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038 次回、シルフィード陥落

 



 ティタニア、ファフニール、ニーズヘッグの三人が宿に戻ると、ちょうどサーヤたちも図書館から戻ってきた所だった。

 目を覚ましたサーヤを見て、すかさず唇を奪おうとするファフニールとニーズヘッグ。

 そんな二人をふっとばすように押しのけて、涙目になって抱きしめるティタニア。

 このまま一生眠ったままじゃないのか――そんな不安で胸が一杯だったそうだ。


 あまりに熱烈なハグと頬ずりに、たじたじのサーヤ。

 彼女が優しく「よしよしです」と頭を撫でると、ティタニアはほっと表情を緩める。

 もはやどちらが年上かわからない絵面であった。


 そしてその夜、サーヤはティタニアと同じベッドで寝ることになった。

 どうやら『毎日交代で添い寝する』ことが本人不在の間に決まっていたらしく、明日はドラゴン二人組、その翌日はセレナ、また次の日はティタニア――とローテーションしていくことになったんだとか。

 元から一緒に寝ていたドラゴンたちや、くっつきたがるティタニアが同衾するのはともかく、そこにセレナまで含まれているのはサーヤにとっても意外だった。

 なんでも、


『セレナはウチにとってもライバルだから、仲間はずれにするのはアンフェアだし!』


『いや、別に私はそういう意味でサーヤちゃんを好いているわけでは……』


『つべこべ言わずに一緒に寝ろ!』


『は、はひぃっ!』


 なんてやり取りがあったとか無かったとか。


 そんなこんなで、サーヤの隣にはティタニアが寝ている。

 サーヤは寝付きがいい方なのですぐに目を閉じてしまったが、ティタニアは緊張で目が冴えており、ひたすら彼女の寝顔を見つめ続けている。


(触れるだけでも十分に魅力的だけど、近くで見ると……マジでかわいいんですケド……心臓、ドキドキして止まんないんですケドぉ!)


 知れば知るほど、深みにハマっていく。

 ティタニアにとってサーヤは底なし沼のようなものであった。


(触って……いや、寝てるの邪魔したら悪いし。ケド、このほっぺた……さっきも頬ずりしたけど、絶対に柔らかいし。指先で触っただけで幸せになれそうで……ええい、触っちゃえ!)


 サーヤの頬を、人差し指でつつくティタニア。


(や……やわらかぁーい……)


 彼女は至福の表情を浮かべ、悶える。


(指先でつつくだけでこんなにも幸せになれる物質がこの世に存在したなんて! も、もうちょっとだけ強く……)


「うぅん……修行は……夜が明けてから……」


 体をよじりながら、寝言を呟くサーヤ。

 ティタニアはビクッと震えて動きを止め、戦々恐々とサーヤを凝視した。


(はっ!? ウチってば何やっちゃってるわけ!? サーヤの快眠を邪魔するとか、万死に値するし! こうして寝顔を見てるだけで幸せなくせに、欲張りすぎだっつーの!)


 押し寄せる自己嫌悪。

 ティタニアは深呼吸をすると、再び観察モードに戻る。


(……マジでかわいい。こんなにかわいくてウチに触れるとかもう神じゃん。ああ……神……神の頬……触りたい……触りたい……触りたいっ! ええい、触っちゃえ!)


 しかしすぐに我慢できなくなり、頬をつついてしまう。

 彼女は蕩けるような表情で、数時間に渡ってサーヤの頬を堪能し続けた。




 ◇◇◇




 ――午前四時頃、サーヤは突如として目を覚ました。

 ぱちりと瞳を開く。


「えへ……えへへぇ……サーヤのほっぺたぁ……」


 目の前には、サーヤの頬に溺れ、だらしなく笑うティタニアの顔があった。


「あっ……」


 二人の目が合う。

 まだ外は暗いが、ひとまずサーヤはどこか眠そうな表情ながら笑顔になり、ティタニアに言った。


「おはようございましゅ、ティタニアしゃん」


「お、おはようサーヤ。もしかして、ウチのせいで起きちゃった ごめん、マジでごめん! こっちから一緒に寝たいとか言っておきながら途中で起こすとかウチ、マジで万死に値するし! ごめん、死ぬ! 死んで詫びる!」


「よくわかりませんけど、ティタニアしゃんと一緒にいると、たのしいれすよ?」


「サーヤ……完全に天使じゃん……神でもあり天使でもあるとか神かな?」


「サーヤはサーヤですよぉ……」


「そうよねぇー! サーヤはサーヤよね! 天使よりも神よりも尊いサーヤだもんねー!」


 一睡もしていないティタニアのテンションは、完全に深夜のそれであった。

 それはさておき、サーヤがこんな時間に目を覚ましてしまったのには理由がある。

 昨日までぐっすりと何日も寝ていたため、体力が有り余っているのだ。

 サーヤはむくりと体を起こすと、ベッドから抜け出そうとした。

 だがそのためには、ティタニアを乗り越えなければならない。


「どこに行くの?」


「目が覚めてしまったので、お散歩にでも行こうと思って。あ、ティタニアさんはまだ寝てていいですよ、こんな時間ですから」


「一緒に行くに決まってんじゃん」


「でも……」


「モンスターは別に一日ぐらい寝なくたってどうもならないし。それに、サーヤと二人で暗い街を散歩とか、ロマンチックじゃん?」


「ロマンチックでしょうか……だけど嬉しいです。一人より、二人の方がたのしいですもんねっ」


 寝起きなのに、キラキラと輝くサーヤの笑顔。

 遥かに年下の少女の表情に、ティタニアの胸はキューピッドの矢どころか、マシンガンに撃ち抜かれたように虜になっていた。




 ◇◇◇




 手をつないで石畳の上を歩くサーヤとティタニア。

 ティタニアは昼間と違って手袋を付けずに、素手でサーヤと触れ合っていた。


 街灯が照らす暗い街並みは、不気味ではあるが、少しワクワクする。

 森や洞窟の探索とはまた違う、未知の領域への好奇心が、サーヤからすっかり眠気を奪っていた。


「さすがにだれもいませんねぇ」


「ウチはサーヤがいれば十分だから」


「えへへ、そうですね、わたしもティタニアさんといると楽しいですっ」


 噛み合っているようで噛み合ってない会話だが、互いに幸せそうなので問題は無い。

 見慣れた場所の、見慣れない姿をただ眺めるだけ。

 人も居ないので特にイベントも起きず、ゆるやかに時間は過ぎていく。


 宿付近を一通り回ると、二人は公園に向かい、ベンチに腰掛けた。

 隣り合わせで座るサーヤとティタニア。

 ティタニアはまるで初恋に翻弄される乙女のように、顔を赤くして真隣に置かれた小さな手を凝視し、大きく深呼吸すると、意を決してそこに自らの手を重ねた。


 さっきまで繋いでいたというのに、何故こんなにも緊張するのか。

 理屈はわからないが、そう感じてしまうのは事実。

 ティタニアは恐る恐る、サーヤの反応をうかがった。

 二人の目が合う。

 サーヤは「えへへ」と笑った。

 思わず、ティタニアの表情もほころぶ。


「実はわたし、最初はティタニアさんのこと、ちょっとこわい人だと思ってました」


「ウチも、そういう自分でありたいと思ってきた」


「無理してたんですね」


「かもしんない。でも仕方ないじゃん、誰にも触れなかったんだからさ」


「わたしのおかげですか」


「100%ね」


「それはうれしいですね。戦いで役に立つのは、がんばればどうにかなるんですけど、そういう心の問題って、がんばるだけでは、なかなかどうにもできませんから」


「みんなそう思ってる。でもまあ、サーヤはかなりできてる方(・・・・・)だと思うケドね」


「そうでしょうか?」


「つか、そうじゃなきゃ困るんだよね。ウチがちょろいってことになっちゃうじゃん」


「なっちゃうんですか」


「なっちゃうワケよ」


「なったらダメなんですか?」


「ダメだし。ウチはガードが固いの。サーヤが例外なだけ」


「でもティタニアさん、いつの間にかお姉ちゃんや、ファフニールとかニーズヘッグと仲良くなってますよね」


「ドラゴンどもは元から知り合いだし。セレナは……なんつーか……ライバル?」


「なんのですか?」


 無邪気にそう聞かれ、無言でサーヤを見つめるティタニア。


「……わたしですか? わたしの、ライバル? お姉ちゃんと、ティタニアさんが?」


「ふふっ。そういうトコだよね、サーヤのいい部分は」


「いい部分……?」


「そのうちわかるんじゃないかな、もうちょいサーヤが大人になったらね」


「うむむ、そう言われるとなおさら知りたくなってしまいます」


「焦らない焦らない。つか、正直言うと、今みたいに気づかないままの方が楽しいかもしんないしね」


「そういうものなんですか」


「そういうもんなのよ」


 やはりサーヤにはわからないままだったが、なんだかティタニアは楽しそうだったので、『まあいいか』と納得することにした。

 そのまま、公園で静かな時間を過ごす二人。

 しばらく待っていると、遠くの地平から陽が顔を出し、空が漆黒から紫へと変わりはじめる。

 夜明けだ。


 そして同時に――ゴォォオオオオッ! と激しい風が帝都に吹き荒れた。




 ◇◇◇




 帝都の一角にて、二人の戦士が対峙する。

 一方は、桃色の髪の少女。

 そしてもう一方は、金色の髪の男。

 少女が名乗る。


「あちしは魔王四天王の一人、疾風のシルフィード!」


 それを聞いて、男は不敵に微笑んだ。


「ほう、“疾風”か……奇遇だな。否、これが運命か!」


「どういうこと?」


「結局、オレにはサーヤのパンツを暴くことはできなかった。それはひとえに、己の実力不足ゆえ! だが、今のオレは違うッ! 厳しい修行を耐え抜き、新たな力を手に入れ、生まれ変わったのだ!」


「何言ってんのこいつ」


「聞けぇい、四天王よ! 我が名は疾風のジェット! オレの放つ風からは、いかなる布も逃げられはしない!」


 ジェットの脚部が風をまとう。


「こいつも風のスペルを!?」


「食らえぃ、オレの奥義を! 布捲爆(ふけんばく)ゥゥゥゥゥッ!」


 高く上げた足を勢いよく振り下ろし、ジェットは地面にかかと落としを放った。

 同時に、かかと付近に凝縮された風の塊が爆ぜ、下から上に吹き上げるように早い空気の流れが生じる。

 そう、この奥義は――ありとあらゆるスカートをめくりあげ、パンツを見ることに特化した技なのである!


 ヒュゴォォオオオオオオッ!


 ジェットが吹かせた風は、帝都全体に広がってゆく。

 その危険性ゆえに、本来ならば人がいない場所か、今のような誰もいない時間帯にしか放てない技だ。

 もちろんシルフィードも巻き込まれ、スカートの下のスパッツが露わになっていた。


「ふっ、どうだ四天王よ。いかなるスカートも、このオレの技の前には無力!」


「だから?」


「何っ!? ほごぉっ!」


 一瞬で近づいたシルフィードの拳がめり込み、吹き飛ばされるジェット。

 彼は大事なことを忘れていたのだ――


(そうか……普通の戦いでスカートをめくった所で何も役には立たないではないか! むしろ、ただの変態だ……!)


 そう、それが有効なのは対サーヤにおいてのみ。

 というか、サーヤが女だということは大体みんな知ってるので、それすらも無意味。

 つまり、ジェットの修行は完全に無駄だったのだ。


「ぐ……いかん……ここでオレが倒れれば、誰が……あの四天王からこの帝都の平和を守るというのだ……!」


 彼以外にも冒険者は結構いるので、特に心配の必要は無い。

 だがそこに現れたのは、そういった冒険者ではなく――風の異変に気づいた、サーヤとティタニアであった。


「シルフィード、あんたっ!」


「あれぇ、ティタニアじゃん。ってことは、そこにいるのがサーヤってやつ?」


「その通り、わたしがサーヤです!」


「きししっ、なーんだ、子供じゃーん!」


「あなただってわたしと同じぐらいじゃないですか!」


「あちしはドワーフだから、これでオトナなんだよね。まあ、あちしはドワーフを越えたドワーフ。つまりもうドワーフじゃないんだし、何より――年齢なんてどーでもいい。ねえ、あんた強いんでしょ?」


「それなりには、やれるつもりです」


「じゃあ、あちしともいい勝負してくれるかもねェッ!」


 シルフィードは目を見開き、狂気すら感じさせる笑顔でサーヤに迫った。

 四天王とサーヤの、苛烈な戦いが幕を開ける――!




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