表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/71

025 最近は死亡フラグを立てると生き残るキャラの方が多い

 



 先ほどまで戦っていた神鎧は、意思無き無機物だと、サーヤは断言できた。

 ならば目の前にいる、このイフリートよりも大きいぐらいの白い鎧は、一体何者なのか。


(中の人……というやつでしょうか)


 意味はよくわからないが、師匠がそんな言葉を使っていたのを聞いたことがあった。

 もっとも、人と呼ぶにはいささか機械的すぎる相手ではあったが。


『カミノシトナラバ、オマエモヤクメヲハタセ』


 振るわれる拳の威力は、あの巨体とは比べ物にならない。

 サーヤが必死でガードしてもなお、それを貫通して彼女の意識を揺さぶり、体を吹き飛ばした。


「くっ……わたしの役目は、お師匠さまの試練を乗り越えることです!」


『オシショウ? ナンダソレハ』


「お師匠さまはお師匠さまですよっ! 正拳エクスカリバーッ!」


 ズドォンッ!


 拳から放たれる光の帯が、敵を飲み込む。


『ヨワイナ』


 しかし相手はその中を突っ切って、無傷でサーヤに肉薄した。

 確かに先ほどまでの神鎧も、エクスカリバーを連発してはじめてダメージを与えられた。

 だが、明らかに“無力”の度合いが違う。


(防壁が……体が小さくなった分、凝縮されてるってことですか!?)


『チレ』


「ぐっ、うああぁぁああっ!」


 アッパーカットにより上空まで打ち上げられるサーヤの小さな体。

 敵はすぐさま跳躍して吹き飛ばされる彼女を追い越し、上からハンマーのように束ねた両手を叩きつけた。

 サーヤの体がのけぞり、「か、はっ」と空気が肺から絞り出される。

 そして、今度は地上に向けて猛スピードで落下していく。

 さらに、地面に衝突する前に次の一撃を加える。

 しかし、相手は先ほどの攻撃の場所から動いていない。


(飛び道具……いや、でも、何も見えないし、気配だって……!)


 打ち上げられたサーヤは、再び“見えない何か”の攻撃を受け、吹き飛ばされる。

 もはやガードすら出来ずに、為す術もなく、サーヤは神鎧に蹂躙されていく――




 ◇◇◇




「なによあれ……まさか、あんたたちが戦ってたっていうのはあれのこと!?」


 突如現れた“動く鎧”に、戸惑いを隠せないマギカ。

 だがそれは、イフリートやティタニアたちも同様であった。


「違うな」


「ウチらが戦ったのはもっとデカかったはずだしー。つかサーヤ、ヤバそうなんですけど!」


「オレだって助けたいケドよォ……あれにどうやって入り込むんダ? 巻き込まれたら一瞬でミンチになっちまうダロ!」


「速すぎますし……っ、ここまで衝撃が伝わってくるなんて、とてつもない力ですぅ……」


「でも行かなきゃダメっしょ……いくらサーヤが丈夫だからって、あんなの見てらんないし!」


 ティタニアは自分ではどうにもできないことを理解しながらも、サーヤを守ろうと駆け出す。


「待って!」


 それを止めたのはマギカだった。


「何? 急いでるんだケド?」


「私が行くわ」


「マギカさんっ!?」


「はっ、ウチらより弱い人間風情が何をするっての?」


「私だって魔術師と呼ばれる人間の端くれよ、あの鎧の化物が魔力を纏ってることぐらいわかるわ」


「確かに、あの巨人も見えない壁で攻撃を防いでいたな」


「おいニンゲン、それがわかったからってどうするんダヨ!」


「まさか、マギカさん……“ブルーマジック”で……」


「ええ、コピーするわ。あの防壁を」


 イフリートは炎の力、ティタニアは毒の力を操るように、マギカにも固有の“スペル”が存在する。

 それを彼女は、ブルーマジックと名付けていた。


「イフリート、あなた腕力には自信がありそうな顔してるわよね」


「まあ、控えめに言ってイケメンだからナ!」


「よせ、照れる」


「オレは事実を言っただけダゼ!」


「脱線すんなっての!」


「その是非は置いといて、自信はあるの? 無いの?」


「あるに決まっているだろう。オレ様はいわば自信の塊。言ってしまえば自信しかない。いや、むしろイフリートという名は自信を意味すると言ってもいい!」


「もう突っ込むのも面倒なんですケド……」


「ならさ、私をあの化物に向かってぶん投げてくれない?」


「無茶ですよぉ、マギカさん! いくらコピーするのに“触れる”必要があるからって、そんなのぉ!」


「一発耐えられれば、ファーニュのスペルで癒やしてくれるんでしょ?」


「即死したらどうしようもありません!」


 珍しく怒るファーニュに、マギカは嬉しそうに微笑む。

 そして彼女の頭に、ぽんと手を置いた。


「どうしてマギカさんがそこまでする必要があるんですかぁ……いつもは斜に構えてて、そんなキャラじゃないくせにぃ……!」


「私には、あれがサーヤを倒して止まるとは思えないのよ。彼女が倒れれば、次は私たちがやられる。その次は――きっと、帝都を滅ぼす。だったら、多少の無茶をしてでも、こっちから攻めるべきだわ」


「ウチもそれには賛成かな」


「防壁さえ突破できれば、オレ様の炎とティタニアの毒で、あの体に損傷を与えることができるかもしれん」


「そんであの女装嬢チャンにトドメを刺してもらうわけダナ!」


「みなさんまで賛成だなんて……こうなるとまるで、私が弱虫みたいじゃないですかぁ」


 ぷくっと頬を膨らまし、両手を握るファーニュ。

 マギカは彼女の顔を覗き込み、できるだけ優しい口調でこう諭す。


「ねえファーニュ、帝都に無事に戻れたら、デートに行こうよ」


「完全に死亡フラグですぅ……もうダメです、マギカさんはここで退場して、次の章で双子の妹が補充要員として参加して、私はその妹にマギカさんを重ねて爛れた関係になるんですぅ……!」


「妹なんていないから! てか次の章って何!?」


「というかぁ、そんなの、デートだけじゃ足りませんよぉ。今だって毎日のようにしてるじゃないですかぁ!」


「してるっけ……」


「マギカさんと一緒にお出かけしたらそれは全部デートなんですぅ!」


「旅ですらデート感覚だったの!? じゃ、じゃあ、ファーニュはどうしたいの?」


「三日三晩です」


「へ?」


「三日三晩、部屋から出しません。ベッドからも逃しません。ずっと、一緒にいてもらいますぅ」


「待ってファーニュ、それ私が死ぬわ」


「ダメなら行かせません。ここでサキュバスの能力である魅了を発動して、マギカさんを強制発情状態にさせますからぁ!」


「止め方がえげつない! う……うぅ……わかった、わ。もうファーニュの好きにしていいから! だから今は我慢して。ね?」


「わかりました……あと、死んだりしたらぁ、私ぃ、マギカさんの死体と添い遂げますからねぇ!」


「気持ちがクソ重い!」


「へー、ロマンチックじゃん」


「ティタニア、あんたねぇ……!」


 マギカは大きくため息をつき、ひとまず突っ込みを中断。

 そしてイフリートとアイコンタクトを取って、彼に持ち上げてもらった。


「レディを投げるのはオレ様の流儀には反するが……」


「私だってまさか四天王に頼んで投げられるとは思ってなかったわよ。しっかり狙ってよね、あとできれば私が瀕死の重傷を負わないような位置に投げて」


「おいニンゲン、そういうの無茶ブリって言うんだゼ!」


「ガハハハハッ! 無茶……無茶か。課されたのが無理難題であるほどに燃え上がるのが男というもの!」


「ギャハハハハッ! そうカ、そうだったナ、イフリート! 心なしカ、体の炎も火力が上がってる気がするゼ!」


「あちちちっ! 熱いっ! 本当に上がってるから!」


「おっと、すまんな人間。つい気持ちに引っ張られてしまった」


「ほんと洒落にならないから気をつけてね……」


「次があれば気をつけさせてもらおう。さて、そろそろ良さそうな位置に来た――行くぞ」


「オーケイ、思い切りやっちゃって!」


「マギカさぁん……」


「心配性なヤツ」


「当たり前ですよぉ! マギカさんは私の恋人なんですからぁ!」


「どさくさに紛れて言い切ったなあいつ……」


 顔を赤くして頬を掻くマギカ。


「3、2、1――ファイヤアァァァァァッ!」


 イフリートはそんな彼女を、助走をつけて思いっきり投擲した。

 ミサイルのように、神鎧に向かって一直線に吹き飛んでいくマギカの体。


「うひゃああぁぁぁあああああああっ!」


 覚悟は決めていたつもりだったが、いざ飛んでみると、改めて『なんてアホな作戦なんだ』と後悔する。

 全く制御のつかない状態で体が宙に浮かぶと、人は本能的に恐怖するものだ。

 あと風圧が普通に痛い。

 あまりの速度と風の抵抗により視界も不自由で、果たして本当に敵に向かって飛んでいっているのか。

 マギカにはそれすらわからなかった。




 ◇◇◇




 あまりにも一方的な暴力。

 わずかな抵抗すら許されないワンサイドゲーム。

 叩きつけられる拳と、見えない何か――全身のあらゆる部位を滅多打ちにされ、サーヤの意識はもはや風前の灯であった。


(もう……わたし……っ)


 あれから一度も、地面への着地は許可されていない。

 どこかにぶつかろうとすれば、衝突寸前に次の攻撃がやってくる。

 速度、パワー共に、相手はサーヤよりも遥かに上だ。


 もちろんサーヤは、今まで自分が最強だなどと一度も感じたことはない。

 なぜなら物心付いたときから、絶対的な強者である“師匠”の存在があったからだ。

 厳しい訓練があった。

 敗北だって経験させられた。

 だが、今の相手は、それらとは一線を画している。


『ユルサレナイ』


『キョカシナイ』


『オマエノソンザイハ』


『ワレノアンネイヲユルガスモノダ』


 この敵には――明確な“殺意”が存在する。

 しかもそれは、強く、あまりに純粋な、その役目を果たすまでは絶対に止まらない類のものだ。


(嫌です……そんなの。セレナさんや、レトリーさんや、ニーズヘッグさんや、ファフニールさんや、ギルドの人たち、せっかく、お友達もたくさんできたのに! これからも、たくさんできそうなのに!)


 怖い。

 失うのが、怖い。

 絶対的な自信を持って、自分の行為に疑いを持たず、自分を消そうとする相手が、怖い。


『アラガッテモムダダ』


『コノセカイノセイメイハ』


神の見えざる手インヴィジブル・カーストヲフセグコトハデキナイ』


 名前を知った。

 だからと言って、何だと言うのか。

 防げなければ、躱せなければ意味は無い。


 そして今にも切れそうな意識を必死につなぎとめるサーヤに、神鎧は――


『コレデ、トドメダ』


 神の見えざる手インヴィジブル・カーストではなく、自身の手刀で決着をつけようとした。

 振り上げられる腕。

 ツインアイは殺意を示す赤に光り、神臓により生成された力が体に満ちる。

 殴るのではない。

 刺し、貫く――命を終わらせるために。


『シネ』


 そして、無慈悲な刃が振り下ろされる――


「うひょぉおおおおおおおおおっ!」


 そんな神鎧の側方から衝突するマギカ。


『ナンダ?』


 神鎧はそんな彼女を、空いた左手で軽く“ぺちん”と弾き飛ばした。


「ぶぇっ」


 ただそれだけで吹き飛ばされ、地面に落下していくマギカ。


『タダノカトンボカ』


 鬱陶しそうに彼は言う。

 だがマギカは、十分に役目を果たした。

 弾き飛ばされた衝撃で、瀕死の重傷とも呼べるダメージを負っていたが、しかし――


「ふ、ふふ……“神壁アイギス”……コピー……完了……ぐふっ」


 ブルーマジックは発動した。


「マギカさぁーんっ!」


 生きてファーニュの治療を受けることが出来た。


(わたし……は……)


 そしてサーヤへのトドメを、ほんの少しではあるが、遅らせることができたのだから。




 ◇◇◇




「うーん……困ったわねぇ。まさかこんなに早く使徒が出てくるなんて。かといってここで手の内を見せるわけにもいかないものね……」


 木造の部屋で、背もたれの高い椅子に腰掛ける赤髪の女性。

 彼女は腕を組み、しきりに「うーん」とうなっていた。


「あぁー、もう! まさか火山の地下に埋まってるなんてわかんないわよぉ……まったく。かといって、私が直接手助けするわけにも……」


「……?」


 サーヤが首をかしげると、銀色の髪がふるりと揺れた。


(さっきまで戦ってたのに、どうしてわたしはここに?)


 壁際の本棚には大量の魔術書が詰め込まれ、入りきれない書物は床にまで溢れている。

 棚には怪しげな薬品がずらりと並んでおり、中には薬品漬けにされた謎の生物まであった。

 嗅ぎなれた匂い。

 懐かしい景色。

 自分の前に座る長く赤い髪の人物を見て、サーヤは目をキラキラと輝かせた。


「お師匠さまっ!」


「サーヤ、どうしてここに!?」


 その声を聞いて、師匠は大慌てで振り向いた。

 そんな彼女に、サーヤは飛びかかるように抱きつく。


「わかりませんっ、わかりませんけどお師匠さまに会えて嬉しいですーっ!」


 ぐりぐりと師匠に頬を擦り付けるサーヤ。

 一方で擦り付けられた師匠は、銀色の頭をぽんぽんと撫でながら、困惑しつつも笑みを浮かべた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ