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015 サーヤさんちのメイドドラゴン

 



 そんなこんなで、ニーズヘッグとファフニールを仲間に加えたサーヤ。


「いやあ、この姿で歩くのもひさびさだな! ニーズヘッグに至っては、太陽の光を浴びるのもひさびさなんじゃねえか?」


「眩しい。溶ける」


「はははっ、相変わらず軟弱なやつだなぁ。ご主人様、ニーズヘッグってドラゴンはな、基本的に暗くてじめじめした洞窟の中で過ごしてんだ。だからこうやって外に出てまであんたに付いていくってのは、相当なことなんだぜ?」


「そうですか……?」


 先頭を歩くサーヤは、できるだけ後ろを振り向かないようにしていた。

 別に全裸自体は、師匠がよく裸で動き回っていたので問題はない。

 だがそれが、人の目があるかもしれない外となれば話は別だ。


 サーヤにだってある程度の常識はある。

 こんなナイスバデーな大人の女性が、森の中を裸で歩き回るのは、どう考えても異様であった。


「ご主人様の攻め……すごく……激しかった。ぽっ」


「うひっ……!?」


 頬を赤らめ、サーヤに腕を絡めるニーズヘッグ。

 至近距離で彼女の視線を受け、ゾクゾクッと悪寒を感じるサーヤ。


(なんだかこの人の視線、すごくねっとりしていて……恐ろしい、といいますか。今まで感じたことのない種類の感情を向けられている気がしますー!)


 耳元でニーズヘッグは荒い呼吸を繰り返す。

 体温も高く、体は汗ばんでおり、視線だけでなく纏う空気もどこかねっとりとしていた。


「相変わらずだなニーズヘッグ。お前、いつも気に入った相手ができるとべったりくっついてたもんな」


「いつも私からみんな離れていく。だから、絶対に離れられないように近くにいる」


「その距離感が問題なんじゃねえの……? でもまあ、あたしもご主人様とは仲良くしときたいからな。ニーズヘッグに習ってくっついてみるか!」


 サーヤは、ファフニールに逆方向の腕までもしっかりホールドされてしまった。

 左右から、柔らかな圧倒的質量が押し付けられる。

 同じ女性なので別になんともないはずなのだが、なぜだか無性に恥ずかしくなって、サーヤの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

 もっとも、彼女たちには身長差があるので、傍から見ると腕を組んでいるというより、連行される宇宙人のようにしか見えなかったが。


 そうしてサーヤたちは、行きよりもゆっくりとしたペースで、帝都を目指して進んでいった。




 ◇◇◇




 サーヤたちが火山を出てから数時間後。

 帝都からそう遠くない丘に、男の姿があった。


「果てしなく広がる青い空――どこまでも続く新緑の平野――そして、そこを吹き抜ける爽やかな風――感じる。感じるぞ。この――」


 ガバァッ!


「開いた胸に、流れてくる自然の息吹を感じる! そうだここがオレのいるべき場所、すなわちソウルジャーニー! この疾風のジェット、長らくそれを忘れていた。だからこそ自分を見失っていたんだ!」


 丘の上で胸をはだけ、ジェットはずっと叫んでいた。


「あのサーヤという少女……もとい女装男のせいで牢屋に入れられたときは、もう人生が終わったと思った」


 濡れ衣である。


「だがしかし、神は顔がいいオレを見捨てはしなかった! 疾風のジェットは、今ここに完全復活した! 今ならば、サーヤにも負けることはないだろう。そして、オレがこの足で稼いだ情報によれば、この場所で数日待機していれば、サーヤと遭遇することができるはず」


 ジェットの背後には、彼が設営したテントと焚き火が用意されていた。

 サーヤがボルカニオ火山に向かったのは今日のこと。

 どう早く見積もっても、彼女が戻ってくるまで六日はあるはずだ。


 しかし、ジェットはサーヤが規格外の身体能力を持っていることを知っている。

 ゆえに、念には念を入れて、早めに見晴らしのいい丘の上に陣取ることにしたのだ。


「だが、オレの力ではサーヤに勝つことはできない。それは認めよう。あんなわけわからん拳法に勝てるわけがない! だからこそ、オレの勝利に必要なことは、やはり彼女が女装ではなく少女だということを暴くことだ。前回はセレナに邪魔をされたが、今回は見晴らしのいい平野――仮に彼女が近づいてきたとしても、すぐに気づけるだろう。そして、今のオレには秘密兵器がある!」


 別に誰も聞いていないのだが、ジェットはまるで誰かに説明するように、テントの入り口をガバッ! と開いた。


「大枚をはたいて購入した、この魔導遠隔撮影装置だ! すでにこれを街道の地面に埋め込んである。つまり! その上をサーヤが通り過ぎた瞬間――それがあいつの終わりというわけだ」


 簡単にいうと盗撮である。


「わかっている。わかっているさ。どこからどうみても変態の所業だということは。だが必要なんだ、オレがサーヤを乗り越えるためには! あの敗北を自らの糧にするためには、多少のプライドを捨てなければならない! そう、この疾風のジェット、顔がいいことはもちろん、紳士的な対応でこれまで帝都で女性人気を得てきた! そしてオレは、心のどこかでそれをアイデンティティだと思っていた! しかぁーしッ! オレは、戦士だ。戦士の本分は、戦うことだ。勝利をもぎ取ることだ! ならばそんなプライド捨ててしまえ! そう、この上着のように!」


 ブチブチィッ! と上着をボタンごと引きちぎり、上半身を露出するジェット。

 そして彼は両手を広げ、軽くのけぞり、草原の風を一身に受け止めた。


「自然体……そう、ありのままのオレを受け入れる……そうすることで、疾風のジェットは進化したんだ。さあ、かかってくるがいいサーヤよ。オレのプライドと金を犠牲に導入したこの撮影装置で、お前の真実を暴いてみせよう!」


 一見してふざけているようにも見える。

 しかし、ジェットはいたって真面目であった。

 本気で、この装置でサーヤの真実を暴こうとしているのだ。


「やっぱすげーな、ご主人様は!」


「うふふ、ここでも一緒。ずっと一緒。素敵」


「えへへ、あんまり褒められると照れちゃいますよぉ……」


 するとどこからともなく、サーヤと女性の声が聞こえてきた。

 ジェットは丘に出て、彼女の姿を探す。


「来たかサーヤ。さあ街道を通り過ぎるがいい! どれだけ壁拳アイギスで強化しようとも真下は死角! スカートの下に眠る貴様の真実を、今日こそ暴いてやるぞ、サーヤァッ!」


 威勢よく吼えるジェット。


「いやあ、しっかし人間なのに空を飛べるなんてなぁ」


「ドラゴンもびっくり」


「これぐらいは基本ですよぉ。お師匠さまもよく空を飛んでましたし」


 その頭上を通り過ぎていくサーヤと全裸の女性たち。

 ジェットは構えを取ったままゆっくりと空を見上げ、そのまま通り過ぎていく三人を見送った。

 そして顎に手を当て、


「ほう、そう来たか……」


 とつぶやいた。

 そのまま、三人の消えていった空を、爽やかな笑みで眺める。

 しばしの静止のあと、彼は肩を震わせ笑い始めた。


「ふ……ふふっ……ふははははっ……ふははははははっ! さすが我がライバル、サーヤ! オレの想像を遥かに越えてくる! まさか全裸の女二人連れて、空を飛んでいくとはな! あはははははっ、ははははははっ!」


 いつまでもいつまでも、ジェットの笑い声は草原に響き続けた。




 ◇◇◇




「いいですか、ここで待っててくださいね」


 サーヤは帝都付近の茂みに二人を待たせ、まずは宿屋に向かった。

 そしてかくかくしかじか、なにが起きたのかを説明して、服を調達しようと考えたのだが――


(あの二人はモンスターです。それを素直に話して、服を手に入れることができるでしょうか……)


 それ以前に、角やら羽やらしっぽやら生えた、どこからどう見ても人間じゃない二人が帝都に入れるかが微妙なところなのだが。


(かといって、モンスターであることを伏せても、全裸の女性を二人連れてきたうまい言い訳が浮かびません! サーヤ、ピンチです!)


 そうして悩んでいるうちに、宿の前までやってきてしまった。

 しかもセレナはギルドにいるので、ここで頼れるのは、彼女の両親かレトリーのみ。


「どーしたんですか、サーヤさんっ」


 ちょうどメイド服姿で掃除をしていたレトリーに見つかってしまった。

 基本的にいい人であることは理解しているのだが、彼女を頼るのは危険な気がする――サーヤの本能がそう訴えていた。

 とはいえ、見つかってしまった以上は話さないわけにもいかないし、なにより、セレナよりも常識外の出来事に対する理解が深い人物であるような気はする。

 悩んだ挙句、サーヤはひとまず、レトリーに全てを素直に話してみることにした。


「なるほど、ドラゴンを倒したら全裸の美女になって、女装ショタであるサーヤさんは二人に迫られたと……どこで同人誌は買えますか?」


 そしてすぐに後悔した。

 レトリーは興奮する時、サーヤの理解できない言語を使いだす。

 今がまさにそれであった。


「とまあ、そんな冗談は置いといて」


「本当に冗談だったんですか……?」


「半分は。しかしサーヤさんがそんなサブカルチャー的な意味でレトリックなジョークを駆使するとは思えません。まあ、帝都にはモンスターをペット代わりにしてる人がいないわけではないですし……ひとまず、うちのメイド服を持っていってみましょう」


「ありがとうございます、レトリーさんっ!」


 意外なことにも、レトリーはちゃんと対応してくれた。

 彼女は宿から予備のメイド服を持ち出し、サーヤとともに帝都の外に向かう。


「ファフニールさん、ニーズヘッグさん、戻りましたよー!」


「おう、早かったなご主人様!」


「寂しかった」


 サーヤが呼び出すと、ファフニールとニーズヘッグは茂みからひょっこりと顔を出した。

 レトリーは二人の姿を見るなり、「じゅるり」と涎をすすり、わざとらしく腕で口元を拭く。


「これはこれは、とんだ逸材じゃあないですか……マジですか? たわわに実る双丘、人形のように整ったスタイル、そして活発系お姉さんとダウナー系お姉さんという両極端な属性! こんなおねショタエロ漫画のキャラを擬人化したみたいな人物が現実に存在していいんですか!? 」


 長い時を生きるドラゴンですら、レトリーの言葉を解読することはできず、首を傾げる三人。

 興奮のあまり正気を失った彼女はさておき、ひとまずメイド服を身にまとうドラゴンたち。


「やっぱり服を着ると苦しいな。どうだご主人様、似合ってるか?」


「とてもよく似合ってると思います。というかファフニールさんは、どんな格好でも似合っちゃいそうです」


「んっへへ、そうかい? そう言われると悪い気はしねえな」


 白い歯を見せて笑うファフニール。


「縛られる。束縛。つまりご主人様のもの……うふふ、独占されてるみたいで、嬉しい」


「ニーズヘッグさんもよく似合ってますよ!」


「肯定された。つまり私はもうご主人様のもの。ご奉仕もおまかせ。朝も、夜も、うふふふ……」


 なんだか黒いオーラを放っているが、ニーズヘッグなりに喜んではいるようだ。

 二人共、さすがに胸のあたりがちょっときつそうではあるが。


「おほぉおおお……! まさにこれこそ巷で話題になっているメイドラゴ――おっとこれは言ってはいけないことでしたね! しかし素晴らしい! 異種族の着るメイド服というのは、なぜこうも私たちを興奮させるのでしょうか! しかも生! リアルでここに存在している! リアルが、二次元を越えた瞬間です! ドラゴン娘ばんざぁーい!」


 一方で、全裸のときよりも興奮を強めるレトリー。

 もはや彼女の琴線がどこにあるのかは、誰にもわからなかった。


 ともかく、ようやく幼女が全裸の女性二人を連れ歩くという、見つかったら衛兵に連行されそうな絵面は消えた。

 レトリー曰く、モンスターを連れた金持ちもいないことはないらしいので、これで二人を連れて帝都に入ることはできそうだ。


 サーヤはボルカニオ火山で採掘した白金剛を持って、オーレとパーナスの元へと急いだ。




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[一言] ドラゴン、メイド服、つまりそういうことだ
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