表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/71

022 インヴィジブル・カースト

 



 洞窟を行き止まり(・・・・・)に向かって、拳とスペルで破壊しながら突き進むイフリート。

 彼らを追う巨人はほぼ四つん這いになりながら、洞窟を破壊しつつ、ズガガガガガッ――とすさまじい音を立てながら近づいてきている。


「イフリート、ずっと走ってんのに勢いが衰えネーナ!」


「ガハハハハハッ! オレ様がオレ様の道を進むのに、なぜ速度を緩める必要があるというのだ!」


「ギャハハハハッ! まったくダ! お前の道はお前が決める、その先にある世界は絶対に楽シイ! そういうもんだもんナ!」


「その通りィ! ゆえに、いかなる固い岩がオレ様の前に立ちふさがろうともォ――フゥンッ!」


 イフリートが拳を振るうと、巨大な岩が粉々に砕け、さらにその衝撃で周囲の泥や小石も吹き飛び蒸発する。


「相変わらずの馬鹿力だよねー」


「あの人も、ティタニアさんと同じ四天王さんなんですか?」


「同じって言われるとちょっとやだケド、ま、そういうこと。でもちょっと前に火山で死んだって話だったんだよネ」


「火山って……ボルカニオ火山、ですか?」


「そだけど。もしかしてサーヤ、その場にいたワケ?」


「はい、いました!」


「……」


「なんで頭を抱えてるんですか?」


 毒も効かなければ、平然と四天王の移動速度についてくる――明らかにサーヤは常人ではない。

 おそらくイフリートを倒したのが彼女であろうことを、ティタニアは察していた。


(つまり、ウチの術式をぶっ壊したのも、部下やらニーズヘッグやらを倒したのもこの子ってことだよねー。このちっこい体でどうやったのか知んないけど)


 だが、どうやらサーヤとイフリートには面識が無いようで。

 そればっかりは、ティタニアにもなぜなのかはわからなかった。

 なんにせよ、サーヤが四天王にすら勝る脅威であることは間違いない。


(いや、今の状況だと頼もしい味方だと思うべきなのカナ。少なくとも、ウチにとっては……)


 繋いだ手を見て、思う。


(せっかく見つけたのに。敵とか、やだし)


 伝わる体温を感じて、想う。

 きっとサーヤは自分にとって唯一無二だ。

 モンスターにとって人間は憎むべき(・・・・)対象ではあるが、それを差し引いても、それだけの価値がある。


「やっぱりあの巨人は……」


 一方サーヤは、イフリートが切り開いた道をさらに広げながら猛スピードで迫る金属の巨人を観察していた。

 白いボディから察するに、あの巨人は白金剛で作られている。


(ボルカニオ火山に白金剛が埋まっていたのは、あの巨人が――いや、たぶん巨人たち(・・)が眠っていたからだったんですね)


 その残骸こそが、サーヤが採取したあの金属片だったのだ。

 だとすると、彼女が本気を出して殴りかかれば、破壊できるかもしれない。

 試してみる価値はある。

 しかしサーヤは、迫りくる巨体から発せられる、肌がピリピリとする力場の存在を感じていた。


(ただの白金剛の体じゃない。見えないけど、まもられてる気がします。うかつに触ると、それだけで危ないような……)


 事実、巨人はいともたやすく洞窟の壁を削っていた。

 巨人自身が途方もないパワーを持っているのは事実だ。

 だがそれだけでは、こうも速度を落とさずに、障害物だらけの狭い穴を追ってくるのは不可能だろう。


「あーもうっ、せっかく綺麗にしてきたのに土まみれなんですケドぉー!」


「ガハハハハッ、オレ様なんて何時間これを続けてきたかわからんぞ!」


「もうちょっとスマートにやんなさいってことだっつーの。しかもあの化物、少しずつ近づいてきてるし!」


「あの、わたしもっ」


「生憎だがっ、オレ様も、それなりに限界が近いものでなぁ!」


「わたしがっ」


「邪魔にならない程度に、あんたの進路を溶かす(・・・)から、もっと馬車馬のように掘り進んでよね!」


「助かるぞティタニア!」


「わたし……」


「ギャハハハッ、四天王同士が手を組むノカ! イカすじゃねーカ!」


「あんな化物に潰されて死ぬなんてやなの! 形を奪い、意識を溶かし、やがて生すら奪う拷問のごとき嗜虐的死毒、“漂え”。トキシックフィールド!」


 ティタニアのスペルは、イフリートの前方の壁を溶かし、その強度を落とす。

 彼の拳がその壁を砕いたならば、漂う毒霧は、その前進に合わせて場所を移した。

 派手さはないし、威力もそう高いわけではない。

 あくまで、イフリートをサポートするだけだ。

 それ以上のスペルも使おうと思えば使えたが、“毒”という特性上、イフリートにも被害が出る可能性が高い。

 そう、ティタニアは致命的に、他者と“力を合わせる”ことに向いていなかった。


「すごいです、さっきよりずっと早くなりました! これなら――」


 サーヤは後ろを振り向き、巨人との距離を確かめる。

 相変わらずの勢いで洞窟を盛大にぶっ壊しながら近づいてきているが、徐々にではあるが、距離が開いてきたようだ。

 やはりあの巨体だと、そう素早く動けないということだろうか。


「だいぶ離れてきましたっ、がんばってくださいイフリートさん!」


「人間に応援されるとは不思議な気分だな、だが悪くない気分だ!」


「さすがダゼ、イフリート! 心が広いナ!」


「ガハハハハハッ! 頭脳だけでなく心まで極めてしまったようだな、オレ様は!」


「ギャハハハハッ! 違いネエ! すげーよイフリートさ、さすがオレの相棒ダ!」


「馬鹿なこと言ってないでとっとと前に進めっつーの!」


「そうは言うガ、この調子で離れて行けバ逃げきれるダロ?」


「いえ――なんだか様子がおかしいです。目が、さっきと違う色に光ってます!」


 巨人のツインアイが、薄暗い洞窟を赤く照らす。

 するとその大きな体躯のどこかから、無機質な女性の声でアナウンスが響き渡った。


『標的の捕獲は困難と判断、殲滅モードに移行します。神臓稼働率120%、余剰エネルギーにより、聖砲充填開始。10%……20%……』


「なんかヤバげなんですけどぉ!?」


「キュイイインッって音がしますね。かっこいいです!」


「あんた何でもかっこいいって言うのね……」


「こういうのッテ、チャージ開始したら動きが止まるとかがお約束じゃねーノカ?」


「見たところ、速度は落ちていないようだな」


「つまり、そんだけの余力を残した状態でウチらを追ってたってワケ!?」


「オレ様は知っているぞ、そういうのは若者言葉で舐めプと言うらしいな!」


「すげーナ、イフリート! お前ヤングな言葉にも精通してるのカヨ!」


「頭脳派だからな! ガハハハハハッ!」


「ギャハハハハ!」


「笑ってる場合じゃないっつうの! このままじゃ――」


 ティタニアは苦々しい表情で、手をつなぎ逃げるサーヤを見た。


(この子まで巻き込まれる――つうか、ウチも一緒に死んだら意味ないじゃん。せっかく誰かと触れ合えるチャンスだってのに!)


 出会ってすぐに終わりなんて嫌だ。

 できれば、あと1回か2回は――いや、叶うならば何回だって触りたい。

 それだけ、ティタニアは飢えて生きてきたのだから。


『充填率50%……60%……70%……発射前に、射線上の味方機は退避してください。80%……』


「イフリートォッ!」


「どうしたティタニア、珍しいな大きな声を出して! ちなみにオレ様も珍しく焦っているぞ!」


「どうにかして、この子だけ外に放り出せない?」


「ティタニアさん!?」


「可能――と言いたいところだが、難しいな。それができるならオレ様たちもとっくに脱出している! あの巨人が聖砲とやらを放てば穴は空くかもしれんがな!」


「そんとキャ、オレたちも一緒にお陀仏ダ!」


「そりゃそっか……クソッ、ツイてない! いや、ツイてるからこそ、これがその反動ってワケ!?」


「というカ、この壁どこまで続いてんダヨ! もうかなり進んだはずダゼ!」


「どうやら相当大きな山の下を突き進んでいるらしいな!」


「チクショウ、歯がゆイナ! オレにも力があレバ、イフリートのこともっと手伝えるってノニ!」


「嘆くな相棒! オレ様とてまだ諦めるつもりはなぁーい! 限界とは、超えるためにあるものだ! うおぉおおおおおおおッ!」


 体力を消耗しているはずのイフリートだったが、ここに来てさらに加速する。

 火事場の馬鹿力というやつだ。

 しかし、ここでじわじわと巨人との距離が遠ざかったところで、“聖砲”から逃げ切れる保証は無かった。


『充填率90%……100%……チャージ完了』


 巨人の口がガゴンッ! と開き、砲門が現れる。

 ティタニアは覚悟を決め、サーヤと握った手を強く引き寄せ、彼女を抱きしめようとした。


(ウチが触れなくなったら意味ないけど……生きてるだけで、希望にはなる。ウチの命が誰かに必要にされてるっていう証明には。だったら――)


 自己犠牲なんてらしくない。

 けど別に、嫌っていたわけじゃない。

 これまではそうできなかっただけだ。

 心が受け入れていても、体が勝手に、他人を拒絶していたから。

 それを受け入れてくれる誰かが目の前に現れたのなら、冷たく、残酷で、“心が無い”とまで言われた“死毒のティタニア”だって、誰かのために命を賭けることができる。

 そう思ったのだ。


 しかしサーヤは、彼女の手を振り払った。


「あ……」


 悲しげに手を伸ばすティタニア。


「はあぁぁぁぁあああああッ!」


 彼女の前に立ちはだかり、全身に“気”を満たすサーヤ。


『聖砲エクスカリバー、発射』


 砲門の奥でくすぶる光が、一気に輝きを増す。

 そして体内で高められたエネルギーが凝縮された光球が、ゴォウッ! と射出された。


「やらせはしません、壁拳――アイギイィィィィィィスッ!」


 硬化した体で、サーヤは聖砲を受け止めた。

 着弾、炸裂――その瞬間、カッ! と視界が純白に染まり、世界から色が失われる。


 光球はサーヤの腕に触れた途端に、一旦握りこぶしほどの小ささにまで収縮し、直後、その反動を利用するように大きく膨張した。

 膨らむ、膨らむ、どこまでも――範囲も、エネルギーも、熱も、衝撃も、人でも魔物でも及ばぬ領域まで拡大していく。


 爆ぜた光が焼いた範囲は、直径(・・)でおよそ5km。

 サーヤたちの頭上に存在していた山は跡形もなく消滅し、一帯は地層剥き出しの、深い深いクレーターと化した。

 もちろん、山だけでなく、そこに存在していたあらゆる物体、物質、生命も消し飛んでいる。


 ――ただし、例外はあった。


「く……ふぅ……はぁ……はぁ……」


 衣服はボロボロで、体にはいくつか傷も刻まれていたが、サーヤは健在だ。

 いや――彼女だけでなく、彼女の背後に(・・・・・・)存在する空間(・・・・・・)は、全て無事であった。

 すなわち、サーヤを起点として、扇形に無傷の空間が存在するということだ。

 ティタニアやイフリート、ノーヴァもそこに含まれていた。


「大丈夫ですか、ティタニアさん、イフリートさん、ノーヴァさんっ!」


 振り返り、三人が怪我をしていないことを知ると、サーヤはほっと胸をなでおろした。


「まもれたみたいで、よかったですっ」


 満面の笑みを見せるサーヤ。

 へたりこんだティタニアは、きゅっと胸元を握った。

 そしてサーヤが差し出した手を握って、立ち上がる。


「あの巨人もそうダガ、女の子も何者なんダ……?」


 対して、ノーヴァは呆然としていた。


「ノーヴァ、少女ではない、女装だぞ」


「ハッ!? そうだったナ! いやマテ、でもヨオ、女装だろうと謎は多くないカ?」


「それもそうだな……」


「だヨナ?」


「……」


「……」


「……ガハハハハッ!」


「笑ってごまかしやがったなコイツゥ! ギャハハハハッ!」


 あまりに強大な力を扱う巨人。

 それに耐えてみせる、自分に触れられる少女。

 二人によって作り出された、現実離れした光景。


 どれもこれも信じがたいものばかりだ。

 しかし――悠長に考え込んでいるわけにもいかないらしい。


『神壁アイギスの発動を確認。ターゲットを神臓を動力源とする同型機と認定。プライオリティの変更を行います』


 巨人は赤熱した砲門を飲み込むように収め、冷却のためか、背中から白い気体を吐き出している。

 一時的に動きは止めているものの、まだエネルギーを使い果たしたわけでもない。

 じきに再稼働して、またサーヤたちに迫ってくるだろう。

 その追跡から逃れる方法は、たった一つ。

 倒すしかない。


『最優先ターゲットを、女性型小型神鎧に変更』


「しんがいじゃありません、人間です! あと、これ女装ですから!」


『殲滅――開始』


 ゴオォオオオオッ!

 白い巨人は、一直線にサーヤに突っ込んでくる。

 振り下ろされた、自分よりも遥かに大きな拳を、


「せいやああぁぁぁああっ!」


 サーヤは自らの小さな拳で受け止めた。

 力と力がぶつかり合い、一帯の空気が激しく震える――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ