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055 変わらない人たち




「戦いが終わったら何をしたいか?」


 サーヤに聞かれ、セレナは首を傾げた。

 彼女はファフニール、ニーズヘッグの二人と買い出しに出ていたらしく、街を歩いていた時に偶然にもサーヤと出会ったのである。

 もちろん、サーヤの隣にはシルフィードもくっついている。


「サーヤちゃーん、珍しく大人っぽい質問じゃなぁいー? うりうり」


 どこか嬉しそうに、隣を歩くサーヤのほっぺたをつつくセレナ。


「わたしだってたまにはそんなことを考えることぐらいありますよぅっ」


「あははっ、そうよね。ごめんごめん」


「しかしだ、あたしらにそれを聞くのは人選ミスじゃないか?」


「そうですか?」


「だって、私たちはご主人様の弟子。戦いがどうとか関係ない。これから、ずっと一緒にいる」


「要するに、あちしと一緒ってことね」


「確かに……」


 彼女たちは、イフリートと異なり、魔王軍に戻れないので、一時的に帝都に身を寄せているわけではない。

 サーヤを慕ってそばにいるだけだ。


「だから、戦いが終わっても、当然いつも通りギルドの受付嬢をやるわ」


「あたしはご主人様と起きて寝て起きて寝てを繰り返すだけだろうなぁ」


「全裸で」


「いい加減に着衣に慣れなさいよ……」


「この場合、セレナが脱げば解決するんじゃないか?」


「私もそう思う」


「私はそう思わないから!」


「2対1、多数決でセレナの負けだ。さあ、大人しく脱ぐんだな!」


「だーっ! 寄るな! めくるな! スカートに頭をつっこむなぁーっ!」


「……仲いいな」


「そうですね、仲がいいのはいいことです!」


「サーヤちゃん、飼い主ならこいつら止めてよぉー!」


 微笑ましく眺めるサーヤは『まさか本気で脱がせるわけがないだろう』と思っているが、ファフニールとニーズヘッグは割と本気だった。

 その後、ドラゴンどもはサーヤとシルフィードに羽交い締めにして止められ、ひとまず場は収まる。


「はぁ……はぁ……とんでもないやつらだわこいつ……」


「長年ずっと服ってもんを着ずに生きてきたから、どうにも裸を嫌がる人間の気持ちがわかんないんだよな」


「もっとさらけ出すべきだと思う」


「ここは人間の世界なの! ドラゴンの常識とは違うのー!」


「すいません、お姉ちゃん。まさか二人が本気だとは思わなかったもので……」


「ここで脱いだらまずいってあちしでもわかるぞ……?」


「そりゃあ、シルフィード様は人型だからな」


「同じモンスターでも文化が違う」


「あんたたちは、戦いが終わったら学校にでも行って常識を学んだ方がいいんじゃないの……?」


「学校かぁ」


「制服……脱がしがいがありそう」


「明らかに脱がすことを楽しんでるわよね?」


「学校ですかぁ、わたしも通ったことは無いですね」


「あちしもだな」


「なら、四人まとめて通ったら?」


「ご主人様の制服……じゅるり」


「ニーズヘッグ、あなた脱がすこと前提で考えてない?」


「服は脱がしてこそだからな!」


「堂々と言い切るなっ! はぁ……うん、やっぱそれがいいわ。こういう場合って、誰に頼めばいいのかしらね」


 話しているうちに、五人は宿に到着した。

 考えながら、扉をくぐるセレナ。


「おかえりなさいませ、セレナお嬢に……みなさんもっ」


「ただいま、レトリー」


「ただいまですーっ」


「ふふふ、サーヤさんは今日も元気ですね。見ていると何だかムラムラしてきます!」


「脳みそ膿んでるわねあんた」


「むらむら?」


「村が二つ……あちしにはわからないな」


「知らなくていいのよ」


「わかるわぁ」


「うん、わかる」


「ドラゴンどもは理解しようとしないっ!」


 相変わらず騒がしい宿だが、イフリートやフェンリル、ティタニアがいないだけまだ静かな方である。


「客はいねえんだな」


「暇な時間ですからね。それに、お祭りの準備でみなさん大忙しですから」


「レトリー、お父さんとお母さんは?」


「厨房でメニューの研究をしてるみたいですよ。何でも、お祭りで出店を出すみたいで」


「つまり、新メニュー」


「ミレーナの料理は絶品だからな、あちし楽しみだっ!」


 新メニューの研究といいつつ、厨房からはきゃっきゃうふふと楽しそうな声が聞こえてきている。

 いつもどおり、研究もほどほどに夫婦でいちゃついているのだろう。


「ったく、うちの両親は相変わらずなんだから……」


 セレナはそう言いながらも嬉しそうに、買い出しを頼まれた材料を厨房に運んでいく。

 荷物はかなり大量だったので、ファフニールとニーズヘッグも彼女に続いた。

 シルフィードは適当な椅子に腰掛けると、


「サーヤは座らないのかー?」


 と問いかけた。


「わたしはフェンリルさんとティタニアさんを探してこようと思います。シルフィードさんは、ここで休んでてくださいっ」


 サーヤはそう告げると、すぐに宿を出ていってしまう。

 シルフィードはついて行こうと前のめりに立ち上がろうとしたが、もう追いつけそうになかった。


「そんなに急ぐような用事なのか……?」


「フェンリルさんとティタニアさんに、何か大事な用事があったんですか?」


 レトリーが尋ねると、シルフィードは顎に手を当て、眉間にシワを寄せて答える。


「たぶん、あちしが話をしたせいだと思うんだけど、色んな人に戦いが終わったあとのことを聞いて回ってるんだ」


「終わった後、ですか」


「ちなみにレトリーはどうするつもりなんだ?」


「私は変わりませんよ。ずっとここで、セレナお嬢のネタ提供に感謝しつつ、漫画を書くつもりです。今度はサーヤさんの英雄譚を書いてみてもいいかもしれませんね」


「レトリーの漫画ってすごいよね。この前、普通にお店に並んでるところを見たよ?」


「帝都では数少ない作家ですから。需要に対して供給が少なすぎるおかげで、名を上げさせてもらっています」


「謙遜しなくていいのに。イフリートに勧められて読んだけど、あちしもかなり面白いと思ったぞ。ちょーっと暑苦しすぎる内容だったけど」


「イフリートさんが読まれているのは特に熱血系ですからね。よろしければ、今度は別ジャンルの漫画をお渡ししますよ」


「へぇ、それってどんな漫画?」


「眼鏡をかけた毒舌攻め男子と、戦場ではたくましい戦士だけど二人きりになるとしおらしくなる王様との恋を描いた激アツBL――」


 レトリーの背後から近づいたセレナが、彼女の頬をつまむ。


「あんたはまーた、いたいけな女の子を沼に沈めようとしてるわね?」


「いひゃいっ、いひゃいれふっおひょうっ! わらひはっ、あくまれっ、よかれとおもっへっ!」


「あんたの“良かれ”は邪悪すぎるのよ! つかそれ、キャニスターさんとグランマーニュ陛下のBLでしょ。あんた今度こそ牢屋送りになるわよ?」


「牢屋って執筆に集中できそうだと常々思ってるんですが、セレナお嬢はどう思います?」


「いっぺん捕まって手足を縛られた方がいいと思う」


「貴重な体験です。レポート漫画とか書けそうですね!」


「あんた無敵すぎない?」


「タイトルはずばり、美人作家緊縛監禁レポート」


「いかがわしすぎる!」


「あ、“美人”って部分には突っ込まないんですね」


「そこは事実だし……でもそのドヤ顔めちゃくちゃムカつくわ」


「まあまあ、落ち着けってセレナ」


「言いながら揉むな!」


「……」


「無言でも揉むなっ!」


「美女同士の絡み……もらいました!」


「あんたは書くなぁ!」


「ふぅ……」


「そしてニーズヘッグは何もせんのかーい!」


「……してほしかった?」


「いやそういうわけじゃないけど! つい! つい勢いでね!」


 わいわいと際限なく騒ぐセレナたちを、シルフィードは頬杖をついて眺めている。


「元気だなぁ……」


「シルフィードちゃん、勘違いしてほしくないんだけど、別に好きでこんなことしてるわけじゃないのよ?」


「でも楽しそうだったけどな」


「ぐぬぬ、そんな風に見えていただなんて不覚……」


「やーいやーいツンデレー」


「レトリー、あんたほんと懲りないわね……って、あれ? サーヤちゃんはどこに行ったの?」


 ようやく、サーヤの不在に気づくセレナ。


「出かけた」


 シルフィードはシンプルに、そう一言だけ答えた。


「何で? 帰ってきたばっかりなのに」


「フェンリルさんとティタニアさんを探しにいったみたいですよ。何でも、戦いが終わった後のことを聞いて回ってるそうで」


「あー……さっきも私たちに同じこと聞いてたわね。サーヤちゃん、そんなに気になってるのかしら」


 心配そうに宿の出口を見つけるセレナに対し、ファフニールが言う。


「違うと思うぞ」


「じゃあ何で急いでるのよ」


「単に、じっとできないタイプだから」


「少しでも気になることが出来たら、後先考えずに突っ走るだろ、ご主人様って」


「確かに……それもそうねぇ。あれが若さってやつかしら」


「お嬢、さすがにそれはババ臭いですよ?」


「……ええ、言ってからちょっぴり後悔したわ」


 セレナの周囲はこんな感じで、おおむね平和に騒がしい。

 サーヤが話もそこそこに、フェンリルやティタニアの所に向かったのは――『戦いが終わってもここは変わらない』、そんな安心感を得られたからかもしれない。




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