051 男性と女性が二人ずついる場合、適切なペアの組み合わせを答えよ。
伝達を終えたキャニスターが城に戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
彼にはまだ書類整理の仕事が残っていたので、執務室に戻ろうとしたところ――バルコニーでたそがれるグランマーニュの姿を見つける。
「随分とかっこつけていますね、皇帝陛下」
「茶化すな、キャニスター」
「それぐらい許してくれないかな、こっちは君の思いつきで仕事が増えてしょうがないんだ」
「それは……申し訳ないと思っているが」
グランマーニュは気まずそうに言った。
“思いつき”とは、建国祭のことだ。
本来、そんなことをしている場合ではない。
それを強行しようと言うのだから、他大臣や貴族との調整に、場所の確保、資材の発注と、キャニスターの仕事は飛躍的に増える。
しばらくはまともに寝ることすらできないだろう。
「どういうつもりなんだ、グランマーニュ」
キャニスターはグランマーニュの隣に立ち、彼に問うた。
「……感傷、と言ったら怒るか」
「ぶん殴るな」
「ふっ、それは恐ろしいな。ならば国民のためということにしておいてくれ」
「待て、グランマーニュ。まさか本気で、感傷でこんなことを言い出したのか!?」
珍しく取り乱すキャニスター。
グランマーニュの言葉は、それほどに衝撃的であった。
「それも、無いと言えば嘘になる」
「この腰抜けが……残る敵は魔王だけなんだぞ? 奴にさえ勝利できれば、人類はモンスターと共存の道を歩めるかもしれない」
「本気で、そう思っているのか?」
「それはどちらの意味で言っているんだ」
「どちらもだよ、キャニスター。我々は魔王に勝利できるのか? 仮に勝利できたとして、本当にモンスターと共存など可能なのか?」
グランマーニュは弱気に語る。
「四天王はまだ言葉が通じる。銀狼も少々頭が弱いが、コミュニケーションに問題はない。だがな、彼らはモンスターの中でも上位の存在だ。話が通じる相手は、ごく一部でしかないのだ」
「仲介なら四天王に頼めばいい。まあ――お前の心配はわからんでもないけどな。確かに、私もあらゆる争いがこの世から消えるとは思っていないさ。これまで通り、知能の低いモンスターを狩らなければ、人は生きていけないだろう。しかしな、それでも状況は劇的に変わるはずだ。少なくとも、今のように滅びしかない道を歩むことはなくなる」
「勝てれば……だろう?」
「サーヤという少女を信じられない、という話か?」
手すりにひじを置き、うつむくグランマーニュ。
「情けないんだよ、俺は。帝国の――いや、人類の未来を、あのような少女に委ねなければならない現状が」
「なるほど、まさに感傷だな」
「だろう? それに、彼女が魔王に勝てるという保障があるわけでもない」
「だから人類に最後の思い出づくりをさせようと?」
「辛気臭く魔王の襲来を待つよりは、士気も上がるというものだろう」
「貴族連中は『そんなことをする暇があったら街道の修繕と軍備の補強を急げ』と言っているようだが、それに関してはどう思っているんだ?」
「今さら軍備を補強して何の意味がある。街道にしてもそうだ。奴らは容易く踏み潰し来るぞ。かと言って、いつまでも放置するわけにもいかないとは理解しているが」
「戦いが終わるまで……か」
「ああ。滅ぶべくして滅ぶか、滅ぶべくして生き残るか。どちらにせよ、魔王にはあまり焦らさないで欲しいものだ」
魔王が最後に攻撃を仕掛けてきてから二週間。
その間、魔王軍は一切の動きを見せていない。
諦めたのだろうか。
それはそれで厄介だ。
人類は未だ生き残っている魔王の恐怖に怯え続けなければならないのだから。
(いや――魔王は必ず攻め込んでくる。あれだけ派手に、神器や神鎧を使ったパフォーマンスを見せつけてきたのだ。あれは必ず潰すという意思表示に違いない)
グランマーニュはそう確信している。
だから余計に、この空白期間で心をすり減らす。
(建国祭は、グランマーニュにとっての気分転換でもあるのかもしれないな。そう呼ぶにはどうにも規模がでかすぎるが。さすが皇帝陛下と言ったところか)
人差し指で眼鏡を持ち上げながら、キャニスターは皮肉交じりにそう考える。
雄々しく勇敢な皇帝――それが人々の考えるグランマーニュの姿だが、彼とてもちろん人間だ。
疲れれば、弱みを見せもする。
そこにつけこみ、嫌がらせをするがキャニスターという人間だ。
だというのに、そんな彼にグランマーニュは弱みを見せた。
それほど、追い込まれているという証拠である。
「とりあえず……非常にタイトなスケジュールだが、うまく行けば帝都にいくらかの活気は取り戻せるかもしれん。お前の提案を間違いだと断ずるつもりは無い」
「助かる」
「ただし、失敗したらボロクソにけなすからな」
「ふ、覚悟だけはしておこう」
グランマーニュは覇気のない笑みを浮かべ、夜の星々を見上げた。
◇◇◇
翌朝、いつもの宿で目を覚ましたマギカ。
彼女の目に入ってきたのは――
「うぅーん……私は牛じゃありませぇん……」
シーツに半分だけ包まれた肌色の山脈だった。
しかもうなされ、ファーニュが体を動かすたびに、プリンよろしく揺れている。
「凶器じゃん」
思わず呟くマギカ。
同時にそれは狂気でもあった。
見た人間を、男女問わずに吸い込む狂気の機関――それがファーニュの“山”なのだ。
それを好き放題にできる権利を持つのは、マギカ一人。
(……実はちょっとだけ優越感あったり)
ちょっととか言ってるが、本当はめっちゃ優越感に満たされている。
ファーニュは淫魔なだけあって、顔はいいし、スタイルも完璧だ。
淫魔と言えば、本来は男の精を吸い取る悪女、というのが定番だが、ファーニュはマギカにベタぼれなのでそんなことをする必要もない。
いささか“好き”の強度が高すぎる面はあるものの、慣れてしまえば“理想の彼女”と呼んでしまっても差し支えはない。
要するに――正式に付き合いだして少し時間が経った今、マギカもファーニュにベタ惚れということである。
「魔王もぜんぜん攻めてこないし、最近はちょっと爛れた生活を送り過ぎかなーとは思ってるけど」
マギカはシーツの上から山をつんつんとつつきながら、独り言を続ける。
「いっそ永遠にこれが続いてくれればいいのに、と思ってる私もいるのよねぇ」
ここ二週間ほど、マギカとファーニュはほとんど部屋を出ていない。
もちろん食事は採るし、最低限の買い物もしているが、それ以外はほとんど引きこもっている。
皇帝との連絡はフレイグの役目で、その皇帝からの指示が『魔王が手を出すまで待機』なのだから、身動きが取れないとも言えるのだが。
「最初は戸惑ってばっかで、やられ放題だったのに……慣れって怖いわよね」
言いながら、マギカは四つん這いでファーニュに覆いかぶさり、眠る彼女の顔を覗き込む。
(まつげ、超長い。鼻、小さくてめちゃくちゃかわいい。唇、ぷるぷるしててかわいい。キスの感触も最高。肌、すべすべで触ってるだけで気持ちいい)
そして改めて、恋人の顔を観察する。
正直、非の打ち所がない。
劣等感すら抱いてしまうほど、マギカの好みだった。
というか、いつの間にかそれが好みになっていた。
(好みとか言ってる時点で、よね。元々、私は別にそっちの趣味は無かったわけだしさ)
半ば強引に押し倒され、塗り替えられてしまった。
そのくせ彼女は、普段はまるで『人畜無害なほんわか女の子ですぅ』と言わんばかりに振る舞っている。
「これで戦いが終わって、みんなにちやほやされてさ、私よりかわいい女の子を見つけて、その子とそういう関係になって……って、私、何言ってんだろ」
目を細め、眉間にシワを寄せるマギカ。
ファーニュが寝ているからこそできる顔である。
「こういうのも全部、あんたのせいなんだからね。責任、取ってくれんの?」
「うぅん……貝……貝がぁ……」
「何の夢を見てんのよ。ったく……責任取らないなら、無理矢理にでも取らせるんだから」
言い訳がましくそう言いながら、マギカはファーニュの頬にキスをする。
反応はない。
マギカはぷくっと頬を膨らますと、今度は逆の頬にキスをした。
続けて、鼻の先、おでこ、耳、首――顔のいたる部分にキスの雨を降らす。
「……」
「これでも起きないのね」
なおも無反応なファーニュにしびれを切らしたマギカは、最終手段――唇へのキスを敢行した。
……それが罠とも知らずに。
「んむっ……んぐっ!? ん―ッ! んんぅーっ!?」
「んふふふふ……じゅばばばばばばばばばばばばっ!」
「んぐううぅぅぅぅぅううううっ!」
ファーニュの両腕はマギカの後頭部をがっちりと、逃げられないようホールドしていた。
実は、キスの途中でとっくに目を覚ましていたのだ。
しかしマギカがあまりにかわいすぎたので、あえて寝たフリをして様子を見ていたのだが――ついに我慢できずに、捕食したというわけである。
こうなれば、もはやマギカはただの小動物。
ウサギのような外見のくせに、凶暴な猛獣であるファーニュから、逃げられるはずもなかった。




