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057 発情異変オネロリヘブン

 



「ティタニアさーん!」


 城から出てきたティタニアは、手を振るサーヤを見つけた途端に表情をぱぁっと輝かせた。

 満開の笑みとはまさにこのことである。


「サーヤぁっ!」


 とろけた声でその名を呼ぶと、ティタニアはサーヤに駆け寄り、その体を抱き上げる。

 そのままくるくると三回ほど回った。


「あはははっ、目が回っちゃいますよぉ」


「サーヤはそんなにヤワじゃないしー、うふふふっ」


 無論、周囲の視線は二人に集中するのだが、ティタニアはまったく気にしていなかった。

 もっともサーヤは少し気になっていたようで、下ろしてもらった直後はほんのり赤らんでいたが。


「ところでサーヤはどうしてここに? ウチが城に行ってるって伝えてなかったよね?」


「銀狼さんに聞いたんです」


「銀狼? あー、確かに帝都の中を走り回ってたっけ、あの犬っころ」


「そしたらティタニアさんが仕事を終えて城に報告に戻ってるって聞いたんで。えっと確か――モンスターを狩ってきたんですよね」


「そう、目玉イベントに使うとかでね、核や肉、油が必要になるっていうから、毒を使ってちゃちゃっとね」


「……いいんですか?」


「何がよ。もしかして、同族がどうとか言うつもり? なら問題ないわ、モンスターって言っても種族間で争うことは昔からあったし、軍以外は基本的に弱肉強食の世界よ。ウチだって軍に入る前は、他のモンスターの肉を食べて生きてきたんだし――何より、魔王様が生み出した、核を持つ“自我の無いモンスター”なんて人形と一緒じゃない」


 そのあたりの細かな区別は、人であるサーヤにはわからない。

 おそらく、ティタニアたちには、彼女たちなりの価値観があって、そこにサーヤは口をだすべきではないのだろう。

 できることは、言葉通りに受け取ることだけだ。


「そうですか、なら大丈夫ですね。じゃあ、一緒に帰りましょうかっ」


「ええ。サーヤが迎えに来てくれるなんて、今日はマジで最高の日だし!」


「大げさですよお」


「大げさじゃないっての。ウチがどんだけサーヤのこと好きかわかってんの?」


「最近は、ちょっとわかるようになりましたけど……えへへ」


 ティタニアは手袋を外し、素手でサーヤと手をつなぐ。

 そして二人は自然と指を絡めた。

 特に意識するまでもなく、それがサーヤにとっての当たり前だったからだ。

 ただし、ティタニアの方は、毎回心臓バクバクであった。


(ナチュラルに恋人つなぎできるようになったけど、これウチしか意識してないんだよね……サーヤはファフニールやニーズヘッグともこうしてるし、ウチらが自然にやるもんだから、『これが当たり前だ』と思い込んじゃってるんだよねぇ)


 指を絡められるのは嬉しいのだが、特別扱いでないのはちょっぴり寂しい。

 複雑な乙女心だ。

 しかしそんなティタニアの心を知ってか知らずか、サーヤは無自覚に言う。


「こうしてティタニアさんと手をつなぎながら歩いてると、何だかどきどきしますね」


「ふえっ!?」


 思わずティタニアの口から変な声が出る。

 さらに追い打ちをかけるように、サーヤは胸に手を当て、言葉を続けた。


「これってわたし……たぶん、ティタニアさんに“はつじょー”してるんだと思います」


「……? ……はつじょー?」


「はい、はつじょーです」


「はつじょーって、発情?」


「だと思いますけど、何か別の意味があるんですか?」


「発情……サーヤが、ウチに、発情……発情……? ……???」


 突如として発された、サーヤに似合わぬ言葉に、ティタニアの思考回路は完全にフリーズしていた。


(……? ……な、何で? 指を絡めても、キスしても特別意識してるような様子がなかったサーヤが、いきなり発情? えっ、発情期なの? 子作りを求められてるの? 誰が? ウチが? えっ、何それ。えっ、えっ、えっ、嬉しいを通り越して怖い。この小さい体で? こんな歳で、発情しちゃってるの? いやでもサーヤはどうも普通の人間じゃないっぽいし、人間より成長が早くてすでに子供を作れる状態だとか……でも、でもでもでもさっ、その相手に、ウチを選んだってことは、その、あれ? これは実質告白? 指と指を絡めているのは実は××××(ピーーー)(倫理規定により自主規制)のメタファーだった? つまりウチは、本当はもっと前の段階から誘われてたってこと!? 何それ! 無垢で純真系なロリと思わせといてからの! 小悪魔じゃん! 怖いわ! サーヤ怖いわー!)


 さらにフリーズを通り越して、熱暴走を始める思考回路。

 なぜか目を回すティタニアを見て、


「ティタニアさん? 大丈夫ですか?」


 サーヤは心配そうに彼女の顔を覗き込む。

 今のティタニアには、そんなサーヤの姿が全身で自分を誘っているようにしか見えなかった。


(発情している……サーヤが発情してる……こんな堂々と誘われてるのに、ここで手を出さないのは、逆に失礼なのでは? 女がすたるでしょうよ! ねえ、ティタニア! あんた、毒を司る四天王なんでしょう!? だったら、本当はそういうエロい毒――まあ、そんなもん出せないけど――とかをサーヤに浴びせて、そこから襲うぐらいの甲斐性を見せなくちゃならなかった! あ……でもウチって何かそういう経験ありそうな雰囲気をかもし出してるけど、体質のせいで誰とも触れ合えなくて、こういう気持ちになるのもサーヤが初めてで……って違うっ! そういうことじゃなくて、気持ちの、気持ちの問題よ! 四天王まで上り詰めた女なら、それぐらい軽くやってのけるべきよ! そんなんだから、セレナどころか、ファフニールやニーズヘッグにもいいようにされてるんだし! よし、決めたわ。今日こそウチは――サーヤを、自分のモノにする!)


 ティタニアは暴走の末、覚悟を決めた。

 そして足を止めると、サーヤの両肩に手を置き、意を決して彼女に告げる。


「サーヤ、ウチとホテルに行こう!」


 サーヤは満面の笑みで答えた。


「はいっ、宿に帰りましょう!」


 違う、そうじゃない――ティタニアはここでそうツッコむべきだった。

 しかし――


(んんんんんんんっ! サーヤきゅんの笑顔がめちゃんこかわいい! 死ぬ! ウチこのままじゃきゅん死ぬ!)


 胸がきゅんきゅんしすぎてそれどころではなかった。

 所詮は恋愛経験ゼロのクソ雑魚四天王なのである。


「それにしても、こんなに便利な言葉があるとは思いませんでした」


「便利……?」


「はいっ! わたし、最近ですね、お姉ちゃんやファフニール、ニーズヘッグにシルフィードさん……そしてもちろんティタニアさんといっしょにいる時も、何だか胸がドキドキすることが多いんです。イフリートさんやフェンリルさん、あとはレトリーさん何かといるときもこうはならないのに、不思議だなって思ってたんです」


 それはたぶん、恋と呼ぶにはまだ淡い、新芽のようなものだ。

 対象が年上の女性だらけなあたりは、この際目をつぶった方がいいのだろう。


「でもさっき、この胸がどきどきすることを“発情”って言うんだって、銀狼さんに教わった――」


「それ全然違うしいぃぃぃぃッ!」


 ティタニアは思わずのけぞりながら叫んだ。

 あれだけ自分の心を乱しておいて、そんなオチが付くとは。

 いや――何となくそんな気はしていたのだが。


「いい、サーヤ。それは発情じゃない。つーか、発情とかむやみにつかったらダメ!」


「どうしてですか?」


「それは……その、いやらしい言葉、だから……」


「いやらしい……? へっ、そ、そうだったんですか!?」


 サーヤの頬が赤らむ。


(良かった、発情したとか言ってウチを誘う小悪魔サーヤはいなかったんだ……)


 ほっと肩をなでおろすティタニア。

 だが同時に、少しだけ残念な気もしていた。


「まさか……そんな意味だったとは……」


「マジで他の人に言ってたら勘違いされてたかもね」


「勘違いされてたら、どうなってたんですか?」


「いかがわしいホテルに連れ込まれて……」


「あれ? さっきティタニアさん、わたしをホテルに誘って――」


「ウチのは全然違うっていうか、ウチは純粋にサーヤの身を案じて『あっ、この子もしかして今すごく体調が優れないのでは?』と思ったから慈愛の心で近くの超健全なホテルで休もうとしただけで決していかがわしいホテルに連れ込もうとしたわけじゃないから安心して?」


 ティタニアは必死だった。


「は、はあ……」


 勢いにおされ、戸惑うサーヤ。

 何はともあれ、ごまかせたらしいので、ティタニアは一安心である。


「でも、ティタニアさんって優しいですよね。いつもわたしのことを大事にしてくれてるなって、全身で感じてます」


「うっ……」


 下心を勢いで隠した直後のため、多大なダメージを受けるティタニア。


「故郷を出て、帝都にやってきて、お友達がたくさん増えて、わたしはとっても幸せです」


「……そっか。ウチも、少しでもそれに貢献できてたら、うれしいカナ」


「大貢献ですよ! ティタニアさんたちがずっとわたしにくっついてくれるおかげで、最近は、誰かとくっついてないと寂しくなっちゃうぐらいです」


「それは貢献なワケ?」


「ですです。それにティタニアさんは、ずっと近くにいてくれるんだろうなっていう安心感がありますから」


 どこか寂しげにサーヤは言った。


「……?」


 いつもと違う雰囲気に、首をかしげるティタニア。


「まあ、そりゃそうだけど。世界中でウチと触れ合えるのはサーヤだけなんだから、死ぬまで隣にいさせてよね。じゃないと、ウチは寂しくて死んじゃうかもしれないからさ」


「えへへ、それは大変ですね。ティタニアさんのためにも、できるだけ長生きしないと」


「そうそう、永遠にだって生きてくれないと困るし」


 そう話しながら、二人は手をつないで宿への道を歩く。

 以降、言葉数は少なくなったが、静かでも静かなりに、好意を抱く相手との時間は楽しいものだ。

 ティタニアは高鳴る胸の鼓動、そして締め付けられるような恋の痛みを噛み締めながら。

 サーヤは、あえて聞くまでもなく、戦いが終わった後も一緒にいてくれるというティタニアに安心感を覚えながら。


 そのまま何事もなく宿に到着し、ティタニアは部屋の前でひとまずサーヤと別れ、自室に入ると――ふかふかのベッドに顔から飛び込んだ所で、大切なことを思い出した。


「あっ……『お祭り二人で回ろう』って誘うの忘れてたしぃーっ!」


 悔しさに、枕を抱いたままぐるぐるとベッドの上を転がるティタニア。

 まあ、誘おうが誘うまいが、最初から二人で回れるはずもないのだが。


 そして時は過ぎ、それからおよそ二週間後――準備はどうにか間に合い、建国祭の当日がやってきた。





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