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036 LostTntn

 



 ズガガガガガガッ! ドゴッ! ドゴォッ!


 ここは勇者一行が宿泊する宿。


 ドドドドォッ! ズドォンッ! ズギャアァッ!


 フレイグは自室で椅子に腰掛け、顎に手を当てて、神妙な表情を浮かべていた。

 いつになく真剣なその様子に、部屋の空気は張り詰めている。


 ドゴゴゴゴゴッ! ゴオォッ! ウヒィンッ! ヒギャアァァッ!


 その原因は――言うまでもない、近くの部屋から聞こえてくる、そのすさまじい音だった。

 音源は、マギカの部屋である。

 マギカとファーニュは、サーヤを追って帝都を出た。

 その後、神鎧とやらと交戦し、四天王イフリートとティタニアを連れて街に戻ってきたあと、こことは別の宿で一晩を過ごしたのだが――


 ズギュウウゥゥゥウンッ! ガガガガガッ! ガゴンッ! ガゴンッ!


 フレイグやシーファと顔をあわせることもなく、部屋に閉じこもってしまったのだ。

 そして、この“音”が鳴り始めた。

 彼女たちが街に戻ってきてからおよそ三日が経った。

 その間、一度だって音は鳴り止むことはなかった。


「う……うぉぉおおおおおおおおっ!」


 フレイグはふいに立ち上がり、両拳を握って叫びだした。

 正面に座り、なぜか(・・・)顔を赤くしてうつむいていたシーファは、びくっと肩を震わせる。


「俺は! 俺は猛烈に感動しているぞ!」


「え、何で……?」


「神鎧ヴォーダ。新たなる魔王の尖兵、人類とモンスター、両者にとって脅威となる上位存在との戦いの中で、マギカとファーニュは己の未熟さを知ったのだ! 自分たちはあまりに矮小で無力だ。しかし、だからと言って戦いの宿命から逃れることはできない! 勇者とともに戦う仲間として選ばれた以上、いずれは再びあの神鎧と戦わねばならない! そう、あの二人は自らの力を磨くため、三日三晩に及ぶ激しい修行を敢行したのだ!」


「いや、それは違うんじゃないかな……」


「ならばシーファ、このあまりに激しい音をどう説明する? 三日三晩、二人して隣の部屋ではしゃぎまわってるとでも言うのか!?」


「割とそれが近いかもしれない……」


「いいやそんなはずはない! そもそも、山を丸ごと吹き飛ばすような化物と戦った直後だぞ? 普通ならトラウマになってしばらくふさぎ込んでいる所だ。はしゃぐとしても、それは今ではない!」


「フレイグが正論言ってる……」


「つまり、やはりあれは修行だ! 普通に考えて、ただはしゃいでいるだけで、あんな近未来の建築現場のような音がするわけがない!」


「本当にそうだよね……うん、僕もそう思う……頭では理解してるんだけど、どうやったらあんな音になるんだろうね?」


 そう、シーファはわかっていた。

 隣の部屋で、マギカとファーニュが何をしているのかを。

 しかし理解していてもなお、その激しさは想像を絶していたのだ。


 キィェエエエエエェェェエッ! ギャオォオオンッ! ズドドドドドドォンッ! ゴガッ! ゴギャアァァァッ!


(あれは声なの? それとも音なの? 本当に人間が為せる業なの……?)


 シーファの抱く少女らしい幻想が砕かれていく。

 ある意味で、何もわかっていないフレイグの方が幸せなのかもしれない。


「俺たちもうかうかしていられないな。よしシーファ、パトロールに行くぞ! 俺たちの手で、この帝都の平和を守るんだ!」


「僕も一緒に?」


「当然だろう。シーファは俺の相棒だ、隣に居てくれないと困る」


「……ふふっ、わかった。どこへでもついていくよ、フレイグ」


 ちょうどこの部屋から脱出したかった所だったので、シーファにとって願っても居ない提案だった。

 二人はズガガガガッ! と揺れる部屋から出て、帝都へと繰り出す。




 ◇◇◇




 フレイグはアホだ。

 しかし、全く何も考えていないわけではない。


「昨日、俺はキャニスターに呼び出されてな」


 シーファと並んで歩く彼は、何気なく口を開いた。

 パトロールと言っても、四天王が味方に付いた今、帝都は平和そのもの。

 実質的にこれはデートのようなものだが、そう思っているのはシーファだけである。


「『四天王のイフリートとティタニアを倒したのは、サーヤという少女らしいな。ならお前は何をしてきたんだ?』と割と本気のトーンで聞かれたんだ」


「……まあ、そうなるよね」


「だから俺は言ってやったんだ。『俺が夢の中であの二人を倒した。そしてサーヤという少女が現実であの二人を倒した。そういうことです』とな。そしたらキャニスターの奴、急に怒り出してな」


「まあ……そうなるよね」


「その時の言葉を聞いていてふと思ったんだ。いや、ひょっとすると以前から気づいていたのかもしれないが……もしかして俺たちは、四天王と戦ってないんじゃないのか? とな」


「……フレイグ?」


「そもそも俺は本当に勇者だったんだろうか。冷静に考えてみれば、エクスカリバーを抜いた時だってそうだった」


「え、あの、フレイグ、どうしちゃったの?」


「勇者が伝説の剣を抜く時というのは、もっとスムーズに抜いていたはずだ。だが俺は違った。かれこれ10分ほど格闘して、全ての力を使い果たして、ようやく引っこ抜くことができた。しかしあの時、エクスカリバーには岩が付着していた。そう、俺は回りの地面ごと引き抜いたにすぎない。つまり――俺は、勇者なんかじゃ、無かったんじゃないか、とな」


「フレイグー!?」


「どうしたシーファ、そんなに焦って」


「だ、だってフレイグが急に理性的なことを言い出すから!」


「ははは、まるで普段の俺が理性的じゃないみたいな言い方だな」


(そう……だけど、そうとは言いにくい……!)


「エクスカリバーも折れたからな。あるいは、あれは伝説の剣などでは無かったのかもしれない」


「あの……フレイグ、何かおかしいよ?」


「はは……いやな、昨日、しこたま怒られたんだがな」


「フレイグ、一人で行ったもんね。僕も連れてってくれればよかったのに」


「嫌な予感がしたからな、お前は巻き込まない方がいいと思った」


「そっか……」


「それで、実を言うと、割と落ち込んでいる」


「フレイグが落ち込んでるのを見るの、初めてかも」


「俺も初めての経験だ。人間というのは、あんなに多種多様な言葉で相手を罵倒できるものなんだな……」


 遠い目で空を見上げるフレイグ。

 キャニスターはドSである。

 罵倒の言葉のバリエーションに限れば、この世界で右に出るものは居ないだろう。

 もっとも、本人もそれを理解しているので、普段は抑え気味なのだが――彼自身も、四天王の来訪など様々な出来事が重なったので、疲弊していたのだろう。


「……だが、俺は勇者だ。役立たずと言われようとも、勇者は勇者だ。世界の平和を守る義務がある!」


「それで、パトロールをしようなんて言い出したんだ」


「モンスターだけではない。帝都で暗躍する組織も存在するという話だからな。このエクスカリバー・シャイニングシェイドの力を使って、必ずや闇を払ってみせる!」


「ふふっ」


「何だ、急に笑ったりして」


「落ち込んでもすぐに元に戻るあたりがフレイグらしいな、と思って。ほんと、変わんないよねフレイグは」


「ふ、お前だって変わらないだろ、シーファ」


「そうかな、実は割と変わってるかもよ?」


「何だ、身長でも伸びたのか?」


「んーん、そうじゃないんだけど。でも、変わらないって安心するよね……本当はさ、フレイグが勇者になったから故郷には戻らないって言い出した時、不安でしょうがなかったんだ」


「それでよく付いてきてくれたな」


「フレイグを一人にする方が不安だったから」


「逆だろう。俺としてはシーファが一人の方が不安だ」


「えー、フレイグの方が不安だよぉ」


「いーやお前だな」


「フレイグだってば!」


「……ふっ」


「ふふふっ。本当に、付いてきてよかったと思う」


「俺も、お前に付いてきてもらって助かっている」


「お、フレイグが素直にお礼を言った。らしくなーい」


「茶化すなって」


「へへへっ、ごめん。でも、こうして場所が変わっても、変わらずにいられることは幸せだよ。そういやフレイグは、故郷に戻りたいと思ったことは無いの?」


「親には手紙を送っている。あっちも『頑張れ』と応援してくれている」


「そっか。うちの親はめっちゃ心配してる」


「だろうな。シーファの親も、長男ならもう少し信頼してもいいと思うんだがな」


「あはは……そう、だね。だけどやっぱ、たまには顔を見せた方がいいと思うよ。なんだかんだ言って、フレイグの親御さんも心配してるんじゃないかな」


「そうだな……戦いが一段落したら戻るつもりではある。そのためにはやはり、俺の中に宿る光の力によって、残る二人の四天王を浄化せねばならないな!」


 道のど真ん中で、かっこいいポーズを決めるフレイグ。


「一人も浄化できてないくせによく言うよねー」


 彼がティタニア、ニーズヘッグ、ファフニールの一行と鉢合わせたのは、ちょうどそのタイミングだった。


「四天王――人の魂を蝕む深遠なる毒の使い手、ティタニア・マッドネス!」


「ただのティタニアだし」


「すいません、フレイグったらいつもこんな調子で」


「別にいいケド、最近会うのが変な奴らばっかだからもう慣れたって言うか」


「本当に変なやつが多い」


「困ったもんだよな!」


「あんたらも含まれてるからね?」


 ニーズヘッグとファフニールをにらみつけるティタニア。

 しかし当のドラゴンたちは、『またまたそんなぁ』と自覚していない様子である。


「それにしても、なーんか変なカンジ。勇者との初対面が、戦場じゃなくてこんな街のど真ん中なんてさ」


「初対面ではない。夢の中で幾度となく激闘を繰り広げたはずだ!」


「それあんただけだから」


「……それもそうだな」


 落ち込んでいるせいか、あっさり引き下がるフレイグ。


「ところで貴様らは何をしている。抱きかかえたその赤い薔薇――まさかそれは!」


「サーヤに渡すお見舞い品だケド」


「ハートフル!」


「平和すぎてフレイグが突っ込みに回ってる……!」


「つまり、そちらのドラゴンが持っている袋の中身もそういうことか」


「私はお守り。本当はりにょうざ」


「こっちは肉だ。やっぱり肉を食うと元気が出るからな!」


「お前たち……本当に、サーヤの味方になったんだな」


「そ、人間じゃなくてサーヤ個人の味方ね」


「あいつつえーからなぁ」


「ご主人様は魔性の女」


「闇に染まりきったモンスターたちを従えてしまうとは、俺に比類するほどの“光”の使い手が存在するとはな……」


「比類っていうか、サーヤの方が遥かに上だと思うんだけどー」


「……」


「あ、その辺たぶんフレイグもわかってるんで、あんまり言わないであげてください……」


「めんどくさ……つかあんたらも相当呑気だよね。二人でこんな所ほっつき歩いて、デートでしょ?」


 少なくともティタニアから見た限りでは、シーファは女だ。

 それもかなりかわいい。

 だからそういう発想になる。


「ふ、何を言っているティタニア・マッドネス」


「勝手に名前を捏造すんな!」


「シーファは男だ、なぜ二人で出かけてデートになる」


「いや女でしょ」


「何を根拠に女だと言っているんだ」


「見た目で」


「見た目で? そんなわけがない、シーファはどこからどう見ても――」


 改めて、シーファを観察するフレイグ。

 二人はいつも一緒にいるが、同性と思い込んでいる相手を、まじまじと見つめる機会というのは意外と無いものだ。


 想い人の視線を受けて赤らむ頬。

 自分とは違う方向性で大人びた顔つき。

 引き締まった手足や指も、“男性的”とは言い難い。


 総じてフレイグから見たシーファは――


「男だな」


 やはり、男だった。

 今までそう思い込んできた先入観を変えるのは容易ではないということだ。


「あんた、シーファ……だったっけ?」


「はい、そうです」


「それでいいワケ?」


「一緒に居るだけで楽しいので……」


「健気な子だな!」


「報われない幼馴染系ヒロイン。ぽっと出のヒロインに奪われそう」


「微妙に生々しい例えはやめろっての! というかあんたら、幼馴染なの?」


「そうだな、生まれた時から一緒だ」


「じゃあ、お互いの裸も見たことあるんじゃない?」


「子供の頃だが、あるな」


「なら男女の体の違いぐらいわかると思うんですケド!?」


「あ、あの、ティタニアさん、もういいんで……ほんと、僕は現状で満足してるんで!」


「そんなワケないし! つか、このまま行くと本当にぽっと出のヒロインに奪われそうで不憫じゃん!」


「そんなことは。僕とフレイグはいつも一緒なので……」


「幼馴染特有の油断」


「ウチらが肩入れする必要性は無いケド、同じ女としてさすがにこれは見逃せないっていうか……勇者フレイグ、この子の裸を見たんだよね?」


「確かに、あの頃のシーファには付いていなかった。だがそれは、俺の故郷に伝わる特有の病によるものだ」


「病?」


「あ、ほんともういいからっ! フレイグ、ストップ! ストーっプ!」


「ああ――『ちんちんないない病』だ」


「ちんちん……ないない病……?」


 固まるティタニア。

 ついでに静止するファフニールとニーズヘッグの時間。

 シーファは赤面し、フレイグ一人だけいつものように無駄に胸を張っている。


『何だよシーファ、お前付いてないじゃん!』


『えっ!? う、うん、そうだね。これは……その……ちんちんないない病だよ!』


『へえー、そんなのあるんだな! ちんちんが無いなんて大変だな!』


『うん、大変だねー! あはははははっ』


『ははははははっ!』


 それは子供の頃、川で水浴びをしていた頃にとっさについた、何気ない嘘。

 そう、フレイグは今もなお、そんなシーファの言葉を信じ続けていたのである――


「んなわけあるかああぁああああいっ!」


 ティタニアは思わず、キャラも忘れて叫んだ。




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