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058 財布は軽いのにどうして体重は増えてるの?




 お祭り当日――建国祭の開始を告げる花火の音が、晴天に轟く中、サーヤたちは宿で、外に繰り出す前に着替えを行っていた。


「じゃーん!」


 部屋から出てきたサーヤが、一足先に食堂で待っていたセレナたちの前に現れる。

 彼女はエナン帽をかぶり、黒いローブを纏い――いわゆる魔女っぽい恰好をしていた。


「か……か……きゃわいいぃぃいいいっ!」


 ミイラの恰好をしたティタニアが立ち上がり、叫ぶ。


「似合ってるねぇ、サーヤ!」

 

「いい感じじゃないか、ご主人様」


「素敵。スカートめくりたい」


「こんな時ぐらい欲望を抑えなさいよ……でもほんとかわいいわよ、サーヤちゃん」


「んへへー……みんなも素敵な仮装だと思いますっ」


 サーヤやティタニアだけでなく、食堂で待っていた全員が何らかのコスプレをしていた。

 建国祭で仮装する風習は、実を言うとそう歴史が深いものではないのだが、若者の間ではちょっとしたブームになっているらしい。

 セレナはその発端にレトリーが絡んでいるという噂を聞いたような気もするが、本人に尋ねるのは嫌な予感しかしないので、噂は噂として放置している。

 ちなみに当のレトリーは、祭り会場のイベントとしてサイン会があるとかで、一足先に宿を出ている。

 また、イフリートとノーヴァもサイン会目当てでこの場にはいなかった。


「ティタニアさんはミイラさんですか!」


「これなら肌を出す必要は無いもの」


「でも、このあたりとか少し出てますよ?」


 サーヤはティタニアの横腹を、人差し指でちょこんと触った。


「ひゃあぁんっ?」


 やたら色っぽい声をあげて体を震わすティタニア。


「そんなにくすぐったかったですか?」

 

「ち、違うのよ。ねえサーヤ、よければ今のをもう一回……」


「ねだるな変態!」


 横からセレナのハリセンが炸裂する。

 どこから取り出したものかは謎だが、対ティタニアつっこみ用に導入したようだ。


「いいところだったのに……」


「ふざけたこと言ってないで、はい。ちゃんと包帯で隠しておきなさい」


「はいはい」


 セレナから渡された包帯で、ティタニアは露出した弱点を隠す。

 その間に、サーヤはシルフィードに話しかけた。

 

「シルフィードさんは幽霊さんですね?」


「うーらーめーしーやー、ってね」


 シルフィードは手を前に出し、白い布を揺らしながら言った。

 

「ふふふっ、かわいいので全然怖くないですよ?」


「そういうサーヤだって、魔女のくせに全然不気味さが無いけどね」


「そこはほら、お師匠さまリスペクトですから」


「賢者マーリンってそんな感じなのか? 高度なスペルを操るって言うからもっと胡散臭い人かと」


「魔法とか言いながら拳で殴ります」


「なるほど……」


 そのパンチは山一つを吹き飛ばしたりするが、それが果たして魔法なのか、単なる物理攻撃なのかは、サーヤにも謎である。


「お姉ちゃんは……いつも見てる恰好なので気づきませんでしたが、レトリーさんの服ですか?」


「違うわ。レトリーが用意してた私用の服らしいのよ」


「オーダーメイドですか! すごい気合いの入り方ですねっ」


「それがね、どうも祭りのためにあつらえたものじゃないらしくて」


「どういうことです?」


「レトリーが、いつか私にメイド服を着せようと以前から企んでたってことよ」


「だから微妙に不服そうな顔をしてたんですね……」


 レトリーが本来どういう目的に使おうとしていたかは不明だが、むしろ今日という、仮装をしても不自然ではない日に着ることが出来てよかったのかもしれない。


「そしてファフニールとニーズヘッグは――」


 サーヤは両手を腰に当て、胸を張るドラゴンたちの方を見て静止した。

 ファフニールは、ところどころに白い筋の入った、“赤い筒”のようなものを身にまとっている。

 そしてニーズヘッグは、どこからどうみても――魚のきぐるみを着ていた。


「そ、それは……?」


「肉だ」


「私は魚」


「肉の仮装と、魚の仮装ですか……?」


「どうだ、うまそうだろう?」


「確かに霜降り肉で美味しそうではありますが……」


「今日はこの恰好をして、肉と魚を食べまくる」


「肉が肉を食う――どうだ、哲学的だと思わないか?」


「哲学的……なんですか?」


 困ったサーヤはセレナに助けを求めた。

 しかしセレナは首を横に振るばかりで答えてくれない。


「……なんですか?」


 続いて、サーヤはティタニアに助けを求めた。

 単純に立ち位置の近さの関係でそういう順番になっただけなのだが、ティタニアは自分がセレナよりも後回しにされたショックでそれどころではなかった。


「……ですか?」


 最後にサーヤはシルフィードに聞いた。

 もちろんシルフィードもファフニールたちの言葉の意味を理解していなかったが、


「ああ、そうだな!」


 とりあえず勢いで誤魔化せばどうにかなるだろうと考え、適当に返事しておいた。


「そうですか、それが哲学なんですか……」


「まあ、あたしも適当に言っただけだけどな!」


「ええぇぇっ!?」


「とにかくあたしは肉を食う。そのためにこのコスプレをしたんだ!」


「今日は昼も抜いてるから、お腹が空いてしょうがない」


「使えるお金にも限度があるんだから、暴飲暴食するにも、“人間の胃袋”の範疇にしておきなさいよ」


「安心しろ、デザートは別腹だからな!」


「そして私たちにとって、肉や魚はデザートのようなもの」


「つまり無限に食えるわけだ! どうだ、この無敵の理論武装は!」


「はいはいかっこいいかっこいい」


 セレナは適当にファフニールをあしらう。

 彼女もドラゴンの扱いにすっかり慣れたものである。

 まあ、慣れた気でいると突如襲われることもあるのだが。


「さてと、ティタニアも立ち直ったみたいだし、これで全員の準備が終わったわね」


「そういや、お姉ちゃんのご両親はどうしたんです?」


「あの二人はウェディングドレスとタキシードとかいうアホな恰好して一足先に街に出てったわ」


「相変わらずの仲のよさだし」


 娘の入る隙間など無い夫婦である。


「てなわけで、こんな場所で駄弁ってないで、早速お祭りに繰り出すわよー!」


『おーっ!』

 

 握った拳を突き上げ、サーヤたちは声を揃える。

 そしてセレナの先導で、人間とモンスターの混成軍は、あらゆる出店を食い尽くすべく戦場へと出陣した。




◇◇◇




 帝都の大通りには、様々な出店が無数に並んでいる。

 大型の馬車数台が余裕ですれ違えるほどの広さの道は、それを求める人々で溢れかえっていた。


「どひゃー……とんでもない人の数ね」


「帝都にこんな人数がいたのは驚きだし」


「んー、あちしの目には、いつもと顔ぶれが違うように見える」


「近くの町の人たちも集まっているそうですから。それだけ、みんなお祭りをたのしみにしてたんですねっ」


「つまりこいつら全員があたしらのライバルってわけか……じゅるり」


「食欲では負けない」


「心配しなくてもあんたらに食欲で勝てる人間はいないわよ……」


 呆れ気味につぶやくセレナ。

 しかし実際のところ、誰もが食べ物を求めてここに来たわけではない。

 出店では食べ物以外にもアクセサリや食器、木彫りの像にお守りなど――様々な商品が並べられている。

 中には掘り出し物だって眠っているはずだ。

 何より、人々が求めているのはそういった物理的な商品ばかりではない。


「ほんっと、こんなに活気に溢れた帝都を見るのは久しぶりだわ」


 少し寂しげに、セレナが言う。

 隣に立つティタニアは、それを聞いて目を細める。

 人間と敵対する立場だった彼女としては、セレナの言葉の意味が重く感じられたのだろう。


 活気――それは今の人類に最も欠けているものだった。

 魔王軍に追い詰められ、多くの町や集落は滅び、街道などのインフラは潰され、食糧の供給すらも危うい現状。

 諦めが国全体に充満し、人々は滅びを待つだけの日々を送っていた。


 しかしここには、希望がある。

 まだ世界は終わっていないと、また以前のように文明は栄えるのだと、そんな未来への希望が――


「わたしたちもこの活気に負けないように、満喫しないとですねっ」


 だがその活気を復活させた当人には、まったく自覚など無いようで。

 (セレナ)モンスター(ティタニア)の間にあるわだかまりも関係なしに、二人の間に割って入ると、その手を掴んでぐいぐいと前に引っ張っていく。


「さあ行きましょう。まずはあの串焼きからです!」


「見ろよ、あの網の上にある肉!」


「雨のように網の下に油が落ちてる」


「くんくん……しかもこの匂いからして、味付けは甘辛いタレだ。あたしが断言する、絶対にあれはうまい!」


「そうと決まれば突撃ですよー!」


「うおぉおーっ!」


「在庫がなくなるまで食べつくす」


「にししっ、匂い嗅いでたら、あちしもお腹が空いてきたなっ!」


「そうねー、ウチも一本ぐらいはもらおうかな」


「おっちゃん、串焼き30本くれ!」


「私は40本」


「こらこら、財布には限りがあるって言ったでしょうが!」


「じゃ、じゃあわたしは50本で……」


「なら、あちしは60本だな!」

 

「サーヤちゃんとシルフィードちゃんまで悪乗りしないのー!」


 心なしか、セレナのツッコミの声も明るい。


 そして祭りの空気に浮かされて、いつの間にか止めていたはずのセレナの手にも様々な料理が溢れはじめ――それでもまだ、少女たちのくいだおれツアーは始まったばかりであった。




 

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