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045 子供を作るのに性別は関係無い系女子の集い

 



「は……はは……ははははっ……」


 全員助けられる――そう豪語するサーヤを前に、フェンリルは笑うしかなかった。

 今だって、帝都にとんでもない竜巻が迫っていて、操られ、強化されたシルフィードと銀狼の群れが迫っているというのに、サーヤは怖気づく様子もない。

 かといって、自信過剰だとか、自惚れだとか、そういう風にも見えなかった。


「助ける方法が、あるのか?」


「神器って、要するに装備ですよね。引き剥がしちゃえばいいんじゃないですか?」


「簡単に言うが、剥がせるのか? あいつらは、強いぞ?」


「強くても、やんなきゃどうにもならないですから。やりますよ、わたしは。戦う前から負ける想像なんてしませんっ」


 きっとサーヤは、これっぽっちも深く考えちゃいない。

 だが、そんな彼女が、フェンリルにはやけに頼もしく感じられた。


「すごいでしょ、ウチのサーヤ」


 自慢げに言うティタニア。


「いつのまにあんたのものになったのよ……」


「ああ、確かにすごいな。彼女の話を聞いていると、根拠のない自信が湧いてくる」


 フェンリルはセレナの突っ込みを聞かなかったことにして、笑いながら言った。


「根拠は結果で示してくれるし」


「言葉以上の説得力を見せつけられるからな」


「あんなの見せられたら、頼りにするしかねーよナ!」


 サーヤの近くにいる人間は、誰もがそれを知っている。

 だから、彼女を信頼するようになっていくのだ。

 まあ、中には信頼以外の理由でひっついてる邪なモンスターもいるのだが。


「ところでフェンリルさん」


「なんだ小娘」


「私はセレナです! これでも立派な大人なんですけど!」


「そう怒るな小娘、我には区別がつかん」


「だからセレナだって……」


「ふ、わかったセレナ。何だ、聞きたいことでもあるのか?」


「むぅ……神器って、こう、人間側の切り札ってイメージだったんですけど、何で魔王に使えるんです? というか賢者マーリンが全部持ち去ったはずでは?」


 それはいかにも人間的な考えであった。

 神器というものは神聖なものだから、邪悪なモンスターには扱うことができないのではないか、と。

 もっとも、モンスターたちも神器戦争での経験があるため、あまり良い印象は抱いていないのだが。


「直接見たわけではない。だが魔王城に神器が保管されているという話は聞いたことが無いからな、新たに作ったか――手に入れたかのどちらかだろう」


「魔王って、神と敵対してるイメージだったんだけど……」


「確かにウチらモンスターに、人間みたいに宗教って概念は無いかナ」


「その代わりに魔王様が信仰の対象となっている、と言えるだろうな」


「神様のかわりが、魔王さんなんですか?」


 サーヤがそう尋ねると、ティタニアは優しい顔で答える。


「心の拠り所になっていたってコト」


「なるほど……」


「そうなると、魔王が真の姿を隠していた理由にも納得がいくな。銀髪の女では、『モンスターたちを守る絶対的支配者』としての威厳が弱まるからな」


「……は? フェンリル、あんた魔王様の姿、知ってるの?」


「というかティタニアたちでも知らないもんなの?」


「いつもローブで姿を隠してんの」


「ローブ付けてると、イフリートよりデケーんだよナ」


「威圧のためか、本人もローブの中の姿を見せたがっていない節はあったな」


「我は偶然にもローブを外している姿を見たというわけだ。もちろん、絶対に口外するなとは言われたが」


「っつーか、銀髪の女って……」


「うん、あれよね」


「ハルシオンさんですかっ!?」


 ティタニア、セレナ、サーヤの三人はやけに驚いた様子だ。

 事情を知らないフェンリルは、一人首をかしげる。


「ハルシオン? 誰だそれは」


「300年前、賢者マーリンの恋人だった女らしいよ」


「賢者マーリンは女だろう」


「女だけど恋人は女性なんです」


「そういうものなのか……?」


 困惑気味のフェンリルは、セレナの方を見た。

 だがセレナも話を振られて困った様子である。


「いや、私を見られても困るっていうか……あるんじゃないですかね、時と場合によっては」


「何言ってんの、セレナ。あんたはウチのライバルなんだから、そんな消極的じゃ困るんですケド」


「だから私はサーヤちゃんをそういう目で見てるわけじゃないのぉーっ!」


「よくわからんが、大変そうだな……で、その、ハルシオンというのが、魔王様の正体なんだな」


「そうです。それで、ハルシオンさんと恋人だった賢者マーリンっていうのが、どうやらわたしのお師匠さまらしくって」


「マーリンが、今も生きているというのか!? しかも師匠だと!? なるほど……寿命すら超越する賢者、その弟子ならば、道理で人間離れしているわけだ」


「つかハルシオンが魔王様だとするとー、サーヤって魔王と人間の間に出来た子供ってことになんない?」


 ティタニアの言葉に、フェンリルは目を見開き驚愕する。


「なっ――彼女が、魔王の子供なのか!? いや、確かに顔つきも似ているし、髪の色も同じだ!」


「わたし、魔王さんの子供だったんですか!? びっくりです!」


「だがそれだと矛盾が生じるぞ」


「そうだナ、サーヤは10歳なんだロ?」


「マーリンさんの日記は300年前のものだものね。日記は彼女が魔王を倒しに行く所で終わってた。でも今の魔王はハルシオンさんで……」


「前の魔王が倒されたから、ハルシオンが次の魔王になった、トカ?」


「魔王は継承されるということか……」


「だが、継承されたのは300年前だ」


「その間ニ、魔王になったハルシオンがマーリンと子供を……ってのは考えにくいよナ」


「……というかそもそも二人とも女だよね!?」


「女同士でも頑張れば子供はできるってウチは信じたい」


「何を言ってるんだティタニア」


冷静に突っ込むフェンリルだが、ティタニアはいたって真面目だった。


「そもそも、子供って、どうやってつくるんですか? 何で男の人と女の人じゃないとダメなんですか?」


 サーヤの何気ない疑問に、一同は凍りついた。

 数多の親を苦しめてきたと言われる、その質問。

 それに子育ての経験が無い三人は答えることができるのか――


「ウチが聞いたのは、キスするとできるって……」


「乙女か!」


 思わず突っ込まざるを得ないセレナ。


「ならわたしとティタニアさんの子供ができるんですか?」


「はっ、マジだ! どうしよう、ウチ、サーヤの子供を身ごもっちゃったカモ!?」


「できるわけないでしょ!? 子供ってのは、こう、おしべとめしべが……」


「発情期に交尾するとできるぞ」


「フェンリルさーん!?」


 ぼかそうとしたセレナの心遣いを粉砕するフェンリル。


「はつじょーき? こーび?」


 サーヤはそれでもよくわかっていないようで、首を傾げている。


「いいのよサーヤちゃん。まだあなたには早いから。気にしないで!」


「女装娘、発情期というのはな……」


「イフリートさん、説明しようしないでください!」


「オレ、長いコト、メスと触れ合ってねーナ……」


「ノーヴァさんは落ち込まないで! この話はもう終わりっ! おしまいですっ!」


 強引に話題を終わらせようとするセレナ。

 するとふいに部屋の扉が開き、ニーズヘッグとファフニールが入ってきた。


「交尾と聞いて」


「交尾ならあたしらに任せな!」


「すげえ面倒くさそうなやつらが出てきたー!?」


 変態二人の登場により、さらに場は混沌としていく。


「ご主人様、そんな知りたいなら、今から私が手取り足取りアレとりして教える」


「あたしもいるから3Pだな!」


「待ちなさいよ! まずはウチが最初だし!」


「ティタニア様が参加すると、毒のせいで他が参加できない」


「まずはあたしらが、ティタニア様に見せても恥ずかしくないようにサーヤを育てるからさ!」


「はぁ!? そんなことしてサーヤとの間に子供ができたらどうするワケ!?」


 ティタニアも参戦すると、もう収集がつかない。


「三人とも落ち着けぇっ! 女同士で子供は出来ないから! 頑張っても出来ないから!」


「大丈夫。愛があれば、できる」


 ニーズヘッグはそう言って、セレナに親指を立てた。


「できねえよ!」


「やってみないとわかんねえよ。セレナ、試しにあたしと子作りしようぜ!」


「しないし! てかファフニール、あんた地味に私のこと狙ってるでしょ!」


「てへっ☆」


「かわいい顔したら許されると思ってえぇぇえええ! あぁぁああ! もおぉおお!」


 脳の処理能力が限界を迎え、叫ぶセレナ。

 ガチャッ!

 そこに再び扉が開き、新たな乱入者が現れる。


「話は聞かせてもらいました。男同士でも子供は作れます!」


「レトリーまで来たしー! もういやぁー!」


「イフノヴァ……そこに現れるクール系男子のフェンリルさん……! ケモ要素まで取り込めば覇権間違いなしですッ!」


「レトリー先生、ケモ要素とは何だ?」


「イフリートさんの魅力をさらに引き出す方法です!」


「なんと、そのような方法があるのか! 教えてくれレトリー先生」


「あとオレがメスにモテる方法もナ!」


「ダメですってイフリートさん、ノーヴァさんっ! それは一番参考にしちゃいけないやつですからぁーっ!」


 急に騒がしくなった室内で、ぽつんと取り残されたフェンリルとサーヤ。


「あいつらは何を言っているのだ……?」


「わたしにもわかりません……」


 会話の9割が理解できない二人。

 ひとまずサーヤはフェンリルの傍らに腰掛けて、彼と語らう。


「危機が迫っているというのに、呑気な奴らだな」


「あんまり暗くなっても、いいことはありませんからね」


「ふっ、そうだな。負けるにしても勝つにしても、前向きな方が力も出る」


「その通りです。だからフェンリルさん、前向きにいきましょう。絶対に、みんなたすけられますよっ!」


「ああ……助けてみせるさ、群れの長としてな」


「あ、でも無茶はしないでくださいね? まだ体は動かないはずですし」


「そうもいかんだろう。今が無茶のしどきというやつだ。だが、死ぬつもりはない。生きて、またあいつらが呑気に暮らしている姿を見ていたいんだ」


「そうですか……わかりました。じゃあ、わたしも全力でフォローしますっ」


「ああ、頼んだ」


 止めはしない。

 彼の気持ちがよくわかるからだ。


 サーヤだって似たようなものだ。

 シルフィードと出会ってからそう長い時間が経過したわけではないが、彼女は紛れもなく、サーヤにとって大事な友達だ。

 それを操るなどと、絶対に許せないし、絶対に助け出さなければならない。


 拳を握る。

 瞳を閉じる。

 息を吐き出し、体内を巡る力を研ぎ澄まし――心を整える。




 ◇◇◇




 次に目を開くと、サーヤは宿ではない場所にいた。


「はれ? えっと……ここは……もしかして、お師匠さまですか?」


 見慣れた景色。

 師匠――賢者マーリンが暮らす部屋だ。

 デスクの前に置かれた椅子に腰掛ける彼女は、座ったままぐるりと回って、サーヤと向き合った。


「私ね、サーヤに謝っておかないといけないことがあるわ」


「急にどうしたんですか?」


 真剣な表情を見せるマーリンに、自然とサーヤの顔もこわばる。

 そしてマーリンは、ゆっくりと口を開いた。


「……性教育が、足りなかったわ」


「せーきょーいく?」


「せめて送り出す前に、子供の作り方ぐらいは教えてくべきだったわね……」


「キスをしたら……」


「できないわ」


「何かでっかい鳥が……」


「運んでこないわ」


「キャベツ畑に……」


「生えてこないの」


「じゃ、じゃあどうやって子供はできるんですか!?」


「……まあ、今はほら、タイミングが悪いから、戦いが終わったら教えるわ」


 ほんのり赤らむマーリンの頬。

 ぶっちゃけ彼女もハルシオン相手にしかまともに恋愛したことが無かったので、かなりうぶである。


「だったら、何のためにわたしをここに呼び出したんです?」


「ほら、この前の日記のこととか、色々話してなかったでしょう?」


「日記……あぁ、賢者マーリンさんのっ! やっぱり、あれってお師匠さまが書いたものなんですか」


「ええ、まさか解読されるとは思ってなかったわ」


「じゃあ、ハルシオンさんが魔王だっていうのも」


「事実よ。私はハルシオンを助けるために魔王を殺した。けど戻ってきたら、ハルシオンが今度は魔王になって、私は……」


「お師匠さまは、どうなったんです?」


「どうなったのかしらねぇ……」


「はぐらかさないでくださいよぉっ」


「まあ、色々あったのよ。色々あって……ここにやってきて……研究を重ねて……サーヤ、あなたが生まれたわ」


「わたしは、誰の子供なんですか」


「サーヤは、ホムンクルスって言葉を知ってるかしら? ちなみに私はあなたに教えてはいないわ」


「知ってます。どこかの本で、読んだ気がします。フラスコの中で生まれる、小さな人間のことですよね。まさか……」


「私はここに来て、とある目的のためにホムンクルスの研究を進めたわ。あらゆる方法、あらゆる材料を使い、様々な手を使って、人工生命体を作り出そうとした。その結果――」


「……わたしが」


「最後まで失敗して、諦めたわ」


 ガクッと崩れ落ちるサーヤ。

 そのリアクションを見て、マーリンは満足げに笑った。


「いやあ、無理だったのよ。昔の文献には『成功した』とか書かれてたけど、あんなのぜーんぶ嘘っぱち。少なくとも現代の技術でホムンクルスを生み出すことはできなかった」


「じゃあ、わたしは一体……」


「だからより人間に近い形にするために、私とハルシオンの遺伝子をくっつけてね、自分のお腹で育てることにしたのよ。結果は大成功。まあ、当然なんだけどね」


「それが、わたしなんですか?」


「そうよ、あなた」


「それって、つまりわたしは、お師匠さまの子供ってことですか?」


「限りなくそれに近いわね。でも母親にはなれなかった」


「どうしてですか……」


「だって娘だと思うと、鍛えないといけないのに甘くなっちゃうじゃない」


「お師匠さま……いえ、お、お母さんはっ、十分に甘くて優しいです!」


「ダメよサーヤ、お母さんはやめなさいっ!」


「何でですか、お母さんはお母さんじゃないですかっ!」


「きゅん死にするからよっ!」


「死んじゃ嫌です!」


「ならお師匠様と呼びなさい!」


「はい、お師匠さまっ!」


 サーヤは基本的に聞き分けのいい子である。

 胸に手を当て、ひとまず呼吸を整えるマーリン。


「別に絶対に呼ぶなってわけじゃないのよ。ただ、ハルシオンのこともあるから……」


「お師匠さま。きっとわたし、これからハルシオンさんと、直接会うこともあると思うんです」


「そうね、四天王が全員居なくなれば、あの子自身が動かざるを得ないでしょうね」


「だから……その前に、一つだけ確認しておきたいことがあります」


「……どうぞ」


「お師匠さまは、今でも、ハルシオンさんのことが好きなんですか?」


「当然よ」


 マーリンは即答した。

 心に一片でも迷いや誤魔化しがあれば、サーヤならば気づくことができただろう。

 それらが一切感じられないということは――それは嘘偽り無い、マーリンの本心。


「愛してるわ、あの子のことを」


「なら、何も心配することはありませんね。わたし、戦ってきます。ハルシオンさんを含めて、みーんなを助けるためにっ!」


「あなたに全てを託すようで情けないけれど……お願いね、サーヤ」


「はいっ!」


 そう返事をすると、一瞬で景色が切り替わる――




 ◇◇◇




 サーヤはフェンリルの隣に戻ってきた。

 いや、時は止まっていたので、そもそも彼女の意識が飛んでいたことにすら、誰も気づいていない。


 戦うためのメンバーは、すでにこの宿に集まっている。

 フェンリルが目を覚ました以上、もはや待つ必要も無い。


 部屋の騒がしさが落ち着くと、サーヤたちは宿を出る。

 サーヤ、イフリート、ノーヴァ、ティタニア、フェンリル、ニーズヘッグ、ファフニール、フレイグ、シーファ、マギカ、ファーニュ――計11人。

 人間とモンスターとが入り混じった奇妙な一行は、帝都を発ち、迫り来る巨大な竜巻へと立ち向かっていった。




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