027 レトリーは皇帝陛下のBL本を発行して怒られたことがあるそうです
戦いが終わり、意識を失ったサーヤはティタニアに抱えられ、帝都に戻った。
しかし、足と尻尾を仕舞えば人間と見た目が変わらないティタニアはともかく、イフリートとノーヴァは外見からして完全にモンスターである。
ファフニールとニーズヘッグが普通に行動している以上、あんまり気にする必要も無い気がするが、常識的な彼らは帝都に帰る前に作戦を練ることにした。
「まずあんたら、三人とも帝都に住むつもりなの?」
マギカが尋ねると、まずティタニアが即答する。
「もちろん。じゃないとサーヤと一緒にいられないし」
「……なんで一緒にいたいわけ?」
「毒のあるウチでも触れるから。放したくない」
「わかりますぅ」
「あんたはわかるな!」
ファーニュに突っ込むマギカ。
このあと、三日三晩なぶられるかと思うと気が気ではなかった。
「もちろん人間に紛れる以上は、不用意に殺さないように気をつけるつもりだケド。じゃなきゃ、サーヤが悲しむしー」
「マギカさん、ティタニア様は大丈夫だと思いますよぉ? サーヤさんがいる限りはぁ、危ないことは無いと思いますぅ」
「まあ、それもそうね。じゃあ問題はあんたよ、イフリート」
「オレ様としては別に帝都に住む必要は無いのだがな」
「でも家がねーゼ!」
「そういうことだ。寝床ぐらいはオレ様もほしい」
「じゃあ帝都の外に家でも作って住めばいいじゃないの」
「寂しいな」
「オレがいるゾ、イフリート!」
「そうだったな、ノーヴァがいれば寂しくはない! ガハハハハハッ!」
「ギャハハハハハッ! でも正直に言うとオレもちょっぴり寂しいゾ!」
「ガハハハハッ! そうだろう、そうだろう!」
「なんなのこいつら……」
「面倒くさいっしょ?」
「……という冗談はさておき。帝都の近くで暮らすにしても、オレ様が自由に動き回ったら討伐依頼を出されかねん。ならば、きっちりと帝国に話を通して衣食住の安定を確保したいところだな」
「テートのメシはうまいって聞いたことがあるからナ! オレも楽しみにしてたんだゾ!」
「頭がいいんだか悪いんだか……」
「イフリート様は、ティタニア様に次いで頭脳派として売ってますからねぇ」
「ねえイフリートさー、帝国に話を通すってことは、皇帝とやらに会いにいくワケだよね。じゃあウチも一緒に行っていい?」
「ティタニア、お前はその姿なら溶け込めるだろう」
「こういうのは後でバレると面倒なんだっつーの」
「そうね……あの神鎧ってやつの件も含めて、まずはグランマーニュ陛下に報告するべきかな」
「いきなりお二人を連れて行ったらぁ、お城は混乱しちゃいそうですねぇ?」
「……そこは、まあ、陛下に頑張ってもらいましょう」
こうして先にマギカとファーニュは帝都に入り、『四天王が二人ほど皇帝陛下に会いたいそうです』と謁見許可を貰いに行くのだが――
もちろん、帝国城が大混乱に包まれるのは当然の流れであった。
◇◇◇
それから二時間後、謁見の間にて、四天王イフリート、ティタニアと皇帝グランマーニュが対峙した。
もちろんノーヴァも、イフリートの肩にとまってその場に同席している。
「うーむ……」
玉座に腰掛け、頭を抱える初老の男性。
髪は白髪交じりで、顎に髭を生やし、目尻などにはしわがあり、年相応の顔つきをしている。
しかし、その瞳に宿る意思の強さや、筋肉質な体つきには、先頭に立って軍を率いていた頃の名残が残っている。
そんな彼ですら、この状況には頭を抱えるしかなかった。
グランマーニュの傍らに立つ男性――彼の親友であり、参謀でもあるキャニスターは、そんな彼の耳元に口を寄せて言った。
「愉快な状況だな」
「楽しんでるな、キャニスター……!」
「こういう緊張感のある空間は好みだからな」
「俺が困ってる姿を見られるからか?」
「よくわかってるじゃないか。まあ、頑張れ」
「参謀ならアドバイスぐらいしろ!」
「……現存する戦力全てをつぎ込んでも、あの二人に勝てる見込みは無い。条件を全て呑め、それだけだ」
「実質的な敗北宣言ではないか。それでいいのか参謀」
「帝国の被害を最低限に抑えるのが私の仕事だからな」
キャニスターは眼鏡をくいっと持ち上げ、グランマーニュから離れた。
グランマーニュは「くっ」と苦しそうに呻くと、意を決してイフリート、ティタニアの二名と向き合う。
ティタニアは自分がモンスターであるということを明示するためか、足と尻尾をむき出しの状態にしていた。
「初にお目にかかる。私がこのラングラン帝国の皇帝、グランマーニュである」
「ティタニアでーす」
「ガハハハ! オレ様はイフリートだ」
「そしてオレがノーヴァだゼ!」
(ノリが軽いな!)
いっそ威圧的に自己紹介してくれた方が、グランマーニュ的には楽だったかもしれない。
「勇者の仲間であるマギカとファーニュに連れられてここに来たそうだな。目的は何だ?」
「ウチら帝都に住みたいんだけど、一応あんたに話を通しておいた方がいいと思ったの」
「帝都に、住みたいだと!?」
予想外の提案に、グランマーニュは思わずキャニスターのほうを見た。
助言を求めているのだ。
だが彼は愉しそうににやにや笑うばかりでアドバイスしようとしない。
(こいつ参謀のくせに役に立たんな!)
もっとも、キャニスターがこうして遊ぶのは、すでに勝利が確定している時か、あるいは自分が介入しても無駄だと悟っている時のみだが。
「オレ様たちは、魔王様から切り捨てられた」
「たぶん、あの神鎧ってヤツと戦っちまったからだろうナ!」
「報告は受けている。白金剛で作られた巨大な人形だと。四天王ですら歯が立たず、それを謎の少女が倒すとはな……」
グランマーニュは、もうその時点で頭を抱えたい気分だったのだ。
ただでさえ、魔王軍の侵攻で人類は世界の支配権を失いつつある。
すでに半分以上の土地はモンスターに占領されており、帝都が包囲されるのも時間の問題だ。
しかもその状況も、魔王軍が手加減したからこそ生まれたものだ。
四天王が本気を出して、四人全員同時に動いたら。
魔王本人が手を下したら。
とっくに、帝国は――いや、人類は滅びているはずだ。
(そういう意味では、これは光明になりうるのか……)
イフリートとティタニアから敵意は感じられない。
キャニスターが『要求を全て呑め』と言ったのも、それがわかっていたからだろう。
「一応、確認しておくが――もし帝都に住むことが許可された場合、人間に手を出さないことを誓えるか?」
「サーヤと一緒にいられなくなるようなことはウチはしたくない。ただし、向こうから手を出してきたらウチらも戦うけど、それはいいんだよね?」
「自己防衛まで禁じるつもりはない」
「オレ様たちが人間と戦っていたのは、魔王“軍”として戦争に参加していたからだ。軍を抜けるということは、戦争からも離脱するということ。オレ様も、必要以上に命を奪うことはないと誓おう」
「イフリートが誓うならオレも同じダ!」
「そうか……」
思ったよりも物分りがいいな――と、逆にグランマーニュは彼らを疑わしく思う。
というより、急に帝都に住みたいというモンスターが現れて、信用する人間などいない。
(しかし、この二人は勇者の仲間であるマギカとファーニュが連れてきた。特にマギカは聡明な女性だ、帝国への害意を見抜けないとは思えない。前向きに考えろ、俺。この二人の存在は抑止力にもなりうる。あるいは、悪化しつつある帝都の治安維持にも役立つかもしれん)
どうせ断れないのなら、利用できるだけ利用する。
その方向で、グランマーニュの意思は固まった。
「よかろう、ならば許可しよう。だが、常の軍の監視が付くことだけは了承してくれ。でなければ、民に示しがつかないからな」
「物分りがいいおーさまで助かったぁ。監視ぐらい好きにしていいよ、見られてこまることなんてないしー」
「うむ、むしろ見てもらいたいな。オレ様のこの全身にたぎるパッションを!」
「ギャハハハハッ! 今日もイカしてるぞイフリート!」
実に個性的に騒ぐ面々。
それを見て、再びグランマーニュは頭を抱える。
「……本当に大丈夫なのか、これ」
「頑張れ」
ぽん、と肩に手を置くキャニスター。
「他人事のように言うな!」
「それは私の仕事ではない」
「お前の仕事だよ!」
「私の仕事は、お前が右往左往しているのを見て愉しむことだ」
「キャニスター、お前というやつはぁ!」
「ははははっ! 今日も愉快だなぁ、皇帝陛下は!」
「陛下と呼ぶなら敬えい!」
掴みかかろうとするグランマーニュと、それを軽く避けるキャニスター。
ティタニアたちはその様子をじっと観察している。
「あんなノが皇帝で大丈夫なのカ?」
「ガハハハハ! 愉快な連中ではないか!」
「話の通じない堅物よりはマシだけどー……思ったよりアホなんだね、皇帝って」
要するに、どっちもどっちであった。




