の上から飛び降り、ずしんと着地した。

 さらにさらに、騒ぎを聞きつけて、通り過ぎたはずの勇者たちまで顔を出す。


「お前たち、こんな所で何をしてるんだ?」


「僕たちの知らない出し物でもやってるんです?」


「そういうわけじゃないんだけど……」


「ふふふふっ、マギカさぁん、ここには顔見知りがいっぱいいますねぇ?」


「やめなさいよ、そういう顔するの……私だって、我慢してるんだから……」


「我慢しなくていいんじゃないんですかぁ? だって私たちぃ、もう、そういう関係なんですからぁ……」


「だからって、人に見せるものじゃ……っ」


「わかりました。ならあっちの角に行きましょうかぁ」


 言葉通り、ファーニュとマギカはセレナたちの横を通り過ぎ、奥の角に姿を消す。


「何なの、あの怪しげな空気を漂わせてる二人……」


「夜のファフニールとニーズヘッグの目に似てました」


「そいつらもそいつらでやばいわね」


「逆にそれでも襲ってない二人の理性を褒めるべきでは?」


「そうやってレトリーが理解を示すから歯止めがきかなくなるんでしょうがっ! というかフレイグさんにシーファさん、彼女たちの仲間なのよね? 放っておいていいの?」


「モンダイナイ。トテモ、ケンゼンナフタリダ」


「ソウダネ、フレイグ。トッテモ、ケンゼンダヨネ」


 死んだ目をしながら、機械のように答えるフレイグとシーファ。


 ズガガガガガガガッ! ズギョオォオッ! ブギュルルルルゴォオオオオオッ!


 すると、マギカとファーニュが消えていった角から、轟音が響きだす。

 そのあまりの激しさに、セレナは驚き、びくっと肩を震わせた。


「何よあの音……」


「まるで大地がうねりをあげているようだな。オレ様の肌がピリピリと、とてつもないパワーを感じている!」


「ダイジョウブ、ケンゼンダカラナ」


「ソウダネ、ケンゼンダネ」


 ドギャアアァァァァッ! キェイエエエエエエッ!


「よくわかりませんが、フレイグさんとシーファさんの様子を見るに、知らないほうがいいことなのかもしれません……」


 サーヤですらも恐れを感じる謎の”音”。

 外なので自重したのかほどなくして止んだが、開かない方がいい扉もある――それを身をもって知ったサーヤは、少しだけ大人になれた気がした。


 それはさておき、これだけの人数が集まれば、騒がしくならないわけがない。

 お祭りに負けず劣らず、人とモンスターの垣根を忘れて、特別な時間を楽しむサーヤたち。

 やがて空はすっかり暗くなり、祭りのメインイベント――花火の時間が迫っていた。


 サーヤたちは路地を出ると、人でごった返す帝都公園に向かった。

 もちろん今から場所取りなどできるはずがないが、キャニスターが気を利かせて、一部のスペースを確保してくれていたのだ。

 彼女たちはそこに腰掛け、帝都の空を彩る、色とりどりの炎の花を見上げる。

 何かと落ち着きの足りないお祭りだったが、終わりよければ全てよし。


 夜空に咲く大輪の花は、綺麗な思い出として、サーヤの胸にしっかりと刻まれたのだった。





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