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028 ようこそ変態空間へ!

 



「ふむふむ、なるほど……事情はわかったわ……」


 宿屋にて、マギカから話を聞き、セレナは頷いた。

 マギカの隣にはファーニュがひっついており、その後ろにはティタニアとイフリート、ノーヴァもいる。

 宿の食堂はそれなりに広いはずなのだが、イフリートのせいでやけに狭く感じられた。

 ちなみにサーヤは部屋に寝かされており、ニーズヘッグとファフニールがついている。


「……で、四天王さんたちは、うちに泊まりたいと?」


「ここにいたらサーヤと一緒にいられるんだよねー? なら一択っしょ」


「理解のある人間の近くにいたほうが都合がいいだろう。もちろん、宿賃は働いて払うつもりだ。力仕事には自信があるからな!」


「オレは場所は取らないゾ! 部屋の隅っこにでもひっついて寝るだけだからナ!」


「悪い人たちじゃないと思うわ……たぶん」


 不安げに、そして申し訳なさそうに言うマギカ。

 そんなマギカの腕にやたら胸を押し付けるファーニュ。

 別にマギカが四天王たちをここに連れてきたわけではない。

 主にサーヤと一緒にいたいと望んだティタニアの意思である。


「私は悩んでいた。近頃はファフニールやニーズヘッグのキャラの濃さに押されて、あまり存在感が示せていない。そこに明らかにキャラの立った四天王が追加されたら、もっと出番が無くなってしまう。サーヤちゃんとのおねロリ枠すら厳しくなってしまうかもしれない。それだけは避けなければならない――追い詰められた私はついに今夜、サーヤちゃんに夜這いをかけることを決意したのだ……おふっ!?」


 モノローグを捏造するレトリーの腹に、セレナの拳がめり込む。

 ちなみに割と軽めのパンチなので、レトリーのリアクションは明らかにオーバーである。


「私の脳内を捏造するなっつってんでしょ!」


「でも実際のところ、“ギルドの受付嬢”だけじゃ今後、キャラが弱くありません?」


「私はただの一般人なんだから、キャラの強さとか必要無いから! ねえお父さん、お母さん、どうするの? 私が話を聞いてるけど、決めるのは店主である二人だよ?」


 セレナがなぜか隅っこの方で話を聞く両親に訪ねた。

 彼らはいつもどおりニコニコと、『娘に友達が増えて嬉しいなあ』などと思っていそうな笑顔を浮かべている。


「いいんじゃないか、別に」


「そうねえ、にぎやかなのはいいことだわ」


「軽っ!? 軽いよ二人とも、四天王だよ? 悪の軍団の割と中枢だよ!? そんな人らが宿に泊まっちゃっていいの!?」


「宣伝効果で客も増えるかもしれんからな」


「いや減るから! どう考えても減るから!」


「イフリートさん、あのベッドで眠れるかしら……」


「心配するところそこ!?」


「安心するがいい御婦人、このように――30センチほどのサイズに縮むこどもできるからな!」


「マスコットキャラみたいになっちゃったよ……」


「なにそれめっちゃかわいいんですケドー! あんたそんな特技あったワケ!?」


「このサイズならノーヴァさんとの交尾も可能ですね!」


「レトリー、あんたどこまで腐ってんの……」


 さすがのセレナもドン引きである。

 当のレトリーはまったく気にしていなかったが。


「レトリー……? 今、レトリーと言ったか!?」


 ぼふんっ、と元の姿に戻り、声を荒らげるイフリート。

 そのあまりの真剣さに、問い詰められたセレナは体を震わせる。


「は、はい、言いましたけど……何か問題でも?」


「お……おぉ、何ということだ……想像すらしていなかった。だが考えてみればそうだ、あれは帝都で販売されているもの。つまり! こうしてレトリー先生御本人に会う機会もあるということか!」


「なんなの……?」


「何でしょうね……?」


 レトリー本人にもわかっていない様子。

 二人は首を傾げる。


 一方その頃、この後に控えた『三日三晩寝ずにオールナイト』を想像し興奮したファーニュが、半ば強引にマギカの唇を奪いテーブルに押し付けていたが、みなイフリートに集中しているので気づいていなかった。


「うおぉぉおおおおお! オレ様は今、猛烈に感動しているうぅぅうううううっ!」


「うわ、あっつぅ……ウチそのノリ苦手だわ」


「暑苦しい……じゃなくて本当に熱いじゃないっ! 燃えるっ、お店が燃えちゃうーっ!」


「イフリートさん、落ち着いてください! 私はちゃんとここにいますから! えと、“先生”呼びってことは、もしかして私の漫画をご存知なんですか?」


「もちろんだっ! 『帝都トキメキ鮮血学園』! あれほどまでにオレ様の胸を熱く燃やした本は他に無い! オレ様の人生そのものと言ってもいい!」


「400年生きてて出会ったのは数年前だけどナ!」


「細かいことはいいのだノーヴァ! それほどまでに、オレ様の人生に大きな影響を与えた漫画を、もはや“神話”と呼ぶべきあの作品を、このゴッドハンドで描かれた張本人が、今、まさに、ここに存在している! なんという奇跡だ! これだけで帝都に来た甲斐があったァ!」


 イフリートは目に涙まで浮かべている。

 それほどまでに、レトリーの漫画に感動しているらしい。


「ねえレトリー、あんたの漫画って……いわゆるBLってやつじゃないの?」


「そういうの以外もありますよ。『帝都トキメキ鮮血学園』はトキメキを武器に血みどろになって戦う男同士の友情を描いた大人気作です!」


「よくわかんない世界だわ……」


 セレナにはわからずとも、イフリートには突き刺さったのだ。


「レトリー先生! よろしければ、オレ様にサインをくれないか!」


「いいですよ。何だったら、お二人を主人公に漫画を書いてみましょうか?」


「オレ様と……ノーヴァを主人公に……レトリー先生が……漫画を……!」


「締切があるのでそんなにページ数は割けないですけど……ってあれ、イフリートさん?」


 レトリーが見上げると、イフリートは白目を剥いていた。


「おイ、イフリート! まさか感動しすぎて気絶しちまったノカ!?」


「そこまでのファンだったんだ……」


「ど、どうしましょうか……これ」


 さすがのレトリーもこれには困惑である。

 熱狂的なファンは帝都にも存在するが、気絶されるのはこれが初めてだ。


「放っておけばいいんじゃなーい? つーかさ、結局ウチら、ここに泊まっていいワケ?」


 若干置いてけぼりなティタニアは、呆れ気味にそう言った。

 一方その頃、部屋の隅っこに連れて行かれたマギカは順調に服を脱がされていたが、


「落ち着きなさいファーニュむぐっ!? はぷ……っ、まだ! まだらかっ、らぁっ! 宿に戻ったら好きならけっ、ひていいから!」


「ふー! ふー! ふー!」


 誰もそれには気づいていなかった。




 ◇◇◇




 宿泊の許可を取ると、ティタニアは早速サーヤの部屋へと向かった。


「……何やってんの、あんたら」


 入室した彼女がそこで見たものは、サーヤに全裸で添い寝するドラゴン二人の姿であった。


「ティタニア様なら知っていると思っていた」


「何を?」


「強い魔力を持ったドラゴンは、肌越しに相手に魔力を与えることができる」


「へえ……そうなんだ」


「その魔力のおかげで、サーヤが少しでも早く目を覚ませばいいと思ってな。まあ、適当に今考えただけなんだが」


「嘘じゃん! あんたら絶対に全裸で添い寝したかっただけじゃん!」


「そうですけど、何か問題でも?」


「開き直ったし……つかニーズヘッグ、あんたウチの部下だよね」


「私もティタニア様も組織を抜けた」


「今はもう上下関係なんて無い、と」


「むしろライバルと言ってもいい。ご主人様は私のもの。ティタニア様には渡さない」


 布団の下で、サーヤにぎゅっと足を絡めるニーズヘッグ。

 そこまで大胆な行動に出られないティタニアは、唇を噛んだ。


「そう。あんたたちがウチやイフリートから離れてサーヤに付いていったのはそういうことなんだ。まあ――渡さないなら、奪うだけだし」


「私を傷つければ、ご主人様も傷つく。ご主人様の優しさを知っているなら、ティタニア様も理解できるはず」


「くっ……でもね、ウチにはどんな手段を使ってでもサーヤを自分のものにしなくちゃならない理由があるワケよ」


「くくく……どんな手段でもと言いながら、全裸で添い寝も出来ない」


「はぁ? なれますけど? 全裸とか余裕なんですけどー!?」


 ニーズヘッグに煽られて、ティタニアはその場で服を脱ぎだす。


「これでどうよ!」


「思い切りよく脱いだな」


「別に脱ぐ必要は無かった」


「あんたらがやれって言ったのよお!」


「言ってないよな」


「言ってない」


「この不良ドラゴンどもめぇ……!」


 ひょっとすると、ファフニールとニーズヘッグには、ティタニアが上司だった頃にちょっとした恨みがあったのかもしれない。


「もっとも、脱いだ所で添い寝するスペースが無い」


「そうだな、両側はあたしらで埋まってる」


「退けっつーの。さんざん寝たんだからもうウチに変わっていいと思うんだけど?」


「嫌だ。ご主人様の隣は私のもの」


「うぅ……」


「それに、私たちの絆は添い寝だけじゃない。こんなこともできる」


 そう言って、ニーズヘッグはサーヤと唇を重ねる。


「なっ……!?」


「ならあたしもやっとくか」


 続けて、ファフニールも軽く口づけた。


「あんたたちっ、寝てる小さい女の子相手に何やってんのよ! 犯罪よ、犯罪!」


「人類を滅ぼそうとしたヤツから出るセリフじゃねぇな」


「全くその通り」


「これとそれとは別よ!」


「問題無い。起きている時も普通にキスしている」


「そ、そんなわけないし! サーヤみたいな女の子が、あんたらみたいなふしだらな竜とキスなんてするわけないんですケド!」


「してるよな?」


「うん、してる」


 あくまで挨拶だが。


「そんなに悔しいなら、ティタニア様もしてみればいい」


「は……? はあぁ……!? できるわけないし! キスよ、キス!」


「ティタニア様って何歳なんだ?」


「もう三百年以上は生きてるケド……」


「それで、キスもしたことないのか?」


「ミレニアム処女……」


「不名誉な称号をつけるのはやめて! あんたらも知ってるでしょ、ウチが誰とも触れ合えないってこと! そりゃキスだってしたことないっつーの!」


「だからご主人様に期待していると」


「……そうよ」


「十歳の女の子に迫る三百歳の処女……」


「やべえ絵面だな。あたしらよりよっぽど犯罪だぞ」


「う、う……うるさあぁぁぁぁぁああいっ!」


 ティタニアの耳をつんざくような叫び声が宿に響き渡る。

 目下であるはずのドラゴンたちに翻弄されているという事実が、さらに彼女の怒りを増幅させていた。


「もういいし。こうなったら、キスしてやる。ウチのファーストキス、この場でサーヤに捧げてやろうじゃん!」


 そう言って、全裸でサーヤに近づくティタニア。

 危険を察知し、そっと逃げるドラゴン二人。


「サーヤ……」


 そして四つん這いになり、眠るサーヤに馬乗りになる。


「サーヤ……!」


 顔を近づけ、唇を寄せる。


「サーヤぁ……!」


 ゼロ距離になるまで、あと数センチ――と言ったところで、バタンと扉が開いた。


「うるさいわねえ、何をやって……うわ」


 セレナが見たものは、サーヤに四つん這いになるティタニアのお尻。

 振り向くティタニア。

 絶句するセレナ。

 二人の視線がばっちりと合う。


「……ゴ、ゴメンナサイ、ワタシ、ナニモミテナイデス」


 逃げようとするセレナ。

 何故か彼女をがっちりと捕まえるニーズヘッグとファフニール。


「いやっ、待って! こんな変態空間に私を巻き込まないで! 私は普通なの! ノーマルなのぉおおー!」


 そして、セレナは部屋の中に引き込まれた。

 その後、何があったのかは誰も語ろうとしないが、ティタニアは顔を赤くして口をつぐみ、セレナは放心状態となり、ファフニールとニーズヘッグはツヤツヤしていたという。




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