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異世界帰りの野球おねえちゃん  作者: 日曜の例の人
4.後半戦

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第79話 「2位」

「貯金二桁か、信じられんねぇ」

 順位表を見て、小林図監督が呟く。


「どうですかな、私のオススメ選手は。凄かったでしょう?」

 尾間当麻コーチも誇らしげだ。ニャンキースに最も影響を与えた選手を、何にせよ最初に見出したのはこの人だった。


「はっ、ぐーぜん知り合いに呼ばれただけのくせして、いきがるんじゃないわ」

 音堂瀬流久コーチは相変わらず、何かにつけてケチを付けたがる。が、表情は笑っていた。


「でも音堂さん、あんたが呼ばれてたら彼女はここにいなかったでしょう」

 須手場経男コーチが、苦笑いしながら指摘する。


「成績だけじゃありませんよ?おかげ様で、財政面でも大幅改善が見込まれています」

 広報の盛留廉人も少し誇らしげだ。受け入れる事による宣伝効果・集客のメリットを強く説いていたのは彼だった。


「野々香さんは金の卵ですっ、できればずっとここにいて欲しいくらいですよ」

 実質的な付き人になったスタッフ、須手場雀も、鼻息を荒くして主張する。


 9月半ば、いよいよ大詰め。

 監督室ではコーチ、スタッフ陣でのミーティングが行われていた。


「優勝」。

 ついにその二文字が現実的なものとして近づいて来た。

 ミーティングというよりは、今はその奇跡の道の振り返りをしている。


 元々、パッとしない選手達が多かったのが当ニャンキース。

 戦力外やプロ崩れ、あるいは高校野球や社会人からもドラフト漏れした"惜しい"選手達の救済所だった新規参入の二軍球団だ。


 今季開幕時点では、まず借金をいくばくかでも減らせたらいいな。という程度の漠然とした目標で、集客も注目度も実力も、全て足りない状況だった。

 その目標と意識がガラッと変わったのが、姫宮野々香の加入によるものだ。


「最初は、彼女と、それに感化された新人たち。大諭くん、日暮くん、助守くん、それに姫宮さんを紹介した楠見くんが気を吐いていたくらいで、勝ち星は伸びませんでしたな」

「しかし、1番・4番・5番に強力な打者が一挙に加入したのは大きい。助守捕手も、走攻守にバランスが良く、何より姫宮くんの女房役として充分なパフォーマンスを見せてくれてる」


「女相手に女房役ってか、ガハハ!」

「おっさん……」


 音堂は口を開けば邪魔ばかりしているようだが、それでもコーチとして仕事はしていた。

 尾間コーチと小林監督に出来ない変化球の伝授を、今も色々と見てくれてはいるのだ。


「そうしているうちに、選手達も感化されたか、後半戦からは見るからにモチベーションが変わりましたな」

「ワシもやる気なかったからねぇ」


 全体的に緩んだ空気……と言うのも無理はない。

 ここは二軍戦。勝った、貯金を作った、優勝したと言ってもそれが勲章になるというほどでもない。

 一軍で勝つ、それがプロ野球の目的だ。


 だからニャンキースも首脳陣も本気で勝つ、と言う気概はなかったし、今も相手チームが勝ちに来ているとは限らない状況なのも事実だ。

 ただ、それでも、新参球団にとっては勝つことに大きな意味がある。


「まぁ、若い力に感化されたと言うか……そこはやっぱり彼女の力かもねぇ」

 監督は笑顔だった。


「その彼女が、この三連戦は必勝、と言っておりますなぁ」

 尾間も眼鏡をクイーっとしながら微笑む。


「それじゃあまぁ……勝とうか!」

「そうですな」


 監督もコーチも、今季スタート時には考えられない様な覇気のある表情で、前を向いた。

 貯金12、ビジター・宝珠スタジアムにて、1ゲーム差の2位、サルガッソーズ戦。

 試合が、始まる。


 不思議と、今日は茶渡実利は、試合前から絡んで来ては来なかった。

 オールスター以後は会うたびにうるさかったのだが、ひとまず前回の怒声が効いたのだろうか大人しく練習している。


 ……あんたがいらないなら、奪ってやる。

 その執着のない1人分の枠に、ニャンキースの誰かが行けるかもしれない。

 この試合の勝利は、このチームの優勝は、その可能性を生み出すためのものだ。


「まずは……俺がッ!」

 有人も気合が違う。先頭で強く叩いた当たりはレフト線を破り、ツーベースに。

 そして、続く楠見も右方向に強い当たりを放ち、ヒット。有人は一気に生還し、わずか2人の打者で1点を先制した。


「聞いた話じゃあ、姉さんの怒りは俺たちみてぇな、ギリギリドラフト候補に上がるかわからねェ連中のために怒ってくれたみたいなもんじゃねえか」

「姫宮さん自身より、僕らが怒らなければいけない相手だった。その怒ってくれた分は、プレーで返さないとね」


 有人は打率こそ3割を維持しているが、本塁打はマグレで出た2本だけしか記録していない。

 楠見も現時点で打率は.272、本塁打8本。昨年よりは打っているが、劇的な成長かと言うと疑問が残る。


 こういった巧打タイプの選手は判断が難しく、自軍の二軍にいるならまだしも、他球団から獲得するかは悩ましい存在だ。

 だからこそ、話題性もあり、見栄えのする成績のある野々香よりも、彼らの方が茶渡のような男には思う所があるし、あるべきなのだ。


 続くフックはセカンドゴロで楠見が二塁に進むと、サルガッソーズは樹をボール攻めで歩かせた。1死一二塁。


 相変わらず野々香にもあまりストライクを投げてくる気配がない。

 だが今日のニャンキースは、姫宮野々香は集中力が全く違う。


「ストライク投げる気ないなら……ボール球を叩けばいいっ!」

 こういう相手の気勢を削ぐなら、敢えて相手の思惑に乗った上で打ち砕くのが良い。


 そう判断した野々香からすると、ストライクが来ないと言うのも逆に読み易い。落ちる球をひっぱたいた当たりはレフト線を深々と破り、2点タイムリーツーベースとなった。


 一方、サルガッソーズの方はあくまで冷静だ。言い換えれば、勢いはない。

 一挙3点先制されつつも勝利へのロジカルは崩さないし、慌てて妙な行動を起こすと言う事はなかった。


 相変わらずサードで起用されている茶渡も今日は音沙汰なし、見るからに元気がなく、4打数ノーヒット。

 打席で迷いがあるのがはっきりと見てとれる。


 彼のようなタイプは、そもそも迷いがないから強いのだ。迷いが見えているなら、それは弱点をさらけ出しているようなもの。


 相手の勢い担当が弱っていて、チーム全体も大きな勝負に出てこない、そんな相手を見れば今のニャンキースは強かった。怒りを力に変える……と言うのもやや陳腐な言い回しだが、今のチームにはそう感じられるだけの集中力がある。

 特に、あの男が静かな状況で、かつ彼に対する怒りを見せた野々香は気持ちの入り方が違う。


「あんたがそのくらいの気持ちでしかないなら……あたし達が勝つ!」

 3回、さらに回って来た打席でもタイムリーを放つと、さらに7回、先頭で樹に打席が回って来た時点で点差は5-1と4点差。

 こうなれば相手もわざわざ四球で避けるような事はして来なくなる。


「勝負してくれるんだったら、そろそろ鬱憤晴らしさせてもらうぞ!」

 ここぞとばかりに樹は豪快に直球を振り抜くと、打球はグングンと伸びてセンター、バックスクリーンへ直撃。

 27号本塁打を放ち勢いよくガッツポーズした。


『よぉし!』

 ホームインの瞬間、次の打者・野々香と大きな声で気合を表しながら、ハイタッチを交わす。

 そして、冷静さを失いかけたピッチャーにここぞとばかりに、


「あたしもぉ!」

 と襲いかかると、同じく直球をひっぱたいた打球はまるで樹のコピーの様に同じ軌道を描き、これもまたバックスクリーンへ。


 本塁打王を奪う、と言い放った茶渡に「このままなら置いていくぞ」と言わんばかりの2者連続バックスクリーン弾を豪快に見せつけた。

 野々香はこれで25本目の本塁打。茶渡は21本で止まっているので、残り試合数的にも大きな差を付けた。


 二軍の本塁打数最多記録は、29。

 或いは新記録を打ち立てようかと言うペースで二人は打ち続ける。


 初戦は7-1で完勝し、貯金14・同率2位まで順位を上げた。

 この試合、野々香は5打数4安打4打点の大爆発だった。


 二試合目は相手打線も奮起し、乱打戦のシーソーゲームとなった。

 初回に3点の先制を許してしまうが、3回表、助守・有人・楠見の連続安打から満塁。これを樹が走者一掃の二塁打で返し、3-3の同点。


 さらには野々香もタイムリー二塁打を放ち4-3と一挙逆転に成功する。

 しかし5回裏にサルガッソーズが再度逆転。4-5と勝ち越され、そのまま9回まで試合は進行してしまう。


 さすがに相手も手強い、今日は……

 と言う空気が流れかけた直後、野々香が9回、先頭でヒットを打ち出塁。


「代走・鈴村!」

 監督は、この日スタメンを外れていた鈴村をランナー野々香の代走へ送る。


 走塁センスとしてはやや怪しいところもある男だが、足の速さだけはチーム内でも有人と双璧を成す。

 通常であれば、滅多にこういった采配は行わないのだが、監督は迷わず宣言をした。


「勝ちに行くって言うのは、監督もそうしなきゃいけないからね」

 ここで6番・来須がバントで送ると、続く7番・羽緒は四球。

 1死一二塁で助守はファール、ファールで粘り、相手に9球を投げさせると、力の抜けた10球目の外低めのスライダーを流し打ち。


 三遊間深くへ強く転がった打球はショートがかろうじて捕球するも、助守は足が速い。

 慌てて送られた送球はやや逸れて、一塁は余裕のセーフ。


「バックホーム!」

 その瞬間、代走の鈴村はショートが送球したのを見て迷わず三塁を蹴っていた。


 送球はライト側に逸れていたため、一塁手が慌てて振り返り、ホームへ送球するがそれがやや逸れる。

 思い切ったと言うか、暴走に近いような鈴村はしかし、野々香にはまず真似の出来ない速さの暴力で見事に生還。

 ニャンキースは5-5の同点に土壇場で追いついた。


「ナイスラン!」

 野々香もベンチで鈴村を迎え、ハイタッチ。

 さらに続いては代打風間が送られるも、セカンドゴロ。2死一三塁となって1番・有人に打順は回る。


「有人くん、打ってよ!」

「あいよォ!姉さんが作ってくれたチャンス、この勝負で不意にしたら男が廃るってもんだァ!」

 そう言いながらブンブンバットを振り回し、大袈裟に構える有人。


 大事な場面、やや力が入っているだろうか。

 そう思われた矢先、有人は初球からバットを寝かせると、投手と三塁手の間くらいにコツン、とボールを転がす。


 以前の楠見と同じ手、セーフティバントだ。

 その前に大袈裟なポーズを取ったそれは完全にポーズ。その動きにほんのわずかに気圧されたか、サード茶渡のスタートが遅れた。


「悪ィけど、面食らってるお前は格好の的、だよ」

 投手は右利き、投球動作の後の逆方向なので、体が振り切れない。

 サードが取って投げなければいけないボールだが……


「セーーフ!!」

 しかし、送球はされなかった。

 茶渡は緩慢にすら見える動作でボールを拾うだけ拾うと、確実に投げても間に合わない一塁へ、送球の動作だけをした。


 投げても無意味だ、間に合わない。

 この回、ニャンキースが6-5と勝ち越し。


 このリードを守り切り、連勝で貯金15。ついにはサルガッソーズに逆に1ゲーム差をつけ、貯金の数で上回った。


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 日曜の例の人さん、こんにちは。 「異世界帰りの野球おねえちゃん 第79話 「2位」」拝読致しました。  ニャンキース上層部。  軽口を叩き合えるくらい、ご機嫌です。  こんなチーム状況、こんなチ…
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