024 シリアスよりも百合が書きたい
クレーターから脱出し、森に出たところで、三人は惜しみながらも解散しようとした。
そのとき、茂みの奥からひょっこりと女性が顔を出す。
「あっ、誰かいた……って、モンスター!?」
「マギカさぁん、あんまり近づくと危ないですよ……あ、イフリート様」
「げっ、イフリート? てことは四天王!? ヤバイヤバイ、逃げるわよファーニュっ!」
「でも探してたサーヤさんらしき人物もそこにいますよぉ?」
「なんで!?」
わちゃわちゃと騒がしく、茂みから顔を出したり引っ込めたりする二人。
イフリートは顎に手を当て、「うーむ」とうなった。
「オレ様の気のせいか、スパイとして忍ばせていたサキュバスの姿が見えたように思えたが」
「オォ、あれが噂の……ってどっちダ?」
「修道女のほうだ」
「……ベェツジンデェス」
「その誤魔化し方は無理があるでしょ……」
「そうか別人だったか。すまないな」
「別人なら仕方ネーナ!」
「それで信じるの!?」
思わず前のめりに突っ込むマギカ。
すでに完全に茂みから出てしまっていた。
もはや逃げられそうにはない。
「で、こいつらなんなの? 殺しちゃっていい?」
「ティタニアさん、怖いです……」
サーヤは怯え、ティタニアとつないでいた手を離す。
するとティタニアは顔面蒼白になり、慌てて弁明した。
「はっ!? マジでごめんサーヤ! 冗談、完全に冗談だから嫌わないでっ!」
「冗談でも殺すとかいっちゃダメなんですよ?」
「わかった、マジでわかったから!」
マギカは目を細めて二人のやり取りを見つめている。
「うわー、なんかまた面倒な人間関係が発生してる予感……」
「まるで私たちみたいですねぇ」
「そこで嬉しそうに言うー? というか、ティタニアってあれよね」
「うむ、彼女もオレ様と同じ四天王だな」
「クビになっちまったみてーだけどナ!」
「……クビ? ああ、そういえば魔王がイフリートは死んだってメッセージ送ってきてたっけ。それって……このどでかいクレーターと関係があるの?」
マギカは目の前に広がるあまりに巨大な穴を見つめながら言った。
すると、全員の視線がそちらに向けられる。
改めて見ると、冗談のような大きさである。
やがて雨が満ち、湖にでもなるのだろうか。
「関係あるかどうか、ウチらも知りたいっていうかぁ。これ作った巨人が何者なのか、ぜんぜんわかんないんだよね」
「巨人が出てきたんですかぁ?」
「そうなんです。でっかくて、強くて、硬くて、白金剛で出来た金属の巨人と戦ったんです!」
「ボルカニオ火山の地下に眠っていてな、オレ様が偶然出会ってしまったわけだ」
「そういうのを引き寄せちまう体質なんだナ、イフリートハ! 主人公体質ってやつダ!」
「主人公……か。だがなノーヴァ、誰だって、自分の人生の主人公は自分自身だぞ?」
「カッケー! なんだよそのセリフ! カッケー! オレも真似してーヨ!」
「レトリー先生の著書から引用させてもらった」
「あんたらが話すと果てしなく脱線するんですケド……」
「イフリート様は変わりませんねぇ」
「何百年もこの調子だってんだからやってらんないっての」
うんざりするティタニアに、もはや自分の身の上を隠すこと完全に忘れているファーニュ。
マギカはそんな目の前の面々を見て、フレイグと対峙したときと似たような頭痛を覚えていた。
「私の心の安寧はどこに……」
「おっぱい揉みます?」
「揉む」
ひとまずファーニュのおっぱいを揉んで心を落ち着かせるマギカ。
ファーニュはぽっと顔を赤く染めている。
「ガハハハハ! よくわからんが人間というのはどいつもこいつも愉快だな!」
「……で、結局あんたらは何のためにここに来たワケ?」
「はっ!? そうだったわ、胸なんて揉んでる場合じゃなかった! 私はあんたのこと探しに来たのよ!」
「わたしですか?」
マギカに指さされ、首をかしげるサーヤ。
少なくともサーヤから見て、マギカとは初対面である。
因縁をつけられる理由などなかった。
「見つけ出したら色々と問いただしてやるつもりだったけど……どうやら、答え合わせの必要もないようね。ドラゴンを連れ回し、四天王と親しげに話し、こんな巨大なクレーターを作るような相手と戦って生き残る。ここ最近、私たちの身の回りで起きてる異変の原因があなたなのは間違いないわ!」
「私がマギカさんを見てドキドキムラムラするのもそのせいですねぇ」
「それは違うけどね! この際だからはっきり聞かせてもらうわ。あなた、何者なの?」
「女装した男の子です」
「……? ……??」
「脳が限界を迎えてショートしたみてえな顔してるナ!」
「オレ様には鳩が豆鉄砲を食ったような顔に見える」
「どっちにしても年頃の乙女が人前でしていい顔じゃないっていうかー」
「私はベッドの上で見たことありますよぉ? いわゆるアヘ――」
「シャラァーップ! そこまでよファーニュ! え、えっと……それで、名前はサーヤでいいのよね?」
「そうです、わたしはサーヤです。年齢は10歳です」
「その調子で自己紹介を続けて」
「はい! わたしは生まれてからずっと、お師匠さまや村の人たちと一緒に暮らしてきました。そこで修行をしていたんです。そしてお師匠さまが課した試練に合格したので、村の外に旅に出ることになりました。目標は、立派な冒険者になること、です。その試練に合格するまで、故郷には帰れないのです。なので、今は冒険者としてたくさんお金を稼いで、ランクを上げるためにがんばってる最中です!」
「師匠に……村の人たち……親御さんはどうしたの?」
「いません!」
「……そう、なの」
「サーヤ……」
悲しげにサーヤを見つめるティタニア。
だが当のサーヤはまったく気にしていないようだ。
「お師匠さまがずっと一緒だったので、さびしいとかは感じたことないですね。村の人たちもすっごくやさしかったです!」
「サーヤちゃん自身も、とてもいい子に見えますねぇ」
「そうね……」
「もしかしてウチらと一緒にいるからって疑ってるのかもしれないけど、それ違うから」
「どういうこと?」
「ウチは元々、勇者と繋がりのあるこの子を人質にするために呼び出したの」
「そうだったんですか!? じゃあもしかして、あの1億金貨ってわたしをおびき寄せるための罠!」
「……マジで今まで気づいてなかったんだ。そういうコト。でも、今はもうひどいことしようとは思ってないカラ」
「それはわかります。あの巨人から逃げてるときも、わたしを守ろうとしてくれましたし、ティタニアさんは、とてもやさしい人なんですよね!」
あまりに真っ直ぐに向けられる瞳、そして言葉に、ティタニアは顔を赤くしてそっぽを向いた。
「ガハハハハ! 麗しきかな乙女の友情、というやつだな!」
「青春ってやつだナ!」
「で、イフリートとやらはなんで一緒にいたの?」
「火山でこの女装娘に攻撃を受けてな、足場が崩れて地下に落ちた」
「わたし、攻撃しましたっけ?」
「ファフニールと戦ってる時、オレらは地下にいたんだゼ!」
「そ、それは申し訳ないことをしましたっ!」
「謝ることなどない、戦いとはそういうものだからな! そして、地下に落ちたオレ様たちは、偶然にも例の巨人と鉢合わせてしまったというわけだ」
「驚いたよナ! あんな地下深くに、デッケー鉄の巨人が眠ってるんだからナ!」
「つまりぃ、イフリート様たちはぁ、その巨人から逃げてきたんですねぇ」
「そうなるな。掘り進んで逃げていくうちに、偶然にもこの女装娘とティタニアのいる洞窟に出てな」
「そこで合流したわけだゼ!」
「話は理解したわ。つまり、四天王とサーヤは知り合ったばかりで、関係はない、と」
「サーヤは強いかんね。この子がウチらの味方なら、とっくに人類なんて滅びてると思うケド」
「ティタニア様がそこまで言うなんて相当ですねぇ」
「……」
「マギカさん? どうしてそんな複雑な表情をしてるんですかぁ?」
「あんたが、四天王を様付けで呼ぶから。本当に……あれなんだな、と思って」
「あぁ……ごめんなさい、上司相手ですしぃ、染み付いてしまっていましてぇ」
「言ってることはわかるけど」
「わかりましたぁ、それでは今日からマギカさんのことをマギカ様と呼びますねぇ?」
「それはなんか違う!」
「お嬢様?」
「違うっての!」
「ああ、ご主人様!」
「だからそういう意味じゃないのぉ!」
「お姉様?」
「あんたわかってやってるでしょ!?」
「ふふふ……マギカさんの百面相が楽しいといいますかぁ、愛おしいといいますかぁ」
「こんな時におちょくらないでよ、もう……」
マギカは深呼吸をして、上がった体温を落ち着ける。
それでもなお、心臓はいつもより過剰に脈打っていた。
「仲がいいお二人なんですね」
「ウチにはそれ以上に見えるケド」
「それ以上なんてあるんですか?」
「……ま、まあ、大人の世界にはね」
「誤魔化したな」
「誤魔化してるゼ!」
「うっさいんですけど!? はぁ……ったく。うだうだ話し込んじゃったけどさ、そろそろ解散でいいっしょ?」
「そんなの、私が逃がすと思ってるの!?」
「逃がす逃さないを判断する権利が自分にあると思ってるワケ?」
「う……それは……」
「マギカさん、ここは退きましょうよぉ。さすがに四天王二人が相手ではどうにもなりません」
「ううぅ、せっかく魔王軍の幹部が目の前にいるのにぃ!」
「つかさっきも言ったけど、ウチらもうクビになってて魔王軍じゃないから。戦ったって無駄なだけだと思いますケドー」
「それもそうだったわね……はぁ、結局サーヤの正体もわかんないし、全速力でここまで来て収穫無しかぁ」
「私はマギカさんとのデートみたいで楽しかったですよぉ?」
「デートするなら、別の機会にもっと落ち着ける場所にいくから」
「……連れてってくれるんですか?」
「そのうちね」
ファーニュはマギカの腕に抱きつき、「やったぁ♪」とぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。
彼女たちも彼女たちで、緊張感の欠片もない二人であった。
そして予想外の邂逅も終わり、それぞれの別の方向へと散ろうとしたとき――真っ先に、サーヤがその気配を感じ取った。
「……まさか」
「サーヤ?」
彼女の見開かれた目を見て、異変に気づくティタニア。
直後、サーヤは拳を構えようとして――
(間に合わない!?)
諦め、両手を交差させガード体勢を取る。
ズドォオオオオンッ!
巨人の拳をはるかに上回る衝撃が、サーヤに叩きつけられる。
「ぐ、ぎゅううぅっ!」
両足で踏ん張ろうとしたが、耐えきれず、ズザザザザザアァッ――と一気に数百メートル後退するサーヤ。
『ミノホドヲシレ、ドウルイ』
およそ3メートルほどに縮んだ巨人が、彼女の脳に直接語りかけてくる。
少女はその声に、先ほどの巨人の無感情さとは違う――何者かの意思が存在していることに気づいた。




