049 一件落着?
神鎧ドミネーターは撃破したものの、操られていた銀狼たちやシルフィードが無事かは、彼女らが目を覚ますまではわからない。
数が数なので、帝都に連れ帰ってもセレナの宿に泊まらせるわけにもいかず、軍が管理する建物を借りて、そこで銀狼たちを休ませることになった。
「立派な犬小屋だな」
敷かれたマットの上にずらりと横たわる銀狼たちを見て、キャニスターは、疲れた様子で呟いた。
「我らを犬扱いするなよ、人間風情が」
仲間たち一匹一匹の様子を見回っていたフェンリルは、その言葉を聞き逃さなかった。
腐っても四天王。
殺気をむき出しにして睨まれると、さすがのキャニスターでも多少の恐怖は感じる。
もっとも、恐怖と言っても軽く肩をすくめる程度だが。
「おっと、失言だったな」
「フェンリル殿、先ほどの無礼な発言を謝罪する」
皇帝グランマーニュは、即座に頭をさげた。
無論、フェンリルも噛み殺そうというつもりではなかったが。
「ふん、人間と敵対しようとは思わん。だが、それは無抵抗という意味ではないぞ」
「承知している。この男、頭は回るが気は回らないのでな。悪気は無いんだが性根に悪気が染み付いているんだ、どうか目をつぶってやってくれ」
「私を罵倒するか謝罪するかどちらかにしてくれないか」
「それならお前を罵倒する方を選ぼう。キャニスター、お前はバカだな!」
「お前にだけは言われたくない」
「お互い様だ!」
言い争いを始める二人。
「何だこいつら……いや、彼らに限った話ではないか」
放置されたフェンリルはそっと視線を逸らし、仲間たちの見回りを再開する。
神器による強化のおかげか、ほぼ怪我は無く、ティタニアに毒を注がれた者も無事そうだ。
問題は、そんな状態なのに誰も目を覚まさないことだが。
(神器を付けられた時点で、すでに……いや、やめよう。前向きに考えなければ、気が滅入る)
サーヤを見習って――というわけではないが、できるだけネガティブ思考は避けたいところだ。
ただでさえ、大切な仲間たちが傷ついて、心が疲弊しているのだから。
「フェンリル殿、申し訳ないが我々はそろそろ行かせてもらう。兵士たちが待機しているので、何かあったら彼らに声をかけてくれ」
「わかった。一応……礼を言わせてもらう」
「そうだな、いくら軍の施設とはいえ、これだけ広いスペースを確保するのはいくら私でも大変だった――ごふっ!?」
キャニスターの腹に、グランマーニュの拳がめり込む。
「いや、礼には及ばん。我々としても、君たちと良好な関係を築けることを願っているからな。それでは、失礼する」
「グランマーニュ、お前っ、今の、本気で……!」
「余計なことを言うからだ」
「覚えてろよ……今日から一ヶ月に渡って気づくか気づかないか際どいレベルの嫌がらせをしてやるからな……!」
グランマーニュは、自分を睨むキャニスターを引きずりながら、部屋をあとにした。
フェンリルは特に彼らを見送るでもなく、じっと横たわる仲間たちを見つめている。
「ウプウアゥト……お前が引っ張ってくれなければ、群れは成立しないぞ。早く、目を覚ましてくれ」
全ての銀狼たちとの記憶を噛み締めながら、
「コルン。我がこれまで長としてやってこれたのは、お前の助言があったからだ。お小言でもいいんだ、声を聞かせて欲しい」
強く強く彼らの無事を願い、
「マーナ。我はずっと、お前を守る側だと思っていた。だがいつの間にか、我を守るほど、成長していたのだな……どうかこれからも、その成長を近くで見せてくれないか……」
全員に、優しく声をかけていく。
それは様子を見ていた兵士が心打たれるほど、慈愛に溢れた姿だったという。
そんなフェンリルの祈りが届いたのか、
「う……うぅん……」
一部の銀狼が、声を出しながら体をもぞりと動かした。
◇◇◇
「……はっ!?」
パチッ! と大きく目を開いたシルフィード。
彼女が目覚めて最初にみた光景は、知らない天井だった。
「シルフィードさんっ!」
次に、覚えのある声が聞こえてくる。
シルフィードが首を横に傾けると、そこには満面の笑みを浮かべるサーヤの姿があった。
「サーヤ? あちしは、何でここに……」
「えっと、説明するとややこしくなるんですが……とにかく、目を覚ましてくれてよかったです! わたしっ、本当にうれしいです!」
サーヤはシルフィードにぎゅっと抱きつく。
わけのわからないシルフィードだったが、
(とりあえずサーヤが嬉しそうだし、まあいっか!)
と受け入れて、彼女も思いっきり抱き返すことにした。
「よかったです! このまま目を覚まさなかったらどうしようかとー!」
「そっか、よくわかんないけどあちしも嬉しいぞ!」
二人とも基本的に単純なのである。
しかし経緯を説明しないわけにもいかないので、喜びがほどほどに落ち着いてきたところで、サーヤはシルフィードに話す。
魔王城で魔王から神器を与えられたこと。
それを装着したせいで操られていたこと。
その神器は実は神鎧という兵器の一部だったこと。
そして、どうにか神鎧を倒して、シルフィードや銀狼たちを帝都まで連れ戻したこと――
「あちしが覚えてない間に、そんなドラマティックな出来事が起きてたなんて……」
「ですがみなさんの協力もあって、無事に無傷で助け出すことができました。めでたしめでたしですっ」
「その神鎧ってやつ、めちゃくちゃ強かったんだよね?」
「強いと言えば強かったですね。でもわたし、最近体の調子がいいので! 気合も満タンです」
「調子と気合で勝てるんだ」
「倍ぐらい強くなりますからね」
「倍! あちしも体調と気合を操れるようになれば、そんぐらい強くなれるのかな……」
「行けますよ、絶対に!」
「そっか。サーヤに言われると、何か行ける気がしてくるな。きししっ! よーし、そうと決まったら修行だー!」
ベッドから飛び出し、部屋を出ようとするシルフィード。
しかし扉に辿り着く前に、体が傾き、倒れそうになる。
「あ、あれ……っ?」
サーヤは瞬時に彼女に近づくと、その体を抱き支えた。
「いけませんよシルフィードさん、まだ本調子じゃないんですからっ」
「うぅーん……頭はさえてて、体も疲れてる感じしないのに、こんなの初めてだー……」
「目を覚ますのにも時間がかかりましたし、何か吸い取られたのかもしれません」
「何かって?」
「こう、魂的な……何かですかね」
「こ、怖いな」
「怖いです。得体が知れないです。なのでしっかり休みましょう。修行には休息も必要だって言ったはずですよ」
「わかった、サーヤの言うとおりにする」
ちょっぴり落ち込みながらも、素直に布団に収まるシルフィード。
しかし目覚めたばかりだからか、目をつぶってもすぐには眠れない。
ひとまずじっと、サーヤの顔を見つめることにした。
「喉、乾きませんか?」
「乾いた」
「水、ありますから、どうぞ」
「ありがとう」
何となくぎこちないやり取りをしながら、サーヤはシルフィードに水を手渡す。
シルフィードは上体を起こすと、一気に水を飲み干した。
「ぷはぁ……染み込んでくなぁ」
「ずいぶんと飲んでなかったはずですからね」
「でも、あちしには実感が無い。魔王様にあの篭手を貰った所から、ぷつっと記憶が途切れてる。なあサーヤ、あちし……ひどいこと、したのか?」
「いいえ、誰も傷ついてません」
「そういうことじゃなく……」
「そういうことなんです。神鎧はわたしが倒しましたし、誰も怪我は負わなかった。それで、今回の件は終わりです」
「サーヤは、操られたあちしとも戦ったんだよね。しかも、たぶん神器で強くなってたあちしと」
「はい、でも弱かったですよ」
「がーん!」
あまりにストレートなサーヤの物言いが、病み上がりのシルフィードに突き刺さる。
その反応を見て、サーヤは慌てて弁明した。
「あ、違うんですっ! 神器を付けたシルフィードさんは、普段のシルフィードさんより弱かったってことが言いたかったんです!」
「……そうなのか?」
「はい。確かに身体能力は上がってましたが、戦い方や、体の動かし方がまるでなってませんでした」
「そっかぁ……何か、嬉しいな! いや、操られたことは全然嬉しくないんだけども、サーヤに褒められた感じがするというか……」
「わたしも実は、ちょっぴり嬉しかったです。シルフィードさんとの訓練が、実を結んでたってことですから」
「それも、嬉しいな。あちしが強くなることを、サーヤが喜んでくれるの、すっごく嬉しい」
「それをシルフィードさんが喜んでくれるのが、わたしも嬉しいですっ」
「嬉しいだらけだ!」
「はい、ですねっ!」
「ううぅ、そう考えると、やっぱり今すぐに訓練がしたくなるぅ……!」
「ダメですよ、シルフィードさん。休息も訓練のうちです」
「でもなぁ……」
「休息も訓練のうちっ! はい、復唱してくださいっ。自分に言い聞かせるんです!」
「きゅ、休息も訓練のうちっ!」
「いいですよ、その調子です」
「休息も、訓練のうちっ!」
「もっと言いましょう、そして心にきざみこむんです!」
「休息も訓練のうちーっ!」
シルフィードが両拳を握って叫ぶと同時に、がちゃりと扉が開いた。
「……何の儀式なの、それ」
そこから、呆れ顔のセレナが入ってくる。
彼女の背後にはレトリーもいるようだ。
メイドのくせに、水やら布巾やらを載せたお盆はセレナにもたせている。
「シルフィードさん、目が覚めたんですね」
「きししっ、おかげさまでね。迷惑かけたみたいでごめんねー」
「ここで謝る常識はあるのね……」
「ふふっ、さすがに失礼ですよセレナお嬢。シルフィードさんが目覚めたってことは、銀狼さんたちも目を覚ましたかもしれないですね」
「フェンリルの“群れ”の奴らかぁ」
「さすがに体が大きいので、別の場所で休んでるんですよ」
「図体の大きな狼が20匹……たぶん、全員が帝都に住み着くのよね?」
「まあ、四天王は全員この宿にいますからねぇ」
「賑やかになりそうですねっ!」
「賑やかで済めばいいんだけど……」
今までに無い急激な変化だ。
それに、ティタニアやイフリートと違って、銀狼たちは人型ではない。
何も問題が起きない、というわけにはいかなそうだが――
「……ねえ、サーヤ。あちしもさ、ここに住むことになるのかな? もう魔王様のとこには戻れないよね」
「わたしは大歓迎ですよ」
「そっか……」
シルフィードの表情は冴えない。
彼女は、同族であるドワ―フを見返すために、今日まで魔王軍で頑張ってきた。
しかしこれでは、実質、魔王軍をクビになったようなものだ。
それに、操られたと言っても、その間の記憶はほとんど残っていない。
まだ、完全に未練が消えたわけではないのだろう。
「でも、もしシルフィードさんが、それでも魔王軍に戻りたいって言うのなら――」
「見送ってくれるのか?」
「いえ、力ずくで止めます」
サーヤは毅然とした表情で言い放つ。
珍しく強い語調だったので、セレナとレトリーは少し驚いた様子だった。
「シルフィードさんは、わたしの大切な友だちです。その友だちが危ない目に遭おうとしてるのに、見逃すことはできません」
「サーヤ……」
「色々、本当に色々、シルフィードさんにも事情があるのは理解します。でも、何もかも、シルフィードさん自身が無事じゃないと意味がありません! だから――」
必死で言葉を紡ぐサーヤの手を、シルフィードがそっと掴んだ。
そして、八重歯をみせながらニッと笑う。
「ごめん、悩むまでもないことだった。サーヤの言う通りだ。それに、あちしの願いを叶えるのに、必ずしも魔王軍にいなくちゃならない理由は無い。だって、あちし自身が強くなればいいんだしな」
サーヤは微笑み、彼女もまたシルフィードの手に自らの手を重ねる。
「はいっ、沢山稽古して、沢山つよくなりましょう! わたしと一緒に!」
「ああ、そのためにはまず――休憩も訓練のうち、だなっ」
「そういうことですっ」
「きしししっ」
「えへへへっ」
何となくおかしくて、笑い合う二人。
それを見たレトリーは、顎に手を当て、神妙な顔でつぶやく。
「サーヤさんっておねロリ専門かと思ってましたが、ロリ×ロリも行けちゃうタイプだったんですね……」
「あんたはほんと馬鹿なことばっかり……ねえ、シルフィードちゃん、お腹は空いてない?」
「空いてる!」
「だそうよ、レトリー」
「えぇっ、私ですか!? 私が料理なんて作ったら、調味料の代わりに媚薬とか入れますよ!?」
「そしたら私があんたの口に毒薬ねじこんでやるから安心しなさい」
「職場内暴力……!」
「先に手を出してきたのはそっちでしょうが!」
「やだ、お嬢ったら“手を出す”なんて……大胆。でも私、お嬢なら……前も後ろも、いいですよ? ぽっ」
無言でレトリーを睨みつけるセレナ。
その表情は、サーヤですら恐怖を感じるほどの迫力だったという。
「あっ、ごめんなさい。私が悪かったのでその手を下ろしてください。今すぐ作ってきます。ちゃんと、まともに、美味しいの!」
平謝りで部屋から出ていくレトリー。
いざという時は、セレナの方が強いのである。
「はぁ……あれで人格と性格と趣味と言動さえまともならいい子なんだけどね……」
「ほぼ全否定だな、それ」
「能力は申し分無いのよ」
「でも、お姉ちゃんとレトリーさんって、いつも仲良さそうですよね!」
「そう見える?」
「見えます」
「……よく言われるのよねぇ。不本意だけど、私も『一番の友達は?』って聞かれたらレトリーって答えそうだわ」
よほどそれが屈辱らしく、セレナは頭を抱えながらため息をついた。
顔をつき合わせ、シルフィードとサーヤは苦笑いを浮かべる。
やがて、戻ってきたレトリーがまた媚薬の話を振ってセレナに怒られたりもしたが――魔王がちょっかいをかけてくることは無く。
また、四天王を失ったからか、魔王軍による大規模な攻撃も落ち着きを見せ、その日からしばらく、帝都では平和な日々が続いた――




