046 押して開くと思ったら横にスライドさせるタイプのドアだった話
マーリンは、あの話をするためだけにサーヤを呼び出したのではない。
意味があった。
理由があった。
ついにあちらが神器というカードを切ったのならば、こちらも手を打つ必要がある。
もちろんリスクはある。
発露する刃の割合が広ければ広いほど、見透かされる可能性はある。
だがマーリンは心配していなかった。
この期に及んで、あれはまだ自らの手を汚さない。
最初はたまたま火山の地下に埋まっていた神鎧。
次は、四天王や銀狼を操り人形へと変える神器。
確かに十分な脅威ではあるが、同時にそれは、彼が見下している証拠でもあった。
「2割……いや、3割って所ね。暴れてやりなさい、サーヤ」
ゆえに、マーリンの決断に迷いは無かった。
手を伸ばす。
掴む。
開放する。
まばゆい輝きはさらに光を増して、それはサーヤの力となる。
◇◇◇
帝都を出た一行。
先頭を進むサーヤは、シルフィードの生み出す竜巻が近づいてくると、足を止め、前を見据えた。
竜巻の数は三つ。
その中央に、シルフィードはいた。
両腕には魔王から与えれた神器ドミネーターを装着し、目は虚ろで、表情も無い。
そして彼女を守るように、その前方を20体の銀狼の群れが歩いている。
彼らもシルフィードと同じく、兜をかぶり、目が虚ろである。
「あれが四天王の一人、シルフィードか……ふ、思ったより大したことないな」
「フレイグ、震えてるけど大丈夫かな」
「き、気のせいだっ!」
「四天王と敵として戦うのは初めてだもんね」
「私も結構怖いですしぃ、無理して強がらなくていいんじゃないですかぁ?」
「そんなわけにはいかない。俺は光によって選ばれし勇者だ。何より、シーファの前でかっこ悪いところは見せられないからな!」
「フレイグ……」
きゅんと来たのか、シーファは胸の前で手のひらをきゅっと握った。
それを見て、何やら「ふむふむ」と納得しているファーニュ。
「シーファさんがあんな雌の顔を……」
「雌って言うな」
「マギカさん、私たちも負けじといやらしいことをしましょう!」
「こんなところでするわけないでしょっ!?」
敵を前にして、ラブでコメる勇者一行。
フレイグは震えているが、それでも平常運転なあたり、ある意味で頼もしくはある。
「あいつら肝が据わってるんだな。あたしでもかなりビビってるってのに」
「正直、戦力になるか怪しい」
こればっかりは、ファフニールよりニーズヘッグの見解の方が正しい。
勇者一行は能天気すぎるだけだ。
「んなこと言ったら、ウチらだってサーヤに比べたら、ねえ?」
「確かに女装娘に比べると心もとないかもしれんが――」
「そこは気合でカバーだゼッ!」
相手は“強化された”四天王。
しかもフェンリルが言うには、あの銀狼の群れ一体一体が、四天王を凌駕する力を持っているという。
いくらティタニアとイフリートと言えど、苦戦は必至だろう。
「その通りだ。我は何としても、あいつらを救わねばならぬ!」
「わたしもできる限りのことはします。というわけで、まずは挨拶代わりの一発です!」
戦力差は、気合とサーヤでカバーする。
「フェンリルさん、確認しますけど、本当に全力でやっちゃっていいんですね?」
「ああ、問題はない。四天王が耐えられるのなら、今のあいつらが一撃で倒れることは無いはずだ」
「それでは――」
サーヤは、自分の体に溢れる力の存在を感じていた。
以前も神鎧との戦闘中、マーリンに呼び出されたかと思うと、体に力が満ちていたこともあった。
マーリンはそれを『気合の力よ!』と言っていたが――
(これが気合の力ですか……!)
サーヤは素直なので、今でもそれを信じている。
まあ、それがどういう力かなど、どうでもいいのだ。
大事なのはどういう結果を示すか、である。
『銀狼は雪原で暮らしてきた種族だ。多少の暑さでへばることは無いが、やはり弱点は“炎”だろう』
フェンリルのそんな言葉を思い出し、全身に満ちる気合を熱に変えて、サーヤは拳に宿らせる。
高温で歪む景色。
やがてそれは赤き炎となり、勢いを増していく。
竜巻が迫る。
同時に、銀狼やシルフィードとの距離も近づく。
サーヤの拳に炎が宿っていることに気づいているにもかかわらず、彼女らは足を止めなかった。
それは自信か。
あるいは、知性を奪われているのか。
サーヤはシルフィードの間合いに入るギリギリまで、彼女たちの実力を見極めようとしていた。
この距離でも、放たれる空気でわかる。
確かに銀狼の脅威も相当なものだが、あの中で圧倒的に強いのはシルフィードだ。
肌がピリピリする、刺激された闘争本能が攻撃を仕掛けたがる。
それはいわゆる“恐怖”と呼ばれる感覚に似ている。
恐れるからこそ、本能が真っ先に潰そうとしているのである。
だが違う。
それは違うのだ。
この戦いにおいて必要なのは、勝利ではなく、救出なのだから。
すなわち、サーヤが戦うべきはシルフィードではない。
あの両腕に装備された神器――サーヤはその名を知るはずもないが――魔王がドミネーターと呼んだ篭手である。
いかにそれを引き剥がすか。
力ずくで取れるものなのか。
取って安全なものなのか。
どれだけの力をシルフィードに与えているのか――それを、引きつけられる限界まで観察する。
懐かしさ、おぞましさ。
それと、新しい建物に入った時にする独特の匂いのような違和感。
機能的なようでいて雑。
篭手や兜に適したものかと言われれば否。
まるでもっと別の何かを強引にあの形に変えたかのような気持ち悪さ。
1秒にも満たぬ猶予でわかったのは、それぐらいのもの。
「……ふぅ」
そして、タイムリミット。
サーヤはさらに強く拳を握り、炎は温度を上げ、発射準備は完了する。
それは攻撃であると同時に、狼煙だ。
彼女がぶちかました瞬間、戦闘は開始する。
一緒に付いてきた10人も戦闘態勢に入った。
準備はできた。
あとは、その拳を――前に、突き出すだけだ。
「煉拳ッ! レエェェェェェヴァッ、テイイィィィィィンッ!」
ゴオォォオオウッ!
サーヤの拳から放たれた炎は、渦巻きながら銀狼の群れを薙ぎ払う。
すると、銀狼の群れは聞こえないほど小さな声で詠唱すると、スペルを発動させた。
ズウゥゥゥンッ!
天空より巨大な、分厚い氷の壁が降ってくる。
壁は炎とぶつかり合うと、纏う冷気で炎の熱を相殺する。
無論、どれだけ濃密な魔力が込められていようとも、受け止められる熱量には限界がある――
「イフリートっ、オレたちの炎であいつを援護しようゼ!」
「いや、待て。オレ様の出番は今ではない」
「イフリートさんの言う通りです――来ますッ!」
サーヤがそう言うと、ズドォンッ! と砲弾が直撃したような音が鳴り響き、氷壁が砕け散る。
そして砕けた破片は風に吹かれ、無数の氷塊となってサーヤたちを襲った。
「キシシッ! キシシシシシシシィッ!」
さらに氷塊と共に、シルフィード本人までこちらに突っ込んでくる。
「はあぁぁぁああああっ!」
サーヤは飛び交う氷を恐れもせずに、シルフィードめがけて弾丸のように跳躍した。
さらに氷を足場にして、蹴って跳ねて飛びながら、空中でさらに加速する。
その速度を保ったまま、狂ったように笑うシルフィードと、拳を交わらせる――
ゴオォォオオオオオオッ!
シルフィードのスペルなど関係なしに、生じた衝撃波が嵐となって吹き荒れる。
その風に吹かれて、さらに氷塊は乱雑に飛び交う。
「ここから先は、熱血なる炎神の領域。いかなる悪意も立ち入ることは許さんッ! 燃え上がれ、フレイムウォールッ!」
だが、イフリートの作り出した炎の盾により、彼らを襲った氷はたちまち溶け、蒸発した。
そして生じた水蒸気の白い膜の向こうから、無数の影が迫り来る。
「来たか……」
「フェンリル、あんたは無理しないで下がってなさいっての。ここはウチが――」
「うおぉぉおおおおおっ! エクスカリバー・トゥインクルスター・バーストぉぉおおおおおッ!」
「ってちょっ、勇者あんた勝手に動くなっての!」
フレイグの抜いた剣から光が放たれ、銀狼の群れを薙ぎ払う。
彼が実戦でこれを使うのは初めてだが、サーヤの作った剣だけあって、その威力は相当なものだ。
同じ性質を持つ神器を装着した銀狼たちは怯み、一時的に動きを止める。
しかし撃ち漏らし、こちらに抜けてきた者もいた。
狼はフレイグの横を通り抜け、“一番弱そうな”ファーニュに狙いを定める。
そして鋭い牙でその首を食いちぎらんと、素早く飛びかかった。
「やらせるかっての!」
するとマギカが彼女の前に出て、スペル“ブルーマジック”を発動。
バチィッ!
前回の戦いで習得した神壁アイギスにより、その突進を受け止めた。
だが銀狼の牙は氷の魔力を纏い、神鎧の攻撃すらも受け止める強固な壁に、弾き飛ばされることなく食い下がる。
「くっ……」
さらに別の銀狼までもが突っ込んできて、マギカは神壁により二体分の力を受け止めることとなった。
「ぐ……うぅ……!」
その異様なパワーに加えて、アイギスの魔力消費の多さもあってか、マギカは額に汗を浮かべながら攻撃に耐える。
ファーニュはその様子を見守ることしかできなかった。
彼女のスペルは傷を癒やすこと専門。
モンスターなのである程度は戦えるが、それも相手が強いと焼け石に水にしかならない。
「背中ががら空きなんですケドぉーっ!」
ティタニアはその銀狼の背後から駆け寄り、臀部から伸ばした尻尾を分厚い毛皮に突き立てた。
鋭い先端部は皮を貫通し、体内にまで達し、そこから毒をぶちまける。
「ごめんねー、ウチってば手加減ってやつが苦手なんだよネ!」
それはティタニアが注ぎ込める、最大強度の毒である。
通常の生物であれば、触れただけでも即死する――そんな代物であった。
「我も見ているだけというのは性に合わんッ!」
フェンリルもティタニアとほぼ同時にスタートを切り、氷の刃を別の銀狼に向けて射出していた。
まともに当たれば即死は間違いない、容赦のない攻撃である。
もちろん、アイギスとの競り合いに夢中になっている銀狼は、がらあきの背中でその直撃を受けるしかなかった。
だが、フェンリルもティタニアも、確かに“手応え”を感じながら、同時に違和感を覚えていた。
いや、最初からわかっていたことではあったのだが――手応えはあるのに、仕留めた気がしないという慣れない感覚に、戸惑わずにはいられない。
首がぐるりと回り、二体の銀狼は己に攻撃した二人を、それぞれ睨みつける。
生気は無く、殺気だけをむき出しにしたその瞳に、フェンリルとティタニアは背筋に冷たいものを感じた。
「殺すつもりでやったんだけどねーっ!」
「それでも足りんということだろう!」
「やっぱ、毒って“神”とか何とか、神聖っぽいのと相性が悪いんだってば!」
銀狼たちは空中で体をひねり、強引にぐるりと向きを変えると、マギカの展開する防壁を蹴って、フェンリルとティタニアに食らいついた。
組み敷かれそうになるところを、既の所で避ける二人。
だが銀狼は続けざまに攻撃を繰り出してくる。
一方で、手が空いたと思ったマギカとファーニュにも、次なる敵が迫っていた。
銀狼の数は20。
対する味方の数は10。
単純計算で、1人あたり2体は相手にしなければならない。
ファーニュとノーヴァが戦闘要員でないことを考えれば、さらに数は増える。
心が休まる瞬間など、あるはずもなかった。
もしもサーヤの手が空いていれば、銀狼20体を同時に相手にすることも可能だったかもしれない。
だが彼女は彼女で、その20体に勝るとも劣らない、シルフィードという強敵とぶつかり合っているのである。
「正拳エクスカリバーっ! 100連発ですうぅぅぅっ!」
空を真っ二つに割るような強烈な気の塊を、“ナナツサヤノタチ”の連続攻撃に乗せて、続けざまに放つサーヤ。
「きしっ! きしっ! きししししししっ!」
シルフィードは笑いながら、その全てを篭手をまとった両手でいなした。
そして攻撃が止んだ僅かな隙に、サーヤに向けて突進したが――
「……?」
そこにサーヤの姿は無い。
「迅拳、クラウソラスですっ!」
彼女は背後に回り込み、両手を束ねて背中に全力で叩き込む。
ブオォオンッ!
が、攻撃は空振る。
生じた風圧は地表に達し、ベゴンッ! と地面を大きく削り取る。
「きしっ!」
消えたシルフィードはサーヤの背後に回り、ドリルのように風が渦巻く拳を叩きつける。
腕を前に突き出す。
その瞬間、消えるサーヤ。
そして背後から攻撃。
消えるシルフィード。
背後から攻撃、消えて、背後から攻撃、消えてまた背後から――それを超高速で繰り返し、二人はどんどん高度をあげていく。
「次元が違いすぎてわけわかんないんですケド」
ティタニアはサーヤたちの戦闘を見て、そう呟いた。
彼女に襲いかかる銀狼はいつの間にか二体に増えており、今は反撃どころか、攻撃を避けるので精一杯である。
銀狼の攻撃は実に多彩であった。
牙と爪による攻撃はもちろんのこと、氷のスペルも、神器の恩恵か、簡単なものなら詠唱無しで繰り出してくる。
近接攻撃とスペルを組み合わせれば、攻撃と攻撃の間が一瞬たりとも途絶えることはない。
それが二体もいるのだ、反撃すらできないのは当然であった。
「お前たち、目を覚ませ! 我の声が聞こえていないのかッ!」
フェンリルも同様に二体の銀狼に襲撃されている。
彼なりに仲間に必死に呼びかけているようだが、全く反応は無かった。
また、体が万全の状態では無いせいだろうか、回避に専念しても、全身に細かな傷が増えていく。
「くぅ……これでは、まずは意識を奪うどころではないな!」
兜を奪うためには、相手を昏倒させねばならない。
それは単純に殺す以上に難しいこで、相手が自分より格上となればなおさらである。
(あの少女の自信を信じて来たはいいが、ここから我はどう動く? シルフィードを倒すまで耐えるしかないのか――)
サーヤが対銀狼に参加してくれれば、戦況は一気にひっくり返るだろう。
だが、それを期待して、防戦一辺倒というのはいささかダサい。
自分が発端なのだ、どうせならかっこつけて、少しでもできることをしたい――そう願うのは、群れの長として決して不自然なことではないだろう。
「……っ、うおぉぉおおおおおおッ!」
だからフェンリルは、多少の傷――飛来する氷の針が突き刺さるのを覚悟した上で、反撃に出る。
傷はスペルで癒える。
恐れるべきは、それでも癒せない心の傷なのだ、と自分に言い聞かせて。
とはいえ、ティタニアとフェンリルが相手にしている銀狼はせいぜい4体。
「このレベルの防壁を維持できるのって、私それなりに……成長してんじゃない……!?」
「してますっ! 夜の方もかなり成長してますよぉっ!」
「それは喜んでいいのかわかんないわね……!」
「悦んでくださいっ。そして頑張ってくださぁい!」
「まあ単純に、恋人に応援されたら力は湧いてくるんだけどさぁっ!」
マギカとファーニュを襲撃している分、
「こいつらっ! 動きが早いなっ!」
「ファフニール、私から離れないで」
「わかってるっての、ニーズヘッグ。いくらあたしでも、単独で相手できるとは思ってねえからな」
「一人なら力は1。でも二人で連携すれば……たぶん、2.1ぐらいにはなる」
「もうちょっと盛って、2.5ぐらいって言ってほしかったもんだな」
「その領域に達するには愛が必要」
「はははっ! なら無理だなぁッ!」
そして、ニーズヘッグとファフニールが相手をしている分を数えても――
まだ、10体以上が残っている。
それらをどうにか取り押さえているのは――炎を扱うことのできる、対銀狼において非常に有利なイフリートと、もう一人、意外なことにフレイグであった。
「ふンッ! ハァッ! 光の剣よ! 全てを切り裂けえぇぇぇぇえっ! てえりゃあぁぁぁぁぁあああああッ!」
とはいえ、フレイグがやっていることは、ひたすらにサーヤが鍛えた剣をぶん回しているだけである。
だがこれが“群れ”を相手にする際に非常に有効で、神器を装備した銀狼ですら逃げ惑うしかないほどの威力の光線が、ひっきりなしに、何発も放たれるのである。
もちろんサーヤの放つエクスカリバーよりも威力は劣るし、そう簡単に命中もしないが、“足止め”という点においてフレイグは非常に役立っていた。
さらに、フレイグの放つ“光の刃”から銀狼たちが逃げ惑っているのを利用して、さらに彼らの動きを制限しているのが――イフリートの炎であった。
「ガハハハハハハッ! 逃げ場など無いぞ、接近も許さん! これがオレ様が作り出す絶対領域、炎の牢獄よ!」
四方八方を銀狼が苦手とする炎で囲み、逃げ道を塞ぐ。
さらに術者であるイフリートを直接狙う相手には、とびきり高温の極小太陽を射出し、ついでにノーヴァも火を吐いて援護する。
「ギャハハハハッ! イフリートはやっぱスゲー! さすがだゼ! 顔も良ければ頭もいいし、何よりめちゃくちゃツエー!」
「いいぞノーヴァ、もっとオレ様を褒めるのだ! そうすればオレ様は調子に乗ってもっと力を発揮するぞ!」
「世界一のイケメン! しかも知能派! 筋肉の張りなんて宇宙一だし、性格だってめちゃくちゃ最高ダ!」
「いいぞノーヴァ、お前こそ最高だなァ! ガハハハハハハッ!」
調子に乗ると、スペルの調子もさらに上がる。
炎はさらに猛り、銀狼の動きを封じ、
「うおぉぉおおおっ! シーファぁ! 見てるかぁ! 俺、今最高にかっこいいよなぁぁぁああ!」
フレイグはそれに触発され、さらに激しく剣を振るう。
もちろん恋人になったシーファに見られている、という意識も彼に力を与えていた。
だがしかし――当のシーファの姿が、どこにも見当たらない。
確かに戦闘開始直前まではフレイグの隣にいたはずなのだ。
だが、彼が剣をぶん回し始めたあたりから、いつの間にかその姿は見えなくなった。
もっとも、フレイグにシーファを探す余裕など無く、とりあえず『どこかで見てくれている』ということにして、腕を動かすしか無いのだが。
そして、そのシーファだが――今、彼女は、とある銀狼の背後にいた。
イフリートの炎の牢獄からは逃れたが、フレイグが剣を振り回すせいで、動けないでいる一匹の銀狼。
その背後に、気配を消して近づいていたのである。
(行ける……僕だって、フレイグにいいとこ見せたいもん……)
抜き足、差し足、忍び足。
シーファの気配と音の消し方は完璧で、銀狼ですらも気づかないほどだった。
彼女とて勇者に同行することを許されたうちの一人だ。
フレイグやマギカに比べると戦闘能力では劣っているものの、相応の能力は身につけていた。
そして、銀狼の頭に触れるほどの距離まで接近すると――
(たぶん無理だと思うけど、“ダメ”ってわかるだけでも意味はある。やるぞ……僕は……やってやる……えいっ!)
兜を掴み、思いっきり引き上げた。
カポッ。
思いの外、それはあっさりと外れ――
「……あれっ?」
操られていた銀狼の体は、力を失いぱたりと倒れた。




