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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
4.後半戦

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第80話 「じゃあ、今見せて」

「ちょっとだけ、久しぶりだね」

「うん、スケさんおひさ!」


 3戦目の試合前。前回のサルガッソーズ戦以来のバッテリーとなる野々香と助守の打ち合わせ。

 以前、助守のアドバイスの通り、野々香は後半戦、一時的に他の捕手と組む経験をした。


 この試合とタッツとの最終戦、経験を積んだ二人が、再びバッテリーを組むことになった。

 他捕手との兼ね合いが悪かったと言うようなことはなかったが、色々な考えがあると言うこと、そして改めて助守のリードが野々香を上手く導いてくれたことがわかった。


「今日はどうする?」

「うん、こうギッタンギッタンに叩きのめすみたいな感じで行こう」

「土管の上でリサイタルでもするの……?」

「じゃあ劇場版で」

「全然わからない!」


 野々香は元々戦略をそこまで細かく考えられるようには出来ていない。

 それを具体化して、投球として組み込むのは、一番長く組んで来た事を差し引いても、助守が一番上手かった様に思う。


「なんていうか、真剣に、プロでやるって事がどういう感じか。そういうあたしたちの極彩色アンサー的なのを、投球で向こうに伝えたいんだよ」

 それは、野々香が深く考えないままに入団して、周りの人達に教わった考え方であり、やり方だった。

「具体性はなくても、言いたいことはよくわかるよ。けど」

 助守は表情を少しだけ曇らせると、うつむいた。


「それは、もしかしたら僕にも足りない物かもしれないから、力になれるかは」

「じゃあ、今見せて」

「へ?」


 助守は頭がいい。だからこそ、キャッチャーとして優秀な動きが出来る。反面、意地の張り合いのような展開には性格的に向いていない。

 他の捕手と組んでみてはどうか?と言う提案も、いわば野々香一人がプロで戦うためだけのものだ。


 監督は言った。茶渡のような者もいるし、そうでなくとも、割り切って居場所を自分で決めてしまうような者もいる。

 ニャンキースは二軍専、助守は捕手で、データ上で見るからに突出した成績はない。年齢も既に26歳、選手としてはもうすぐ成長限界が見えてくる年齢だ。


 捕手はいざ獲得されれば頭数が必要なポジションなので重宝はされる。ただし、獲得するにあたってどこが優れているか、アピールになるかと言うのがわかりにくい役割だ。それをわかっているからこそ、助守は自身が一軍選手になると言う可能性を、どこか自分で見限ってしまっている。そんな気がしていた。

 野々香は、それに納得はしていなかった。


「あたしもスケさんの人生に口出すほど偉い人間じゃないし、ドラフトの難しさは何となくわかるけど。個人的に見てみたいんだ。スケさんって、いつもどこか力や気持ちを抑えてる感じがするもん」


 捕手は月見草、と言う言葉が往年の名捕手の言葉の中にある。

 その選手はハッキリと数字に残るどでかい成績を残しながらの言葉なので謙遜もいいところだ、と言われていたが。

 陰で支えるポジションだと言うイメージが、どこか助守の中でフタをしているとしたら。


「どうせなら、スケさんがガンガン行く姿も見てみたいなーって。一度だけでも」

 その次の言葉は少しだけ、野々香も言うのが躊躇われたが。

 シーズンも終盤、当然の如く湧いて来ていた感慨は、自然と次の言葉を野々香に言わせてしまった。


「あたしと組んでる間だけ……それもあとちょっとかもしれないからね」

 そう言って野々香が微笑むと、助守もはっとした表情になった。

 この会話の流れだと少し誤解を生みそうではあるが、助守だけはニャンキースに残るだろうし、とか、そういった意味ではない。


 ドラフトは各球団が順番に選択し、加えてさらに競合ならクジ引きで決まる。

 ニャンキースからたとえ何人選ばれようと、再び一軍で同じチームメイトになれる確率は極めて低いのだ。


 だから、一度だけ。


 野々香が真剣に頼み事をする時にはよく使う言葉だ。

 異世界でも覚悟をもってこの言葉を放った時には、必ず結果を出して来た。

 少しだけでもこの機会に、見ておきたいと思ったのだ。


「スケさんは、あいつの言葉に怒った?」

「当たり前だよ。あんな態度、皆に失礼だ」

「じゃあ、きっと、あるよ。スケさんにも、まだ燃やせる情熱みたいなのが」

「…………。うん。」


 助守はいっそ呆然としたような表情で、野々香を見つめていた。

 しかし、しばしの沈黙は返答に迷っていたわけではない。燻ってつきにくい彼の火を、燃え上がらせるのに少しだけ時間がかかっただけだ。


「勝とう。それで、優勝しよう。それでそれで、次に会うのは、一軍の舞台だ」

「やろう!仲間でも、敵でもいいよ。きっと楽しいよ!」


 そうして結成1年足らずの、史上初の男女バッテリーは固く握手を交わした。

 吹っ切れた表情で作戦を展開する助守を、野々香は嬉しそうに眺めながら、戦いの準備を進めて行った。


 試合はこれまでとは打って変わって、投手戦となった。

 野々香の気合の入りぶりは言うまでもないことだが、今日はサルガッソーズもある意味一味違った。

 一軍のローテ投手、春堅房具(はるかた ふさぐ)が二軍のマウンドなのだ。


 肩口で切り揃えたいわゆるおかっぱ風の髪型に、まつげバチバチの二重まぶたにぬらりとした目つき、鼻は高く唇は厚い、やけに濃い顔をした男だった。

 9月となれば一軍も優勝争いの佳境、最終戦へ向けてのローテ調整で、一軍エース級とも言える投手がここで投げる。


 二軍も全力で勝ちに行くスタイルのサルガッソーズらしい。

 この際どちらも優勝への布石は充分、と言った戦略だ。


 いかに勢いよく2連勝したニャンキース打線とは言え、突然一軍の投手が投げているのだ。

 ましてこの投手は特性としては野々香に近い。とにかく、球が速く、重い。

 真っすぐを打ち返しても勢いに押されてろくに前に飛ばせない。

 160~162kmを記録し続ける速球に、さすがの打線の勢いも消沈。3回までパーフェクトに抑えられてしまった。


 一方の野々香も、新しいリードの仕方を見せる助守のおかげもあり、3回までをパーフェクト。

 今までの様に相手の特性を考えながら頭でリードするスタイルに加え、今日の助守はとことん強気だった。


 三球勝負だろうと、真ん中だろうと、行けると踏めばどんどん臆さず投げさせる。

 球のコントロールよりも、ミットを構えた位置にぶつけに行くスタイルの野々香を上手く利用し、ミットの小さな挙動のみで次々と相手のタイミング、狙いを外していく。


 ただでさえ稀有な160km超え投手同士の熾烈な投げ合いに、両軍打者は次々と打ち取られ、球場は圧巻の三振ショーに沸いた。

 今日の助守のリードはストライクをどんどん稼いでいくため、試合のテンポも早く、球数も少ない。


「噂通り、凄いじゃないの、この子」

 春堅もどこか満足気な表情で、この戦いを楽しんでいる様子だ。


 試合はさらに4回、5回と進み、両者1本ずつ安打こそ許したものの、無得点。

 1本は野々香だ。直球に振り負けずに何とかセンターへ運んだ。しかし、後続は完璧に抑えられた。


「くそーっ!」

 一方、茶渡はここまで野々香の直球に全く手が出ず2三振。

 明らかに苛立ちまぎれに振り回し、ただ何の策もなくアウトを重ねている。


 先日の野々香の一喝から様子がおかしいのは間違いない。ただ、その苛立ちの元自体、彼自身も把握出来ない様子だ。

 だからこそ、何の策も取れずに不調が続いているのだろう。


 結果的に野々香の気迫に押し負けた、と客席からは見える格好になり「野々香を怒らせたお調子者」への風当たりは強かった。

 得点どころか安打もろくに出ない試合は引き締まった……と言うより、妙に張り詰めた空気のまま進む。


 ニャンキースは野々香以外パーフェクト。

 そして、サルガッソーズは四球2つと3安打ほどは出たが、繋がらず。三塁すら踏めないまま、得点には至らない。

 試合は0-0のまま、9回を迎えた。


 敢えて強気を引き出された助守は想像以上の成果をもたらした。

 とにかく野々香のボールを最大限引き出し、野々香にとって不安のある場面は逆に安心させるように、大丈夫だからここへ来い、と言わんばかりのリードで丁寧に打者を打ち取って行った。


 しかし、いくら完璧に打ち取っても、球数の問題がある。

 野々香の球数は8回終了時点で98球。本人は9回も意地を張る気でいるが、もしも10回の延長戦、タイブレークまで持ち込んだ場合は確実に降板となるし、あまりに投げすぎたりバテが見えていれば、回途中で継投も有り得るだろう。


 つまり……この回だ。

 この9回表で得点しなければ、野々香に勝ちは付かない。


「いやですよぉ、僕降りません。ここまで来たら9回投げ切んなきゃ、つまんないじゃないですか」

 春堅がそう言って、知らぬ顔で9回のマウンドに上がろうとする。それを誰も止めなかった。


 本来、一軍の調整に来た投手が二軍戦で完投するなど、全く必要のないことだ。

 サルガッソーズは勝利至上だから、そんなことが無駄な疲労を生む事もわかっている……が。


 しかし勝利至上故に、その勝利を山ほどもたらしたベテランの意思を、簡単に無下には出来ないと言う事情も抱える。

 実力はあるが気分屋で投げたがりの春堅は、異例の9回完投を志願した。


「いやぁ、二軍なのに、楽しいねぇ。姫宮野々香ちゃん」

 ニコニコとした笑顔の中に、どこか見下すような表情を携え、春堅はマウンドをならしている。


「せっかくなので、噂の女の子と最後まで投げ合った話を一軍に持ち帰らせてもらうよ」

 その不敵な笑みとともに、9回表のニャンキースの攻撃が始まった。


またも微妙な所で途切れてしまうので、番外編は延期。次回は本編です。

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