048 その拳が断ち切る物は
サーヤを除く面々は、彼女を止めることもできずに取り残された。
空の彼方を見上げながら、マギカがつぶやく。
「物理的に遠ざけたら時間が稼げるって、そんな単純なものなのかしら……」
彼女の疑問はもっともで、“神鎧ドミネーター”に吸収されようとしていたシルフィードや銀狼は――ギュオンッ! と加速して、サーヤたちを追うように空の彼方へと飛んでいく。
「行っちゃいましたねぇ、マギカさん」
「行っちゃったね、ファーニュ」
マギカとファーニュだけでなく、他の面々も空を見ることしかできない。
「お、おいティタニアっ、あいつらまで飛んでいったぞ!? 我はどうしたらいいっ!?」
「まーまー、落ち着きなってフェンリル」
「これが落ち着いていられるか!」
「気持ちはわかるけどさー」
「慌てた所でどうにもならん。こればっかりは、たまに全知全能と言われるオレ様であってもな」
「そうだナ、頭も良くて顔もいいイフリートにもどうにもならないんダ。見守るしかねーだロ」
「あの少女ならどうにかできるという、根拠はあるのか?」
「……そんな気がするだけだナ」
「無いのか!?」
「どうせウチらはあの神鎧ってやつには敵わないんだから、サーヤに任せるしかないっしょ」
「力を合わせればどうにかなるかもしれんだろう!」
「無理。私はそう思う」
ニーズヘッグは四天王の会話に割り込み、珍しく真剣な表情で言った。
「なぜ言い切れる、ニーズヘッグ。そんな気がするだけか?」
「かっかすんなって、フェンリル様。あたしもニーズヘッグの言いたいことは理解できるぜ」
「ファフニールまで――だからその理由を話せと言っている!」
「そういうものだから」
気の抜けるニーズヘッグの返事。
「……ノーヴァと似たようなものではないか」
フェンリルは呆れ顔でそう言った。
「違う」
しかしニーズヘッグは即座に否定する。
「違うな」
続けてファフニールも、
「違うねー」
ティタニアも、
「オレ様も違うと思うぞ」
イフリートも、
、
「オレも――」
そしてノーヴァまでも――
「総出で全否定するな! 何が言いたいのだ、結局!」
さすがにフェンリルに止められたが、みな口裏合わせでもしているのではないかと思うほど、主張は統一されていた。
「サーヤが出てくるまで、ウチらって余裕で人間に勝ててたわけじゃん?」
「まあ、そうだな。後は帝都を制圧すれば、他には大した戦力は残っていない」
「つまり、オレ様たちは強いわけだ」
「当然だ、魔王軍最強の戦力である四天王なのだからな。時間さえかければ、この世界を滅ぼすこともできるほどの力がある!」
「あたしもドラゴンとしてそれなりに自信を持ってた」
「私も、弱いつもりはなかった」
「だから、何が言いたい」
「おかしいじゃん。神鎧だか何だか知らないけど、いきなりぽっと出てきて、そんなウチらが束になっても敵わない相手なんてさ。吸収だか何だか知らないけど、止めようとしたって全然止まらないし。何かまるでシルフィードたちは見えてるし触れるけど、別の空間に隔離されてるような感じだったし、つか、ウチの毒を食らったら止める前に体ドロドロだよ? 色々物理法則無視してんじゃん、あんなの」
「しかも、それを魔王様が操っているわけだからな」
「だったラ、もっと早く使っとくべきだよナ!」
「それは、ニーズヘッグが言っていた“そういうもの”の答えなのか?」
「フェンリルは、あの神鎧ってやつを見て何も感じなかったワケ?」
「まあ、以前お前たちが交戦した時の話も耳に挟んではいるが……不自然に強いとは思ったな」
実際、神鎧に対抗できるのは、賢者と魔王の血を引くサーヤだけである。
彼女がいなければまともに戦いにならなかった一方、おそらく彼女がいなかったら、神鎧が出てくることは無かっただろう――と、ティタニアは考える。
そしてだからこそ、こうも考えるのだ。
「つまりさ、ウチらには絶対に勝てないように作ってある感じがするんだよネ」
実力差とか、努力とか、気合の問題ではなく――この世界の最高戦力を知った上で、それを上回るように作られた兵器。
ティタニアは、神鎧に対してそんな印象を抱いていた。
「我々には勝てない……神の鎧……神が作ったのか、あるいはあれ自体が神の領域の存在だという意味なのか……」
「問題は、そのような物を作れる誰かが存在するということだ」
「魔王がそういう存在だった、ということではないのか?」
「それがよオ、以前戦った神鎧は火山の地下に埋まってたんダ」
「つまり、遥か昔から神鎧は存在したと?」
「あたしらが生まれるより前から。ひょっとするとその頃は魔王様も居なかったかもな」
「……この世界を生んだ神が作ったと?」
「神とは言わない。でも、魔王様のさらに上にさ、そういう存在がいてもおかしくはないカナって」
「馬鹿げた話だと言ってやりたい所だが、神鎧を実際に見た今はそうも切り捨てられんな。他に根拠は?」
「ウチらモンスターは無条件で人間を憎み、人間もモンスターを無条件で憎んだ。確かにお互い、戦争や日常の中で殺し合いはしたけど、それって生まれた時から当然のことだったじゃん? どんな小さな子供でも、生まれた瞬間に人を殺そうとする。いや、むしろまだ理性が育ってない子供ほど、その傾向は顕著かもネ。ケド、その両方の血を引くサーヤが間に入ると、不思議とその憎しみは消えたワケよ」
「オレ様たちは、自分でも気づいていなかった“見えない理”に縛られているのかもしれんな」
「モンスターと人とが、憎しみ合うように作られているということか……」
「魔王という仕組みもその一つである可能性は高い」
「ひょっとしテ、マーリンってヤツ、魔王軍を倒すためじゃなくテ、それをぶっ壊すために女装っ娘を送り込んだのカ?」
ノーヴァはそう言いながら、サーヤの消えていった方角の空を見つめた。
すでに神鎧ドミネーターも、彼に吸収されようとしていたシルフィードや銀狼たちの姿も見えない。
サーヤを信じて待つしか無い状態である。
「だとすれば――あの少女だけが神鎧に対抗できるのも当然か。長として、納得したくは無いがな」
ノーヴァと同じく果てない群青を見上げ、フェンリルは悔しそうに言った。
◇◇◇
「ふんぬうぅぅぅぅぅうううううッ!」
ドミネーターにしがみついたサーヤは、とにかく必死で相手を押し続けた。
その推進力は、彼女が常時発動している“迅拳クラウソラス”によるものである。
一瞬だけ加速するのが加速するのが本来の用途だが、今のサーヤならば継続使用も可能であった。
『警告。そのような抵抗は無駄です、第二変形は止まりません』
機械音でドミネーターはそう告げるが、もちろんサーヤが聞くはずなどない。
ドミネーターは同時に背部バーニアを噴かしながらサーヤを押し返そうとするが、完全にパワー負けしている。
「まだまだ……もっと行けるはずです、わたしなら、音速の世界をこえてぇっ!」
『警告。加速したところで無駄です』
「無駄なんかじゃありません! 操られた人たちとの距離が離れれば、吸収までの時間も伸びるはずなんですから!」
『贄も共に加速するだけのこと』
ドミネーターの言葉通り、一度支配され、“贄”として登録されたシルフィードたちは、猛スピードで彼を追いかけてきている。
だが、サーヤは自信満々で反論した。
「そっちこそ無駄です! わたしにこうして押し負けてる時点で、あなたの力は無限ではない!」
『いいえ、私の神臓からは無限に近いエネルギーを得ることが可能です』
「近くても無限じゃないんですっ! だったら、使えば減ります!」
『あなたの言葉は理解できません』
「簡単すぎてわかりませんか!? シルフィードさんたちを吸収する速度を早める、それはつまり、それだけ余分な力を使うってことです!」
例えば腕が二つあれば、左右で別の作業ができる。
だが、それぞれの効率は、両腕を使った作業よりも落ちる。
すなわち、別のことにリソースを使えば、必ずその影響が他の部分にも出るということだ。
非常にシンプルな理屈。
人の常識を超越した神鎧にそれが通じるかは未知数だったが――事実、サーヤは加速している。
いや、彼女が加速しているのではない。
ドミネーターが減速しているのだ。
贄が加速するほど、贄との距離が遠いほど、第二変形に要するエネルギーは増えていく。
その分だけバーニアの出力が落ちるのは、確かに道理である。
「どうですか、神鎧さん。“ニエ”との距離は、どんどん離れていってるんじゃないですか!?」
『警告。仮にこれで私を撃破したとしても、贄の捜索は困難を極め――』
「そんなの、わたしが気配を察知して探してみせます! たとえ世界中に散らばってたとしても!」
『――コマンドチェンジ。第二変形中止。現在の形態を維持したまま、戦闘態勢に入ります』
ドミネーターは贄の吸収を諦め、ガゴンッ! と口を開いた。
そして自分にしがみつくサーヤに向けて、せり出してきた砲口を向ける。
『神砲エクスカリバー、発射――』
光の粒子が先端に集まる。
ドミネーターは新型機なだけあって、チャージの必要もなく、強烈な砲撃を相手に放つことが可能だ。
しかも距離はゼロ。
いくらサーヤと言えども、喰らえば無事では済まない。
「壁拳アイギスっ!」
そこで彼女は、アイギスにより硬化した拳で、こちらに向けられた砲身を鷲掴みにした。
当然、内部でエネルギーが溜まっているということは、砲身も熱を帯びている。
人間ならば軽く蒸発するほどの温度であったが、サーヤの場合は手のひらが軽く焼かれるだけで済んだ。
そのまま強引に向きを変え――
シュゴオォォオオオオオオッ!
光の砲撃は、明後日の方角に飛んでいった。
一瞬、視界が真っ白に染まる。
サーヤは感覚だけを頼りに、もう一方の手で砲身の根っこを掴み、
「っ……氷拳、アルマスッ!」
熱された筒を急速に氷結させる。
「煉拳レーヴァテインッ!」
続けて、急速に温度を上げる。
これだけの温度変動があれば、いくら白金剛であれど強度の劣化が生じるだろう。
「ふんぬりゃあぁぁぁああっ!」
そしてサーヤは、まるで舌を引っこ抜くように、神砲エクスカリバーの砲身を引きちぎった。
「どうですッ!?」
ドヤ顔のサーヤ。
だがドミネーターはすでに次の行動に移っていた。
両腕がそれぞれ砲門へと形を変え、エネルギーのチャージを行う。
『警告。煉獄砲レーヴァテイン、氷獄砲アルマスを発射します』
再び、ほぼゼロ距離で放たれる砲撃。
今度は右から炎が、左から氷が、極限まで凝縮された球体となってサーヤに襲いかかる。
「むーっ、たとえ似たような技を使われたとしてもっ!」
彼女はまずクラウソラスで相手から距離を取り、エクスカリバーで迎撃しようとしたが――
ドミネーターは両腕だけでなく、肩にも砲身を展開し、総攻撃体勢を取った。
『斉射』
そして四つの砲門から、蒼と紅の砲弾が無数に乱射される。
無論、それらの一部をエクスカリバーで消すこともできたが、比較的威力の低い攻撃を乱発するのなら、もっと使いやすい聖拳術がある。
「それならこっちは――刺拳フロッティ!」
サーヤが前に拳を突き出すと、空気がねじれ、先端の尖った三角錐の形状となって射出される。
相手に突き刺さり、穿孔する――広域を焼き尽くすエクスカリバーとは異なり、相手の体をえぐり破壊することに特化した攻撃だ。
ゆえにサーヤはあまり使わなかったが、相手が神鎧ならばためらう必要はない。
サーヤはフロッティをただがむしゃらに放つのではなく、的確に相手の砲弾を狙って射出した。
それが突き刺さるたびに砲弾は炸裂し、レーヴァテインならば炎を、アルマスならば氷を広範囲に撒き散らす。
爆心地にいれば、サーヤもそれなりのダメージを受けていただろう。
だがこの距離ならば、まだマーリンから受けた修行に比べれば、心地よい範疇だ。
『修復完了――聖砲エクスカリバー、発射します』
ここでドミネーターは口を開き、そこから伸びた砲口をサーヤに向ける。
炎と氷の弾幕で距離を保ったまま、エクスカリバーで彼女を薙ぎ払うつもりのようだ。
もちろんサーヤも相手の意図に気づいていたが、発射寸前のギリギリまで、レーヴァテインとアルマスの対処に専念する。
そして――シュゴォォオオッ! と白い光が口から現れた。
直撃寸前、サーヤは右手を高くかかげ、そこに力を込める。
「断拳ッ、アロンダイトッ!」
そのまま振り下ろせば――ザンッ! と光の帯は真っ二つに割れ、サーヤの両側を通り抜けていく。
「ふ……くっ……!」
サーヤは少し苦しげな表情を見せたが、傷は負っていない。
あたかも右手で聖砲エクスカリバーを断ち切ったかのように見えたが、実際は直接触れたわけではないのだ。
そこから伸びる“気”の刃が、相手の必殺の一撃を両断していた。
そしてサーヤは、右腕のアロンダイトを展開したまま、エクスカリバーを真っ二つに前に進む。
口の砲門から放たれる光の帯が消える頃には、彼女はドミネーターの目の前にいた。
『警告。次なる砲撃を開始しま――』
眼前に現れた敵を見て、ドミネーターは砲撃で迎撃するかと思われたが、
『――せん』
まるで人間のようなジョークを言いながら、サーヤに掴みかかる。
不意をついたつもりなのだろう。
ドミネーターが伸ばした手はサーヤの腕に触れる。
開いた手に、握りつぶす勢いで力を込める。
すると目の前にいたはずのサーヤが、まるで煙のように消える――
「幻拳デュランダルです」
いつの間にかドミネーターの背後に立っていた4人のサーヤが言った。
幻拳デュランダル――それは4体の分身を生み出す、聖拳術。
つまり残る分身は3体。
見極めて、本物だけを攻撃するには近すぎる距離だ。
そしてサーヤたちは、ドミネーターに一斉に襲いかかる。
神鎧は振り返り、両肘両膝をくっつけるように縮こまり、防御態勢を取る。
本物が1人だけなら、あらゆる攻撃はそれで防ぎきれるはずだった。
だが、ドミネーターにとって不測の事態が発生する。
『滅拳――ティルフィングッ!』
声を揃えて拳を振るう4人のサーヤ。
うち3人が偽物の分身であることに間違いはないのだが――別に分身だからと言って、実体が無いわけではないのだ。
その全てがティルフィングを発動させ、己への反動を代償に、その手をあらゆる防壁を刺し貫く、最強の手刀へと変える。
バヂッ――メキャァッ!
神壁アイギスを突破し、白金剛の装甲を刺し貫く、4つの腕。
今のサーヤには、もはや防壁の無効化すら必要ない。
それともろとも、力でぶっ潰すのみ。
『警告。これ以上の攻撃が行われた場合、遠隔操作により贄を全員殺害します』
「やってみればいいじゃないですか」
『警告。これは冗談などではありません。私にはその権限があります』
「だから、やれるもんならやってみればいいです」
ちょっと怒った口調で、サーヤは言う。
デュランダルが作り出した分身が消える。
ドミネーターの装甲に空けられた穴はそのまま残っており、じわじわと、自動修復によってふさがっていく。
もっとも、本物のサーヤの腕はドミネーターの体の内側にめり込んでおり、いつでも体内で力を放てる状態だが。
「もしあなたが何かをしようとしたら、わたしはそれが発動するより前にあなたを破壊します」
『警告。カウントダウンの後に、贄は全員死亡します。3、2、1――』
わざとらしいカウントダウンのパフォーマンス。
サーヤは目を細め、それが0になるまで待った。
『0――サクリファイス・バースト、発動しま』
「ふんッ!」
ドミネーターの言葉が最後まで紡がれることは無かった。
その瞬間、サーヤが体内で“正拳エクスカリバー”を放ったからである。
内側から光が溢れ、白金剛の装甲は中からどろどろに溶かされ、人型の面影すら残さないほど、徹底的に破壊されていく。
サーヤはドミネーターの機能停止を確認すると、腕を引き抜く。
ヒリヒリと痛む自分の手を見ながら、「ふぅ」と大きく息を吐いた。
「あまり、戦っていて気持ちのいい相手ではありませんでした」
地上に落下していくドミネーターの残骸を見ながら、サーヤは独白する。
「前回戦った神鎧よりは新しかったのかもしれませんが、その一方で、とてもたくさんの蛇足がありました。まるで、わたしたちの頭を操ることをたのしんでるみたいな」
第一変形は、まあ理解できる。
神器という形を取っておいて、それが突然合体すれば誰だって驚く。
不意打ちの成功率も上がるかもしれない。
だが問題は、支配だの、吸収だのの方だ。
「とても非効率的なやり方です。モンスターさんたちを取り込むことにしたってそうですけど、自分の一部にするなんて機能を付けるぐらいなら、最初からもっと強くしておけばいいのに。パワーも、スピードも、あの余計な能力のせいで、控えめにされていた気がします」
控えめと言っても、神鎧ヴォーダと変わらないぐらいなのだが。
しかし、サーヤの疑問はもっともだった。
だが、一人で考えたところで、天才的頭脳を持っているわけでもない彼女に答えが出せるわけもない。
「まあ……かんがえるのは、ティタニアさんやイフリートさん、あとはお姉ちゃんみたいに、頭のいい人たちに任せましょう。わたしは、わたしにできることをやらないとっ」
サーヤはぎゅっと両手を握ると、バヒューンッ! と猛スピードで、来たルートを戻っていく。
おそらく、ここから離れたどこかに、適当に投げ捨てられたシルフィードや銀狼たちを探すためだ。
もちろん目を使って探すだけでなく、気配探知も総動員しての捜査だ。
その範囲の広さから、常人には探すのは不可能だったが――そこはサーヤである。
ものの一時間ほどで全員を探し出すと、銀狼20体とシルフィードを一人で抱え、仲間たちのもとに戻っていった。




