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013 次回、イフリート死す

 



 鍛冶師オーレ曰く、ここにある白金剛だけでは剣を作るにはまだ足りないらしい。

 しかし採掘に向かう前に、まずは本当に加工が可能かどうか試す必要があった。


「まずはハンマーで叩いてみるか……」


「オーレさん、これってインゴットではないですよね?」


「インゴットじゃねえが、白金剛は鉱石ってより、そのままボルカニオ火山最奥の地中に埋もれてることが多いんだ。だから抽出する必要はねえ」


「……なんでそんなものが埋まってるんです?」


「わかんねえな。大昔に存在したなんかの“破片”って説が有力だが、オレたちには関係ねえ。重要なのは、剣が作れるかどうかだ」


「そちらも重要だと思うんですが」


「うちのお父さん、いつもこんな感じだから諦めてよ」


 笑いながら言うパーナスだが、実は本人こそそういうのを気にするタイプである。

 親子ではあるが、なかなかそりは合わないため、いつもパーナスのほうが折れるらしい。


「つうわけで、今から炉で白金剛を熱する。それを嬢ちゃんはハンマーで叩いてみてくれ」


「わかりました、任せてください!」


 オーレは鋏で摘んだ白金剛の塊を、火炉に入れる。

 しかし熱して形が変わるのなら、とうに他の鍛冶師がやっているだろう。

 つまりこの炉でどれだけ熱したところで、常識的な力で変形できるほどの柔らかさにはならないということだ。

 その変化を実感できるのは、素手で白金剛を変形させたサーヤだけだろう。


 そして十分に熱された白金剛が、金床の上に置かれる。

 サーヤはそれに向かって、力いっぱいハンマーを振り下ろした。


「ちぇすとぉおおおおおおおっ!」


 ガキンッ! バキィッ! ヒュゴォッ! ガゴォンッ――パラパラ……。


 サーヤの尋常ではない力と白金剛の硬度により、ハンマーのヘッド部分はひしゃげ、柄がへし折れる。

 その勢いのまま、真上に向かって飛んでいったヘッド部分は石でできた天井に激突。

 天井をぶち砕き、めり込んでオーレたちの頭上に破片を振らせた。


「おおう……」


「うわあ……」


 オーレとパーナスの親子は、頬を引きつらせながら天井を見上げる。


「わかってたことだが、ハンマーのほうがもたねえな」


「いっそサーヤちゃんの素手でやってもらったほうがいいんじゃない?」


「そうですね、わたしもそっちのほうがやりやすいです。ではさっそく。ちぇすとぉおおおおおおっ!」


「おい待て、今はまだ1000℃以上に熱されてるんだぞ!?」


 ガゴォオオンッ!


 サーヤの拳が、金床の上に置かれた白金剛に叩きつけられる。

 衝撃が空気を震わせる。

 すると今度は、白金剛が金床にめり込んでしまった。


「これはこれで、金床のほうがもたないみたいですね……」


「手は……大丈夫、なのか……?」


「これぐらいは平気です。お師匠さまと修行していた頃は、溶岩や毒を拳で切り裂く訓練もしてましたから!」


「どうかしてるわ、そのお師匠さんも……」


 サーヤにとって、それはごくごく普通の日常だったし、村に住む人たちもそんな修行風景を微笑ましく見守っていたのだ。

 しかし帝都では誰もがパーナスのような反応をするので、サーヤも少しずつではあるが『あれは普通ではなかったのでは……?』と思うようになっていた。


「しかし、ハンマーもダメ、金床も耐えられないとなると、剣に成形するのは難しいかもしれねえな。安定して叩ける場所がねえと、せっかくの白金剛でも強度が上がらねえ」


「どちらもつかわなければいいのでは?」


「どっちも使わないで、どうやって叩くのよ」


 サーヤは自分の目の前を指さして言った。


「空中で」


 そんなことできるわけがない――オーレもパーナスも口を揃えて言おうとしたが、しかし直前でやめた。

 常識がサーヤに通用しないことを、目の前で見てきたからだ。

 そして彼女は、再び熱した白金剛を素手で空中に放り投げると、息を吐き出し、鋭い目つきで拳を放った。


「多元拳・ナナツサヤノタチ! ハイハイハイハイハイハイハイハイハイハイッ!」


 それは一つの拳で、七つの打撃を放つ、手数に特化した聖拳術。

 さらにそれを繰り返し放つことで、サーヤは一瞬にして四桁に近い殴撃を白金剛に叩き込んだ。


「す、すげえ。よく見えねえが早いことだけはわかる! 全然見えねえが!」


 ズガガガガガガッ――激しい打撃音が響きわたる。

 拳は早くて見えないが、白金剛は空中に浮き上がったまま、まるで魔法のように形を変えていった。


「ハイイィィッ!」


 そしてサーヤが最後の一拳を放つと、彼女は見事に刃と化したそれを、手のひらの上に乗せた。

 オーレとパーナスは、それをまじまじと見つめる。


「これが白金剛の剣……」


「作りは甘いし歪みはあるが、ちゃんと刃の形になってんな。細かい部分を教え込めば、勇者が使っても恥ずかしくない剣にできそうだ」


「やったー! それじゃあさっそく、わたしは火山で白金剛をとってきますね!」


「サーヤちゃん。火山までは馬車で三日はかかるから、ちゃんと準備を済ませて、明日出発したほうが――」


「もう行っちまったぞ」


「ええぇっ!?」


 すでにサーヤの姿はそこどころか店の中にすらない。


「かっざん♪ かっざん♪ しーろこんごー♪」


 彼女はまるで光のような速度で、火山に向かって走りはじめていた。




 ◇◇◇




 一方その頃、帝都の南方にあるボルカニオ火山にて――


「ガハハハハハッ! ここはいい火山だなぁ、心地よい熱風がオレ様の肌をチリチリと焼きやがる! 気持ちよくてしょうがねえ!」


「ギャハハハハッ! イフリート、機嫌がいイナ! オレもそう思うゾ、ここはサイコーの火山ダ!」


 ドロドロとした溶岩が周囲を囲む火山最深部に、四天王の一人であるイフリートと、その親友である赤いコウモリ、ノーヴァの姿があった。


「でもヨオ、イフリート。こんな場所に来て何をするつもりなンダ? まさか溶岩浴をしにきたワケじゃねーヨナ? マ、オレはそれでもいいけどナ!」


「そうだなぁ、オレ様も溶岩浴は好きだ。大好きだ! だが今日は違う。知能派なオレ様は思ったんだよ、サキュバスであるファーニュにだけ仕事を任せてふんぞり返ってるのは、上司としてどうなのかってな」


「スゲーナ、イフリート! お前そんなことマデ考えてたのカヨ! ヨッ、上司の鑑! オレ知ってるぞ、そういうのホワイトキギョーって言うんだヨナ!」


「ガハハハハハハッ! ノーヴァは物知りだな! だがホワイトでは上品すぎる。オレ様は炎を操る最強の四天王イフリート! イメージカラーは赤! ハートだっていつも情熱に燃えているゥ!」


「ギャハハハハハッ! カッコイイゾイフリートッ!」


「そうだろうそうだろう? だからなぁ、ホワイトじゃねえんだ。レッドなんだよ! オレ様はホワイトを超える、レッド上司! 情熱の炎で部下を包み込み労ってみせようではないかー!」


「スゲー! イフリート、お前はいつもオレのソウゾーを超えていきやがル! 教えてくれ、どうしてそんなにスゲーんダ!?」


「それはなぁ……」


「それは……?」


「オレ様の頭が良すぎるからだあぁぁぁぁぁぁあああっ!」


「イヤッホォォオオオオオウッ!」


「というワケでだ、今日こうしてボルカニオ火山にやってきたのも、この溢れ出るインテリジェンスがオレ様をここに導いたからだ」


「見せてくれヨ、イフリート! お前の溢れるチセーをよぉ!」


「ああ聞いてくれよノーヴァ、オレ様の完璧な作戦を! オレ様は炎を操る! つまり溶岩だってオレ様の手足のようなもの! だからオレ様は! 今から! この火山を噴火させるゥ!」


「マジかヨ! そんなこと出来ちまうのかよイフリートォ!」


「出来ちまうんだよ、それがぁ! 勇者がどんなに急いでも帝都からここまでは三日はかかる! ちなみにオレ様のスペルが発動するまでに要する時間は一日!」


「二日も早いじゃねえカ! イフリートすげぇぇぇえエェッ!」


「しかも、オレ様たちの頭上――ここにたどり着くための大穴の前には、最強の炎の竜、オレ様のスーパーレッドな部下であるファフニールが勇者たちを待ち構えているぅ!」


「完璧ダ! あまりに完璧すギテ、オレってば失神しちゃいそうダゼェ!」


「待て待てノーヴァ、気を失うにはまだ早い」


「まだあるってノカ!? ここまで完璧な布陣だってノニ!」


「仮に勇者たちが間に合って、ファフニールを倒したとする」


「大ピンチじゃねーカ!」


「いいやまったくもって余裕だ。余裕過ぎてケツから火が出るほど余裕だ」


「下ネタも冴えてるナ!」


「なぜなら――」


「ゴクリ……」


「ここには最強のオレ様がいるからだああぁぁぁぁあああっ!」


「イヤッホォオオオオオオウッ!」


「というわけで、早速スペルの発動に取り掛かるぞ!」


「オレは必死で応援してるからナ!」


「頼んだノーヴァ、オレ様はおだてられるとさらに燃え上がるタイプだからな! ガハハハハハハハッ!」


「ギャハハハハハハハッ!」


 火山に二人分の笑い声が響き渡る――




 ◇◇◇




「三十分で着きました、意外と近かったですね」


 イフリートたちが高笑いするのとほぼ同時に、サーヤはボルカニオ火山に到着した。


「オーレさんが言うには、白金剛はいちばん奥の地面にうまってるって話でしたよね。目の前には洞窟の入り口らしき穴……ここをすすめばいいんですね!」


 本来、そこに穴などあいていなかった。

 それはイフリートたちが目的地に向かうため、少し前に開いた穴である。

 なのでモンスターも住み着いておらず、サーヤは最短距離で最奥へと突き進んでいった。




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